最終巻No.431の続きを、命削って全力で書いたらこうなった(全年齢版) 作:練乳グラブジャムン
※SIDE 緑谷
18時になり、部屋に戻ってから室内電話を使い、夕飯の支度をお願いしていた。
もうすぐ麗日さんも来るだろうと予想してのことだ。
既に準備は整い、給仕の人が始まるのを待っている。
連絡した方がいいか、と思ったところで、麗日さんが入って来た。
そうっとスリッパを脱ぎ、慎重に入ってくる。
「あれ、麗日さん。なんか顔赤いけど。大丈夫?」
「ふぇっ!? そ、そうかな!? ちょっとお風呂入りすぎちゃったかも!?」
明後日の方を向きながら、ポリポリと頭を掻いている。
そして……入口から動かない。
いや、動いてはいるのだが、す、す、す、と足を刷らせて、超小股で歩いてくる。
ペンギンみたいだ、全然進んでこない。
「……お客様? お食事のご準備出来ております、どうぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
仲居さんに促される。
それでも麗日さんは、す、す、す、と超小股での歩みが変わらない。
「……麗日さん? なんか、変な歩き方してるけど、どうしたの?」
「はひゃぁ!?」
僕の言葉に、麗日さんがびくっと跳ねた。
「ど、どうもしないから!」
「……いや、だって……もしかして、足が痛いとか?」
手を貸そうと、すっと立ち上がり、一歩踏み出す。
「わあああああああああああ!? ストップ、ストップ、ストップ!」
手をバタバタさせて防がれた。
「え? 本当にどうし」
「ダメダメダメダメ、来ちゃダメ! 絶対来ちゃダメ! 座って! お願いだから座って! ね、ほんとに! ほら、ご飯じゃん! デク君、食べようよ、座って座って!」
何をそんなに慌ててるんだろう。
ご飯の準備をしている仲居さんも、きょとん、とした顔をしている。
それでもなお、す、す、す、と超小股で、進む速度は変わらない。
「……麗日さん、何かあったなら教えて? 転んでどこか痛めたとか?」
明らかな挙動不審に、僕と仲居さんの両方から視線が向く。
みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「だ……だって……み、見えたら……困るんやもん……っ」
「見えたらって、何が?」
「えっと、その、歩くと……浴衣がズレるから! あ、足とか、見えちゃうでしょっ!?」
真っ赤になった麗日さんが、ヤケクソとばかりに声を張った。
仲居さんが微笑し、微笑ましいものを見るように、ご飯をよそい始める。
でも僕の疑問は解消しない。
「うん……でも、足くらいなら、いいんじゃない? 今日、スカートだったよね?」
「あ、あ、足くらいって!? ダメだよ、そんなこと言っちゃ! 見えたら恥ずかしいやん!」
「……一緒に足湯、入ったのに?」
「それでも今はダメなのっ!」
麗日さんが自分の身体を守るように、両肘を掴む。
「で、デク君っ!? 女の子が隠してたら、それは! 見ちゃいけないんやって! そういうとこ、気を付けようね! デリカシー! デリカシーっていうものやっ!」
「ご、ごめんなさい……」
反射的に謝ってしまったが、そういうものなんだろうか。
一緒に足湯に入ったのに、足が見えると困るってどういうことだ?
お風呂上りだと気分が変わるのだろうか……わけが分からない。
これが女心というものなのか?
