最終巻No.431の続きを、命削って全力で書いたらこうなった(全年齢版) 作:練乳グラブジャムン
※SIDE 麗日
その手に感じていた温もりが消えた。
最後の魔法が。
デク君に手を離された。
私が離したんじゃなくて、デク君に離された。
それは、最後に残ったガラスの靴が砕けたようで。
瞬間、全身が総毛立った。
すぐ背後に『怖いもの』がいる。
ついに追いつかれた。
ずっと逃げ続けていた真っ黒いそれが、必死に遠ざけていたものが、夢の世界の幻が、産声をあげて現実に現れようとしている。
奈落に落とされるような宣告を、ほらもう一秒後に告げられるぞ、と『怖いもの』が囁いてくる。
――タダノトモダチ――
――ゴメンナサイ――
「ぃゃあぁっ!?」
あまりの恐怖に、逃れるように反射的に、目の前にいる人にしがみついた。
こんなの幻だとか幻聴だとか、考える余裕すら無かった。
「う、麗日さん!?」
困惑するデク君の声が聞こえる。
やばい、抱き着いちゃった!
どうしよう、どうしよう、どうしよう!?
なにやってるの、迷惑かけちゃってる、早く離れなきゃ、嫌われちゃう、どうしよう、いやだ、助けて!
しまっておくんだ。
しまっておけばいい。
しまっておかなきゃ。
この怖いものも、この切ない胸の痛みも、一人で眠る寂しさも。
全部、全部、全部、何もかもしまっておけばいい、それでいい!
どれだけ思っても、『怖いもの』は嬉々として踊り、囁いて。
胸に秘めた、私の大切な宝物を、勝手に取り出していく。
――やめて、やめて、やめて! いまそんなもの見せないで!
横顔を見つめては頬を染めた学生時代の日々。
いまもコスチュームのポケットに忍ばせているお人形。
特別だって言ってもらえて胸が高鳴った二次会。
服を買って応援してくれた友達の顔。
楽しみにマル印を付けていたカレンダー。
手を繋いで歩いた街並み。
半分こしたクレープの写真。
二人で観た夜空の花火。
――全部まとめて、グチャグチャにされてしまう悪夢。
「ああっ、ああああ! やだ、やだあっ!」
助けて、怖いよ!
デク君の浴衣を掴んで泣き叫ぶ。
奥歯がガチガチと鳴り、全身がぶるぶる震えた。
しまっておくんだ。
拒絶されたら、私の宝物が全部壊されちゃう。
「どうしたの!? 何かあったの!? 落ち着いて、大丈夫だから!」
あんなに綺麗な花火だった。
きっとデク君も楽しんだ。水を差したくない。
何やってるの私、バカじゃないの!?
こんなところで泣いてちゃいけない。
しまっておくんだ。
怖くてたまらない。誰か助けて。お願い、誰か。デク君、助けて……!
気が付くと、デク君が私の手を握ってくれていた。
「ほら、大丈夫だよ……どうしたの?」
その手が優しくて、温かくて。
もう一度繋いでくれたことが嬉しくて。
私を心配してくれる顔が優しくて。
この手を握っているときだけは、怖いのが消えていて。
迷惑かけたくないのに、まだ離れたくなくて。
泣いちゃいけないのに、涙がぽろぽろ零れて。
嫌われたくないのに、笑顔が作れなくて。
思考も感情も滅茶苦茶で。
もうどうすればいいのか、何も分からなくて。
(もっと好きに生きてね)
誰かの言葉が頭に響いて、ふっ、と、頭が真っ白になった。
思考も何も無く。
ただ、いけないワガママだけが、口に出てしまっていた。
「……離れたく、ない…………まだ、一緒にいて……?」
※SIDE 緑谷
僕の胸に顔を埋めて。
痛いほど強く僕の手を握って、その手が震えていた。
「……わかった。離れないから。一緒にいよう?」
こくん、と頷く麗日さん。
「本当は……僕も、麗日さんと離れたくなかったんだ。でも、ごめんね……ずっと手を握ってたら、怖がらせちゃうかと思って……手、離しちゃって」
ぶんぶんと首を振ってくれる。
「僕からもお願い……もう少し、一緒にいてくれる?」
大きく、こくん、と頷いてくれた。
繋いだ手のひらが小さくて。
その震えを取り除いて、安心させてあげたくて。
どうしようもなく、抱きしめたい。
「……ごめん、嫌なら言って? すぐ離すから」
細いその背中に、そっと手を回す。
拒絶はなかった。
逆に、麗日さんの腕が僕の背中に回されて、より強く抱き着かれる。
「……僕も、まだ一緒にいたかったんだ」
小柄な柔らかい身体。
クラクラするほどの甘い香り。
「花火が終わって、麗日さんを部屋に帰してあげなきゃって思ったけど……どうしても、手を離したくなくて」
世界で一番愛しい人が、自分の腕の中にいる幸福感。
「さっきの花火だって……麗日さんと、二人で一緒に観れたのが、すごく嬉しくて……みんな、来ないでくれてよかった、なんて……すごい、申し訳ないこと思っちゃったくらいで……」
想いが溢れてくる。
「今日一日が、ずっと、夢みたいで……駅で逢った時から、ずっとドキドキしっぱなしで……手を繋いでるだけで、舞い上がるほど幸せで……半分こしたクレープとか、本当にすごい嬉しくて」
気のせいだろうか。
