俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します   作:パラレル・ゲーマー

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第99話 猿と武者と黒き刃

 渋谷の夜空を切り裂き、一つの黒い流星が舞い降りた。

 スクランブル交差点の喧騒の中心、巨大な怨念の鎧武者の前に、佐藤健司は静かに着地した。全身からはランク5の【身体強化】と、禁忌の力によって解放された黒く禍々しいオーラが、陽炎のように立ち上っている。

 彼の瞳はもはや人間のそれではない。理性の光の奥で、純粋な闘争への渇望が赤い炎のように燃え盛っていた。

 

「……何者だ貴様は」

 

 鎧武者の兜の奥から、無数の魂が重なり合ったかのような、重く古い声が響いた。その声だけで、周囲のアスファルトに亀裂が走る。

 

「……通りすがりの公務員だ」

 

 健司は短く答えた。

 彼は右手をゆっくりと前に突き出す。掌の上で黒い魔力が渦を巻き、凝縮し、一つの形を成していく。

 

 ―――刀。

 漆黒の魂の刃、『無想』の型。

 その刀を、彼は静かに構えた。

 

「ほう。……面白い。……その禍々しい気。……貴様、人間ではないな」

 

 鎧武者は興味深そうに、巨大な大太刀の切っ先を健司へと向けた。

 

「良いだろう。……この数百年の退屈を紛らわさせてみせろ」

 

 その言葉と同時、鎧武者の巨体が掻き消えた。

 いや違う。健司の【霊眼】にははっきりと見えていた。鎧武者の身体が無数の黒い怨念の霧へと霧散し、次の瞬間、健司の背後で再びその形を再構築しているのを。

 転移。それもガブリエルのような物理的な空間跳躍ではない。存在そのものを一度霊的な次元へと分解し、再構築する、極めて高度な霊術だ。

 

「―――遅い」

 

 だが健司の黒い獣の本能は、その神速の奇襲を完璧に捉えていた。

 彼は振り返ることなく、背後へと漆黒の刀を一閃させる。

 

 キィィィィィィィィンッ――。

 甲高い金属音。鎧武者の大太刀と健司の魂の刃が、火花を散らしながら激突した。

 凄まじい衝撃波が、周囲のビルを震わせる。

 

「なっ!?」

 

 鎧武者の声に、初めて驚愕の色が浮かんだ。

 

「……見えていたと言うのか……!?」

 

「ああ」

 

 健司の声は、どこまでも冷徹だった。

 

「お前のその魂のざわめきがな」

 

 彼は刀を押し返し、そのまま流れるような動きで連撃を叩き込む。

 一閃、二閃、三閃。黒い軌跡が夜の闇に三つの残像を描いた。

 鎧武者は、その神速の剣戟を大太刀で必死に防ぐ。

 カン、カン、カン、と鋼がぶつかり合う耳障りな音が、渋谷の空に響き渡る。

 

(硬いッ!)

 

 健司は内心で舌打ちした。手応えが重すぎる。

 この鎧はただの鉄ではない。数千、数万の怨念の集合体。その一つ一つが盾となり、彼の斬撃の威力を減衰させている。

 

 その攻防の僅かな隙間、鎧武者の肩部から、一体の般若の面をつけた女の霊が飛び出した。手には呪いの短剣。

 

「―――死ね!」

 

 怨嗟の声と共に、短剣が健司の無防備な脇腹を抉ろうとする。

 だが健司は、それに反応すらしなかった。

 彼の身体を覆う黒いオーラが、意思を持った生き物のように蠢き、一つの黒い腕となって短剣を掴み取る。

 

『無想』の自動防御(オートガード)。

 獣の本能が、意識の外で最適解を導き出した。

 

「……なにぃ!?」

 

 その人間離れした光景に、鎧武者は完全に虚を突かれた。

 一瞬の硬直。

 それこそが、健司が待ち望んでいた唯一の好機だった。

 

「―――もらった」

 

 健司の赤い瞳が、ギラリと光る。

 漆黒の刀が、その形を変えた。

 刀身が生き物のように伸び、無数の黒い棘となって、鎧武者の全身を内側から貫く。

 

「―――があああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 鎧武者の絶叫。

 怨念の鎧が、内側からの破壊でガラスのように砕け散っていく。

 中から溢れ出す無数の魂。

 彼らは長い呪縛から解き放たれ、安堵の表情を浮かべながら、光の粒子となって夜空へと昇っていった。

 美しく、そしてどこまでも悲しい光景。

 

 やがて全ての怨念が浄化され、その場には一体の小さな木彫りの武者人形だけが、ぽつんと残された。

 それが、この巨大な怪異の核だ。

 

「……終わりか」

 

 健司は荒い息を吐きながら呟いた。

 黒いオーラがすっと身体へ収まっていく。『無想』のモードが解除されたのだ。

 同時に、全身を反動の激痛が襲う。

 だがそれは、以前のようなただの痛みではない。魂が戦いの喜びに、自らの成長の実感に、確かに歓喜していた。

 

 彼はその場に膝をつく。

 周囲にはヤタガラスとSAT-Gの部隊が到着し、パニックに陥った群衆の避難誘導を始めていた。

 健司はその喧騒をどこか遠くに聞きながら、静かに空を見上げた。

 雲の切れ間から満月が覗き、その光が、汗と血に濡れた彼の貌を優しく照らし出す。

 

 その日の深夜、ヤタガラス東京支部・副局長室。

 橘はモニターに映し出された渋谷の戦闘記録映像を、何度も繰り返し見ていた。

 表情は驚愕を通り越し、畏怖そのものだ。

 

「これが、彼の本当の力」

 

 黒いオーラ、自在に形を変える魂の刃、そして圧倒的な戦闘能力。

 それはもはやTier 3という矮小な枠には収まらない。

 Tier 2、いや、限定的な状況下においては、Tier 1すらも凌駕する、未知の力。

 

「化け物を生み出してしまったか。我々は」

 

 橘の呟きは誰の耳に届くこともなく、静かな執務室に虚しく響き渡った。

 彼は一枚の最高機密文書を取り出す。

 そこには、たった一行、こう記されていた。

 

『―――K改めコードネーム「無想」。脅威レベルをTier 1.5に再設定。以後、Sクラス案件にのみ投入を許可する』

 

 橘は、その文字を複雑な思いで見つめた。

 自分たちが手に入れたのは、国家を守る最強の剣か。

 それとも、いつか世界そのものを喰らい尽くしかねない最悪の獣か。

 その答えを知る者は、まだ誰もいない。

 

 一方その頃、健司は自室のベッドで深い眠りに落ちていた。

 彼の脳内に、あの忌々しい師の声が響き渡る。

 その声はどこまでも満足げだった。

 

『……見事だ猿。……貴様はついに自らの獣を乗りこなした。……いや……獣と一つになったと言うべきか』

 

『……ようこそ。……神々の戦場へ』

 

 健司の新たなる物語。

 その本当の幕が、今、静かにそして激しく上がった。

 彼の魂が奏でるジャズは、もはや誰にも止められない。

 神々すらも巻き込む混沌のセッションが、今始まろうとしていた。

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