〜奏でるムジカは青空のソナタへ〜   作:一葉 彩人

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─登場人物─

音居奏叶(おといかなと)
結ヶ丘高等学校に通う高校一年生。
歌うことが大好きだったが、とある事件をきっかけに歌えなくなってしまった。

澁谷(しぶや)かのん】
結ヶ丘高等学校に通う高校一年生。
スクールアイドルをやりたいという留学生から熱烈な勧誘を受けている。

嵐千砂都(あらしちさと)
結ヶ丘高等学校に通う高校一年生。
「うぃっす」という独特な挨拶を使い、活発で人当たりの良い性格。

鼓野志保(つづみのしほ)
謎の組織─プロテクション長官補佐。
歌手活動をしていた奏叶を執拗に探し回っている。



#3 踏み出す一歩

 

謎の組織─プロテクションの鼓野志保さんという女性との追いかけっこでただでさえ消耗した体力を更に削りながら走った俺は、なんとか集合時間に間に合い、無事に入学式に出席することができた。

 

入学式で気づいたが、この学校では音楽科の生徒たちはかなりの特別待遇みたいだ。制服も異なり、席も音楽科が前、普通科が後ろとしっかり別れている。

まあ、音楽科の生徒たちは皆、音楽分野で秀でた力を持つ人たちばかりだから、それも仕方がないことなのかもしれない。

 

入学式を終え、今日から自分のクラスとなる教室に入ると、ある人物と目が合った。先ほど出会った千砂都の幼馴染、澁谷かのんさんだ。

 

「奏叶くん、同じクラスだったんだね!」

 

可愛らしくパァッと笑った澁谷さんに、俺も自然と笑みが溢れる。

 

「知ってる人がいると俺も心強いよ。改めてよろしくね」

 

俺の言葉に頷いてくれた澁谷さんが、ふと何かを思い出して話し出す。

 

「そういえば、さっき奏叶くんを追いかけてた女の人って誰なの?」

 

「いや…それが、俺もよくわからないというか、昨日からなんか俺のこと探し回ってる人なんだよね」

 

「え、ストーカー…?大丈夫なの?」

 

澁谷さんはギョッとした顔で驚いた後、心配そうに首を傾げる。

 

「まぁ、多分…?」

 

「多分って…」

 

「今のところ何かされたわけじゃないし、向こうも俺に危害を加えたいわけじゃないだろうしさ」

 

恐らく、鼓野さんは俺をスカウトしたいだけ。名刺まで渡してきていることから、俺に何か危害を加える気もないだろうし、そのうち俺を探し回るのも諦めてくれるはずだ。

あまりにしつこかったら、まぁ…その時考えよう。

 

そんなことを考えていると、澁谷さんが呆れたようにため息を吐いた。

 

「何かあってからじゃ遅いんだから、そうなる前に警察に相談するとかしないとダメだよ?」

 

「あー…そうだね、うん。やばいと思ったらちゃんと警察とかに相談するよ」

 

俺は澁谷さんの言葉に賛同するようにそう答えたはずなのだが、彼女が俺をジト目で見つめるのは変わらなかった。

 

「ほんとに分かってるのかなぁ…」

 

今日会ったばかりの俺をこんなに心配してくれる彼女は、とても優しい子なのだろう。

 

「ありがとう、心配してくれて」

 

今もジト目で俺の事を見る澁谷さんに、俺はそう礼を言うのであった。

 

 

その後、担任の先生がやって来たので、俺たちはそれぞれ座席表で確認した席に座る。すると、どうやら俺の左隣は澁谷さんの席みたいだ。お互いそれに気づいた時には、すごい偶然だねと顔を見合わせて笑い合った。

 

ホームルームが始まり、先生からの諸々の話を聞き終えた後に自己紹介という、入学初日の定番の流れを行う。

その自己紹介の際、俺の右隣に座るスクールアイドルをやりたくて中国から留学してきた唐可可(たんくぅくぅ)という女の子を見て、澁谷さんが驚きの声を上げていたのを見て気がついた。

 

そういえば、今朝澁谷さんを追いかけていたのってこの子だったよな…いったい、何があったんだろうか…

 

それにしても…

 

この学校、圧倒的に男子が少ない!!!

