最終巻No.431の続きを、命削って全力で書いたらこうなった(全年齢版) 作:練乳グラブジャムン
※SIDE 麗日
軽く食事を済ませ、私と百ちゃんは、美容室に向かうタクシーの中にいた。
拳藤さんとはエステのお店で別れていて、今は百ちゃんと二人だ。
「でね、ビフォア、アフターで数値で出されたんやけど。本当に細くなってたんよ」
エステの効果はすごかった。
終わって鏡の前に立った時に、一瞬自分じゃないと錯覚するほどだった。
数値で見ても明らかにスタイルが変わっていた。
特にバストサイズが若干上がっていたのには、目が飛び出るんじゃないかというほど驚いた。
エステが終わった後、アンケートは死ぬほど詳細に、べた褒めして書いた。
「そういうものですから。あのお二人は、特に結果を出すことに特化しておりますわ。私から見ても、麗日さん、綺麗になっておりますわよ」
「はは、ありがと……なんか、すっごい気持ちよかったんだけど……物凄く疲れた」
ただ横になっていただけのはずだが、一日中戦い続けた後かのような、すごい倦怠感が全身に満ちていた。
「一気に全部やったので、身体への負担も大きいでしょう。初めてなら特に負担は大きいかと。もちろん、揉み返しなどは最小限にする腕はお持ちですが。一晩ぐっすり休めば、リフレッシュされるかと」
「そういうもんなんか……」
これが本当に仕事なのか、という混乱が、疲れに拍車をかけている気がする。
タクシーが止まり、車を降りる。目の前にあるのは美容室だ。
「……ねえ百ちゃん? ……本当に、こんな仕事あるの? 美容師の練習台って……」
今日何度目かの疑問が口を突いて出た。
「またですの? ちゃんと正式な手続きでお仕事を依頼したではありませんか」
「それはそうなんやけど……明日旅行やろ? エステと美容院って、あまりにタイミングが良すぎるというか……」
「そう言われましても、それは麗日さんのご都合でしょう? 金曜日しか空いていないと仰ったのは、あなたではありませんか」
「そうなんやけど……でも本当に、なんで金曜日の仕事だけ全部リスケになったんやろ……」
「不思議な偶然もあるものですわねぇ」
「こんな偶然あるんやろか……」
まるで魔法でもかけられているかのようだ。
不思議な事ばかり起こっているのに、納得するしかない状況が完璧に整えられている。
世界が意志をもって動いているかのような錯覚。
現実に対しての理解が追い付かず、頭を抱えながら店に入った。
美容師さんが現れ、自己紹介をされる。
二人ともマスクをしていて、素顔は伺えないが、優しそうな雰囲気があった。
「クリエティ様、ウラビティ様。今回はご協力ありがとうございます。本日は、私、かみきr、んっ、ん゛ん゛っ!」
喉が詰まったのか、咳払いが入った。
「……失礼しました。私、カミキ、と。隣の鈴木が、練習として、一連のサービスをさせていただきます。私がウラビティ様をご担当し、鈴木が、クリエティ様のご担当となります。よろしくお願いいたします」
席につき、背後にカミキさんが立った。鏡越しに会話が始まる。
「ではウラビティ様。本日は、どんな感じにしましょうか?」
「え、希望とか聞いてくれるんですか?」
練習台だと聞いていたから、好き勝手に弄られるのかと思っていた。
「勿論です。お客様のご要望をお聞きし、ご満足いただけるよう配慮することも、練習のうちで御座いますので」
「隣から失礼します、私の方からお願いさせていただいてもよろしいでしょうか。ウラビティさんの方は、カラーとスタイルはこのままで大丈夫ですので、カットはシルエットを整えるようにしていただけますか。髪が痛んでいると思いますので、スキャルプケアとトリートメントを重点的にお願いします。とにかく、自然で綺麗な髪にしていただければ。こちらから気になっている点は以上です。プロの視点で何か気になるところがあれば、あわせてお願いします。麗日さん、それでいいですよね?」
「え、は、はい……」
考える間も無く、百ちゃんに全部言われた。
まあ、いきなり大きくスタイル変えられても困るから、百ちゃんの指示通りでいいけど……
「なんか百ちゃん、今の全部、前もって考えてなかった?」
