ここは、神宮音楽学校の屋上。
俺─
高校入学して半年ほど経過し、俺は既に数え切れないほどの回数、この屋上で授業をサボタージュしていた。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いたかと思えば、屋上にやってきた一人の人物によって、俺の静寂なひと時が打ち砕かれる。
「やっぱりここにいたー!!」
暖かな空気と心地よい風で夢の世界に意識が落ちかけていた時、突然聞こえてきた耳をつんざくような声のせいで意識が覚醒する。
すっかり慣れてしまったが、俺はもう何度もこの声に睡眠を邪魔されている。けれども、何故か不思議と嫌いにはなれないんだよなぁ…なんてもどかしさを感じつつ、俺は渋々目を開く。
「はぁ…またお前かよ」
「そっちこそまたサボり?せめて午後の授業は出ないとだよ」
そう言われて初めて、今が昼休みだということに気がついた。さっきチャイムが鳴ったと思ったが、あれは昼休みの始まりを告げるチャイムだったらしい。
「どうして授業受けないの?何か嫌なことでもあった?」
「別に何もねーよ。めんどくさいだけ」
「だったらちゃんと授業を受けなさい!」
めっ、と両手の人差し指を交差させてばつ印を作りながら俺を叱る彼女の名前は、
「俺がサボってようがお前には関係ねーだろ。別にいいじゃねーか」
「よくない!サボればサボるほど、サボり癖がついちゃうんだから」
「はぁ…」
また始まってしまった、うんざりして俺はため息を吐いた。こうなってしまうと、コイツはお袋かよと言いたくなるほどお小言が多いのだ。
「授業中に、こんなところで油を売っているなんて言語道断。それに、これ以上授業サボると桜葉くん進級できるか怪しいのよ?」
「それは…その…」
痛いところをつかれた俺は、返す言葉が見つからず目を泳がせて口籠る。
「だいたいお前、なんで俺に構うんだよ。この学校で俺なんかに構うやついねぇぞ」
まぁ、蜂須賀もたまーに声かけてくるか。
内心そう思うが、わざわざ訂正を口にしたりはしない。
俺は短ランにボンタンを着て、髪は金髪、いかにもな不良生徒だ。
この神宮音楽学校は、今どき珍しい真面目な奴らばっかな学校だ。その上ほとんどが女子生徒。そんなこの学校唯一のヤンキーが俺であり、話しかけてくるやつがほとんどいないのも当然のことだろう。
それだというのに、彼女─葉月花は何かと俺に絡んでくる不思議な存在だ。
「確かに、桜葉くんは周りから見たら悪く見えちゃうかもしれないけど…私は知ってるもん。桜葉くんが、悪い人じゃないって」
「はぁ?」
あまりにも突拍子もない抽象的なその発言に、俺はぽかんとしてしまう。
俺、言うほど葉月と話したことないぞ。なのになんでそんなことわかるんだよ…
なんて疑問に思いながら葉月を見てみると、彼女の右手には弁当箱が握られていた。
「まさか、ここで昼メシ食べる気か…?」
「え?うん」
葉月はさも当然と言ったように、サラリと返事した。
「桜葉くんと一緒に食べようと思って」
俺が寝っ転がってるそばにいた葉月は、弁当箱片手にベンチの方へ歩き始めた。その様子を見た俺の口から、再びため息がこぼれた。
「もーっ、桜葉くんもおいでよ!早く食べないと、お昼休み終わっちゃうよ」
葉月は俺の方に視線を向けているため、ベンチを見ずに後ろ歩きしている。しかし、彼女はベンチまであと少しといったところまで来ているのに、止まる気配がない。
「っておい!」
俺は慌てて立ち上がり、手を伸ばす。
「え?…きゃあっ!?」
葉月がベンチに気づかないまま進み、そこに足を引っ掛けた瞬間、俺はなんとか彼女の手を掴んで転ぶのを防いだ。
「あ、ありがとう…」
「ったく、ちゃんと前見てねーと危ねぇぞ」
「うん…って、あれ?」