音楽に重きを置く学校だから、多少女子の方が多いことは予想できたけど、まさかここまでとは…入学式でも、男子はほんの数人しかいなかったし、このクラスに至っては俺一人!!!なんで!?!?

 

なんて疑問に思っていたが、それについては俺の自己紹介後に担任の先生が説明してくれた。

 

「この学校は元々女子校の予定だったの。だからその名残で女の子の方が多くて、このクラスの男の子は音居くんだけなんだけど…みんな、仲良くしてあげてね」

 

ということらしい。

この辺りに引っ越すことを急に決めた俺は、急遽この学校に通うことを決めた。それで引越し先の近くで俺の偏差値的にも少し余裕があり、その上新設校だというこの学校を選んだため、元々女子校の予定だったとは知らなかった。

 

「音居奏叶です。えと…正直、男一人なんでちょっと緊張していますが、よろしくお願いします…!」

 

なんて特に面白味もない挨拶をしたのだが、クラスの人たちは温かく笑って拍手をくれた。

みんないい人たちそうで良かった…

 

そんなこんなでこの日の学校は終わり、下校時刻になった。

 

「ごめん奏叶くん、私行くね!また明日!」

 

先生が帰りの号令をかけた瞬間、澁谷さんはそう言い残して教室から走り去っていった。

 

「あーっ、スバラシイコエノヒト!!!」

 

すると、それを追いかけるような形で、俺の右隣に座っている唐さんも教室から走り去っていった。

 

澁谷さんも、俺と同じで追われる身か…

俺と違って、追跡者が同じ学校、その上同じクラスっていうのはさらに大変だろうなぁ…

 

なんてことを考えながら、俺も帰り支度を済ませて教室を出た。部活動に関する張り紙などが貼られている廊下を歩いていると、近くの教室から歌声が聞こえてくる。チラッとその教室を覗いてみると、音楽科の制服を着た女子生徒が一人で歌っている。

 

入学初日で今日は授業などもない。そんな中、空き教室で一人で歌っているということは、放課後に歌の自主練習をしているということだろう。

 

入学初日から自主練なんて、とても真面目で歌に対しての情熱を持っている人なんだなぁ…

 

すると、彼女は歌うのを中断しため息を吐いた。

 

「はぁ…どうしてもここ上手く歌えないな。どうやったらいいんだろ…」

 

彼女が吐き捨てた独り言が俺の耳に届いた時、

 

「っ…」

 

『この歌ムズッ…どうしたらもっと上手くなるんだろうなー…』

 

過去の自分のことが頭に過った。

 

懐かしいな…俺もあんな風に悩んで、必死に練習して、気づけばちょっとずつ上手くなって、それが何より嬉しくて歌うことが楽しかった。

 

我武者羅でも、楽しくて生き生きしていたあの頃の俺。そんな自分のことが、とてつもなく羨ましく思えた。

 

今の俺には、何もない。からっぽの人間になっちゃったな…

 

「奏叶くん?」

 

悩み込んで沈んでしまっていた俺の意識を呼び戻すように、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 

「あ、千砂都…」

 

「難しい顔してたけど、なんかあった?」

 

ハッとして顔を上げると、心配そうに俺の顔を覗き込む千砂都がいた。

 

「いや、別に…なんでもないよ」

 

俺は咄嗟にそう誤魔化した。

そんな俺を怪訝な表情でじっと見つめていた千砂都だったが、何かを思い出して今度はパァッと笑う。

 

「あ、そうだ。私、今日からたこ焼き屋でバイトするんだ。よかったら食べに来てよ!」

 

高校入学初日からバイトを始めるなんて、千砂都は行動力あるなぁ…

 

「うん、せっかくだから後で食べに行くよ」

 

「私のたこ焼きは、まんまるで美味しいよ〜」

 

えっへん、と言ったように胸を張って言った千砂都に、なんだか少し元気が出た。それからたこ焼き屋の場所を聞いた俺は、彼女と別れて学校を出た。

 

「そういえば…」

 