「……あの、料理の事って聞いても大丈夫ですか」
間が落ち着かず、仲居さんに話を振る。
「はい、承知いたしました。まず手前のお造りですが、地元野菜を使ったお造りとなります。ほうれんそうのお浸し、セロリとアボガドの和え物、山芋入りの鶏ささみつくね、鰻の青じそ巻き、アスパラの酢味噌和え、マムシの叩きとなっております」
細長い器に載せられた品々を指される。これが前菜なんだろう。
「マムシ? デク君知っとる?」
「……ヘビ? ですよね?」
「ヘビ!?」
麗日さんが歩きながら、心配そうな顔をしている。
「はい。ヘビではありますが、料理用に養殖されたものになります。火は通っておりまして、ニンニク醤油で味付けをしております。お味は鶏肉より淡白な感じかと。あまりヘビを食べているという感覚は無いかと存じます」
確かに見た目は鍋に入れるつみれのようだ。言われなければヘビとは分からない。
「マムシは血行促進の効果があって、女性の冷え性にもよく効くんですよ」
「そうなんや……まあ、こんな機会でもないと、食べる事なんかあらへんか……」
「お刺身ですが、まぐろ、カツオ、アジ、ブリとなっております。赤身魚は鉄分が多く、血行促進や体力向上に効果があるとされています」
「お刺身美味しそうですね」
せっかくのお料理だ。携帯を出し、写真を撮っていく。
「隣が茶碗蒸しになっております。鶏肉、ほうれん草、山芋、高麗人参、銀杏などが入って、具沢山となっております」
「へえ~、美味しそう」
「焼き物は生牡蠣になっております」
「すごく大きな牡蠣ですね」
「殻ごと網に載せていただいて、焼いていただければと思います。生でそのままお召し上がりいただいても大丈夫ですので、焼き加減はお好みで大丈夫です」
殻も半分取ってあり、プルプルの大きな牡蠣が見えている。そのままでも食べられそうだ。
五つも並んでいるし、一つは生で食べたりと、焼き加減を変えても良いかもしれない。
「隣が、すっぽんの唐揚げです。すっぽんは女性のお肌にいいんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。すっぽんは低カロリーでコラーゲンも多く、女性におすすめなんですよ。シミの原因になるメラニンの生成を抑えて、肌のターンオーバーが早まるので美肌効果があると言われていますよ」
「そうなんや……」
ようやく席に着いた麗日さんが、感心したように頷いた。
「右上のお鍋は、創作料理になっております。ニラ、セロリ、ニンニク、舞茸、干し椎茸、玉葱といったお野菜と一緒に、ラッコのお肉をお召し上がりいただけます。すき焼き風になっておりますので、卵に浸けてお召し上がりください」
「ラッコ?」
麗日さんと顔を見合わせるが、二人でふるふると首を振る。麗日さんも知らないようだ。
「ラッコって食べられるんですか?」
「海外ではたまに振る舞われるそうです。今日は、是非調理してほしいと、お客様がアラスカからご郵送いただいて、持ち込まれてのご要望ですが」
「お客様って、誰が……」
再び麗日さんと顔を見合わせ、お互いに首を振る。
誰か食べたかった人が送ったのだろうか。こんな料理もあるぞと教えたかったとか。
海外から送ってきたとなると、相当食べたかったんだと思うけど。
後でグループLINKで聞いてみようか。
まあ、毒を持ってるという話は聞いたことが無いし、食べられる気はする。
鹿とか熊なんかも食べるっていうし、ジビエみたいなものだろうか。
「手前のご飯は、あさりとシジミの炊き込みご飯になっております」
「うわぁ、これも美味しそう」
「貝がたっぷりやね」
「隣のお吸い物は、鰻の肝吸いになっております。ラッコ、鰻、マムシの骨と、すっぽんの甲羅などから御出汁を取っておりますので、疲労回復に良いかと思います」
「肝吸いって何ですか?」
「鰻の胃を中心とした、内蔵を具材としたお吸い物です。鰻屋さんではよく振る舞われますね」
「デザートに、蜂蜜のスムージーとなっております。こちらは後ほどお持ちさせていただきます」
デザートまで付くのか。どれもすごく美味しそうだ。
「それでは、火を入れさせていただきます」
焼き牡蠣とラッコ鍋の下にある固形燃料に火が入れられ、ゆらゆらとした炎が見える。