「そうですわね、タクシーで見ていた時に。お疲れのようでしたし、申し上げたのですが……お邪魔だったでしょうか?」
「いや、全然ええんやけど……」
何故だろうか、不自然なくらい準備がいいように思えてしまう。
でも、昔から百ちゃんは、きちっとするのが上手かったし……
「畏まりました。そうですね……お見受けしたところ、ウラビティ様は骨格が丸いので、いわゆる丸顔にあたります。いまの髪型はフェイスラインに沿ってサイドが流れており、これによって小顔効果が出ております。仰られるとおり、大きく変える必要は御座いません。とてもお似合いのヘアスタイルだと思います」
「あ、そうなんですか」
昔からこの髪型だったし、あまり意識したことはなかった。
「ではカットは軽く、整えるようにさせていただきますね。トリートメントですが、普段お使いのものとかありますか?」
「え? あ、えっと……普段、やってなくって。たまに美容院に行ったときにお願いするくらいで」
「では、私の方でお選びしてよろしいでしょうか」
「はい。お願いします」
トリートメントなんて、正直何も分からない。
「うん、そうですね……確かにクリエティ様のご要望のとおり、触って見たところ、全体的に傷んでいる感じです。ダメージケアを重点的に行うのが良いと思いますが、いかがでしょう」
「あ、はあ……それでお願いします」
傷んでいるのは何となく腑に落ちた。
普通のOLさん等に比べたら、ヒーローをやっている自分の髪が痛んでいるのは、至極当然と思える。
「カラーはお使いですか?」
「いえ、とくに染めてはいないんですけど」
「では保護の効果から、トリートメント後にグロスカラーはいかがでしょうか」
「えっと……すみません、グロスカラーってなんでしょうか?」
染めたことが無いからカラーなんてよく分からない。
「グロスカラーというのは、簡単にいえば、色を加えずにツヤ感や質感を向上させるものになります。トリートメントで髪の内部をしっかり補修させていただいた後に、グロスカラーを使わせていただくと良いかと。今の髪色をそのまま活かしながら、くすみを抑えて透明感を出すことで、より健康的で美しい髪に見えますよ。傷みやすいお仕事の方の場合、髪のダメージを抑える効果も期待できます」
「あ、そうなんですか……じゃあ、それもお願いします」
やったことが無いから分からないが、髪が痛まないようになるのは嬉しい。
「その他にご要望以外ですと……眉カットはいかがでしょう。今よりほんの少し、横に流れるような感じにするのがよろしいかと」
「あ、お願いします……私ちょっと眉太くて。狸顔というか、なんというか……細くした方がいいんだろうな、って……」
「ご安心ください。眉は、決して細ければ良いというものではありません。ある程度の太さがあった方が、表情が伝わりやすく、魅力的に感じやすいという論文も御座います」
実は少しコンプレックスだったのだが、即座に見透かされたようだ。
「人の顔には、その人に合った魅力の出し方というものが、必ずあります。少々整えさせていただくだけで、無為に細くするつもりはありません。本人が気にしている所は、実は他人から見るとチャームポイントだったりするのです。ウラビティ様の魅力を、しっかり引き出せるよう、微力を尽くさせていただきます」
「はい……あの、ありがとうございます」
何故か褒められたような気がした。
私の魅力か……よく分からないけど、そんなものがあるなら、是非引き出してもらいたい。
「承知いたしました。では、本日お使いする物についてですが――」
あれを使って、これを使って、どういう成分で、どういう効果で……と説明してくれるが、正直何も分からない。
オススメに対して、はい、はい、とただ返事を返すことしか出来なかった。
エステの疲れもあるのだろう、倦怠感でぼーっとしている間に施術が進む。
髪を洗われ、乾かしてカットし、眉を整え、フェイスマッサージが入り、トリートメントに移る。
隣で百ちゃんも同じように受けている。
……やっぱり、こんな仕事あるわけないと思うのは、私の考え過ぎなんだろうか。
髪を櫛で梳かされながら、髪に薬液が馴染んでいく感覚に身をゆだねていた。
ぼーっとした頭に、ふと疑問がよぎる。
あれ? この美容師さん、どこかで見たことがあるような……?