学校を出て歩く中、俺は今朝のことを思い出していた。

千砂都を襲おうとしていた怪物、アイツらは今後も人を襲うのだろうか。そんなの、絶対に許されることじゃない。あの怪物が何なのかはわからないけど、アイツらは人の大切なものを奪う。最悪の場合、命ですらも…

 

大切で、大好きなものが奪われることがどれだけ辛いか、俺はよく知っている。

でも、俺にはあの怪物たちをどうこうすることなんてできない。俺が知らないだけで、あの怪物の被害を受けた人は他にもたくさんいるのだろうか…

 

「やっと、捕まえました」

 

突然耳に届いたその声とともに、俺の腕が掴まれる。考え事に没頭していたせいか、近づかれていることに気が付かなかった。

 

今、俺のことを捕まえるような人物は一人しかいない。

とうとう、鼓野志保に捕まってしまったのだ。

 

「っ…ちょっとしつこすぎませんか?そもそも、こんな強引な引き抜きとか大問題でしょ!」

 

俺がそう抗議の声をあげると、鼓野さんは慌てて答える。

 

「勘違いなんです!私たちは音楽プロダクションの者でもないですし、あなたを歌手として引き抜こうとしているわけでもありません!!」

 

え…?

 

音楽プロダクションの人じゃないし、引き抜きでもない…?

 

てことは俺の勘違…いやでもっ!

 

「でも、俺が奏音だって知ってて…」

 

「それは別の理由で調べさせてもらっただけです。勝手に調べてしまったことについては謝罪します。申し訳ございません」

 

「俺の音楽の力がどうとか…」

 

「確かにあなたの中に眠る音楽の力をお貸ししてほしいのは事実ですが、歌手としての配信やCDリリースなどをしてほしいというわけではありません」

 

え、じゃあ本当に俺の勘違い…?

 

俺が話を聞いていなかっただけ…?

 

しかも勝手に歌手としてだとか思って……

 

はずかしいぃぃぃぃぃ!?!?

 

「本当にすみませんでした!!!」

 

俺は勢いよく頭を下げて謝罪するのであった。

 

 

そして、改めて詳しく話だけでも聞いてほしいとのことで、俺たちは近くの落ち着いた雰囲気のカフェに移動してきた。それも、何やら外部に漏れてはいけない話らしく、会話が漏れることのない特別な個室席に案内された。

 

スカウトじゃないのは分かったけど、なんかそれはそれで怖いんですけど…

 

「先程もお話ししたように、我々はあなたに歌手活動を再開してほしいというわけではありません。ただ、それよりも難しいことをお願いしようとしています」

 

今の俺にとって、"もう一度歌う"ということは何よりも難しいことだと思っている。しかし、それよりも難しいこととはいったい、なんなのだろうか。

 

「難しいこと…?」

 

俺の呟きに頷いて、鼓野さんは話し始める。

 

「改めてにはなりますが、我々の組織は"護る"という意味を持つ言葉から、"プロテクション"と名乗っています。そしてその言葉の通り、プロテクションという組織は人々を"護る"ための組織です」

 

「人々を護る…?いったい何から?」

 

「音楽の力を悪用し、人々を襲う者たちからです」

 

にわかには信じられず理解し難いその説明ではあるが、俺にはひとつだけピンとくることがあった。

 

「それってもしかして、今朝現れた怪物みたいな…」

 

「えぇ。我々が敵対している組織には、人間を怪物のように変えてしまう力がある。その怪物たちは、"ヌッラ"と呼ばれています」

 

俺はその言葉に驚愕する。

 

「人間を、怪物に…!?じゃあ、今朝の怪物たちも人間…?」

 

「いえ、今朝のあの怪物たちは敵組織のいわば下っ端、''ニエンテ・ヌッラ''と呼ばれる怪物です。ニエンテ・ヌッラは、通常のヌッラと違い人間ではなく、ただ組織の命令で動く空っぽの鎧のようなものです」

 

空っぽの鎧…それで、頭に西洋の兜のようなものを被った見た目をしていたのか…

 