すると、葉月はさっきまで持っていたはずの弁当箱がないことに気づいて下を見る。そこには、落ちて蓋が開き、中身が溢れてしまった弁当箱があった。
「あちゃあ…やっちゃった…せっかく作ったのに…」
落ちた中身を弁当箱に戻した葉月は、悲しげな表情でベンチに腰掛けた。
その様子を見た俺は、自分のカバンから昼メシ用のクリームの入ったスティック状の菓子パンを取り出し、半分に千切る。そして、葉月の隣に腰掛けて、その半分を差し出した。
「ほらよ」
「え?」
「半分やる。なんも食わねーと、昼から力出ねぇだろ」
「うん…ありがとうっ!」
はにかんでパンを受け取った葉月は、俺の顔を見て「ふふっ」と笑った。
「んだよ?」
「やっぱり、桜葉くんは悪い人じゃないね。本当は、優しくて素敵な人だよ」
「っ!うっせぇ、さっさと食え」
きっとこの時の俺は、ゆでだこのように顔が真っ赤になっていたことだろう。それを誤魔化すようにそっぽ向き、ぶっきらぼうに返事した。
「美味しい…!」
パンを一口齧った葉月が言った。
「だろ?俺それ好きなんだよ」
「でもちょっと意外。桜葉くん、甘いもの好きなんだ」
そう言われて、途端に少し恥ずかしくなる。
俺が甘党なのは事実だが、この
「うっせ…悪いかよ俺が甘党で」
「ううん。むしろ、私も好き!」
一点の曇りもない、透き通ったような笑み。
「っ…」
俺のことを、こんなにも純粋な目で見てくる人なんて今までいなかった。
そんな彼女の笑顔に、俺は見惚れてしまっていた。
「あ…だったら、パンのお礼に…コレあげる!」
そう彼女が渡してきたのは、紙パックに入ったいちごミルクだった。
「いちごミルク…?」
「私、いちごが大好きなんだ!学校の自販機でこれ売ってるの見つけてから、よく飲んでるの」
そういえば、学校にある自動販売機の一つに、紙パックの飲み物ばかりを取り扱っているものがあったな…
「ちょうど今二本持ってるし、一緒に飲も?」
二本も持ち歩いているなんて、よっぽどいちごミルクが好きなんだな。なんて考えながら、差し出されたいちごミルクを有難く受け取る。
「んーっ、美味しい!」
隣に座る彼女は既にいちごミルクを美味しそうに飲んでいる。
そんなに珍しいものでもないとは思うが、俺はいちごミルクを飲んだことがない。名前からしていちご風味の牛乳ということだろうが、どんな味なのか…
俺は付属のストローを刺し、口をつける。そこから液体を吸い込むと、口の中にまろやかで甘いいちごの風味がふわっと広がった。
「…っ!美味い…!」
「でしょ!」
いちごミルクの感想を述べた俺に、嬉しそうに笑いかける葉月。
「なんでお前がそんなに嬉しそうなんだよ」
「え?だって、自分が好きなものを相手にもわかってもらえるのって、嬉しいじゃん!」
「……」
なんてまっすぐで、慈愛に満ちた人なのだろうか。
この頃の思春期真っ只中で荒んでいた俺にとって、葉月花という人物は不思議で、もっと知りたいと思ってしまう人物だった。
それから、葉月はより一層、何かと構ってくるようになった。俺が授業をサボる度にわざわざ探し出してはお小言を言ってきたり、昼メシを一緒に食べる回数も増えた。
一緒に帰ることがあったり、同じ映画が気になっているからと放課後に二人で見にいったなんて日もあった。
大切な人なんかいなかった俺だが、一緒にいる時間が増えていくにつれ、いつしか葉月のことを大切な友人だと考えるようになっていた。
高校一年生が終わりを迎える頃、葉月が幼馴染である
「花ちゃん!桜葉と一緒にいるなんてやめた方がいいよ!」
「え、どうして?」
「アイツ不良だし、絶対に危ないよ!」
そんな会話を耳にして、俺はその場を離れていった。
そうだよな…
