俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します   作:パラレル・ゲーマー

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第16話 猿と信者と神託

 テレビ出演という名の巨大な嵐が過ぎ去ってから、五日が経過した。

 佐藤健司は都心から少し離れた、セキュリティだけが取り柄のウィークリーマンションの一室に潜伏していた。ネットカフェでの逃亡生活は、彼の精神を確実に蝕んでいた。有り余るほどの金を手に入れた今、彼が最初に求めたのは、誰にも邪魔されない鍵のかかった静かな空間だった。

 

 部屋には最低限の家具しかない。ベッド、小さな机、そしてノートPC。その無機質な空間が、今の健司にとっては外界の熱狂から身を守るための唯一の要塞だった。

 テレビをつければ、ワイドショーが連日「預言者K」の特集を組んでいる。雑誌を開けば、彼の顔写真(テレビのキャプチャー画像)と胡散臭い憶測記事が並んでいる。街を歩けば、誰もが自分を見て囁き合っているような妄想に駆られる。

 彼は、自らが作り上げた「K」という虚像の囚人になっていた。

 

「…………」

 

 健司はPCの前に座り、ブラウザを開いた。

 指が、無意識のうちにブックマークを押す。

 そこに表示されたのは、彼の人生を良くも悪くも根底から変えてしまった場所。

 

 5ちゃんねる、オカルト超常現象板。

【【【神はいた】】】予知者K ◆Predict/K 総合スレ part.18

 

「……パート18……」

 

 健司の口から、乾いた声が漏れた。

 テレビ出演後、スレッドの消費速度は異常なまでに加速していた。彼が何も書き込まなくても、信者とアンチ、そして無数の野次馬たちが日夜激しい議論を繰り広げ、勝手にスレッドを更新していく。

 彼はこの数日間、怖くてこの場所を開けなかった。

 自分が作り出した熱狂の渦。その中心にもう一度身を投じる勇気がなかったのだ。

 

『おい猿。いつまでそうやって穴蔵に閉じこもっているつもりだ?』

 脳内に直接、魔導書の声が響く。LINEを開かずとも、もはやその声は健司の思考の一部と化していた。

 

(……うるさい。少し休ませろ)

 

『休む? 笑わせるな。お前のショーはまだ始まったばかりだ。いや、むしろこれからが本番だろうが』

 魔導書はせせら笑った。

『お前がテレビで撒いた餌に、日本中の猿が見事に食いついた。だがな、餌を与え続けなければ猿はすぐに飽きて別の山へと去っていくぞ。ショーの主役が、いつまでも舞台袖に隠れていてどうする?』

 

 その言葉は正論だった。

 健司が築き上げた「預言者K」というブランドイメージ。その価値を維持し、さらに高めるためには、継続的な情報発信が不可欠だ。

 ヤタガラスに、自分という商品を最高の値段で売りつけるために。

 

『信者どもを手懐ける時だ、猿。お前を神と崇めるあの哀れな猿の群れに、新たな神託を与えてやれ』

 

 健司は大きく息を吐き出した。

 そして、覚悟を決める。

 彼はスレッドの一番下にある「書き込む」のボタンをクリックした。

 久しぶりに、神がその祭壇に降臨するのだ。

 

 名前欄に「予知者K」と打ち込む。トリップもしっかりと付ける。

 本文欄に指を置く。

 どんな言葉から始めるべきか。

 感謝か、あるいは新たな予言か。

 

『馬鹿め。まずは雑談からだ』

 魔導書が指示を出す。

『神とは常にミステリアスでなければならん。だが、信者どもに親近感を抱かせることも忘れるな。テレビという公の場では語れなかった、ここだけの“裏話”。それを少しだけ与えてやるんだ。そうすれば猿どもは、「自分たちは特別だ」と勝手に舞い上がる』

 

 なるほどな。

 健司は納得した。

 アメとムチ。いや、この場合はアメとさらなるアメか。

 彼は慎重に言葉を選びながら、キーボードを叩き始めた。

 