単純かもしれないが、こういうのがあると、旅館のご飯だっていう感じがして楽しい。
食べる前に、二人一緒に仲居さんに写真を撮ってもらう。
美味しそうなご飯を前にして楽しそうにしている一枚。
これも素敵な想い出だ。
「じゃあ麗日さん、食べようか」
「うん、めっちゃ美味しそうやし」
手を合わせて、二人で声を合わせる。
「「 いただきまーす 」」
※SIDE 飯田
【A組グループ】
デク
『今日の料理だよ』
18時過ぎ。
夕飯が始まったのだろう、緑谷君から写真が届いた。
「なあ、オイラすっごい気になってるんだけどさ……今更だけど、あのメニューよかったのか?」
「なにが?」
「やり過ぎってなくらい、精付くものしか入ってねえだろ」
「ひとつ残らずだもんな」
「無理言ってお願いしまくって、どうにか特別対応してもらったからな」
「なんであそこまで必死だったんだ? 普通に飛騨牛のコースで良かったんじゃねえの? 絶対美味いだろ」
「……地獄の結婚式を回避できる可能性が、少しでも上がるなら、って思って」
首を傾け、斜め下の地面に視線を向けつつ、耳郎君が答えた。
「なんだよ、地獄の結婚式って」
「緑谷が別の女と結婚して、お茶子と私達が祝い客として参列してる式」
「うっわ……えっっっぐぅぅぅ……」
その状況を想像したのか、切島君は吐きそうなほど顔をゆがませた。
おそらく自分の顔も歪んでいるだろう、それほどに恐ろしい式だ。
緑谷君が誰と結婚しようと、祝福したい気持ちはある。
だが、隣に想い叶わなかった麗日君がいるとなれば話は別だ。
麗日君の気持ちを慮れば、どんな気持ちで参列すればいいか、皆目見当がつかない。
「確かにそれは地獄だ……俺達全員、顔引きつってるぜ?」
「何としても回避したいな……」
「あいつら、このメニュー見て何も思わねえのかな」
「あの二人なら気付かない、というか気にしなさそうではあるけど……」
「ぶっちゃけ、こんなのって迷信じゃない? チョコレートに催淫効果があるとか、色々あるけどさ……緑谷をその気にさせる量ってどのくらい? ドラム缶一杯食べさせたって、緑谷がオオカミになることって無くない?」
「……まあ、確かに」
「相手はあの緑谷だしな」
芦戸君の言葉に、尾白君と心操君も頷いた。
「ウチだって、こんなの食べたくらいで女に手ェ出すヤツなら苦労しないって、分かってはいるんだけどね……こんな迷信でも縋りたくって」
「それで必死に食材集めしてたのか。海外まで行ったの誰だっけ、耳郎と上鳴、心操と常闇、あと蛙吹だっけ」
「そうよ。セルキー船長に相談したら、ラッコ鍋を強く推されたから。獲れたてが一番だけど、冷凍でもいいから、って」
「ああ、アラスカまで行った。極寒の地での交渉だった。得難い体験だったな」
常闇君が、感慨深げに頷いた。
「ラッコがムード盛り上げるのか?」
「尾白ちゃん、私もよく知らないんだけど……船長によると、『ラッコ鍋を食べれば、いざとなったら殺し合い始めるような仲のノンケの男同士でもくっつく』って」
「なんだそりゃ。殺し合いする男同士って、それもうただの敵同士だろ」
「ラッコにそんな効果があるのか?」
「……まあ、ムードを盛り上げる効果は不明だが、健康を害するものは何も入っていない。精が付くというのは、疲れが取れるということでもあるだろう。問題は無いのではないか?」
「あいつらも忙しいし、知らず知らず疲れてるだろうしな。油モノや糖質が沢山出てくる、とかよりは全然ヘルシーだし、身体に良さそうではあるんだよな」
障子君は献立に疑問は無いようだ。砂藤君も賛同してくれている。
「でもさあ……オイラが気になってるのは、上手く行くかどうか、じゃなくてさ……」
「峰田君は、何が気になるんだい?」
「なあ飯田……これ、もし…………いや、ごめん、何でもないわ。オイラが気にする事じゃねえし」
言葉を濁す峰田君。
何が気になるのだろうか。
食べ合わせが悪い食材も特になさそうだし、調理しているのは腕利の料理人さんだ。
具合が悪くなる、などという可能性も極めて低いだろう。
上手くいくかどうかは分からない。
上手くいかなかったとしても、それは仕方ない。
……何か、僕達が見落としている点でもあったのだろうか。
―――― to be continued