最終巻No.431の続きを、命削って全力で書いたらこうなった(全年齢版) 作:練乳グラブジャムン
※SIDE 飯田
低い、ィィィィン……というマイク音の後に、スピーカーから聞き取りやすい女性の声が響き渡った。
『皆様、本日はお忙しい中、お集まりいただきまして、誠にありがとうございます』
ヒーロー公安委員会の大会議場。
最大収容人数1160名を誇り、階段状になった席は巨大な映画館か劇場を連想させる。
そこに、全国各地のヒーロー、警察関係者などが一堂に会していた。
僕らA組はステージ上で長机に連座しているため、どれほどの人数が集まっているか、否応なしに実感させられる。
ホークス、オールマイト、根津校長の他、ルミリオンやシンリンカムイなどの有名ヒーロー、警察のお偉い様方も、スクリーンを挟んだ反対側でステージ上にいた。
こんな集まりはサミットか、AFOとの決戦以来ではなかろうか。
知らない人間が見たら、戦争でも始まるんじゃないかと心配になるかもしれない。
実際、これだけの人材が集まれば、戦争を起こすことも可能だろう。
《緑谷出久と麗日お茶子が想いを伝えあうため、最も相応しい舞台を用意する》
正面の巨大なプロジェクターに、A組のみんなが決めた目標、スローガンが投影されていた。
集まる人間全員が大真面目な顔をしてこのスローガンに眼を向けているのは、傍から見れば滑稽な光景に見えるかもしれない。
大人が真面目に悪ふざけをしたらこうなる、という典型例を見ているようだ。
事ここに至り、自分の思い付きから始まった企画が、多くの人に伝播し動かしている事に、感動と、ある種の恐怖を感じていた。
緑谷君から相談を受け、最初は同級生の三人で話していた企みは、いまや国中を巻き込むと表現していいほどの、一大プロジェクトに発展していた。
まさかこれほどの規模になるとは思っていなかった。
あれから更にスポンサーも増えたが、今更ながら、資金協力をお願いしておいてよかったと思う。
公安委員会の方だろうか、容姿のよい女性の方が、アナウンサーのように司会を続けていく。
『これより、第三回。緑谷出久様、麗日お茶子様の、恋仲発展プロジェクト会議を開催させていただきます』
しっとりと名前を読み上げる喋り方が、結婚式の披露宴で司会をされているかのように聞こえる。
もちろんここは式場ではないし、本人達はこの場に不在だが。
『今回、初参加の方が大多数かと存じますので、まず最初に、簡単に本会議の趣旨をご説明させてください』
壇上で一礼し、一泊おいて話が続く。
『本会議では、大戦の英雄。デク、こと、緑谷出久様。および、個性カウンセリングの第一人者。ウラビティ、こと、麗日お茶子様。お二人の、恋仲の発展を目的としたもので御座います』
スライドが切り替わり、緑谷君と麗日君の顔が特大ドアップで表示される。
上下に、右と左に向かう矢印が表示され、それぞれにハートマークが描かれていた。
『緑谷様は、麗日様に。麗日様は、緑谷様に。お二人は、お互いに対して、一途で、とても尊い、恋心を抱いておられます。しかし、お二人とも、まだお互いのお気持ちには気付いておりません。更に、とても多忙なお二人は、これまで、一度のデートもしたことが御座いません』
「結婚式の紹介ビデオか」
後ろに座る爆豪君の声が聞こえた。
スピーカーの大音量にかき消されて客席には届かないが、近くにいる僕らには聞こえる声だった。
確かにもう喋り方が、そういう風にしか聞こえない。
『お二人に、楽しいデートをしていただき、素敵な想い出を作っていただく。そして願わくば、お二人の胸に秘められた、大切な恋心。緑谷様から、麗日様に。あるいは、麗日様から、緑谷様に。ご本人様から、自発的に、相手にお伝えいただく。その幸福に満ちた瞬間の訪れを期待して、最大限のお手伝いをすること。それが、本プロジェクトの目的で御座います』
スライドの映像が切り替わる。
二人の写真の間にあった矢印が消え、二人を囲むように巨大なハートが描かれた。
会場のあちこちから、ちらほらと拍手が聞こえた。
「ここに集まってる連中は、大真面目に何やってんだ、と思わねえのかよ」
「やめてくれ爆豪、今だけは笑わせんな。俺らの表情、会場から丸見えなんだって」
『お気持ちを伝えあっていただくのは、あくまで、緑谷様と麗日様のご意思に委ねられます。我々は、素敵なデートをしていただくための、舞台を整えることに注力します……では、具体的に、どのような舞台が必要でしょうか?』