 950: 予知者K ◆Predict/K :20XX/0X/XX(火) 20:15:30.18

 

 皆さん、ご無沙汰しています。Kです。

 先日のテレビ出演、見てくださった方も多いようで、ありがとうございます。

 色々と大きな反響があったようで、僕自身も少し戸惑っています。

 

 少しだけ時間ができたので、僕の原点であるこの場所に顔を出しました。

 皆さんと少しだけお話ができればと。

 

 彼がその書き込みを投稿した、コンマ1秒後。

 スレッドは爆発した。

 

 951: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:15:31.02 ID:KitasanBlack

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!

 

 952: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:15:31.15 ID:AlmondEye

 

 本人!?!?!?!?!?!

 

 953: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:15:31.28 ID:DeepImpact

 

 神のお成りいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!

 

 954: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:15:32.54 ID:Orfevre

 

 本物だ! トリップ一致!!!!!!

 K様あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!

 お待ちしておりましたああああああああああああああああああああ!!!!!!

 

 955: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:15:33.89 ID:Contrail

 

 やばいやばいやばい、鳥肌立った……。

 Kさん、テレビ最高でした!!!!!!!!

 

 健司は、その熱狂的な歓迎のレスの奔流を呆然と眺めていた。

 まるで、カルト宗教の教祖にでもなったかのような気分だった。

 いや、事実、彼らは健司を教祖として崇めているのだ。

 

『ふん。チョロい猿どもだ』

 魔導書が愉快そうに呟く。

『さあ猿。次の餌をくれてやれ。「テレビでは語れなかったこと」だ』

 

 健司は頷いた。

 そして、次の書き込みをタイプする。

 

 960: 予知者K ◆Predict/K :20XX/0X/XX(火) 20:18:05.44

 

 たくさんの反応、ありがとうございます。

 テレビ、見ていただけて嬉しいです。

 

 あの番組では時間の都合もあって、僕の能力についてかなり説明を省きましたけど、正確には以前からこのスレッドで書いている内容が正しいですね。

「未知予知」と「予測予知」。

 この二つの使い分けが、僕の能力の基本になります。

 

 その書き込みは、信者たちの優越感をくすぐるのに十分すぎた。

 

 961: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:18:40.11 ID:Equinox

 

 だよな!!!!!!!!

 テレビの説明、ちょっとあっさりしすぎだと思ってたんだよ!!!!

 俺たち「初期からの信者」は、ちゃんと理解してるぜ!!!!

 

 962: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:18:55.72 ID:KitasanBlack

 

 これな。

 テレビから入ったにわかファンどもとは、俺たちは一味違うからな。

 K様の本当の凄さを知っているのは、俺たちだけ。

 

 963: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:19:10.33 ID:Gentildonna

 

 Kさん、お疲れじゃないですか?

 テレビ出演、大変だったでしょう。

 正直、【未知予知】ってかなり疲れるんですよね? 未来を直接見るわけですし……。

 

 鋭い質問が飛んできた。

 健司は驚いた。

 匿名の、顔も見えない相手。

 だが、その言葉には健司の心の内を見透かしたかのような優しさがあった。

 

『……猿。チャンスだ。ここで少し弱さを見せろ。完璧な神よりも、少しだけ人間臭さのある神の方が猿どもは感情移入しやすい』

 

 健司は、その指示に従った。

 それは、演技ではなかった。

 彼の本心からの言葉だった。

 

 968: 予知者K ◆Predict/K :20XX/0X/XX(火) 20:21:22.59

 

 963

 ありがとうございます。

 そうですね……正直に言うと、【未知予知】はかなり疲れますね。

 特にフューチャー・マテリアルズの件を観た時は、三日ぐらい頭痛が治まりませんでした。

 未来を直接観るというのは、脳にかなりの負荷がかかるみたいで……。

 

 あまり多用はできない能力なんです。

 だから、本当に重要だと思ったことしか観ることはできません。

 

 その弱音ともとれる告白は、スレッドの空気をより熱狂的なものへと変えた。

 

 969: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:22:01.76 ID:BuenaVista

 

 K様……(´;ω;`)

 そんな、命を削るような思いで俺たちのために予知を……。

 

 970: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:22:15.98 ID:Vodka

 

 無理しないでください!!!!