俺は不良で、葉月はみんなから人気もある優等生。俺なんかが葉月と一緒にいたら、迷惑かけちまう…
その日の昼休み、屋上に来た葉月に言った。
「俺なんかとは、もう一緒にいない方がいい」
「え?」
「葉月は真面目で人気者だし、俺みたいな不良と一緒にいると変な目で見られんだろ?」
葉月のためを思って言ったはずなのだが、彼女はそれを聞いてムッとして怒りを顕にする。授業をサボったりして怒られることはあったが、葉月がここまでちゃんと怒りを見せたのは、この時が初めてだったような気がする。
「なにそれ!私が一緒にいたいからいるだけなんだよ。周りの目なんて関係ない!」
真っ直ぐに俺を見て、葉月はそう伝えてくれた。
その言葉を聞いた俺は、荒んでいた心の中が浄化されていくような気がした。
「もしかして、さっきの紫苑との会話、聞いちゃった…?」
「……あぁ」
「ごめんね…でも、紫苑にはちゃんと言っておいたよ。桜葉くんは、悪い人じゃないんだよって」
申し訳なさそうにしゅんとして言った葉月だが、それは違う。
そもそも、俺がこんなふうに授業をサボったりしているのが良くないんだ。
俺の親は、昔から仕事ばっかりで子供の俺には構ってくれなかった。最初はそんな親の気を引きたくて、こうなっちまったんだと思う。
そうしていくうちに、誰も俺なんて見向きもしない、何もかもがめんどくさいなんて思っちまうようになり、いつしか人との関わり方すら忘れて、俺はどんどんと荒んでいってしまった。
けれど、今は違う。
こうして、俺と真正面から関わってくれるヤツがいるんだ。見てくれだけで判断せず、ちゃんと俺を見てくれるヤツが…
俺は、コイツと…葉月と一緒にいるために変わりたい。
そう思うようになっていった。
この日を境に、俺は少しずつ…少しずつではあるが、不良という皮を脱ぎ捨てていくようになる。
それから、俺たちは高校二年生に進級した。
見てくれは短ランにボンタン、金髪と変わりはないが、俺は段々と授業をサボる回数も減っていっていた。
「なんだか最近、桜葉くん真面目になっていってるよね。なんかあった?」
屋上で昼メシを食ってる時、俺が心変わりした理由なんて気づいてもいない葉月が、ふとそんなことを聞いてきた。
「べっ、別に…んなことねーよ…」
「お前と一緒にいたいから」なんて口が裂けても言えない俺は、そっぽを向いて誤魔化すことしかできなかった。
「それにしても、まさかこの学校が廃校になっちゃうかもしれないなんてねぇ…」
「そうだな」
昨日の始業式で、理事長から発表があった。
この神宮音楽学校は、生徒数の減少により廃校の危機に瀕しているそうだ。
「私、この学校好きなのになぁ…」
葉月は寂しそうな目でそう呟くと、何かを考え込んでいる。
「ねぇ」
しばらくして考えがまとまったのか、俺に声がかかった。
「もし入学希望者が増えたら、廃校は阻止できるってことだよね?」
「まぁ、そーだな」
「じゃあ、入学希望者を増やせばいいんだ!」
名案を思いついたと思っているのだろう。そう言った彼女はドヤ顔だ。
「それができれば、りじちょーも苦労してねぇだろうよ。そんなこと、俺たち生徒ができるわけ…」
できるわけない。そう言おうとした俺の隣で、葉月は「ふっふっふっ…」とわざとらしく不敵な笑みを浮かべている。
「学校アイドルって、知ってる?」
「知らねー」
「むぅ…もうちょっと興味持ってよ」
「知らねーもんは知れねーんだよ」
むくれ顔の葉月に再び素っ気なく返すと、彼女はまるで拗ねた子供のようにそっぽを向き、しょぼんと肩をすくめる。そんな葉月を見ていると、次第に罪悪感のようなものが湧いてくる。
なんでかわかんねーけど、コイツのこういう顔には弱ぇんだよな、俺…
