俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します   作:パラレル・ゲーマー

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第109話 猿とギャルと血濡れた戯れ

 無限に増殖するコンクリートの迷宮。その一角は、もはや原型を留めていなかった。

 

 粉砕された石柱の残骸、切り裂かれた鉄骨、そして至る所に飛び散った鮮血。

 それらが、ここで繰り広げられている戦いが、人間の領域を遥かに逸脱したものであることを、雄弁に物語っていた。

 

「―――あははッ! 斬るねぇ! マジチョー楽しいんだけどッ!!」

 

 金髪のギャルが狂気じみた歓声を上げながら、虚空から無尽蔵に生み出した巨大な石の槌(ハンマー)を振り回す。

 その一振りごとに、迷宮の壁が紙細工のように崩れ落ちる。

 

 だが、その破壊の嵐の中心で、佐藤健司は紙一重で舞っていた。

 

「……くっ……! 笑ってんじゃねえぞ……ッ!」

 

 健司は悪態をつきながら、迫りくる石槌を古刀の腹で受け流し、その勢いを利用して懐に潜り込む。

 

「【無刃】……接触ッ!」

 

 彼の手刀がギャルの左腕を捉えた。

 魔力を帯びた斬撃は、強化された彼女の肉体をやすやすと切断する。

 鮮血が噴水のように舞い、彼女の左腕が宙を舞う。

 

 普通ならば、これで決着だ。

 

 だが。

 

「痛ったーい! 爪割れたじゃん!」

 

 彼女は腕を失った激痛に顔をしかめるどころか、まるで爪が欠けた程度の軽い苛立ちを見せると、失われた肩の断面に右手をかざした。

 

 ボコッボコッ!

 

 肉が沸騰するように盛り上がり、骨が瞬時に形成され、数秒後には、そこには傷一つない新たな左腕が再生していた。

 

 彼女は新しく生えた指を動かし、ニヤリと笑う。

 

「でもネイルし直しなのはムカつくー!」

 

 お返しとばかりに、彼女の周囲の空間から、無数の鋭利なガラス片が出現し、散弾銃のように健司に襲いかかる。

 

「チッ……! 再生持ちかよ……! しかもあの速度……!」

 

 健司は【結界足場】を展開し、空中に退避するが、ガラス片の豪雨は止まらない。

 数枚が彼の頬と太腿を掠め、肉を抉る。

 

「ぐ……ッ!」

 

 彼もまた、即座に【再生魔法】を起動する。

 傷口が塞がり、新たな皮膚が形成される。

 だが、その代償として、一瞬だけ魔力の供給が途切れる、空白の時間(OSクラッシュ)が生じる。

 

 その隙を、彼女は見逃さなかった。

 

「隙あり~♡」

 

 巨大な鉄球が、上空から健司を圧殺せんと落下してくる。

 

 健司は決断した。

 

 回避は間に合わない。ならば。

 

 彼は自らの左腕を犠牲にした。

 

 鉄球の下敷きになった左腕を、自らの右手刀で即座に切断。

 激痛を意志の力でねじ伏せ、噴き出す血を魔力で止血しながら、彼は戦場を脱出する。

 

「―――!」

 

 切断された左腕が鉄球に押し潰されて、赤い肉塊と化す。

 だが、その時には、すでに健司は数メートル先に着地し、失われた左腕を再生し終えていた。

 

 再生と破壊の応酬。

 

 もはや人間同士の戦いではない。

 

 不死の怪物同士が、互いの肉体を削り合う消耗戦。

 

 健司の魔力メモリは限界に近い。脳が焼き切れそうだ。

 

 だが、目の前の少女――彼女もまた涼しい顔をしてはいるが、その創造のペースはわずかに落ち始めていた。

 

 物量で押すタイプの能力者は、魔力の消耗も激しいはずだ。

 

(ここだ。ここで畳み掛ける!)

 

 健司は全てのバフをかけた。

 

 【身体強化】ランク4。

 【予測予知】最大展開。

 【霊眼】起動。

 

 彼の視界が、白と黒の世界に反転する。

 

 彼女の周囲に展開される魔力の供給ライン、次に創造されるであろう物体の座標、そして彼女自身の思考のノイズ。

 その全てが、光の線となって見える。

 

「終わりにするぞ……ッ!!!」

 

 健司の姿が掻き消えた。

 

 音速を超えた一撃。

 空間そのものを斬り裂く、渾身の【射出型斬撃・斬】。

 

 少女は反応した。

 

 彼女は自らの周囲に、ダイヤモンドよりも硬い絶対防御の障壁を創造する。

 だが、健司の斬撃は、その障壁の「分子結合の脆い点」を【霊眼】で見抜き、ピンポイントで貫通していた。

 

「うそっ……!?」

 

 驚愕に目を見開く少女。

 斬撃の余波が、彼女の身体を直撃する。

 

 彼女の両腕が、肩の付け根から消し飛んだ。

 

 轟音と粉塵が晴れる。

 迷宮の一角が、完全に崩壊していた。

 

 瓦礫の山の中、両腕を失った少女が、血だまりの中に立っていた。

 

 だが、彼女は倒れていなかった。

 そして驚くべきことに……彼女は笑っていた。

 

「うーん、強いね♡」

 

 彼女は血まみれの両肩をすくめるような仕草をした(肩しか動かせなかったが)。

 その声には痛みも敗北感もなく、ただ純粋な称賛と諦めの色が混じっていた。

 

「ここまでやられちゃあ、アタシの魔力もカツカツだしー。再生するのもメンドいしー」

 

 彼女はぺろりと舌を出した。

 

「うーん、センパイへの義理は果たしたし、降参!」

 

 そのあまりにあっけない幕切れ。

 

