最終巻No.431の続きを、命削って全力で書いたらこうなった(全年齢版) 作:練乳グラブジャムン
※SIDE 蛙吹
今日は月一の女子会の日だった。
電車を降りて改札をくぐると、足早に目的の居酒屋に向かう。
暖簾をくぐり、見知った級友の姿を探した。
すぐに見つかり、慌ただしく席に向かう。
「ケロ。遅れてごめんね、少し仕事が長引いて」
「お、梅雨ちゃん来たね。これで全員揃ったし、始めよっか」
「遅刻は全然気にしてないよ~。いつも誰が遅れてもおかしくないし」
飲み物を頼み、乾杯を交わす。
いつもの和やかな空気。いつものように会話が弾む。
仕事の近況。芸能人やヒーローの噂話。新しく出来たお店のこと。新作の映画。
どれだけ話しても、話題は尽きない。
そうして自然と、先日の祝賀会のことが話題になっていたときだった。
「そうだ、お茶子ちゃん。この間の祝賀会、ゴメンね」
透ちゃんがお茶子ちゃんに対して、申し訳なさそうに切り出した。
「へ? 何が?」
「だって、緑谷君とお話しする時間、取れなかったでしょ」
「あ、それ私も気になってた。あの日お茶子、緑谷と話してなかったもんね」
「な、なんでデク君がっ!? いいよ、そんなっ!」
「いいってことよ、お姉さん達分かってるからさ」
「恋バナさせてよ~。ほんとは緑谷と話したかったんでしょう? 隣に座りたかったんでしょう?」
三奈ちゃんがお茶子ちゃんにしなだれかかった。
「えっと……それが、その……ぇへへ……」
お茶子ちゃんはいいことがあったのか、自然と笑みをこぼして、嬉しそうにしている。
「え、何その笑い!?」
三奈ちゃんが眼を見開いて詰め寄る。
「これは何かあった顔でしてよ!」
「何だ? 何かあったな!? 話せ、私らに全部話せ!」
「さあ全部ゲロっちまいなァ。自白は罪を軽くするぜ?」
「その、実は……祝賀会の後、デク君と合流して」
恥ずかしそうにモジモジとするお茶子ちゃんの話に、みんなの顔が、ぱあぁっと明るくなる。
透ちゃんは見えないけど、ジェスチャーが物語っていた。
「ほう! いつの間に!?」
「なに、こっそり二人だけの合図でもしたの!? アイコンタクト!?」
「そ、そんなんちゃうて! ほんま、たまたま、偶然で……そ……それで、二人で、一緒に二次会行ったんよ……」
「やったじゃんお茶子!」
「これはようやく進展来たかな!?」
「二次会ってどこ行ったの!? まさかお持ち帰りされちゃった!?」
「ちちちち、違うよ!? お持ち帰りとか、そそそっそ、そんなんじゃないよ!? 普通に居酒屋さんで、お話しただけだよ!?」
真っ赤になって手をばたばたさせている。
「お持ち帰りされてないんかい。されなよ」
「せめて緑谷さんも、お洒落なバーなどご案内して差し上げればよろしいのに」
「バーに来てノンアルしか頼まない男女も嫌だけどね」
「それでそれで、何話したの!?」
「え、ええっと……さ、最近やってる事とか。雄英のこととか。轟君よかったね、とか……」
思い出すだけで幸せなのか、顔がにやけている。
「たくさんお話し出来たのね。よかったわね、お茶子ちゃん」
お茶子ちゃんが幸せそうにしていると、まるで弟たちの成長を見ていた時のような、温かい気持ちになる。
娘を見守る母親はこんな気持ちなんだろうかと思う。
「それで、それで? 他には!?」
「『これは、しまっておくの……大切に……』っからの! 進展はあったの!?」
三奈ちゃんが、ジェスチャーを交えて、お茶子ちゃんの物真似を披露する。
いつかの更衣室のやり取りが思い出された。
からかわれて頬を染めるお茶子ちゃんの様子が、とても可愛らしい。
「あの……それは、その……えっと……」
皆から眼をそらす。
「言えたか!? ついにオープンできたか!?」
「いや、その……まだ……しまったまま……だったりして」
「そっかあ……」
明らかに落胆した空気が全員に漂った。
「いつまでしまっておくつもりですの? 具体的なステップを考えてもよいかと」
「……そう言われても、そんな急には……」
真っ赤に照れて恥ずかしそうにしている。
同性の自分から見ても、こういうところ、本当に可愛らしいと思ってしまう。
「急でもないでしょうに」
「まあ、お茶子、奥手だもんねえ」
「……で? 二次会して、それから?」
「それからって……終電の時間来ちゃったから、そのまま帰っちゃって……」
「そっか……じゃあ、次に逢うのはいつなのかしら?」
「へ?」
「さすがに次に逢う予定くらいは決めたんでしょ?」
「……そ、それが…………約束するの、忘れちゃって……」
私を含め、全員が絶句した。