別に、こんなことで本気で落ち込むやつじゃないというのはわかっている。いつもみたいに俺に落ち込んでますアピールしているだけだろーし、どうせ一分もすればケロッとしているに決まっている。
そうわかっていても、なんだか落ち着かない。
「で、その学校アイドルってのがなんなんだ?」
結局根負けした俺が吐息混じりに聞くと、葉月は待ってましたと言わんばかりの満面の笑みでこちらに振り向く。
ほら、やっぱケロッとしてやがる…
「よくぞ聞いてくれました!」
ドヤ顔で葉月が学校アイドルに関する説明を始めるが、相当な熱がこもっているのか話が長い。ので要約すると、学校アイドルというのは、部活動としてアイドル活動をしている学生のことらしい。
「名前は違うけど、こういう活動をしていた人たちは昔からいたみたいで…金沢の方とかにも有名な学校があるみたいなんだ」
高校生たちが歌って踊って、今しかない瞬間の想いを発信していく。それが学校アイドルという形になり、少しずつではあるが流行しているらしい。
そんな学校アイドルをやって注目されれば、この学校の入学希望者も集まるのではないか、という考えらしい。
「そー上手くいくかね…厳しいと思うけど」
「もーっ、またそうやって否定から入る。やってみなくちゃわからないでしょ?」
繰り言を漏らすと、葉月は柔らかそうな頬をぷくぅっと膨らませる。
「それにね、たった一回の高校生活なんだもん。悔いのないように、やりたいと思ったことはやりたいの。もし廃校が決まっちゃったとして、その後悔よりも、ここで何もやらずに終わっちゃう後悔の方が絶対に大きいもん」
「っ…」
いつもそうだ。普段はふわふわとしている癖に、時たまこういう風に真っ直ぐに、真剣な表情で彼女の内の芯の強さが顕になる。その黄色味がかった美しい瞳を輝かせる彼女を見る度に、俺は何故か釘付けになって目が離せなくなる。
「ずりーなぁ…」
俺が感じた想いはそんな言葉に変換され、熱くなった吐息と共に気づけば口から飛び出していた。
「え?何か言った?」
「なんでもねーよ」
「本当?なんだか顔赤くなってるし、もしかして熱とかあるんじゃ…」
俺の顔を覗き込んできた彼女は、日焼けを知らなそうな真っ白な右手を俺の額に伸ばそうとしてくるので、慌てて顔を背ける。
「だっ、だからなんでもねーって」
「えー…?」
訝しむような目つきの葉月を無視して、俺は一度咳払いをして声の調子を整える。
「ま、俺はアイドルはできねーけど…応援ぐらいはできっからよ」
「え?」
照れ臭さからぶっきらぼうに投げ捨てるように吐き出した言葉に、葉月は目を丸くさせる。
「何かあったらいつでも言えよ。葉月のためなら、力になっからよ」
暫し呆気に取られていた葉月だったが、すぐに丸くしていた目を細めてくしゃりと笑った。
「ありがとう!大翔くん!」
無邪気であどけないその笑みに、俺の頬が再び熱くなるのを感じた。
それからすぐに行動を開始した葉月は、二人の友人─
容姿端麗、その上誰にでも分け隔てなく明るく接する葉月は言わずもがな、メンバーの鳥巣と楠木も整った容姿に人懐っこい性格ということもあり、3人のグループは学校内はもちろんのこと、町の人たちからも応援されるようになっていった。
そして俺は、そんな3人の歌を教えるようになった。そんなこと俺から言い出すわけはもちろんなく、きっかけは屋上で葉月が歌い出したことだった。そこで隣にいた俺は感想を求められ、ちょっとしたアドバイスをしたところ、それが的確だったから定期的に練習を見てくれと頼まれたのだ。
「いやぁ、花ちゃんが桜葉くんに練習を見てもらおうと言い出した時はどうなることかと思ったけど…」
「桜葉くん想像と違って怖くないし、アドバイスも的確でわかりやすいからよかったよ。それに、想像と違って全然怖くないし」
「おい、なんで二回言った」
