最終巻No.431の続きを、命削って全力で書いたらこうなった(全年齢版) 作:練乳グラブジャムン
※SIDE 麗日
道を進むと、橋に続く大通りに出た。
場所は違うが、最初の大通りに戻ってきた形だ。
右車線と左車線の、道の真ん中を川が走り、飛騨川に続いている。
川にそって、枝垂桜だろうか、いまは緑の葉をつけている木々が並んでいる。
川を渡った車線の向こうに、一台の車が見えた。
クレープのキッチンカー。
いつかの言葉を思い出す。
恋人は、遊園地で手を繋いで、クレープを半分こ。
繋いだ手の温もりを感じながら、ちら、と隣のデク君を見やる。
一緒に食べられたら……
もしそう出来たら、たまらなく幸せだろう。
デク君と二人で、クレープ半分こがしたい。
でも、言えない。
あの場にいた自分が「クレープ半分こしたい」と言い出すのは、しまっている想いを伝えるのと変わらない。
もし、断られたら?
そんな事できない、と拒まれたら?
そう思うと、怖くて足がすくんで、喉の奥から声が消えてしまう。
「麗日さん?」
「……へ?」
「どうかした?」
「あ、あの……その……別に……」
「ああ、ここ見晴らしいいもんね。写真撮ろうか」
確かに、いい景色の場所だ。
この場所の写真も是非ほしい。
「そうだね、うん。デク君、写真撮ろうよ」
デク君がにっこりと笑って、周囲の人に撮影をお願いしようと離れる。
私はひとり、橋の柵に手を置き、ちらり、とキッチンカーに目を向けた。
クレープは食べたいけど、欲張っちゃいけない。
これまで一緒に、いろんなものを食べてきている。
その写真も撮っている。
何だかんだ、お腹も膨れてきている。
宿に行けば、また美味しいお夕飯が待っているだろう。
別にクレープなんて、いつでも食べられる。
ちゃんと付き合えたら、それこそ遊園地にでも行って、一緒に食べればいいだけ。
「じゃあ麗日さん、あの人の方向いて、笑って」
デク君が戻ってきて、撮影を促される。
そうだ、デク君とのツーショット写真。
これが一枚増えるだけでも、私にとっては、とんでもなく幸せなことだ。
そう思うと自然と笑顔になり、写真を撮ってもらった。
撮った写真を、デク君がLINKに送ってくれる。
その写真は、当然私のところにも届く。
川沿いの並木道を背景に一緒に写った、素敵な一枚。
今日一日で、もう充分すぎるほど、素敵な時間を過ごしている。
人生最高の想い出が沢山できている。
多くを望んでは、バチが当たってしまうほどに。
「じゃあ行こうか」
「うん、次は何があるかなあ」
キッチンカーを横目に、手を繋いで歩き出す。
そうだ、忘れちゃいけない。
こうして手を繋いで歩けるだけで、舞い上がるほど幸せだってことを。
※SIDE 飯田
「ケロッ!? みんな、この写真見て! 奥にキッチンカーがある!」
送られてきた写真を見て、蛙吹君が大声を上げた。
「どうしたんだ?」
「キッチンカーなんてどこにでもあるだろ」
「そうじゃないわ! これ、クレープのキッチンカーなの!」
みんなが顔を見合わせるが、深刻な顔をしているのは蛙吹君だけだ。
「クレープがどうかしたのか?」
「絶対に食べさせなきゃ! 二人で半分こさせるの!」
「はあ?」
「どういうこと?」
「名物でもないでしょうに、何かありまして?」
「みんな何でっ!? ああ、そっか、あのとき私とお茶子ちゃんだけだったから!」
頭を抱える蛙吹君。
何かあるのか。
蛙吹君が、キッと顔を上げて、叫んだ。
「恋人は、遊園地でクレープを半分こ! それが緑谷ちゃんの恋愛観!」
「はあ?」
「なんだそりゃ?」
「緑谷の、なに? 恋愛観?」
「……って、どういうことだ?」
「梅雨ちゃん、これでいい!?」
いち早く状況を把握したのは葉隠君だったようだ。
既にコメントを打ち終えて送信した画面を見せてくる。
「透ちゃん、ありがとう! 絶対にお茶子ちゃんはクレープを食べたいはずなの!」
「……クレープを? 食えばいいじゃん」