騒がしい店内にあって、この卓だけ沈黙が流れる。
「あ……あんた何してんの!?」
「だってぇ! 久しぶりにお話しするの楽しかったし、胸いっぱいやったし……私バカやぁぁぁ……」
机に突っ伏して後悔を嘆いている。
一番大事な課題を忘れてしまった学生を彷彿とさせた。
「お酒入って無かったでしょ?」
「アルコールも無いのにのぼせ上ってたんですか」
「そんなん言わんといてぇ……ほんと、ここからどうすればええんやろ……」
さっきまでの幸せそうな表情はどこへやら、いまは机に突っ伏して打ちひしがれている。
一緒に過ごした時間が楽しかったからこその後悔だろう。
「とりあえず緑谷に連絡して、遊ぶ日決めればいいんじゃない?」
「そんなのできない! できないよ!?」
「どうしてですか?」
「理由が無いよ!? 何て誘うの!?」
「一緒にデートしましょ、でいいんじゃないい?」
「そんなん無理やて! ……デク君もしかしたら、もう彼女おるかもしれへんやん」
「そんな素振りなかったんでしょ?」
「いたら麗日さんと二次会になど行かないのでは」
「彼女いるか聞けばいいじゃん」
「……そんなの、聞けへんよ」
コップを両手で包むように持ち、その中に視線を落とすお茶子ちゃん。
「なんで? 」
「……怖いもん。もしおったらどうすればええの? 聞けないよぉ」
ふつふつと、その瞳に涙が宿る。
「ああああ! お茶子泣かないで!」
「大丈夫だよ。緑谷君に彼女なんかいないよ! 微塵も気配感じないよ!」
「ほらハンカチ」
「う……うん……」
お茶子ちゃんが鼻をすする。
「お茶子さん、大丈夫ですわ! 大丈夫ですから!」
「そうだよ、緑谷だよ!? 彼女なんているわけないじゃん。気になる女がいたって、声なんてかけられないでしょ、あの性格なら」
「……気になる子、おるんやろか」
「ああああ! いない、いない、絶対いないって! もしいるとしても、それ、お茶子のことだって!」
「ほら、思い出して! 二次会楽しかったんでしょ!?」
「そうだよ!? 祝賀会の後、二次会にいったのはお茶子ちゃんだけだよ! 自信持って、お茶子ちゃん!」
「お茶子さん。全部、もしかしたら、の話ですわ。もしもの話に心を痛める必要はありません」
「そうだよ! 女は度胸! そして女は愛嬌! 好きになってもらうには、笑ってないと!」
「うん……がんばる……うぅぅ~~」
俯いて落ち込んでいる。本当に好きなんだろうな、と思う。
「でもお茶子ちゃん、これからどうするの? 緑谷ちゃんと、もっと仲良くなりたいんでしょ?」
「うん……仕事で会う事はあるんだけど……」
「仕事じゃあなあ……」
「終わった後に飲みに行くのが関の山にならない? それも難しいだろうけど」
「実際のところ、お茶子さんも緑谷さんも忙しいですし……どうしたものでしょうか」
「でもさあ……緑谷って、なんか押しに弱いイメージあんだよね。押せばイケそうな気がするんだけど」
耳郎ちゃんが虚空を見つめつつ、ぽつりと呟く。
「あ、めっちゃ分かる。なんか、グイグイ来られたら、無碍に出来なくて、そのままズルズル最後まで行っちゃうタイプだと思う」
「そう。しかもさあ、緑谷って誰にでも優しいじゃん? 本人何も思ってなくても、勘違いする子絶対出てくるでしょ」
「緑谷、個性とか相性とか考える前に、本能で飛び出していくもんね。で、『大丈夫? 助けに来たよ』って手ぇ出してくるんでしょ?」
芦戸さんが声真似をしつつ手を出している。
「ああ~、やばい。それ、普通の女は弱いやつだと思う」
「しかも下心ゼロでそれやってくるからね。実際ほら、壊理ちゃんとか凄い懐いてたし」
「天然タラシじゃん」
「ルックスだっていい方だと思うんだよね。いや顔の好みとかは置いといてもさ? ちゃんと鍛えてるわけだし。あいつ外見的にマイナス要素って見つからなくない?」
祝賀会のときに見た緑谷ちゃんを思い出す。
「そうね。この間の祝賀会のとき、緑谷ちゃん、結構カッコよくなってたわ」
「ああ~~っ! それすっっっごい思った! なんかさ、高校時代って割と子供っぽい顔してたのに、全然違くなかった? なんか男っぽくなったっていうか!」
「背も伸びてたよね?」
「そういえば、確かに伸びていましたね。雰囲気も大人びて、整った顔立ちになっていました」
「緑谷って教師やってるんでしょ? 教員免許取りに大学行ってるはずだけど、そこで出会い無かったのかな?」
「無いって考える方が無理じゃない? 大戦の英雄サマだよ? 教科書に名前載ってる人が同じクラスに座ってたら、絶対意識するでしょ!?」