放課後練習の休憩中、汗を拭っている鳥巣と楠木からの言葉に思わず吐息する。
「大翔くんは悪ぶっているだけで、本当はすっごく優しい人だからね」
「そうね。俺は歌のアドバイスをするだけだーとか言って、なんだかんだ学校アイドルの活動のことも手伝っているものね」
葉月の言葉に乗っかるようにそう言ったのは、学校アイドルではないものの、彼女たちの活動をサポートしている俺と葉月のクラスメイトだ。
瑠璃色の瞳に、赤みがかった暗めの茶髪を低めのサイドポニーテールにして、右側に垂らした彼女は、葉月の親友である。
葉月は彼女もメンバーに誘ったが、「私はアイドルなんて柄じゃない」と、学校アイドル活動のサポートをしている。
そして二十数年後…彼女は葉月の想いを引き継ぎ、新たに開校する結ヶ丘高等学校の理事長となるのだが、今はそれは置いておこう。
「俺は別に悪ぶってもねーし優しくもねーからな。お前の手伝いだって、別に気が向いたからしてるだけだ」
褒められ慣れていない俺は、なんだか照れ臭くなってしまった。
「でも、大翔くんの教え方って本当にわかりやすいよ」
「スルーしてんじゃねーよ」
「大翔くんは将来の夢とかある?」
俺のツッコミを意に介さず葉月が話を更に飛躍させていったことで、突っ込む気が失せてしまう。
「別に。夢とかそんなんは、何もねーよ…」
「じゃあ先生は?」
そっぽ向いた俺に、葉月がずいっと顔を寄せてそんな提案をしてきた。
「はぁ?俺がセンセーの仕事なんかできるわけねーだろ」
「そうかな?大翔くん、教えるの上手だし、なんだかんだで面倒見もいいから向いてると思うけど…素行の悪ささえ治れば」
「確かに桜葉くんのアドバイスわかりやすいもんね。いいんじゃない、先生。素行の悪ささえ治れば」
「うんうん!私もいいと思うよ、先生。素行の悪ささえ治れば」
「まあそうね。ほんと、素行の悪ささえ治れば」
「おめーら…口を揃えやがって…」
軽口を叩き合った俺たちは、顔を見合わせてつい吹き出してしまう。口では悪態をつく俺だったが、内心では、葉月をきっかけに始まったこの関係が、いつの間にか居心地の良い大切な時間になっていた。
「おーいっ、大翔!」
とある日の帰り道、俺を追いかけて声をかけてくる人物がいた。
「ん?蜂須賀か」
彼は
神宮音楽学校の数少ない男子生徒で、去年はクラスメイトだった。
運動神経が良く、爽やかで優しい性格もあって、結構なモテ男だ。
葉月を除いて唯一、入学当初から不良の俺に話しかけてきていた人物でもある。そのこともあり、クラスが離れた今でも顔を合わせれば会話をするぐらいの仲ではある。
「今日は花ちゃんは一緒じゃないのか?」
「今日は学校アイドルのメンバーと手伝ってるアイツで、寄り道して帰るんだとよ」
「大翔は一緒に行かないのか?」
「はぁ?なんで?」
俺がついていくのはさも当然といったように聞いてきた蜂須賀に、俺は首を傾げる。
「大翔もアイドル活動手伝ってるし、よく一緒に行くからてっきり今日もかと思ったんだけど…」
俺はあくまで歌のアドバイスをしているだけで、正式に手伝っているわけじゃないのだが、どうやら
「確かに誘われることもあるが…別に四六時中ずっと一緒にいるわけじゃねーよ」
「ふーん…それにしても大翔、変わったよね。二年になった頃ぐらいから、真面目になったというか…やっぱり、花ちゃんのおかげ?」
「っ!?ちげぇ……いや、まあ間違ってはねぇか…」
つい勢いで否定しかけたが、あながち間違いとは言えないと蜂須賀の発言を素直に認める。
「二人って、付き合ってんの?」
「はあっ!?」
唐突な疑問に、俺は大声をあげて反応してしまう。
「つっ、付き合ってねぇよ!」
「ふーん…でも、好きなんでしょ?」