その説明を聞いて、俺は少しだけ安心した。少なくとも、今朝の怪物は人間ではなかったようだ。

 

「そんなヌッラを生み出し、人々の平穏を脅かそうと暗躍する組織があります。その組織の名は''ピリオド''」

 

「ピリオド…」

 

「そのピリオドから人々を護るための組織、それが我々プロテクションです」

 

怪物だとか、人を襲う組織だとか、到底信じられないような話ばかりだが、実際にその怪物に襲われた俺には、信じるしかなかった。

 

「我々は、ピリオドが生み出す人間を遥かに超えた力を持つ怪物と戦える戦士、"仮面ライダー"に変身するためのベルトを開発しました。しかし、その力は誰でも使えるというわけではありません」

 

怪物と戦う戦士?

仮面ライダー?

 

まるでおとぎ話かSF映画か、そんな突拍子もない話の連続に俺は混乱していた。

 

「少し話は逸れますが…人は誰しも、内なるところに"音楽の力"を秘めています」

 

「音楽の力?」

 

「ピリオドは、怒りや憎しみといった強い負の感情を持つ人間から音楽の力を引き出し、怪物ヌッラへと変貌させます」

 

音楽の力を悪用する。その言葉が、俺の胸にチクリと刺さった。音楽の力というものがなんなのかは全くわからないが、名前からして音楽が関係しているのは間違いない。音楽を悪用し、人々を苦しめさせるなんて許せない。

 

「そして、そんなヌッラに対抗する力、"仮面ライダー"になるための条件の一つが"音楽の力"です。ただし、ヌッラとは違い負の感情ではない。人々を護る、何かを叶えるといったような強い意志を持つ感情が、対象者を仮面ライダーにするほどの強い音楽の力を引き出すのです」

 

ヌッラと戦うための力、仮面ライダーになるためにも音楽の力を必要とする。ただし、それは敵とは違い、人を護る、何かを叶える、そのような強い意志を持つ感情から引き出される力のようだ。

 

「仮面ライダーになれるほど、通常よりも強い音楽の力を秘めた人物。我々は、そんな人物を必要としています」

 

仮面ライダーになれるほどの強い音楽の力を持つ人…

 

それを俺に話すということは、嫌でも予想がつく。

 

「もしかして、その強い音楽の力を持つ者っていうのが…」

 

「はい。あなたです、音居奏叶さん」

 

俺の瞳を貫くように真っ直ぐ見つめる鼓野さんの視線から、それが揺るぎない事実なのだとひしひしと伝わってくる。

 

「いや、でも俺に戦いなんて…ましてや俺、今はもう歌えないんですよ?」

 

そう、俺はもう歌えない。"とある事件"をきっかけに、歌声が出なくなった。そんな俺に、音楽の力だなんて…

 

「それも、ピリオドの…ヌッラのせいですよね?」

 

鼓野さんのその言葉に、俺の体は硬直してしまった。

 

「っ…そこまで、知っているんですね」

 

彼女の言った言葉は事実だ。音楽の力だとか、それを悪用するピリオドという組織だとか、そんなことはついさっきまで知りもしなかった。でも、人を襲う怪物がいるというのは知っていた。今朝千砂都が襲われているのを目撃したのよりも、ずっと前から。

 

なぜなら、俺自身が謎の怪物に襲われ、それが原因で歌うことができなくなったからだ。

 

「我々もまだ詳しくは把握できていませんが…あなたを襲ったのは、大切なものを吸収する能力を持つヌッラです。その能力で歌声が吸収され、音居さんは歌えなくなったと思われます」

 

「それで…」

 

俺自身、歌えなくなった理由に怪物が関係していることはわかっていたが、明確なことは何もわからなかった。声帯に傷をつけられたわけでもないし、突然歌声だけが出なくなるという現象。怪物に襲われたことによる精神的ストレスぐらいしか、思い当たる理由はなかった。

 

「あくまで歌声のみが吸収されただけであり、あなたの中に眠っている強い音楽の力の根本的な部分は残ったまま。つまり、あなたには、仮面ライダーとなって戦える可能性がある」

 