 健司は構えを解くことなく、油断なく彼女を見据えた。

 

「……降参だと? 罠か?」

 

「ちがうってばー。もう疑い深いなぁ」

 

 彼女は子供のように頬を膨らませた。

 

「アタシ、傭兵みたいなモンだし。契約以上のことはしない主義なの。足止めはしたし、アタシの腕2本分の仕事はしたでしょ?」

 

 彼女の瞳には嘘の色はなかった。

 いや、正確には「これ以上戦うのは割に合わない」という、徹底した合理主義者の色が浮かんでいた。

 

 この女、本当に降りる気だ。

 

 健司はしばらく彼女を睨みつけていたが、やがて深く息を吐くと、古刀を鞘に納めた。

 

「……いいだろう。見逃してやる」

 

 彼は背を向けた。

 ここでとどめを刺す余力も時間も彼にはない。一刻も早く桐生の元へ行かなければならないのだ。

 

「ありがとー、お兄さん♡ イケメン!」

 

 背後からの軽薄な声を無視し、健司は【結界足場】を展開し、迷宮の上空へと駆け上がった。

 

 空中移動しながら、彼は脳内の師に話しかける。

 顔は険しいままだ。

 

「おい、魔導書……。気付いてるか」

 

『ああ。……当然だ、猿』

 

 脳内に響く声もまた、深刻な響きを帯びていた。

 

『あいつ……全然本気じゃなかったぞ』

 

「……やっぱりな」

 

 健司は唇を噛んだ。

 

 最後の瞬間。

 両腕を失った彼女の体内から、とてつもない魔力の奔流が立ち昇るのを、健司の【霊眼】は確かに捉えていた。

 

 彼女にはまだ奥の手があった。

 【物質創造】だけではない。おそらく、生物を生み出す【生命創造】や、空間そのものを変質させる、より上位の創造魔法を。

 

 それを使わず、あっさりと引いた。

 それが意味することは一つ。

 

 彼女にとってこの戦いは、「遊び」でしかなかったのだ。

 

「……底知れねえな、この組織は」

 

「だが行くしかない」

 

 健司はスピードを上げた。

 目指すは迷宮の最奥。赤黒い光が渦巻くあの一点。

 

 瓦礫の山と化した戦場に、一人の少女が取り残されていた。

 

 彼女は口笛を吹きながら、失った両腕の断面に意識を集中させる。

 

 ブシュウゥゥゥッ!

 

 蒸気のような音と共に肉が再生し、数秒後には傷一つない白い腕が蘇っていた。

 

「うーん、さてと。……マニュキュア塗り直しだなぁ。ダリー」

 

 彼女は再生した手で耳元のインカムに触れた。

 この迷宮の結界すらも通じさせる、彼女独自の【通信機創造】による特殊回線だ。

 

「あっ、もしもし? 総長~!」

 

 スピーカーの向こうからは、低い、しかし威厳のある男の声が応答した。

 

『……状況はどうだ、アリス』

 

「あー、それがねー。桐生センパイの企み、失敗するかも?」

 

 彼女――アリスは、あっけらかんと言った。

 

『……仕留めなかったのか?』

 

 男の声に、わずかな非難の色が混じる。

 Tier 1の創造能力者である彼女が、たかが一人の侵入者如きに手こずるとは、男には想定外だったのだろう。

 

「えー? だって相当強いですよ、あのお兄さん」

 

 アリスは自分の爪を光にかざしながら、心底楽しそうに言った。

 

「斬撃に再生に予知でしょ? それになんか最後の方、変なオーラ出てたし。……あれとマジでやり合うなら、アタシも『工房』ごと展開しないと無理だよ。……貰ったお金に見合ってませんし!」

 

 彼女の論理は、どこまでもドライだった。

 ビジネス。それが彼女の行動原理。

 

『……まあいい』

 

 男はため息交じりに言った。

 

『深入りはするなと言ってある。……契約終了だ。では帰還しろ』

 

「はーい♡ りょーかい!」

 

 アリスはインカムを切った。

 

 そして彼女は、何もない虚空に指を走らせた。

 彼女の指先から光の粒子が溢れ出し、空間に複雑な紋様を描く。

 

 【ゲート創造】。

 

 無から有を生み出す彼女の力は、物質だけに留まらない。

 「移動」という機能を持った特殊な「扉」すらも創り出すことができる。

 

 光の扉が空間に浮かび上がる。

 アジトの外、遠く離れた安全圏へと繋がる出口だ。

 

 彼女はそのゲートに足をかけた。

 だが、ふと何かを思い出したように足を止めた。

 

 彼女は振り返り、健司が消えていった迷宮の上空を見上げた。

 

 彼女の脳裏に、あの少年の必死な形相が浮かぶ。

 圧倒的な力を持っていながら、どこか危うげで、そしてどこまでも真っ直ぐなあの瞳。

 

 彼女のような、生まれた時から完成されていた「天才」にはない、泥臭い「進化」の匂い。

 

「うーーーん」

 

 アリスは悪戯っぽく笑った。

 その笑顔は、先ほどの戦闘中には見せなかった、年相応の少女のような無邪気なものだった。

 

「……桐生センパイには悪いけど」

 

 彼女は呟いた。

 

「……アタシ、あの猿君を応援しようかな♡」

 

 彼女はウインクをすると、光のゲートの中へと姿を消した。

 

 彼女が去った後の戦場には、静寂だけが残された。

 

 だが、彼女が残した言葉――気まぐれな「応援」が、やがてこの戦いの結末を左右する、小さな、しかし決定的な「バグ」となることを、まだ誰も知らなかった。

 

 迷宮の奥深く。

 そこでは、人類の運命を賭けた最後の儀式が始まろうとしていた。

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