最終巻No.431の続きを、命削って全力で書いたらこうなった(全年齢版) 作:練乳グラブジャムン
No.439 喜ぶ顔が好きだから
※SIDE 麗日
どこか分からない草原にいた。
青空にたくさんの鳥が飛んでいる。
あたりを見渡すと、ヒミコちゃんの姿があった。
お腹の傷が、主張するように、少し痛んだ。
何か話したいことがあるの?
でも、もう聞いたような……
とにかく、何か話そうとして、一歩踏み出す。
その途端に、青空も、草原も、ヒミコちゃんも、ふっと消えてしまう。
代わりに、なにも無い、怖気のするような暗闇の空間が広がっている。
まるで、たった一歩で別次元に飛ばされたような。
自分の居場所も分からない。
どっちに進めばいいかも分からない。
暗闇の中、背後から、真っ黒いものが迫ってくる。
身の凍るような悪寒を全身に浴びて、思い出す。
そうだ、逃げなきゃ。
何を呆けていたんだろう。
あれから逃げないと。
立ち向かうなんて考えられない。
あれはヴィランなんかとは違う。
悪意のある人間とは全く異質の、恐怖の塊だ。
暗闇の中を、必死に逃げる。
ニンゲンかどうかも分からない、正体不明の何かから。
恐ろしくてたまらない、真っ黒いものから。
絶対に追いつかれないように、暗闇の中を、必死に。
あれはヒミコちゃんじゃない。知っている誰かでもない。
絶対に捕まっちゃいけない。
あれに捕まったら全てが終わる。私が私でなくなる。本能でわかる。
気が遠くなるほど長い時間走っていた。
数時間か、数日か、数か月か。あるいは何年も。
ずっと追いかけられ続けていて。
ずっと逃げ続けて。
もう息は切れ切れで、精魂尽き果てて、足もまともに前に出ない。
それでも逃げる。
逃げて逃げて、見ないようにして、それでも迫ってくる。
足がもつれて転んだ。
震えて立てず、もう走れない。
動く腕を使って、懸命に這って逃げる。
逃げなきゃ、逃げなきゃ。
真っ黒いものが、どんどん迫ってくる。
じりじりと距離が狭まり、やがて足元から、真っ黒い何かに飲まれていく。
こないで、こないで、こないで!
堪えようのない恐怖に、喉が裂けるほどの悲鳴を上げた。
両手のワイヤーを放ち、滅茶苦茶に個性を使って、手あたり次第に物を投げつける。
そのどれもが、何の効果も無かった。
どうにもできない。何も効かない。
私の全身に絡みつく、真っ黒な怖いもの。
そいつがニタニタと嗤いながら、耳元に近づいてくる。
だめだ、聞いちゃいけない。
その囁きを聞いたら全てが終わってしまう。
最後の抵抗に耳を塞ぐ。
両目を閉じて、あらんかぎりの悲鳴を上げる。
でもお構いなしに、そいつは口を開いて、呪詛を紡ごうとしてくる。
聞きたくない、それだけは嫌だ!
お願い! やめて、やめて、やめて――!
「――――っっっ!」
目が覚めた。
見慣れた自室が視界に入る。
「……は……はぁ、はぁ……はぁ……」
何か、凄く怖い夢を見ていた気がする。
どんな夢だっけ……いや、別にいいか。
怖い夢なんて、思い出さなくても。
「……あぁ、最悪や……」
寝起きから最悪な気分だった。
部屋のカレンダーを見やる。
マルが付けられた日。旅行に行く日だ。
そうだ、皆と一緒に温泉に行くんだ。
グループLINKに、旅行の話が来ていた。元A組の皆と一緒に温泉旅行。
すぐに梅雨ちゃんと予定を変更して、一緒にOKの返事をした。
泊まりで遊びに行く事なんて今まで無かった。
すごく楽しみで、カレンダーにマルを付けたんだった。
また、皆に会える。
きっとデク君にも逢える。
気分を切り替えていこう。
デク君に逢えたらどんな話をしよう。
やっぱり、まずはお仕事の話になっちゃうのかな。
お仕事の話もいいけど、他にもっと話したい事がある。
もっと……あれ?
……私は、本当は、どんな話がしたいんだろう。
先日の女子会の会話が頭に浮かぶ。
(ルックスだっていい方だと思うんだよね)
(緑谷ちゃん、結構カッコよくなってたわ)
(同じクラスに座ってたら、絶対意識するでしょ)
(大学から付き合ってる人とかいても不思議じゃないよね)
ぎゅうっと、胸が締め付けられる。
わかってる。みんなに悪気なんて無い。
ただデク君を褒めてくれただけだ。
これは、私が今まで、ずっと考えないようにしてた可能性だ。
怖くなってしまうから。
デク君に、他の女の子が現れてしまう可能性。
それは、これまでの色々なものが無くなってしまうようで。
ずっと続いてる片思い。
叶わずに終わる時って、どのくらい辛いんだろう。
自分のことなのに、わからない。
考えたくない。
考えたって、どうしようもない。
この恋が叶うかどうかなんて分からないんだから。
どうせ考えるなら、楽しい空想をしよう。
遊園地で、デク君と二人で、手を繋いで歩いて。
二人で一緒に、クレープ半分こ。
ほら、とっても幸せそう。
もしそれが叶ったら、どれだけ嬉しいんだろう。
昔からずっと憧れてる情景。
どれだけ頭の中で空想しても、その瞬間が訪れたら一体どれだけ嬉しいか、想像もできない。
私はきっと、舞い上がるほど喜ぶんだろうな。
あの戦いを経て。
私たちはやりたい事――やるべき事を見つけて。
それぞれが選んだ道を、尊重して笑い合う。
それはとても贅沢で――
人の喜ぶ顔が好きだった。
それは言い換えれば、人が困ったり悲しんだりする顔は見たくない、ということでもあって。
だから。
一番好きな人を困らせるなんて……絶対にしたくない。
「……着替えて……仕事行かなきゃ」
しまっておこう。
ずっと抱えている想いも。
わけのわからない怖さも。
胸を締め付ける切なさも。
全部、しまっておけばいい。
―――― to be continued