俺の力があれば、戦える。

音楽の力を悪用して、人を襲うヤツらと戦える。

そうすれば、俺みたいに大切なものを奪われて辛い思いをする人は減らせるかもしれない。ということなのか…

 

「ですが、ピリオドと戦うことは文字通り命懸けです。もちろん、私たちはそれを無理強いはしませんしできません。仮面ライダーに変身できるほどの音楽の力を持っているという点を除けば、あなたは普通の高校生ですから」

 

鼓野さんの言う通り、怪物と戦うのが危険なんてわかりきっている。今朝だって、なんとか千砂都を助け出すことはできたけど、逃げるので精一杯だったぐらいだ。凄い力を使えるとしても、そんな相手に自分から立ち向かっていかないといけない。下手をすれば命を失う可能性だってある。そう考えると、俺は恐怖で手が震えていた。

 

「ただ、音居さんにとって仮面ライダーになるメリットが一つあります」

 

しかし、次の瞬間、そんな俺の恐怖を打ち消してしまうほどの情報が鼓野さんの口から飛び出してくる。

 

「もし音居さんが戦っていくことになれば、あなたの歌声を奪ったヌッラと出会う可能性が高いです。そしてそのヌッラを倒すことができれば、あなたの歌声を取り戻すことができるはずです」

 

"歌声を取り戻す"。その言葉は、俺の心を動かすには十分すぎるものだった。

 

もう二度と歌えない。そう諦めていた俺にとって、歌声を取り戻し再び歌うことができるかもしれないというのは大きすぎる希望だ。

 

「以上が、私がプロテクションの一員としてあなたを探していた理由です。昨日から何度も追いかけ、ご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした」

 

「あ、いえ…それはもう全然…」

 

壮大な話の内容に、昨日今日と彼女に追いかけ回されていたことなんてすっかり忘れてしまっていた。謝罪する鼓野さんに対し、俺はもう気にしていないと答える。

 

「最後に一つだけ…仕事としてではなく、"私個人の考え"を話しても良いでしょうか?」

 

鼓野さんの申し出に、俺は頷いて彼女の声に耳を向ける。

 

「正直に言うと、こんな危険な戦いの中心に、あなたのような高校生を巻き込むべきじゃないと思っています。私には、ちょうど今頃あなたと同じぐらいの年齢になる甥がいました。だから余計に、戦いに巻き込んでしまうことを心苦しく思います」

 

仮面ライダーとヌッラについて仕事として淡々と説明をしてきた鼓野さんだったが、この瞬間は柔和な雰囲気となり、彼女が心から俺の身を案じてくれているのが伝わった。

 

「ですから、過度に責任を負う必要はありません。戦わないことを選択しても、あなたを責めるようなことは決してありませんから」

 

そう言われて改めて考えを巡らせる。

 

怪物と戦うなんて怖い。俺にできるのかだってわからない。けど、俺のように怪物に大切なものを奪われる人を見過ごすのだって嫌だ。

そして何より、もう一度歌えるようになるかもしれない。けど…

 

長い逡巡の後、俺はゆっくりと口を開く。

 

「少し、考えさせてください」

 

結局、今ここで答えを出すことはできなかった。

 

「もちろんです。あなたにはあなたの人生がある。しっかりと考えて、答えが出たらまた聞かせてください」

 

鼓野さんは俺に責任を負わさないよう優しい声音でそう言うと、手のひらサイズの半透明なディスク型の何かを取り出し、俺の方に差し出してくる。

 

「これだけ預かってもらってもいいですか?」

 

「これは…?」

 

「もしあなたが戦うと決断した場合、必要になるものです。音居さんの答えが決まるまで、預けさせてください」

 

「…わかりました」

 

俺はそれを受け取り、席を立つ。

 

「答えが決まったら、いつでも連絡してください」

 

別れ際に言われた言葉に頷き、俺はこの場を後にした。

 

 

外に出ると既に日は沈みかけおり、夕日で空は赤く染まっていた。

 

俺が、怪物と戦う戦士に…

 

そりゃ、俺と同じように大切なものを奪われて辛い思いをする人なんていてほしくないって思う。

 

そんな人を、守れる力…

 

それに、俺の歌声を取り戻せるかもしれない力…

 

俺にとって、何よりも大切だった歌声を…

 

でも、俺に戦えるのか…?