話の流れからして、それは俺が葉月を好きなのかという質問だろう。
俺は顔を真っ赤にして首を横に振る。
「なっ、なわけねーしっ!!」
「はぁ…ま、その辺は大翔の自由だけど、うかうかしてると誰かに取られちゃうよ」
「なんだよ、それ」
「だって、花ちゃんってモテるじゃん」
それは知っている。
容姿端麗で成績優秀、明るく誰とでも分け隔てなく接するその性格と、元々人気があった彼女だが、最近は学校アイドルの活動を通してより人気を集めている。
それはアイドルとしての人気だけではなく、学校内外問わず、男からの恋愛的な人気も高い。
「花ちゃん好きな人はたくさんいるでしょ。……俺も、その一人だし…」
「えっ!?蜂須賀…お前、葉月のこと…」
驚く俺の問いに、蜂須賀は照れ臭そうにしながら頷く。
なるほど…このモテ男が今まで数々の女子に告白されておきながら、誰とも付き合わなかった理由がようやくわかった。
「で、お前こそ告んねーのかよ…?」
「成功するわけがないのに、告白しないよ」
「は?なんでわかんだよ?」
女子人気も高い蜂須賀なら、葉月だって振り向いてもおかしくないだろ。
そう思って聞いた俺だが、何故だか胸の奥がズキズキと痛むのを感じた。
「……彼女の意中の人は、わかりやすいぐらいはっきりしてるからね」
「そうか……って、はぁ!?」
あまりにもサラッと耳に入ってきた言葉に納得しかけた俺だが、改めてその意味を理解して衝撃を受ける。
「葉月、好きなヤツいんのか…?だっ、誰だ!?」
「はぁ…教えないよ」
「なんでだよっ!教えてくれよ!」
「君には絶対に、お・し・え・な・い!」
それから聞き続けてみたものの、結局、蜂須賀は葉月が好きな相手が誰なのか教えてくれなかった。
そうか…葉月、好きなヤツいんのか…
それを知った俺の胸の中は、ザワザワとざわめいていた。
しかし、そのモヤモヤの正体はわからないままだった。
こうして月日は流れていき、俺たちは神宮音楽学校の卒業の日を迎えた。
結果から言うと、神宮音楽学校の廃校を覆すことはできなかった。
葉月たちは、学校アイドルとして懸命に活動し続けた。
しかし、それは廃校を阻止できるほどの入学希望者を集めるには至らなかった。
けれども、彼女たちに後悔はない。
もちろん廃校を阻止できれば、それが一番良い結果ではあった。
ただ…
『それにね、たった一回の高校生活なんだもん。悔いのないように、やりたいと思ったことはやりたいの。もし廃校が決まっちゃったとして、その後悔よりも、ここで何もやらずに終わっちゃう後悔の方が絶対に大きいもん』
葉月が学校アイドルを始める前に、俺に伝えた言葉。
その言葉通り、彼女は学校アイドルを全力でやり切った。
葉月たちのラストライブの日…ステージに立つ彼女たちの満面の笑みからは、後悔なんて一切感じ取れなかった。この3年間の日々を噛み締めるように、全力で今を生きて、パフォーマンスをしていた。
俺は、そんな彼女たちのライブに心から胸を打たれた。
俺だけじゃない…彼女たちをずっと支えていたアイツも、葉月に密かな想いを抱いていた蜂須賀も、涙を流しながらライブを見ていた揚蝶も、全員が彼女たちのライブを全力で応援していたのだ。
卒業式のあと、俺と葉月は、ほんの数分だけいつもの屋上で二人で過ごす時間があった。
「とうとう卒業かぁ…」
噛み締めるように、葉月が言った。
その言葉を最後に、お互い何も言わない時間が流れた。
二人で何度も過ごしたこの屋上。
何も考えずとも湧き出てくるくだらない会話で溢れていたこの場所も、最後だと思うと、何を話せばいいのか上手く出てこない。
けれど、俺は葉月に伝えたいことがある。
今、この場所で…
ようやく決心がついた俺は、口を開く。
「「あのさ」」
しかし、なんの偶然か、俺と全く同じタイミングで葉月も口を開いた。
