最終巻No.431の続きを、命削って全力で書いたらこうなった(全年齢版) 作:練乳グラブジャムン
※SIDE 緑谷
下呂駅の改札をくぐり、周囲を見渡す。
見知ったクラスメイトの姿はなく、携帯を確認したが、まだ到着の連絡は来ていない。
どうやら、僕が最初に到着したようだ。
駅を出ると、右手に大きく『歓迎 下呂温泉』と書かれた観光案内所が目に留まった。
初めて見る景色に、非日常にやってきたという事実を実感する。
駅前に停まっていた、宿泊先の宿名が書かれたマイクロバスを見つけた。
そのまま宿に載せていってもらうことも、大きな荷物だけ預かってもらうことも出来ると、事前に連絡をもらっていた。
最初はみんなと合流して街を散策する予定だ。
キャリーケースを預け、番号札を受け取る。身軽になって動けるので有難い。
車内には発車を待っている人はおらず、車の奥には、他にもキャリーケースが沢山あった。
おそらく他の宿泊客のものだろう、みんな考えることは一緒なようだ。
お昼過ぎであれば、そのまま乗って宿に行く人も多いと、荷物を預けたときに運転手の人が話していた。
街を散策して疲れたなら、帰りは乗らせてもらってもいいかもしれない。
駅前のベンチに腰掛ける。
とりあえず到着し、駅前にいることを、グループLINKに報告する。
手元にあるのは手荷物ひとつ。
昨日の晩、富山のホテルで、アーマーは発目さんに回収されていた。
メンテナンスのためとはいえ、わざわざ富山まで来てくれたのには頭が下がった。
こんな風に皆と遊ぶは久しぶり、というか旅行なんて初めてのことだ。今から心躍る。
幸いなことに、今日まで自分の予定を空けておくことができた。
急な予定が入りそうにもなったが、無事に今日を迎えられた。
クラスメイトの多くは来れなくなってしまったが、それも仕方ない。
とにかく今日は七人は集まれるんだ。
今日参加する人の、その中の一人の顔が浮かぶ。
麗日さん……
あの同窓会以来、まだ顔を合わせる機会には恵まれていなかった。
今日また逢えると思うと、それだけで胸の内が温かくなり、少しソワソワしてしまう。
山の谷間に吹く風が心地よい。
その風に身を委ねて心を落ち着ける。
こんなのんびりした時間も楽しいものだと思う。
周囲の景色を楽しみつつ、風を浴びてリラックスしていると、聞きなれた声が耳に届いた。
「デクくーん」
つい三ヶ月前に祝賀会で会った声。
二次会で、二人っきりで話した、忘れるはずもない、よく覚えている声。
一番逢いたかった、特別な人の声。
麗日さん。
立ち上がり、その名を呼ぼうと、声のした方に顔を向けて、
喉の奥から、声が消し飛んだ。
とんでもなく綺麗な女性が手を振っている。
よく知った麗日さんの声だった。
あの髪型は麗日さんだ。
背の高さも麗日さんだ。
あの特徴的な指先は、間違いなく麗日さんのものだ。
だが、おかしい。
歩いてくるあの女性は、間違いなく麗日さんだと、いくつもの特徴から判断できる。
にも拘らず、自分がよく覚えている麗日さんと、今、歩いてくる女性の認識が、一致しない。
見覚えがあるのに見覚えが無い。
記憶の中にある映像と、目の前の光景の差に、頭がバグっている。
肩と鎖骨が覗く、白い清楚さを感じさせる服。
風に揺れる、薄桃色の長いスカートと、艶やかな髪。
花柄のメッシュが編まれた靴。
モデルさんのように細い、腕や腰のライン。
白に近いベージュの、小さな肩掛けのバッグ。
あれは誰だ……ヴィランが化けたんじゃないか?
いや絶対に違う。ヴィランじゃない。
仮にコピー系のような個性を持ったヴィランだったとして、麗日さんと同じ、瓜二つの姿になることは出来るだろう。
でも、どんなに精巧にやったって、コピーは本人以上になれない。
『麗日さんより綺麗で可愛い麗日さん』になんて、絶対になれない。
……じゃあこれは誰だ?