 

「俺は…」

 

いったい、どうするべきなんだろうか。

 

纏まらない考えに辟易とし、俺は外にいることをすっかり忘れて一人大きなため息を吐く。

 

「綺麗な夕日…」

 

考え込むのに疲れた俺は、ふと視線の先にある空を赤く染める丸い夕日をぼーっと眺めていた。

 

「ん…丸?」

 

何か忘れているような…丸…丸い物…

 

「あ!たこ焼き!」

 

そういえば、千砂都がバイトを始めたたこ焼き屋に行くと約束していたのだが、鼓野さんとの一件ですっかりと忘れてしまっていた。

 

「ちょうど気分転換にでもなるかな」

 

たこ焼きなら夕飯にもなるし、千砂都と話せば疲れた脳を癒す気分転換にでもなるだろう。そう思い、俺は千砂都が働くたこ焼き屋に向かうことにした。

 

 

「お、奏叶くん!うぃっすー!」

 

千砂都が働くのは、キッチンカー型のたこ焼き屋だ。初日とは思えないほどに慣れた手つきでたこ焼きを返している千砂都が、俺に気づきそんな独特な挨拶を投げかけてくれた。

 

「千砂都、調子どう?」

 

「絶好調!」

 

千砂都は得意げに笑って答えた。

 

「……そういう奏叶くんは、何か考え事?」

 

たこ焼きを返す手は止めずにちらっとこちらを盗み見た千砂都は、何度か視線を俺とたこ焼きで行き来させた後そう聞いてきた。

 

「え!?」

 

驚いてつい声を漏らしてしまった。まだ出会ったばかりの千砂都に、こんな一瞬の会話で、それも仕事をしながら見抜かれてしまうとは。

 

「……ちょっといろいろあってさ。それにしても、よく気づいたね?」

 

「今朝よりちょっと元気ないなって思って。それに朝誰かに追いかけられてたし、帰り学校で会った時も暗い顔してたから、どうしたのかなって気になってたんだ」

 

言われてみれば、千砂都には朝追いかけ回されていたところも、放課後空き教室の前で一人ため息を吐いていたところも見られている。疑問に思われても仕方がないか。

 

なんて俺が納得していたが、どうやら理由はそれだけではないらしい。

 

「それに、さっき似たような顔をした幼なじみが来たからね〜」

 

「それって、澁谷さん?」

 

「うん。かのんちゃんがさっき来てくれた時も、今の奏叶くんと同じような顔してたんだ。友達が"スクールアイドル"を始めたくてメンバー集めを手伝ってるけど、なかなか上手くいかないらしくって…」

 

スクールアイドル…確か、学校の部活動としてアイドル活動を行う人たちのことだよな。"ラブライブ!"という全国大会が開催されるほど人気で、テレビや雑誌等で取り上げられているのもよく見かける。

 

それにしても、今の話を聞く感じだと澁谷さんはメンバー集めを手伝っているけど、彼女本人はスクールアイドルはやらないといった感じなのだろうか。

 

「澁谷さんが一緒にやる、じゃダメなの?」

 

「うん…かのんちゃんも、いろいろ悩んでることがあって…元々その友達はかのんちゃんを誘ってたらしいんだけど、それは断ったみたいで」

 

まあ人それぞれいろんな事情もある。特に部活動は、高校生活を大きく左右するものでもあるため、そう簡単に決められることでもない。

 

「奏叶くんの悩み事は、もしかして朝追いかけられてたことと関係ある?」

 

「関係ないことはないんだけど、追われてたこと自体は解決したんだ」

 

「それなら一安心だよ。詳しく聞けなかったし、追いかけられるなんて、なにか危ない目に遭うんじゃないかって心配してたんだ」

 

そう胸を撫で下ろす千砂都。そんな彼女を見て、ふと疑問が湧いた。

 

「千砂都は、なんでダンスを始めたんだ?」

 