「あの……ちょっと気になったんですけど」
「どうされましたか?」
「えっと……美容師さん、カミキさん、でしたっけ。どこかで見たことあるな、って思って……テレビとか雑誌とか、出られたことありますか?」
「……たまに間違われます。著名な美容師に似ていると。光栄な事です」
ということは、違う人か。
まあ考えてみれば、メディアに出るほど有名な人が、こんな所で練習台を求めているはずもない。
「ご安心ください、腕には自信が御座います。著名な美容師に勝るとも劣らないと自負しております」
にっこり微笑み、髪を梳いてくれる。
腕に自信があるというのは本当なのだろう、物凄く気持ちがいい。
カットの時もそうだったが、髪を引っ張られたり、絡まったりするような抵抗感を全く感じない。
常に優しく丁寧に繊細に。一本一本に至るまで、綺麗に髪が整えられていく心地よさ。
女性として至福のひと時かもしれない。
自然に瞼が落ちていき、心地いい溜息が漏れる。
「――以上で終了です。ウラビティ様、お疲れ様でした」
「はぇ……?」
気が付けば、サービスは全て終わっていた。
「あ……す、すみません。私、寝ちゃって……」
眼をこすって、眠気を飛ばす。
まずい、お仕事だというのに意識が飛んでいた。
カラーとか、いつやってもらったかも覚えていない。
「いえいえ。リラックスしていただけたようで、安心いたしました。仕上がりの方ですが、いかがでしょうか?」
「へ……ぅぇぇええええっ!?」
顔を上げ、鏡に写る自分を見て戦慄した。驚くなんてレベルじゃない。
毎日の仕事で痛んでいたとは思えないほど、驚くほどしっとり、滑らかで健康的な髪になっている。
枝毛や癖毛など微塵も無く、前髪や毛先に至るまで、完璧に整えられていた。
綺麗に均一に纏まって、軽くしなやか、自然に馴染む。
首を左右に回してみるが、どこにもおかしな箇所が見当たらない。
動きに合わせて自然に広がり、止まればナチュラルに纏まる。
それでいてペタンとせず、ふわりと空気を含んだボリュームもあり、どの角度から見ても自然で立体的。
自分の手で少し梳いてみる。
しっかり乾いているのに、驚くほどしっとりして、きめ細かい手触り。
水のようにサラサラと流れて、意志を持ったかのように美しく纏まる。
……なんなの、これ。
自分の頭に付いているのに、自分の髪だとは信じられない。
普段通っている美容院でやってもらった時と、明らかに全然違う。
髪だけじゃない。眉も上手く整えられて、髪と顔との、全体のバランスが非常に良くなっている。
顔のマッサージもされていたが、フェイスラインも整えられている。エステでも良くなったが、更にシュッとしていた。
「……お気に召していただけたでしょうか?」
「へっ!? あ……はい。すっごい……すっごく良くなってます」
「ありがとうございます」
「……あの、今回のお仕事って……練習台、ですよね? その……練習、いるんですか? えっと……え? 練習とか……絶対いらないですよね、これ……」
本心だ。どう考えたって、この人に練習台なんて絶対いらない。
こんな上手い美容師さん、見たことが無い。とんでもない技術だ。
一流も一流、超一流の技術ではないだろうか。日本一上手いんじゃないかとすら思う。
この人が近所に店を構えてくれたのなら絶対に通いたい。
周辺の店舗の倍、いや三倍の値段であっても、たちまち予約も取れない人気店になると思う。
「お褒めにあずかり光栄です。私も良い練習をさせていただきました」
鏡の中の私は、驚愕に口をあんぐりと開けて、わけの分からない顔をしているのに対し。
カミキさんは、とても嬉しそうに、にっこりと笑った。
それからアンケートを書いて店を後にした。
アンケートは自分の語彙力の限界まで褒めまくってビッシリ書いた。
カミキさんがどこに店を構えるつもりか尋ねたが、海外を転々とするのだと聞いたときには物凄いショックだった。
近くにあってほしかった。値段なんか無視して絶対に毎月通うのに。
移動するタクシーの中で、私は百ちゃんにひたすら謝り続けていた。