麗日さんなのに、麗日さんじゃない。
日本語がおかしい。でもそう表現するしかない。
「……デク君。えっと、久しぶりやね」
目の前に来た女性が、少し照れくさそうな笑顔で、僕の名を呼ぶ。
「う……ん。麗日さん……? 久しぶり……」
やっとの思いで声を絞り出す。
心臓がおかしな動きをしている。
身体がガチガチに固まって、関節の動きがおかしくなっていく感覚。
なんだこれ、自分は何をされている? 突発性の病気か? 何らかの個性攻撃か?
「デク君?」
間違いなく麗日さんだ。
でも、前に会った時とはまるで違う。
こんな、モデルさんみたいにサラッサラの髪をしていたっけ?
そもそも顔全体が可愛くなってない? でもどうやって?
なんか痩せた? 細くなってない?
いやでも、むしろ出るところは出て、より大きくなっているような? そんなことある?
肌が白くなった? 陽の光のせい? 服が違うからそう見える?
瞳がぱっちりして、唇とかぷっくりしてるし、これお化粧?
なんだこれ、どうなってる、何が起きてる。
自分の記憶と、目の前の現実に、違いがありすぎる。
何があったらこんな事が起こるんだ?
自分の頭がおかしくなったんじゃないのか?
脳のどこかに血栓でもできて、視覚障害が起こっているんじゃないのか?
このままぶっ倒れるんじゃないか?
「……どうしたの?」
「へ?」
「だって、ずっと黙ってるから」
こてん、と麗日さんが首をかしげる。
首の動きにあわせて、艶やかな髪が、さらりと揺れた。
髪の隙間から耳が覗き、つけたイヤリングが陽光をキラリと反射する。
ふわりと漂う、甘酸っぱい香り。
僕の顔を映す瞳、滑らかな唇、ぱちくりと上下する瞼。
たったそれだけの仕草に、心臓が殴られたように跳ねた。
息をのむほどの美しさ。
風に揺れる髪をかき上げる、か細い手。
その指先までが煌めいて見える。
全身余すところなく魅力的だ。
「ん~?」
顔を近付け、僕の顔を覗き込んでくる麗日さん。
――ちっ、近いぃ!?
まずい、直視できない。
手を伸ばせば、すぐ触れられる距離。
そこに、こんなに素敵な人がいる。
こんなに綺麗で可愛い、麗日さんが、この手に収まりそうなほど、こんなに近くに――
「――ちょ! ちょちょちょっっっと! ごめん! ちょっと待って!」
「へ?」
「トイレ! トイレ行ってくるから! ちょっとだけ待ってて!」
「あ、うん」
「すぐ戻るから! ほんとすぐだから、ごめん!」
返事も待たず、脱兎の如く駆け出して、視界の届かないトイレに逃げ込んだ。
トイレの洗面台で水を勢いよく流し、顔に水をぶっかけて、乱れた呼吸を整える。
……危なかった。
なんか、無意識に肩とか掴みそうになってた気がする。
脳がバグりすぎて、理性が飛びかかってたかもしれない。
数ヵ月ぶりに再開して、いきなり嫌われるところだった。
早く戻らなきゃいけないのは分かっている。
でも、今はまだ戻れない。
さっきの麗日さんの姿を思い返す。
陽の光を味方につけて、文字通り、本当に輝いているようだった。
……いったい何が起こってるんだ?
なんであんなに綺麗になってるの?
おかしいって、絶対何かおかしいだろ?