会場全体に対し、問いかけるような間があった。
『……それは、犯罪の無い、平和な街です。緑谷様、麗日様は、どちらもヒーロー。何かトラブルがあれば、即座にデートは終了。お二人は犯罪への対応に追われる事となってしまいます』
語りに間が持たれ、会場内に沈黙が流れた。
『このため本プロジェクトの完遂には、犯罪を捕らえるのではなく、発生する隙も与えない、完璧な警備が必要不可欠です。なお、お二人のアーマーおよびコスチュームにつきましては、メンテナンスの名目で回収し、当日現地には一般人と同じ装備で向かっていただく事になります。警備の重要性がより向上しておりますので、ご理解ください』
ふむふむ、と理解を示して頷く参加者達。
ステージ上の席からは、会場の様子がよく見えた。
『ではここから、警備の詳細な計画についてご説明させていただきます』
司会の声色が変わり、結婚式の紹介のような喋り方から、会議の司会のようなビジネスライクな口調に変化した。
『本プロジェクトは、デートの舞台として、岐阜県下呂市、下呂温泉を選定しています』
スライドが切り替わり、本州のおよそ中心部の地図が描かれる。
岐阜県の山間部、下呂駅に赤丸が打たれ、静岡駅と富山駅から、それぞれ向かう経路が表示された。地図アプリの画像だろう。
『当日土曜日は、緑谷様が、富山駅より移動。麗日様は、静岡駅より移動を開始し、名古屋でお乗り換え。現地、下呂駅で合流の予定です。御覧のとおり、緑谷様が先に到着する予定になっております。緑谷様が前日金曜日にお仕事があるため、このような別々の移動となっております』
そう、実はどうしても緑谷君の都合をつけるうえで、前日の調整が出来なかった。
当初の予定では、静岡駅からずっと一緒に移動させよう、と画策していた。
雄英の方でも苦心してスケジュールを調整してくれたが、どうしても金曜日の富山講演が動かせなかった。
関係者は全員理解を示してくれたものの、いかんせん、既に講演チケットを配り終えた後であった。
かなり前から告知していた話でもあり、どうやっても変更が不可能だったのだ。
このため、静岡駅から一緒に移動させるという画策は叶わなかった。
時間にして三時間以上、一緒の時間が減ってしまった事になる。
みんなもそうだが、オールマイトがとても悔しがっていた。
いまも檀上の反対側で、苦虫を嚙み潰したような表情をしている。
『前日より、この経路上の各駅に、ヒーローと警官を配置します。東海道本線が10駅。これは新幹線が停車する駅を中心にピックアップしています』
『高山線は39駅、全てに配置させていただきます。これは新幹線と異なり、特急がローカル線と同じ路線を使うため、途中のトラブルでの停車を防ぐ目的があります。各駅を担当するヒーロー事務所については、お手元の資料をご参照ください』
僕らの手元にも資料があるのでページをめくる。
警備を行う駅名と、担当するヒーロー事務所、必要な人員数が記載されていた。
更に所管警察署と、配備される人数も併記されている。
『お二人が乗車される電車内の警備についてご説明させていただきます。こちらはコスチュームが目立ってしまうため、ヒーローは同乗しません。こちらは警察関係者の皆様のご尽力により、私服警察官が同乗し、目を光らせる予定です』
画面に電車の座席表のような図が表示され、全車両に配置される警官の位置が表示される。
ステージ上、スクリーンを挟んで反対側で、塚内さんの顔が引き締まったのが伺えた。
『緑谷様と麗日様の乗る、特急列車。こちらは各10名を配置し、4両全ての車両をカバーします。麗日様が名古屋までお乗りになる新幹線には、40名を配置。こちらは御覧のとおり16両あるため人員が多く割かれています。不信人物の搭乗は、特に厳重な静岡駅および富山駅、および各停車駅の警備段階で防げる想定ではありますが、万が一を考慮しております』
全ての車両に最低二人以上が同乗していた。座席ではない、デッキにまで人員が配置されている。
ずっとデッキにいるわけではなく交代で監視するのだろうが、それでもすごい気合の入れようだ。
「警官乗せすぎだろ。どこの重要人物を護衛するつもりだ」
「大戦の英雄サマだよ……あと、その彼女候補。上手くいけば未来の嫁さん」
「これだけの人間を巻き込んでて、ヒーロー不在の電車内で万が一があったら、警察のメンツ丸つぶれになるから力入れてるんだろ」
後ろの爆豪君、切島君、上鳴君が感想を漏らしている。
会場に聞こえはしないだろうが、気が気でないから、静かにしてほしい。