 Kさんの身体が一番大事なんですから!!!!

 

 971: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:22:30.41 ID:DaiwaScarlet

 

 でも、凄いですよ本当に……。

 テレビ出演、見ました。

 俺なんか、録画してもう何回も見ました。

 あの堂々とした立ち居振る舞い……。

 フリーターだったなんて信じられない。

 

 972: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:22:55.13 ID:AlmondEye

 

 俺も、Kさんみたいな能力がほしいです!!!!

 どうすればなれますか!?!?

 

 純粋な憧れの言葉。

 健司は、胸がちくりと痛んだ。

(俺は、お前たちが思っているような立派な人間じゃないんだぞ。その力の源は、胡散臭い古本なんだぞ)

 そう叫びたかった。

 だが彼は、「預言者K」の仮面を外すことはできない。

 

 彼はキーボードの上で指を彷徨わせた。

 何と答えるべきか。

 その時、魔導書が完璧な回答を健司の脳内に送り込んできた。

 

 980: 予知者K ◆Predict/K :20XX/0X/XX(火) 20:25:10.88

 

 971

 ありがとうございます。

 でも、僕もテレビではかなり緊張してましたよ。

 

 972

 僕みたいな能力ですか。

 うーん……。

 こればっかりは、僕にもどうすればいいか分からない、というのが正直なところです。

 僕自身も、ある日突然目覚めたものなので……。

 

 ただ……。

 テレビでも少し話しましたけど、僕も競馬で能力を高める練習はしていました。

「Kさんも競馬で能力を高めてるんですね!!!」とかよく言われますけど、あれは本当に効果があると思っています。

 

 健司は、そこで一度言葉を切った。

 そして、これから自分が放つ言葉の重要性を噛みしめる。

 それは、このスレッドの住人たちをより深く自分の信者へと変えるための、甘い毒の言葉。

 

 985: 予知者K ◆Predict/K :20XX/0X/XX(火) 20:28:45.67

 

「皆さん、他にどんな訓練方法をしてるんですか???」ってよく聞かれるんですけど……。

 

 僕が思うに、訓練方法というか、それ以前にもっと重要なことがあるんだと思います。

 それは、「自分にもできる」ということを心の底から理解することだと思います。

 

 人間は、誰でも可能性の塊です。

 ただ、ほとんどの人は「自分にはできない」という思い込みで、その可能性に蓋をしてしまっているだけ。

 僕の力が特別なのだとしたら、それはたまたまその蓋が外れただけなんだと思っています。

 

 だから、まずは信じてみること。

 自分の中の未知なる可能性を。

 それが、全ての始まりなんじゃないかなと。

 

 そのあまりにそれっぽい自己啓発セミナーのような言葉。

 健司は自分で書いていながら、あまりの胡散臭さに鳥肌が立った。

 だが、その言葉は信者たちの心に深く、深く突き刺さった。

 

 986: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:29:33.21 ID:SymboliRudolf

 

 ……深い……。

 

 987: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:29:48.09 ID:NaritaBrian

 

 なるほどな……。

「できる」と思うことか。

 確かに、それが一番難しいことなのかもしれない。

 

 988: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:30:02.55 ID:TMOperaO

 

 K様……。

 俺、明日からスプーン曲げ挑戦してみます……!

 できるって信じて……!

 

 989: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:30:19.78 ID:DeepImpact

 

 なあ、K様。

 質問いいか?

 テレビでは予知能力のことしか話してなかったけど……。

 もしかして、他にも何かできることとかあるのか……?