「それは無理! 絶対にお茶子ちゃんは言い出せない! 緑谷ちゃんも、正式にお付き合いしてない人には、絶対に言わない!」
深呼吸した蛙吹君が、真剣に訴える。
「みんなよく聞いて。細かい説明は省くけど、クレープを半分こするのは、緑谷ちゃんにとって、物凄く特別な意味があるの。それこそ恋人同士がすることだって信じてる。そして、お茶子ちゃんはそれを知ってる」
皆の顔に緊張感が宿る。
僕にも事の重要性は理解できた。
「なるほど。つまりこの二人にクレープ半分こさせるのは、お互いに恋人と認めさせるようなものだということか」
「そういうこと。特に緑谷ちゃんに対してね」
「分かったぜ、任せろ。スイーツなら俺がコメントするのがいいよな」
「そうだな、頼む砂藤!」
砂藤君が携帯にコメントする。
「急いで! どんどん二人がキッチンカーから離れて……いや、止まった! たぶん携帯確認してくれた!」
口田君が位置を伝えてくれる。
「よしナイス! とにかく戻ってクレープ食わせるぞ!」
「ケロ。この事を知ってるのは、この中では私だけ。だから、このクレープ作戦、私はコメントできないわ。それはとても不自然になってしまうもの」
「既にコメントした葉隠と、甘味の説得力が高い砂藤が鍵だな」
「勘だけど、ここの緑谷は手強いぞ」
「爆豪、どんなレス来ても飛んでくんじゃねえぞ」
「わーっとるわ!」
「皆様、おそらくここが、今日の天王山でしてよ。全員の知恵を結集して、必ずや成功させましょう!」
皆が気炎を上げ、すぐにコメント内容の調整に入る。
いくぞ、緑谷君。君はきっと遠慮するのだろう。
だが、それは我々が認めない。
緑谷君、麗日君。二人とも、遠慮などいらない。
お互いに、好きな人が隣にいるんだ。
存分に、いい想い出を作ってくれ。
【元A組グループ】
インビジブルガール
『ねえ麗日、そこのクレープ屋さんの写真ちょうだい。奥に写ってるキッチンカーのお店!』
シュガーマン
『俺も気になるな。なんか見覚えある店だ。写真もらえるか?』
ウラビティ
『はい、写真撮ったよ』
麗日君からコメントと写真が添付されてきた。
「チラシの画像なんか求めてないよ!」
「やめろ葉隠、携帯叩きつけんな!」
「待って。とりあえず店の前までは移動させることが出来た! 一歩前進!」
「店の前にいるなら、味教えろってレスすればいけるんじゃねえか!?」
「それだ!」
「葉隠さん、砂藤さん、お願いします!」
二人が携帯をタップする。
固唾をのんで見守る面々。
何としても半分こさせたい、その一念が僕らの思いだ。
【元A組グループ】
インビジブルガール
『結構種類あるね。じゃあ、食べたいやつ買って、写真撮ってよ』
シュガーマン
『思った通りだ、その店気になってたんだよ。一つ買って食レポしてくれ』
ウラビティ
『食べたいけど、一人じゃ食べきれないよ』
返ってきたLINKのコメントにみんなが沸き立った。
「これお茶子のサインだって!」
「おい緑谷気付け!」
「あいつが気付くわけねえ! 追撃するぞ!」
「誰か、他の方もコメントを!」
「じゃあ俺がいく!」
「お願い切島!」
「俺もコメントしよう」
【元A組グループ】
烈怒頼雄斗
『麗日が食べきれなかったら、緑谷が食えばいいんじゃね?』
テンタコル
『確かに、それで解決だな』
シュガーマン
『夕飯前だと1個は重いか。じゃあ半分食って残りは緑谷で、それで解決してくれ。頼むわ』
「これでどうだ!?」
「よくやった切島!」
「流れ的にはおかしくないと思うが……」
「この流れで買わないのは逆におかしいだろ」
「様子を見つつ、葉隠と砂藤を援護する感じでいこうぜ」
「少しタイミングを見計らい、更に追撃するか……」
一致団結の手本を見ているようだ。
みんなに協力を仰いで本当によかった。
さあ緑谷君。
この要求に、君はどうする。
※SIDE 緑谷
「ぅええええええええっっ!?」
グループLINKのコメントに、今日一番の衝撃を受けた。
店の前で変な声を上げてしまう。
みんな何を言っているんだ!?
麗日さんが食べきれなかったら僕が食べる!?