「緑谷ちゃんの担当教科は歴史よ。クラスメイトからすると、歴史を学びに学校行ったら、歴史に名を残している人がいたって状況よね」
「それ絶対気になるヤツじゃん」
「バレンタインとか凄そうですね。どうだったんでしょうか」
「私らが知らないだけで、大学から付き合ってる人とかいても不思議じゃないよね」
「あ……いま思いついた。ちょっと本気になった女なら、緑谷を落とすの凄い簡単そう」
「どんな?」
「サークルとか適当に理由付けて飲みに行くでしょ。酔いつぶれたフリして、『緑谷君送って~』って頼めばいい。緑谷は絶対に断らない。後は二人になれる場所にさえ行けば、押し倒しちゃえばOK」
「ちょっと芦戸さん、破廉恥でしてよ」
「でも緑谷って、迫られたらそのまま受け入れそうじゃない?」
「相手を傷付けるって思ったら、拒めなさそう」
「泣き落しも効きそうだしね」
「ねっ! で、最後までヤっちゃいそう」
「ある日いきなり、結婚しましたって、招待状届いたりすんの」
「ああでも、結婚式の招待状が来るのは、なんかすっごい、ありそうな気がしますわ」
「でしょう? ああいうタイプが、誰も知らない間にいきなり結婚するじゃん」
「……うぅっ……ひくっ……うううぅぅぅぅ」
はっとして目をやれば、卓の隅で、お茶子ちゃんがポロポロと大粒の涙を流していた。
会話に盛り上がっていて見ていなかった。
「あああああああっ!? ごめんお茶子! 違うよ!? 全部嘘! 全部嘘だから!」
「そうです、妄想です! 妄想、妄想! 何の根拠もない、ただの妄想でしてよ!? 」
「やだ……やだぁ……あぁぁ……」
「ごめんね、お茶子! 大丈夫だから! 取られないから! ね!?」
慌てて肩に手をやり落ち着かせる。
「お茶子ちゃん、落ち着いて! 大丈夫よお茶子ちゃん!」
「やだよぅ……デク君……デク君が……けっこ……あぁ……あああああああああっ!」
ついに声をあげて泣き出してしまった。
「ごめんごめんごめん! 本っ当にごめん! あんたの前で配慮が無かった!」
「あいつに出会いなんて無いって! サークルとか行かずに一人でヒーローオタクしてたって!」
「ああ、あああっ、どうしよう、どうしよう梅雨ちゃん! やだよ、そんな招待状! 私っ、出席も欠席も出来ないよ!? もし来たらどうしよう。どうすればいいんだろう。私っ、デク君の、そんな、お祝い……出来な……っ! しなきゃ、いけないのに……ぁぁぁあああっ!」
「大丈夫よっ、大丈夫よお茶子ちゃん!」
肩を叩きながら慰める。
「来ない来ない来ない! 絶対来ない! そんな招待状、絶っっっ対に! 来ないから! ねっ!? 妄想! 妄想だよ!?」
「麗日さん、タオルハンカチを生成しましたわ。これ使ってくださいまし!」
「落ち着こうお茶子。落ち着く。ね。ほら、祝賀会の二次会思い出して? 二人っきりで話せたんでしょ? どんな話したっけ? ほら、教えて?」
みんなと一緒に慰めながら、心底思う。
お茶子ちゃんは本当に、羨ましくなるくらい。
一途な、素敵な恋をしている。
好きなら、はやく想いを伝えればいい。
……そんな正論を振りかざすのは簡単だ。
でも、それがどんなに正しいのだとしても。
その正論は、やはり、乱暴なんじゃないか、と思うのだ。
もし、そんな正論だけで全てが解決するなら、誰も恋に悩んだりしない。
もし断られたら?
友達としか見れないと拒絶されたら?
他に好きな人がいたら?
そう考えた時に、どれだけの恐怖に襲われるかは……
どれだけ、その人を好きかによって、決まるんだと思う。
好き、という気持ちは。
好きであるほど、伝えられない。
それが片想い。
ナンパがいい例だ。会ったばかりの何とも思っていない相手なら、簡単に何でも言える。
逆に毎日顔を合わせているような相手なら、そう簡単に想いを伝えられるはずがない。
だからこそ、お茶子ちゃんは羨ましい。
八年以上も続く、一途な片想い。
こんなに怖くなるほど想うことが出来ているのなら。
その恋が実ったら、いったいどれほどの幸せに満たされるのか。
きっと、他の人には、絶対に分からない。
どうすれば、お茶子ちゃんと緑谷ちゃんの仲を進展させてあげられるか。
慰めながら必死に頭を回すけど、妙案が出てこない。
自分の無力さが恨めしくなるほどだ。
ふと、お茶子ちゃんの顔が、これまで助けてきた人達と重なった。
迷子の子供。怪我をした人。救助を待つ人。
そうだ、私達はよく知っている。
程度の差はあるし、悩みの種類は異なっていても。
これは、助けを求めている人の顔だ。
―――― to be continued