「ごめんね百ちゃん、本当にごめんね。百ちゃんがカミキさんにやってもらえれば……」
「まだ気にしてらっしゃるんですか?」
「だって、百ちゃんの所に来たお仕事なんに……」
隣で百ちゃんも練習台になっていたが、終わった後に愕然とした。
明らかに私と比べて、仕上がりの完成度に差があったからだ。
「麗日さんが気に病むことではありませんわ、お仕事なのですから。別に変な髪型にされたわけでもありませんし、普通の美容院に行ったのと変わりませんわ」
「そうは言ったって、差があり過ぎるんやもん……申し訳なさすぎるよ……」
百ちゃんの言うとおり、別に鈴木さんだって下手というワケではなかった。
ただ、カミキさんの腕が異常過ぎた。上手いというレベルを超えている。それほどの技術力だった。
練習が必要なのは鈴木さんだけだろう、素人の私にだって分かる。
あれではまるで、超一流の師匠が手本を見せ、その隣で新人の弟子が学んでいたかのようだ。
「さ、着きましたわ」
今日最後の仕事。
ネイルサロンの、ヒーロー業を対象にしたモニタリングだ。
「……百ちゃん。ごめん。本当に、本当に何度もごめんね……これ、本当にお仕事だよね?」
「はい、そうですが?」
「そうだよね……そうなんだよね……いやでも、さっきの人、カミキさん? ヤバいってあれ……絶対練習なんていらんよ? 美容師さんだけじゃないよ、エステも凄かったよ……双子で息ピッタリで……モニターとか練習台とか、本当にいる? 絶対いらんって……あの人達は、事業にいったいなんの不安があるんや?」
頼むから嘘だと言ってほしい。
こんなお仕事があるなんて、どうしても信じられない。
何か裏で画策してるんじゃないかと思えてならないし、もし何か私のためを思ってのことなら、死ぬ気でお礼をしなければならない。
「麗日さんがお喜びになってくださるのは嬉しいですし、信じられない、という気持ちも分かりますわ。ただ、これだけは断っておきますね」
百ちゃんが一拍置いた。
「今日のお仕事は、どれも正式に依頼が発行され、ヒーロー公安委員会で承認され、私のところに回って来た、正真正銘、嘘偽りのない、本物のお仕事ですわ。後で謝礼もちゃんと振り込まれます。どうしても信じられないというのでしたら、依頼した店舗でも、許可した公安でも、警察でも何でも好きに調べて頂いて構いませんわよ?」
そういって、優しく微笑む百ちゃん。
私がお仕事だって信じられないせいだろうか……その微笑が、完全犯罪を達成した知能犯のように見えてしまう。
でも、百ちゃんの言葉通り、本当にお仕事なのだろう。
用意された書類は全部本物だ。
エステの身流さん姉妹も、美容師のカミキさんも、依頼を受けてくれてありがとう、という口ぶりだった。
これが仮に女子会みんなの気遣いで、何らかのトリックを使って行っているのだとしても……じゃあ、どうやったら同じことが実現できるか、と考えると全く分からない。
店舗に口裏合わせて動いてもらうにしても、そのためのお金はとんでもない金額になる。
何より公文書偽造なんて絶対に不可能だ。悪戯で自分の事務所が廃業になるようなリスクを取れるはずがない。
信じられないが、信じるしかない。
「付け加えますと、今日という日が空いていたのは、私ではなく、麗日さんのご都合でしてよ?」
「うう……そうなんだよね……ごめんね、分かっとるんやけど……どうしても、あまりにも都合がよすぎるというか……ごめんね百ちゃん、疑うなんておかしいって、分かっとるんやけど……ほんと、どうしても信じられなくて……」
そうなのだ。
そもそも今日という日を指定したのは私の方だ……今日の仕事が全部リスケになったからだけど。
もしこれを意図的にやったとしたら?
百ちゃんやA組の皆が、私のスケジュールをこっそり完璧に把握して、取引先を調べ上げ、全部裏で説き伏せて、仕事の日付を変えさせて……まあ確かに、そこまでやれば可能かもしれない。
でも、いくら何でも、そこまでするだろうか?
そもそも何のために?
そんな途方もない苦労をしてまで、この仕事を私に受けさせて、百ちゃん達に何のメリットが?