冗談でもやっていい事と悪い事がある。
旅行先でクレープ半分こ、なんてしていいのは、それこそ恋人同士だけだろ。
キッチンカーが気になるというコメントが来たから、写真を取りに戻った。それはいい。
クレープを買って食レポをする。それも構わない。
でも、これは内容がマズすぎる。
ここまでずっと手を繋いで歩いてきた。
携帯には二人で撮った写真がたくさん入っている。
麗日さんと、クレープ半分こ。
そんな夢みたいなことが叶ったら、そりゃあ嬉しい。
舞い上がるほど嬉しい。
たぶん人生最高に嬉しい。
……でも、それは僕だけだ。
麗日さんにその気が無かったらどうするんだ。
付き合ってもいないのに、男女でクレープ半分こしようなんて、絶対に嫌がられるぞ。
みんな今日はどうしたんだ。
どうして麗日さんを困らせるような事ばかり要求してくるんだ。
ちょっとは配慮ってものがあってもいいんじゃないのか。
だいたい何でまだ誰も合流してないんだ。
誰かもう駅に着いたっていいじゃないか。
こっちはずっと二人っきりなんだぞ。
誰でもいいから、せめてあと一人誰かがいれば、こんなに困ることはないのに。
【元A組グループ】
インビジブルガール
『ねえ、私ら仕事で行けないんだよ? 感想くらい聞きた―い』
シュガーマン
『俺もその店は気になってたんだ。なんとか頼めないか?』
イヤホン=ジャック
『砂藤がこんなに反応するって珍しいね。美味しいんじゃない?』
Ⅸ黒い鳥Ⅸ
『俺も気になってきた。砂藤オススメのクレープ屋について、感想を頼む』
くそ……どうしても買わないといけないのか。
みんなおかしいだろ。
こっちが二人っきりなの分かってるだろ。
なのになんで、二人でひとつのクレープ食べろ、なんて言えるんだよ。
買えるわけが無いって、常識で分かるじゃないか。
ちらりと、隣の麗日さんに目を向ける。
キッチンカーを見つめる麗日さんは、頬を染めて、少し不安そうな表情で……
ほらみろ、言わんこっちゃない!
みんな分かってよ!
麗日さん、恥ずかしいんだよ。やりたくないんだよ。
恋人でもないのに、クレープ半分こなんて出来るわけがない。
そんな事したくない、って顔に書いてあるじゃないか。
常識だろ、常識!?
くっそ……どうする?
砂藤君も葉隠さんも来れなかった。その二人からの……いや、みんなからのリクエスト。
みんな大切な友人だ、せめて感想くらいは伝えてあげたい。
でも、半分こは無理だ。
いくらなんでも麗日さんの気持ちを無視し過ぎている。
好きでもない人とクレープ半分こなんて、罰ゲームにしたって酷すぎる。
相手によっては泣くほど辛いはずだ。
手を繋ぐのはまだ分かる、トラブルを防止するっていう大義名分があった。
でもクレープを半分こしなきゃいけない大義名分なんて存在しない。
これだけは絶対にやっちゃいけない。
恋人同士じゃなきゃ絶対に許されない。
本当にこれだけは、踏み入ってはいけない一線だ。
麗日さんは、一個は食べられないとコメントしている。
でも半分こはできない。
どうする、どうする、どうする……
悩みに悩んだ末、麗日さんに声をかけた。
※SIDE 飯田
【元A組グループ】
デク
『じゃあ、せっかくだし2個買って食レポするよ』
「クソナードおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
川面で今日一番の大爆発が起きた。とてつもない水柱が上がる。
が、誰も気にも留めない。
それよりLINKに表示された緑谷君のコメントの方が問題だ。
「畜生! あの野郎、逃げやがった!」
「なんで!? 麗日、一個は食べれないって言ってるじゃん!」
「いくつアウト重ねるんだよ! 試合終わらせるつもりか!?」
「やっぱ手強かった! くっそ、これどうするよ!?」
「まずい! 二個買われたら全部おしまいだ!」
「あんまり食うと夕飯食えなくなっちまうぜ?」
「今すぐ何とかしないと!」
「どうしろってんだ!?」
「何か考えないと!」
「何かっていったって、店は目の前だよ!?」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
クレープひとつにここまで大騒ぎする集団もいないだろうが、事は深刻だ。
今すぐ何か手を打たなければ。
「くそ……こんな……いや待て!? この店、もしかしたら……」
砂藤君が携帯をタップした。
その手に期待が集まる。
頼む、何でもいい。
起死回生の手を打ってくれ……!