『次に、下呂温泉に通じる主要道路の警備についてです。国道と県道がそれぞれ一本、更に複数の市道があります。全ての道路で、前日夜から警察とヒーロー合同の検問を実施。下呂駅周辺への不審車両侵入を取り締まります。こちらも分担はお手元の資料でご確認をお願いします』
地図が拡大され、下呂駅周辺を映す。街に至る、あらゆる道路に検問のマルが付けられていた。
ネズミ一匹通すまいという気迫が感じられた。
『続いて、最も重要となる、市内の警備についてご説明いたします。こちらは市街地のマップです。赤の点がヒーロー、青の点が制服警官、緑が私服警官の配置です』
網目上に入り組んだ地図の至る所が、赤、青、緑の点で埋め尽くされる。
『これは、普段の下呂温泉の警備パトロールに比べて、約51倍の人数になります。ただこの数値は、路地裏や公共施設、宿泊施設、高層建築物、周辺の山間部まで、全てを網羅していることをご留意ください。実際に人が移動するであろうと想定される行動圏内であれば、市街地内で目撃するヒーロー数および警官数は、普段より少し多いか、くらいの認識に留められると想定されています』
『本プロジェクトは極秘であるため、一般市民へ影響の無いよう、特にお二人には気付かれないように警備を完遂するのが重要となります。ヒーロービルボードチャートに名前が掲載されているヒーローの方は、現地警備をご遠慮ください。サイドキックやチームアップを頼り、必要な人員の確保をお願いいたします。確保が難しい場合、ヒーロー公安委員会にご相談ください。充当できるよう、手配させていただきます』
『当日はヒーロー公安委員会の主催で、観光地パトロール訓練イベント、と称したイベントを開催します。広場で屋台を出して住民交流を行うものですが、これにより、市街地にヒーローや警察官が多い理由付けを行います。この広場は御覧のとおり、駅からかなり離れております。観光客の徒歩による行動予測圏内からは大きく離れており、緑谷様と麗日様が来られる可能性は極めて低く、現地住民の方が来場される程度と予測されます。このイベント会場は、警備全体の統括基地としての役割も兼ねており、屋台をカモフラージュに、重要設備は目視出来ない範囲に集約します』
「イベントの名前適当すぎンだろ」
「ぶっ! ……あぶねえ。爆豪、頼むから笑わせんな」
『サイドキックおよびチームアップへの依頼につきましては、こちらのイベントを理由に招致してください。緑谷出久様、麗日お茶子様に対して、不必要な干渉をしたり、過剰に視線を向けることは、デートを阻害する要因となってしまうため、厳に慎む必要があります』
『当日現地警備に当たる方には、お二人については触れず、イベントへの協力と、下呂温泉周辺の警備を強化することのみをお伝えください。我々が目を向ける対象はお二人ではなく、違法行為を起こさんとする犯罪者です。目的を間違えないよう、十分にご注意をお願いします』
確かに、周りの人間が二人を意識してしまっては本末転倒だ。
なるべく自然体でいるためにも、この案内は必要だろう。
『ここからは、更に詳細な警備内容についてご説明させていただきます。まず――』
その後も細かい内容が続いた。
身に着ける持ち物、万が一ヴィランや一般の犯罪者発見時の対応、緊急連絡先。
当日までの準備、前日の緑谷君の護衛(極秘)、駅周辺の重要設備、警察署の場所、温泉街のパトロールの時間割、検問での対処法、交代のスケジュール、経費の請求先……
基本的に資料に記載があるとはいえ、内容は多岐にわたった。
次々にスライドが切り替わり、膨大な資料をめくっていく。
時間がどんどん過ぎていく。
本格的な警備計画がどれだけ大変か実感させられる。
『――以上となります。もし何かご質問やご確認事項がありましたら、ヒーロー公安委員会までご相談下さい。最後に、ヒーロー公安委員会、会長のホークスより、一言、締めのご挨拶をさせてください』
司会に促され、ホークスが壇上に立った。
『えー、発起人の皆様を差し置いて、私から一言というのも、大変僭越なのですが……ま、堅っ苦しい挨拶は不要と思いますので、ざっくばらんに申し上げますね』
いきなり砕けた、飄々とした態度になる。いつものホークスだ。
『緑谷出久と麗日お茶子を、くっつけるのは簡単です。ただ相手に気持ちをバラせばいい。こんな会議も警備もいりませんよ』
いきなり全否定だ。
でもそのとおりだ。
ただくっつけるだけなら、こんな簡単な事は無いのだ。