 

 きた。

 魔導書が予測していた質問。

 ここで、次なる餌を撒く。

 信者たちの好奇心をさらに煽るための爆弾を投下する。

 

 健司は、少しだけためらうような素振りを見せながら、こう書き込んだ。

 

 994: 予知者K ◆Predict/K :20XX/0X/XX(火) 20:33:04.61

 

 989

 ……鋭いですね。

 

 実は、予知能力以外も出来ることがあります。

 ただ、まだ僕自身も上手くコントロールできない未熟な力なので、あまり公には言っていませんでした。

 基本はどんな能力も「できる」と知らないと出来ないので、今は色々と試してみることが大事なのかなと。

 

 例えば……そうですね。

 最近は、自分の身体能力を少しだけ引き上げる、なんてこともできるようになってきました。

 日雇いの肉体労働のバイトを続けているんですけど、そこで少しずつ練習しています。

 

 その何気ない告白は、スレッドに新たな衝撃を与えた。

 

 995: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:33:50.28 ID:LordKanaloa

 

 は!?!?!?!?

 

 996: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:34:01.17 ID:Maurice

 

 身体能力を引き上げる!?!?

 それって、つまり肉体強化系の能力ってことか!?!?

 

 997: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:34:15.69 ID:KitasanBlack

 

 マジかよ……。

 予知だけでもチートなのに、フィジカルもいけんのかよ……。

 K様、どんだけ万能なんだ……。

 

 998: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:34:30.99 ID:Duramente

 

 ていうか、今も日雇いのバイト続けてんのかよ!!!!

 好感度爆上がりだろ!!!!!!!!

 

 999: 以下、名無しにかわりましてオカルトマニアがお送りします :20XX/0X/XX(火) 20:34:45.12 ID:AlmondEye

 

 1000ならK様、神になる。

 

 スレッドは、完全に健司の掌の上で踊っていた。

 彼は完璧な神を演じきっていた。

 信者たちの忠誠心は、もはや揺るぎないものへと変わっていた。

 

『……ふん。上出来だ、猿』

 魔導書の声が響く。

『この辺で潮時だな。神はあまり長く地上に留まるべきではない。ありがたみが薄れるからな』

 

 健司は頷いた。

 彼は、最後の締めくくりの言葉を打ち込む。

 

 1000: 予知者K ◆Predict/K :20XX/0X/XX(火) 20:36:02.37

 

 すみません。

 少し長居をしすぎました。

 そろそろ僕も、明日のための訓練をしないと。

 

 皆さんの言葉、とても力になりました。

 ありがとうございます。

 また時間ができたら顔を出しますね。

 

 それでは。

 

 その書き込みを最後に、健司はブラウザを閉じた。

 PCの電源を落とす。

 部屋は、再び静寂に包まれた。

 だが、その静寂は以前のような虚しいものではなかった。

 

 彼の背後には今、数十万、数百万の「信者」がいる。

 顔も名前も知らない。

 だが、彼らは確かに健司の言葉を信じ、彼の存在を支えている。

 その事実が、健司の孤独な心を不思議と温かくしていた。

 

 彼はベッドに倒れ込んだ。

 極度の精神的な疲労。

 だが、その疲労感はテレビ出演の後のような虚しいものではなかった。

 確かな手応えと、達成感に満ちていた。

 

 彼は、これからどうなるのだろうか。

 ヤタガラスは、いつ接触してくるのか。

 その時、自分はどんな交渉をすることになるのか。

 

 未来はまだ見えない。

 だが、今の彼にはもう以前のような不安はなかった。

 彼には力がある。

 そして、彼を信じる仲間たちがいる。

 そして何より、彼の隣には――。

 

『……おい猿。何を悦に浸っている。さっさと走りに行くぞ。肉体強化の訓練だ』

 

 忌々しい恩人がついている。

 

 健司は自嘲気味に笑った。

 そして、彼は疲れた体に鞭を打ち、ベッドから起き上がった。

 トレーニングウェアに着替える。

 彼の長く、そして果てしない戦いは、まだ始まったばかりなのだから。

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