……そんなメリットどこにも無い。
女性ヒーローなんて大勢いる。別に私である必要は無い。
考えれば考えるほど混乱する。
でも、やっぱり偶然だと思うしかない。
頭を抱えて、必死に納得しようとする……のだが、手に触れるしっとりサラサラの髪が、細くスベスベになった全身の肌が、納得させてくれない。
たまたま旅行の前日に仕事が全部リスケになっただけ……
たまたま私の都合が合っただけ……
たまたま空いた日に舞い込んだ仕事の内容が、エステと美容院とネイルサロンだっただけ……
たまたまこの仕事の翌日に、デク君のいる旅行が計画されていただけ……
……ダメだ。
私の全身、全ての細胞が、『こんな仕事があるわけない、そんな偶然あるわけない』、と大絶叫している。
自分の中の常識と、現実に起こっている事に乖離があり過ぎて、混乱が全く収まらない。
百ちゃんに手を引かれて、店舗に入る。
「クリエティ様、ウラビティ様、お待ちしておりました」
店に入ると、綺麗な女性が出迎えてくれた。
ネイルサロンという事もあり、目の前の女性の手先に目がいく。
とても繊細なアートとデザインの施された、綺麗な爪をしていた。
「オーナーの二重爪です。今日はモニタリングのお仕事、よろしくお願いいたします」
「遅くなって申し訳ありません。じゃ、ウラビティさん? お、し、ご、と。よろしくお願いいたしますわ」
「百ちゃん……二重爪さん……これ、私だけ受けるんですよね……?」
「はい、ネイルエステ未経験の女性ヒーローという事でお願いしております。クリエティ様は、既に何回か、ネイルをお受けになられていたかと」
「ええ。ですので私は、チームアップの付き沿いですわ。モニタリングはそちらのウラビティさん一人でお願いいたします」
あまりに申し訳なさすぎる。
百ちゃんのところに来たお仕事なのに、美味しいところを全部横取りしているようにしか感じない。
今度何かで絶対恩返しをしよう。
「承知いたしました。ではウラビティ様、こちらへ」
促されるまま、店舗の席へ案内される。
百ちゃんは待合席のあたりに残り、雑誌に視線を落としている。
「見た感じですが、所々痛んでおられますね。ネイルは普段何かされていらっしゃいますか?」
机の上で両手を確認されながら、ヒアリングを受ける。
あまり気にしていなかったが、何処かでぶつけたのだろうか、白く変色している箇所などがあった。
「いえ、特には何も付けたりしていません。あと、私の個性、指先にあるので……寝るときは手袋付けるんですけど、逆に起きてる時は、仕事中も戦闘中も、ずっと手は出しっぱなしで……」
「なるほど、承知いたしました。では、まず私の個性で、爪の修復をさせていただきますね」
「個性ですか?」
「細胞修復です。ネイルの傷を修復して、いったん本来の状態に戻させていただきます」
「あ、それ助かります。是非お願いします」
変色してしまったところが治るならありがたい。
「そのあと、ファイリングで、爪の長さや形を整えさせていただきます。次にキューティクルクリーンといいますが、甘皮処理を行います。それからバッフィング、これは表面を磨き上げる工程になります」
丁寧に説明してくれるが、正直何が何だか分からない。
「マニキュアやアート、装飾等は、いかがされますか?」
「あ、えーと、どうなんでしょう……仕事柄、指先の個性使わなきゃだし……せっかくやってもらっても、どうしてもぶつけたり引っかいたりで、痛めちゃいそうなんですけど……」
「でしたら、ナチュラルに仕上げましょうか。マニキュアは、ダメージがあった時に悪目立ちする事があるので、クリアのトップコートで保護するのが、ナチュラルで見た目にもケアにも相応しいかと。お仕事等でダメージがあっても、さほど目立ちません」
「そうですね……じゃあ色は付けなくていいので、それで。すみません、よく分からないので、お任せします」
「承知いたしました。それではいったん、そちらの席に移動していただけますか?」
ソファのような、リクライニングを示される。
「あれ、この机でやるんじゃないんですか?」
「足の爪を先にやらせていただければと。手をやっている間に乾きますし、時間も短くなりますから」
確かに足は、乾くまで靴下も履けないだろうし、先にやった方が良さそうだ。
逆に手なら乾かしながら帰ることもできる。
「足もやってくれるんですか?」
ネイルというと、てっきり手だけだと思っていた。
「もちろんです。当店は、両手両足、全てのネイルをケアさせていただきます。足は遠慮したいという事でしたら、手だけでも構いませんが」
「いえ、じゃあ……せっかくなので、足もお願いします」
正直いらないような気もしたが、これはお仕事。
なるべく沢山やってもらった方がモニタリングの責務を果たせそうだ。
