最終巻No.431の続きを、命削って全力で書いたらこうなった(全年齢版) 作:練乳グラブジャムン
No.450 Pumpkin carriage
※SIDE 麗日
いつもより早く目が覚めていた。
昨日、初めてエステを受けたせいか、その後も色々やったせいか。
帰ってすぐにグッスリだった。
今日の寝起きはとても良かった。
ここのところ、変な悪夢に魘される事もあったけど、今日はそれもない。
やっぱり疲れが溜まっていたんだろうか。
昨日、仕事が名目とはいえ、実際は丸一日リフレッシュさせてもらったのと同じだ。
今は体調も気分もいい、絶好調だ。
百ちゃんにはどれだけ感謝しても足りない。
謝礼金とか、こっちが払うべきじゃないのか。
今度何かでよくよく御礼をしないと。
アラームはセットしていたけど、早く目が覚めたのはありがたい。
目的地の下呂温泉までは、静岡駅から三時間もかかる。
新幹線も朝早くのものに乗らなければいけない。
早めに準備を始めよう。
冷蔵庫の残り物で、簡単に食事を済ませる。
現地で美味しいものが待っているだろうし、到着はお昼前くらい。
今はお腹が膨れれば何でもいいだろう。
シャワーを浴びて、身支度を整える。
みんなに買ってもらった服。
毎晩写真を撮って、女子会のグループLINKで決めたコーデ。
いつも適当に着ているものに比べて、明るくて、華やかな感じがする。
お出かけの服というより、なんだか気合の入ったデート着にしか見えないけど……
でも、せっかく皆で決めたものだ。
デク君に少しでも綺麗に見てもらえるなら、それが一番いい。
今更変える理由も無いし、袖を通す。
鏡の前で、旅行のための、最後の準備。
(可愛く見られるためだよ!)
みんなに教えてもらった、メイクの方法。
わざわざ丁寧に紙に書いてくれて、やり方のイラストまで付けてくれている。
クッションファンデーションでベースを作って。
ハイライトで立体感を出して。
チークで頬上に血色をよくして。
アイラインを少しだけ長めに。
マスカラでまつ毛を強調して。
ピンクとブラウンでアイシャドウ。
艶のある、ピンクのリップを引く。
派手過ぎないように。
ナチュラルで清潔感があるように。
……これでいいのかな。
上手く出来てるのかな。
ちゃんと綺麗になれてるかな。
慣れない事をしている自覚はある。
いつもの簡単お手軽メイクで、気楽に出かけたくなる。
それでも、たまには、皆が教えてくれたメイクを頑張ってみようという気になっていた。
昨日、あんなに綺麗にしてもらったわけだし……服も違うし。
今日は皆に会う。
その中にはデク君もいる。
じゃあ、ちょっとでも綺麗に見てもらいたい。
自分では良くなっているような気がするけど……客観的に大丈夫か、よく分からない。
デク君は、こんな私を見て、どう思うだろう。
……褒めてくれたら嬉しいな。
さらっと褒めてくれる時もあれば、あんまりそういうことを言わない時もある気がする。
今日はどっちだろう。
香水は、百ちゃんにもらった中で選んで、爽やかな柑橘系が好みだった。
つけ過ぎは絶対にダメ。足りないくらいがちょうどいい。
数滴だけ手に取って、首周りに馴染ませる。
最後に、イヤリングをつけて。
普段なら絶対に身につけない装飾品。
いらないかもと思ったけど、みんなからは「絶対つけて」って言われていたし。
準備が終わったところで、鏡に映る自分を確認する。
普段とは違うように思う。
子供っぽさが減って、なんだか、女性らしさが増したような。
いつもより、少しだけ、自信が持てる。
この私なら……デク君にも、少しは意識してもらえるかな?
いや、でも、過度な期待はしないでおこう。
皆と遊ぶ旅行なんだ。
デートに行くわけじゃないんだから……
ヒーローコスチュームはメンテナンス中で、今回は持っていけない。
急遽発目さんから連絡が来て、木曜日に予備まで全て回収されていた。
オフとはいえ、コスチュームを持たないと少し不安だが、仕方ない。
用意していたキャリーケースと、細かい手荷物の入ったバッグを持って、家を後にする。
このバッグもみんなに買ってもらって、コーデに合わせて選んだものだった。
少し小さい気もするが、小ぶりで女性らしさが感じられ、服にもよく合っていた。
駅に着くと、こんな朝早くから、パトロールをしているヒーローが目に付いた。
みんな頑張ってお仕事をしている。
同業者として、コスチュームも持たずに遊びに行く自分が、少しだけ申し訳なくなった。
改札をくぐり、新幹線のホームに向かう。
ホームにはキャリーケースを持つ家族連れや旅行客のような人の他にも、仕事だろうか、スーツを着た人も大勢いた。
厳しい目つきで周囲を伺っていた人がいたけど、どうしたんだろう。仕事仲間が遅れている、とかかな。
土曜日でも、こんな朝早くから仕事をしている人はいるものだと実感する。
新幹線の到着を待ちながら、今日の旅行に想いを馳せる。
行き先は、岐阜県の下呂温泉。
日本三大名泉のひとつだという。
今までの人生で、一度も行ったことのない場所だ。
最初は全員で集まる予定で立てた計画。
けれど、どうしても皆、都合があったり、仕事が入ってしまったりして。
参加できる人は、どんどん減ってしまっていた。
残念だけれど、仕方ない。
前回の祝賀会のように、みんな揃う事の方が珍しい。
ヒーローとは、そういう職業だ。
祝賀会だって、結局途中で出動になったし。
それでも。
デク君はキャンセルしてない。だから今日、きっと来てくれる。
その一事だけで、私が向かうには、十分な理由になる。
あの祝賀会の二次会以降、ぱったり会う機会も減ってしまっていた。
雄英からは仕事の連絡も無かったし、ヒーロー活動中はタイミングが合わず一緒になる事も無かった。
いままで仕事ではよく会っていたのに、不思議なくらい、顔を合わせる機会が無かった。
今日、数か月ぶりに、デク君に逢える。
期待と不安が、胸に渦巻く。
大丈夫かな。
ちゃんとお喋りできるかな。
いや、きっと大丈夫。
アナウンスが流れ、新幹線がホームに滑り込んでくる。
これに乗れば、楽しい旅行の始まりだ。
新幹線の窓ガラスに、薄っすらと自分の姿が映っている。
みんなに買ってもらって、選んだ服。
エステで整えてもらったスタイル。
サラサラにしてもらった髪。
整えてもらったネイル。
一所懸命に頑張ったメイク。
いつもと違って見える。
率直にいって、とても綺麗になっていた。
……これ、本当に私なのかな。
なんだか、魔法でもかけられたみたい。
普段より着飾った私の前で。
普段は乗る事の無い、新幹線の扉が開いた。
まだ人生で一度も行ったことのない場所への招待。
そこで、デク君が待っている。
そう思うと、なんだか楽しみで。
ちょっとだけ、胸が高鳴って。
なんとなく。
せっかくだし。
カボチャの馬車に乗るような気持ちで、その一歩を進めた。
―――― to be continued