教室での空き時間、澁谷さんから千砂都はダンスがとても上手いんだと聞いた。音楽科にもダンスで合格しているぐらいだから、彼女のダンスの腕前は相当なものなんだろう。

 

「うーん…ダンスを始めた理由か…」

 

千砂都は少し悩んでから答える。

 

「"隣に立ちたい人がいる"からかな」

 

それは、予想外の答えだった。

幼少の頃からやっていると聞いていたため、踊るのが好きとか、かっこよく踊りたいとか、なんなら親に言われてだとか、そう言った答えを予想していた。

 

「憧れてる人、みたいな?」

 

「うん。私はその人に助けてもらってばかりだったから、今度は私が、その人を隣で支えられるようになりたい。だから、ダンスを始めたんだ」

 

千砂都は手際良く焼き上がったたこ焼きを8つパックに詰めると、俺の方を向いてニコッと笑った。

 

「そのためなら、私はどんなことだって乗り越えてみせるよ!」

 

明るく、けれども力強くそう言った千砂都の姿は逞しく、とても輝いて見えた。

 

「っ…!」

 

何を迷ってるんだ…俺!

 

俺が迷っている内にも、ピリオドって組織が怪物を生み出してまた人を襲ってるかもしれない。そうなったら、千砂都のような目標に向かって直向きに頑張ってる人の道が、また閉ざされてしまうかもしれない。

 

俺が戦う力を持っているのだとしたら…

 

俺は、そんな人たちをひとりでも多く守りたい!

 

そして、俺だっていつかまた歌いたい…!!

 

ずっと気持ちに蓋をしていた。

本当は、心の奥底では、もう一度歌いたいって願っていた。けれど無理だと勝手に諦めて、ただただ無気力になって過ごしていた。

 

──でも、そんな俺とは今日でお別れだ。

 

「千砂都、ありがとう」

 

「え?」

 

「千砂都のお陰でわかったんだ。俺がやるべきこと…いや、俺のやりたいこと!」

 

「えっと…なんだかよくわからないけど、悩みが晴れたようでよかった!」

 

突然感謝の言葉を言われ困惑気味の千砂都だが、先程よりも晴れやかな表情をしている俺に安心したように笑い返してくれた。

 

「はいっ、ちぃちゃん特性たこ焼きです!」

 

千砂都の自信満々な笑顔と共に差し出されたたこ焼きが入った袋を受け取る。

 

「美味しそうな匂い…!」

 

袋の中から漂うソースの甘い香りとたこ焼きの香ばしい香りが、俺の食欲を掻き立てる。

 

「奏叶くんのやりたいこと、上手くいくといいね!」

 

「うん。ありがとう!」

 

千砂都に強く頷き返し、俺は帰路に着いた。

 

そしてすぐにスマホを取り出し、貰っていた名刺に記載されている番号に電話をかける。

 

『鼓野です。音居さんですか?』

 

「はい。答え、決まりました」

 

『……聞かせてもらえますか?』

 

覚悟は決まった。

 

一呼吸置いて、俺は自分が出した答えを口にする。

 

「俺、戦います。大切なものを奪われて苦しむ人を、ひとりでも多く助けられるように。そして、俺の歌を取り戻すために!!」

 





──次回、『〜奏でるムジカは青空のソナタへ〜』

「幸せそうな人間を見ると、イライラするなぁ…!!」

負の感情を抱えた人間が変貌した怪物─ヌッラが、ついにその牙を剥く。
危機に瀕した街で、澁谷かのんの"ある行動"が、戦いを決意した奏叶に最後の勇気を授ける。

「変身!」

音楽の力を宿した戦士─"仮面ライダームジカ"、ここに誕生!

「さぁ、ライブの開幕だ!」

『#4 勇気の青空』















─────

『#3 踏み出す一歩』
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます!!

今回も準備でき次第、活動報告の方で#3について少し話そうと思っています。そちらもよかったら遊びに来てください!

お気に入り登録や感想、評価等いただけると大変励みになります。
もしよろしければ、よろしくお願いします!

次回『#4 勇気の青空』も、明日 6月28日20時に投稿予定です。
次回もお楽しみに!
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