『でもね……それじゃあ面白くない。面白くないんですよ、そうでしょう? そんな方法じゃ、二人とも嬉しくないし、僕らだって面白くない。だから皆さん、こうして集まってくださったんでしょう?」
面白くない、というのは語弊があるかもだが、そのとおりだ。
もっといい方法があってほしいと願って、大勢の人に相談した。
『聞けばこの二人、高校時代からずーっと両片思い。デートの一回すらしたことがない。今時、天然記念物並みに面白い二人ですよ。ほんと、何でまだくっついてないんでしょうね』
「だからクソナードなんだよ……」
「心底同意だけど、勘弁してくれ爆豪。笑っちまう」
『せっかくこんな面白い逸材が揃ってるんです。面白い事をしたいじゃないですか。我々は、二人の気持ちをバラさらない。二人をけしかけたりもしない。我々が何を考えているか、我々が何をしているかも知らせない。二人は何も知らない』
『この難しい条件下で、もし二人がくっついたら。それ、クッソ面白くないですか?』
ニヤニヤとした笑いを浮かべて、心底楽しそうにホークスが語る。
『舞台を整えましょう、我々の力で! 犯罪を抑止し、二人が何の心配もなく、丸一日ただイチャついてデートできる環境を提供しましょうよ!』
ホークスが身を翻す。まるで舞台役者だ。
『皆さん、今回の話が来たとき、どう思いましたか? デートの舞台を作るって何だよ。それヒーローの仕事か? 警察の仕事か? って思いませんでした?』
確かに、普通はそう思うだろう。
僕だってこんな仕事が来たら、何だこれは、と思わずにはいられないと思う。
『その疑問に、ずばりお答えしましょう……ハイそのとおりです、と! これこそが我々の仕事です、と! 何故かって? 決まってるでしょう!』
一拍の間をとり、ホークスがひときわ大きな声で、静まり返った会場に言葉を響かせた。
『デートは平和な時にしか出来ないじゃないですか』
その一言に、気のせいだろうか。
会場に集まった人々の顔が、少しだけ、引き締まったように感じた。
『皆さんの家族や友人が、楽しく遊んだり、安心してデートしたりできる、平和に暮らせる街を作る。それが我々の仕事でしょう? 大捕り物なんか要らない、ヒーローも警察も暇な社会こそが、我々の目指す理想じゃないですか』
『我々のことなど何も知らずに、平和に、呑気に笑ってる人の顔。それを見て、実は自分達のおかげなんだぜ、と思いながら、こっそりニヤニヤさせてもらうのが、我々の仕事の面白いところじゃないですか』
ニヤニヤというのはともかく、中身は凄く共感できた。
何のトラブルも無い、平和な街のパトロール。
楽しそうな人々の顔を見ながら、時折挨拶を交わして、何もなかったと安堵して事務所に戻る。
確かにあれは、事務所の席に着いたときに、思わず頬が緩んでしまう、いい瞬間だ。
ふと、なぜホークスがこんなに喜々として、この計画に賛同してくれているのか、分かった気がした。
二人と知り合いだからという理由もあるだろうが、それだけじゃない。
きっと彼が目指す理想に近かったからだろう。
『これだけの規模と人数で、こんな小さな温泉街すら守れない? そんなバカなこと無いでしょう? 我々はそこまで無能じゃありませんよ。皆さん、緑谷と麗日は、全く知らない他人という人も少ないでしょう? 我々の力で、バレずに成功させましょう! やり遂げてみせましょうよ。緑谷出久と、麗日お茶子の初デート!』
誰ともなく、拍手が巻き起こった。
会場にいた人達の気持ちが、ひとつになったようだった。
少なくとも僕にはそう感じた。
公安から回ってきた、ただの警備の仕事。悪ふざけみたいな目的。
多くの人の認識はそんなものだったろう。
それが、なにかとても面白い、大切なことの前触れのように感じられたのではないか。
会議が終わり、集まった人々が帰るとき、大勢の人に声を掛けられた。
一緒に頑張ろう。やってやろうじゃん。心配するな。任せておけよ。
そんな、暖かい言葉を沢山もらえた。
実際、これだけの人員を動員しても犯罪が発生してしまうようでは、普段の治安など望むべくもない。
ヒーローが暇な社会を目指すという、現会長ホークスの意気込み。
自分達の力が試されていると、多くの人が思ってくれているようだった。
大勢の人の協力を得て、本当に心強く思いながら、旧友の顔を思い浮かべる。
緑谷君、麗日君。
もう少しの辛抱だ。
もうすぐ君達にとって、最高の舞台が整うだろう。
―――― to be continued