思い出すだけで、水を被って落ち着き始めた心臓が、再びバクバクとおかしな動きをし始める。
……やばい。
やばい、やばい、やばい。
本当にやばいって。
どう表現したらいいか分からないけど、とにかくやばい。
あの麗日さんの前で、普段通り平常心でいられる自信が全く無い。
祝賀会後の二次会では、まだ普通に話せていたのに。
頼む、お願いだ。今すぐ誰か来てくれ。
かっちゃん、飯田君、梅雨ちゃん、八百万さん、芦戸さん。
今日来れる人、誰でもいいから、とにかく今すぐ合流してくれ。
一人であの麗日さんの隣にいたら、心臓が持たない。
宿に着く前に死ぬんじゃないかという気がする。
クソナードと罵るかっちゃんの声が聞こえた気がする。
分かってる。もうそれでいい。今だけはクソナードって認める。
だからかっちゃん早く来てくれ。
藁にも縋る思いで携帯を開く。
LINKに一件の新着コメントがあった。
【元A組グループ】
大・爆・殺・神ダイナマイト
『エッジショットから応援要請があって行けなくなった。宿にキャンセルの連絡は済ませてある。悪いな』
「なんでだよ! バカヤロー!」
思わず洗面台をぶっ叩いた。
あまりにタイミングが悪すぎる。
ああもう、なんでこうなるんだよ!
いや分かるよ、分かってるよ?
かっちゃんが悪いんじゃないって事くらい僕だって分かるよ?
でもさ、タイミングってものがあるんじゃない!?
なんで今だよ!?
僕は今、これまでの人生で、最もかっちゃんに助けを求めていたんだぞ!?
今まで色々な事件があったけど、こんなに助けてくれと思ったこと無いよ!?
知った事かクソナード、という幻聴が聞こえた気がする。
……いや幻聴じゃないな、この場にいたら絶対言われてるし。
っていうかエッジショットの応援要請って何だよ?
こんな土曜日の昼間に何の応援を要請したんだ?
ヴィランだよな? 買い物とか飲み会の要請じゃないよな?
いや、どっちにしろ無理だ。
エッジショットは文字通り、かっちゃんの命の恩人だ。
何かあれば、遊びの予定など放り出して向かうだろう。
僕だってオールマイトに頼まれたら同じようにする。
そう考えると、納得するしかない。
くっそ……かっちゃんは頼れない。
頼みの綱が早くも一つ切れた。
そうっと、外の様子を伺う。
麗日さんは宿のマイクロバスに荷物を預けたのだろう、キャリーケースは持っていなかった。
一人、あたりの景色を眺めながら、ぽつんと取り残されている。
急激に押し寄せる、凄まじい罪悪感。
とんでもなく悪い事をしている気分になる。
そうだ。
せっかくの旅行中に、なにを一人にさせているんだ、緑谷出久!
どんなに綺麗になっていたとしても、あれは麗日さんだ。
変に意識するからいけないんだ。
頭を冷やせ!
蛇口の水をすくい、もう一度、思いっきり顔にぶっかけた。
特別な人。
もっと話したいと思った人。
その人がいるんだ、話しをしに行こう。
そうだ、どうせ皆もすぐに来る。
一緒に話せるのは、今しかないかもしれない。
みんなが合流した後じゃ、もう話せないかもしれない。
実際、祝賀会の最中は話せなかったんだから。
「……戻ろう。落ち着いた。もう大丈夫、超落ち着いた」
何一つ落ち着けていないのは分かっているが、とにかく自分に落ち着いたと言い聞かせる。
自分の量頬をぱちんと叩き、気合を入れる。
大きく深呼吸をひとつ。
吐く息が震えているが、知った事か。
ヴィランとの決戦に向かうような気分で、トイレを後にした。
「デク君、どうしたの。なんか濡れてない?」
「うん、水被ってきた……今日ちょっと暑くて」
「……そんなに?」
戻った僕の姿に、麗日さんは驚いた様子だ。
でも麗日さんは何もおかしくない。
いきなり水被ってくれば、そりゃこういう反応にもなる。
けど僕だって、嘘をついてるワケじゃない。
麗日さんの隣にいるだけで顔が火照って体温が上がってくる。
とにかく、なんとか誰か合流するまで、平静を保たないといけない。
そうでなければ、今日は宿ではなく病院に泊まることになるかもしれない。
「そ、そうだ! みんなに麗日さんと合流したよって伝えないと」
「そうだね、教えてあげよっか」
携帯を取り出して、グループLINKにコメントを入れる。
どうすればいいか何も分からないまま。
頼むから誰か助けてくれ、と願いながら……
―――― to be continued