※SIDE 緑谷
二人で相談した結果、結局二つ買うことにした。
食レポが目的なんだ、種類は多いに越したことはない。
麗日さんも、多分食べきれる、ということだし。
もし残してしまったら、本当に申し訳ないけど、お店の人にお返ししよう。
もう、それしかない。
「はい、いらっしゃいませ」
「あの……クレープ二つもらえますか」
「はい。お味はどちらにしましょう。」
「そうだなあ……僕は……これでいいかな。麗日さんは?」
「え? 私は……えっと……どうしようかな……う~んと…………」
『prrrrrrr』
麗日さんがメニューを指そうとしたとき、店員さんの携帯が鳴った。
「あ、すみません。先に電話出させていただいても、よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「はい、もしもし。え……ああ、サトウさん、お久しぶりです! はい、はい。いえ、その節は大変ありがとうございました。ええ、僕は変わりなく。いま岐阜でキッチンカー出して……そうそうそう! それです! いや、流石です、よくご存じで。あ、すみません、いまお客様がお待ちなので、また今度ゆっくり……え? いやだからお客様が……あ、そうなんですか? なら直接ご連絡を……え? はい、はい。は? いや、ちょっとよく分からないんですけど、どういう事で……はあ。在庫はそりゃ今日一日は……え、いやいやそりゃ出来ないですよ、先にお越しになった方が……は? え、どういうことです? はあ……ええ、ええそうですね、ちょうどお二人、いまお待ち頂いてて……あ、そうなんですか? いやでも……え、全部? いや全部って、それ結構すごい額に……いやもし違う人だったらどうするんですか? ……え、本当に? ……いや確かに生活ありますし、それは助かりますけど……はあ、まあ、そういうことなら。でも本当にいいんですか? はい……はい……本当ですよね? 間違ってても知らないですよ? ……はい……分かりました。じゃあそうしますけど。でも、本当ですよね? 終わったらすぐ電話しますよ? はい、はい。じゃあ、また後程、はい……はい、お疲れ様です」
店員さんが携帯を仕舞って戻ってくる。
「いや……すみません。急に先輩から連絡があって。で……あの、クレープなんですけど」
さっきまでの営業スマイルはどこへやら、物凄く気まずそうにしている。
「あの……大っ変、申し訳ないんですけど……あと一食しかご提供できないんですよ」
「えええええええっ!?」
「いや……本当に申し訳ございません」
「こ……困ります!」
困る。冗談抜きで本当に困る。
もうみんなには買うとコメントしてしまっている。
「いや、本当にすみません。もう在庫無くなっちゃって……」
「そんな……」
どうする……別の店を探して……いやダメだ、砂藤君達のリクエストはこの店だ。
他の店じゃリクエストに応えられない。
いったい、どうすれば……
「ね……ねえ、デク君……」
おずおずとした感じで、麗日さんが袖を引いてきた。
耳まで真っ赤になっている。
「一個しかないなら、しょうがないよ……は、は……半分こ、すればええやんっ!」
「ええええええええっ!?」
耳を疑った。
「いやいやいや! だって……!」
それって、恋人同士がするやつだよ?
僕あの時、結構でかい声で叫んじゃったんだけど……
覚えてないの?
いやでも、8年も前だし、戦闘中だったし……忘れてる可能性もあるのか?
「だだだ、だってデク君、しょ、しょうがないよ!? あと一個だけなんやもんっ!」
確かに、そうだけど。
「しょうがない! しょうがないんだよ! 不可抗力! どうしようもないんやって!」
それは、そうなんだけど。
「……麗日さんは、いいの? その……僕と、クレープ、半分こ、って……」
麗日さんが、くるっと背を向ける。
その表情が伺えなくなる。
「……別に……そ、そんなん。ふつっ、普通やし! みんなすることやん……普通やん……!」
両手を後ろ手に組んで、少し下を向いて、なんか恥ずかしそうにしている。
麗日さん……覚えてないの?
それとも、覚えてて言ってるの?
いや……覚えてて言う訳がない……よね?
少しだけ振り返り、僕の方を伺ってくる麗日さん。
その横顔は、頬が染まって、どこか寂しそうで。
「デ、デク君は……た、食べたくないんかな……? 私と……クレープ……」
食べたいに決まってる。
誰より一緒に食べたいって願ってる。
でも、そんなの嫌だろうし、迷惑だろうからって……だから、必死に我慢して……
「麗日さん……迷惑じゃないの? 嫌だったりしないの?」
「別に……何も、嫌とか、そんなんないし……」
少しモジモジしたような、恥ずかしそうな仕草。
……なんで今日の麗日さんはこんなに可愛いんだろう。
「じゃあ……食べよ、っか……」
「そ、そうだよ。せっかくだもん」
「あ……麗日さん、味、何にする?」
「えっと……さっ! さっきデク君が選んだやつ!」
「じゃあ……これにしよっか……」
熱に浮かされたような感覚のまま、クレープを注文した。
出来上がるのを待ちながら、思考がぼーっとしている。
……これ現実か?
隣にいる麗日さんが、恥ずかしそうに、なんかずっとモジモジしているように見えてしまって。
何か、本当に恋人同士になったみたいで。
誰より特別な、麗日さんと、クレープ半分こ。
ただの偶然だ。
本当の恋人同士じゃないんだ。
こんなの錯覚だ。
そんなこと……分かってるのに。
それでも、泣きだしたいくらい……嬉しい気持ちが満ちてきていた。
―――― to be continued