胸の内を吐露するほどに、麗日さんの震えが、だんだん収まっていくように感じる。
「僕にとって、麗日さんは、一番特別な人だから」
あの祝賀会のときに気が付いて、二次会のときに、確信に変わった、自分の気持ち。
世界でたった一人、麗日さんに対してだけ起こる、自分の胸の高鳴り。
気付いて自覚したのは最近だ。
でも昔からずっと、この気持ちは心の奥底にあった。
自分の気持ちにも気付けなかった、愚かな自分。
かっちゃんに罵倒されるのも無理はない。
そうだ。
あのときは伝えられなかった。
もう一度、ちゃんと伝える機会がほしかった。
だから飯田君にも相談した。
いまが一番いいタイミングじゃないか。
肩に手を置き、そっと、少しだけ身体を離す。
麗日さんの、涙に濡れたその顔が、すぐ目の前にある。
『特別』なんて言葉で、濁しちゃいけない。
ちゃんと伝えるべきだ。
伝えるべき言葉を胸に宿す。
途端に、凄まじい緊張感と恐怖が襲ってくる。
自分一人の勇気じゃ、乗り越えられないほどの恐怖。
それでも。
さっき教えてくれた、離れたくない、の一言が。
まだ一緒にいたい、という想いが。
乗り越えられるだけの、後押しをくれた。
「麗日さん」
その愛しい顔を、真っすぐ見つめて。
この想いが本物だって、確信して。
「あなたが好きです」
麗日さんの瞳が、まん丸に見開かれた。
大きく息を吸って、呼吸が止まって、信じられない、といった表情で。
「僕は、麗日さんが好きです。一人の女の子として、他の誰よりも一番、あなたが好きです」
もう一度。
はっきり、分かるように。
何の勘違いもさせないように。
あなたを大切にします、という気持ちを込めて。
「あ……ぁ…………あ……」
麗日さんの瞳から涙が零れ落ちた。
次から次へと溢れて、顔をくしゃくしゃにしていく。
「あ……ぅ……ああ……うああ……わあああああああああああっ!」
堪えるような嗚咽を漏らして、堰を切ったように泣き始めた。
「わああああ! ああっ、あああああああ! ああああぁ、ああああああ!」
背中に回された腕に力が入る。
胸に顔が押し付けられ、ぎゅうっ、と、強く抱きつかれる。
その涙すら愛しくて。
世界一大切な女の子を抱きしめた。
「ぅぅぁああああああ! わあああああああ! ああ、ああ、わああああああ!」
僕の胸の中で、泣きじゃくる麗日さん。
そっとその身体を抱きしめて、落ち着けるように、優しく髪を撫でる。
「わあああっ! 私も、私も。私もずっと好きやったんよ!? ずっと、ずっとずっと、ずっと! デク君のこと。私、私が一番っ、デク君が、大好きで、でも怖くって!」
背中に腕が回された腕が、浴衣を掴んでいて。
その身体の柔らかさを全身で感じた。
「ああっ、デク君、好き! 好きやったの。ずっと、私、デク君、デク君が大好き。一番好き。ずっと大好き! 離れたくないぃ!」
「ありがとう。僕も。麗日さんのことが好きです。大好きです」
「あああああああっ! 大好き、大好きっ! 離れちゃやだ、戻りたくないの! お願い一緒にいて、一緒にいて! 私のこと、ぎゅってして! デク君、好き、好きぃ。一緒にいてよぉ!」
「うん、ありがとう。大丈夫。大丈夫だから。一緒にいる。どこにもいかない。君が好きだから」
「ああああっ! 怖かったぁ、怖かったよぉ! 怖くて、言えなくて、ずっと怖くて、ごめん、ごめんなさい……! だって私、怖くて! 勇気なくって、好きって言えなくって! いつも怖かったぁ!」
「うん、うん。大丈夫。僕も、麗日さんが、大好きです。世界一好きです。ごめん、本当にごめん、もっと早く伝えればよかった。怖かったよね、ごめんね」
「よかったぁ、よかったよぉ! もう、もう怖いのやだぁ! 好き、大好き! ぎゅってして! あたま撫でて! 寂しいのやだぁ、いっぱい好きって言ってぇ! ぅわああああああっ!」
請われるままに、更に強く抱きしめた。
柔らかな髪を撫でて、何度も、何度も、伝えられなかった想いを伝える。
涙と一緒に、たくさんの想いを伝えてくれる麗日さんが、本当に、たまらなく愛しくて。
僕も自然と涙が出てきて。
可愛いお願いをして、たくさん甘えてくる麗日さん。
初めて見る姿。
きっと、気が遠くなるほど長い間、ずっと耐えていたんだと思う。
だって麗日さんは、いつもそうじゃないか。
ずっと、いつも、自分の事より、他人を優先して。
いつも、ずっと。
そんな強い麗日さんだから。
全部ワガママだって、抑えて、抱え込んで。
ずっと心の奥底に、しまっていたんじゃないのか。
本当はずっと、誰かに寄りかかって、甘えたかったんじゃないか?
なら、僕がそうなりたい。
麗日さんが、何でも話せるように、ずっと手を繋いでいたい。
安心して甘えて、なんでも話してもらえるように、ずっと。
強く抱きしめあったまま、何度も、何度も、想いを伝えあう。
万感の勇気が必要な想いを。
だからこそ、貰えたら嬉しい想いを。
温かい、幸せな気持ちで満たされながら。
―――― to be continued