「わりぃ、先に言ってくれ」
「ううん。大翔くん先に…」
「いや、俺のはその…とりあえず、葉月の話から聞かせてくれ」
「……わかった」
葉月は屋上の塀を掴んで、身を乗り出すようにして天を仰いだ。
「私ね、ここに学校を作ろうと思うの!」
そして彼女は、真っ直ぐに前を見据え、声高らかに宣言した。
「神宮音楽学校は廃校になっちゃうけど…でも、私はここでみんなと一緒に過ごして結ばれた。それをなかったことにしたくない。だから、この場所に、みんなの想いが詰まった学校を作る!!」
それを聞いて、俺も自然と笑みが溢れていた。
なんとも葉月らしい…純粋無垢で、大きくて、明るい発想。
「あぁ、いいと思う」
「えへへっ…それで、大翔くんは?なんて言おうとしたの?」
「俺は……」
やっぱり、これを伝えるのは今じゃないな…
葉月の話を聞いて、俺はなんとなくそう感じた。
しかし、もう一つ伝えたいことがある。
「……俺さ、教師になろうと思う」
それは、俺が抱いた夢だった。
「いいと思うっ!!」
俺の夢を、葉月は満面の笑みで肯定してくれた。
それが何よりも嬉しくて、この瞬間、俺はこの夢を抱いて間違いなかったと確信した。この夢を抱くきっかけになった彼女を、目の前にして…
「葉月、ありがとな。俺、お前と出会えて変われた。不良でどうしようもなかった俺を…学校なんて楽しくないと思っていた俺を、お前が変えてくれたんだ」
「私の方こそ、ありがとうだよ。私だって、君と出会えたから頑張れたんだよ?」
葉月は、真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。
あぁ…やっぱり、葉月のこの瞳、好きだなぁ…
「葉月がここに学校作ったら、俺はここで先生をする」
「えっ!?ほんと!」
嬉しそうに飛び跳ねながら喜ぶ葉月に、俺も珍しく、心からのくしゃっとした笑みが自然と浮かんだ。
「じゃあ、約束だよっ!」
「あぁ、約束だ…!」
神宮音楽学校で過ごす最後の日…
俺と葉月は、この屋上で小指を結び合い、約束したのだ。
お互いの、夢を──。
『〜Memory of Hiroto〜 あの日の約束』
─登場人物─
【
神宮音楽学校に通う男子生徒。
入学当初は屋上で授業をサボってばかりだったが、葉月花との出会いにより変わった。
神宮音楽学校でかけがえのない時間を過ごし、教師になるという夢を抱いたのであった。
【
神宮音楽学校に通う女子生徒。
整った容姿に加え、明るく真面目な性格もあり、学校アイドル活動を通して学内問わず幅広い人気を得ていた。
廃校を阻止することは叶わなかったが、神宮音楽学校があった場所に再び学校を作るという新たな夢ができた。
【
神宮音楽学校に通う男子生徒。
運動神経が良く、人当たりのいい性格もあり、男女問わず周りから好かれている。
花に恋心を抱いていたが、彼女の意中の相手に気づき、その想いに蓋をしていた。
【
神宮音楽学校に通う女子生徒。
黒髪のロングヘアで、銀縁のメガネをかけている。
花とは小学生の頃からの幼馴染であり、素行の悪かった大翔と一緒にいることを好ましく思っていなかった。
【
神宮音楽学校に通う女子生徒。
赤みがかった落ち着いた色の茶髪で、ウェーブのかかったロングヘア。
人懐っこく愛嬌のある性格であり、花と共に学校アイドル活動をしていた。
【
神宮音楽学校に通う女子生徒。
黄みがかった明るい茶髪のショートヘア。
無邪気かつ素直な性格で、花と共に学校アイドル活動をしていた。
【
神宮音楽学校に通う女子生徒。
瑠璃色の瞳に、赤みがかった茶髪を低めの位置でサイドテールにしている。
未来では、親友である花が創立した結ヶ丘高等学校の理事長を務めることになる。