ふかふかのソファに座り、靴と靴下を脱いで座る。
眠るように倒されると、足の洗浄が始まった。足の指の間まで、綺麗にされていく。
施術前に必要なんだろうか。
何か揉まれている。ところどころ痛い。
「痛いところありませんか?」
「ちょっと痛いくらい……いや、全然大丈夫なんですけど……あれ? なんでマッサージ?」
「血行促進を兼ねております。ネイルはその周辺環境も合わせてケアすべき、と考えております」
そんなもんなんだろうか。
ネイルなんてやったことが無いから分からない。
それにマッサージなら、さっきエステを受けてきたばっかりだけど……と言いかけてやめた。
気持ちいい事には変わりない。
施術を受け、足の爪を手入れされながら、ぼーっとしていた。
エステを受け、髪を整え、いま爪の先まで綺麗に整えられている。
……本当に、こんなお仕事があるんだろうか。
世界のすべてが、これは仕事だと訴えてくる。
でも私の中の常識は、こんなバカみたいな話があるわけないと叫んでいる。
身体中に倦怠感が漂い、頭は混乱でグルグルしている。
足のネイルが終わると、そのまま両脇に、キャスターの付いた机がやってきた。
キャスターが固定され、手を載せる。
手を洗い、揉みほぐされ、指の爪が、一枚一枚、丁寧に修復され、磨き上げられていく。
小さな刷毛で、優しく爪が塗られる。
透明なトップコート。
艶が出て光を反射して、とても綺麗だ。
……こんなお仕事、あるのかなあ。
目の前で高度なマジックを見せられて、これは魔法ですと言われて、信じるしかなくなっているような。
絶対に違うと分かっているのにタネが分からない時の、訳の分からない感覚。
店内には、落ち着いた、リラックスする音楽が流れている。
これはお仕事。モニタリングの勤めを果たさなければならない。
だから、起きていなければいけないのに。
いつしか、私の意識は、心地よい微睡みの中に落ちていった。
※SIDE 飯田
「皆さん、遅くなりました」
車が止まり、八百万君が姿を見せる。
夜、河原の空き地。
そこに、僕ら元A組のメンバーが集合していた。
八百万君が来たことで、緑谷君と麗日君を除き、元A組全員が集まっている状態だ。
「ヤオモモ、お疲れ様! お茶子ちゃんどう、綺麗になった?」
「バッチリですわ。髪切さんの手配、本当に助かりました。素晴らしい仕事をしていただきましたわ」
八百万君と葉隠君が、ハイタッチを交わしている。
「お茶子、気付いてなかった?」
「しきりに疑問を感じている様子でしたが、気付きようがありません。全て正規の手続きを踏んでいるのですから」
「まあ実際、本当に仕事を作って、本当に書類回して……何もかも全部本物だもんねぇ」
「嘘は一つもないもんね。そこに統一された大勢の意思があるだけで」
「ケロ。いま、お茶子ちゃんは?」
「だいぶお疲れの様子でしたが、日頃の疲れが表面に出ただけだと思われます。しっかりとご自宅に送り届けましたので、今頃はグッスリお休みいただいているかと。明日には回復されているはずですわ」
「……なあ、女子達は、何したの?」
「ふっふっふ、企業秘密と言っておこう!」
「明日の麗日さんを楽しみにしていてくださいまし」
尾白君が聞いてくれたが、僕も同じ気持ちだ。
いったい何をしたのか、疑問は晴れない。
「そういえば、皆さん、こちらの準備は?」
「先ほど、こちらも全ての準備が完了したところだ。八百万君の到着を待って、移動する予定だった」
「あとは明日を待つだけだよ」
「まあ、それではもう少し急いだ方が良かったでしょうか」
「そんなに待ってたワケでもないし、気にすんな」
「駄弁ってたら来た、って感じだよ」
「ヤオモモ、十分早かったよ」
「一応明日のために、携帯のモバイルバッテリーなんかも持ってきたぞ。車でも充電可能だけど」
「砂藤、準備万全だな」
「でもよく考えたら、上鳴がいるんだよな。だから、こんな物いらなかったかもしれねえけど」
「あって困ること無いよ。またアホになるかもしれないし」
「なあ耳郎……俺最近そんなことねえぞ?」
「とりあえず皆、一旦解散だ。ここでこうしていても仕方ない、戻ろう」
号令をかけ、皆が自分の車に戻っていく。
ふと気になって、空に視線を向けた。
遠くの空まで、雲は無い。
明日はいい天気になりそうだ。
……僕らには、大したことは出来ないかもしれない。
それでも最大限に考え、頑張って、大勢の人の協力を得て、今日まで準備してきた。
夜空を見上げながら、親友の顔を思い浮かべる。
緑谷君。麗日君。
待たせたな。
君たちは知る由もないだろうが、いま、全ての準備は整った。
そう、ここまではただの準備に過ぎない。
ここからが本番だ。いよいよ始まる。
日の出とともに、君たちにとって最高の舞台が、幕を上げるだろう。
―――― to be continued