俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します   作:パラレル・ゲーマー

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第18話 猿とゆるキャラと神々のルール

橘真との面談は、佐藤健司が想像していたものとは全く異なる様相を呈し始めていた。

秘密組織の幹部との、腹を探り合うような息詰まる心理戦。そんな健司の覚悟は、目の前の男のあまりに落ち着き払った、そしてどこまでも事務的な態度によって、肩透かしを食らい続けていた。

彼の「預言者K」としての設定も、悲劇のヒーローを演じるための演技力も、この男の前では意味をなさない。橘は、ただ目の前にある「佐藤健司」という案件を、決められた手順に従って淡々と処理している。そんな印象だった。

 

「では、佐藤さん」

橘は健司の返答に満足げに頷くと、机の上に置いてあったノートPCを手元に引き寄せた。

「これから我々ヤタガラスという組織について、より詳しくご説明させていただきます。口頭で長々と説明するよりも、こちらを見ていただいた方が理解が早いでしょう」

 

そう言うと彼はノートPCを開き、慣れた手つきでディスクドライブに一枚のDVD-Rを挿入した。そのディスクの盤面には、お世辞にも上手いとは言えない、しかし妙に愛嬌のある三本足の烏のイラストが、マジックペンで手書きされていた。

 

(……DVD?)

 

健司は眉をひそめた。

国家の最高機密を扱う秘密組織の説明会。てっきり、分厚い資料や機密情報がびっしりと書き込まれたタブレット端末でも出てくるのかと思っていた。それがまさかのDVD。しかも手書きの。そのあまりのアナログ感と気の抜けっぷりに、健司は面食らってしまった。

 

『……猿。油断するな』

脳内に、魔導書の低い声が響く。

『この男、食えんぞ。この一見間の抜けたように見える振る舞い……。全てが、お前の警戒心を解くための計算された“演技”である可能性が高い』

 

(……分かってる)

健司は内心で頷いた。

(そうだ。これは罠だ。この緩んだ空気の中で、俺がどんな反応を示すか試しているのだ)

彼は改めて背筋を伸ばし、完璧な「真摯に話を聞く青年K」の表情を顔に貼り付けた。

 

橘は、そんな健司の内心の葛藤など露ほども気にした様子もなく、ノートPCの画面を健司の方へと向けた。

「では、再生します」

彼がエンターキーを押す。

画面が明るくなり、どこか牧歌的で気の抜けたオープニングメロディが部屋に流れ始めた。

 

画面いっぱいに広がる青空。

そこに、テロップが浮かび上がる。

 

『よくわかる! ヤタガラスのおしごと!』

 

そして、画面の右下からぴょこぴょこと一羽のキャラクターが現れた。

デフォルメされた三本足の烏。

大きなつぶらな瞳。

頭には、なぜか小さな葉っぱを乗せている。

それは、健司が先ほどディスクの盤面で見た、あの烏のイラストそのものだった。

 

『はーい、みんなこんにちはッピ! 僕、ヤタガラスの公式マスコットキャラクター、「ヤタッピ」だッピ!』

 

その甲高い合成音声のような声。

語尾に必ず付く「ッピ」という謎の接尾語。

健司は、完全に思考が停止した。

(なんだこれは。教育テレビの子供向け番組か?)

 

『おい……猿……』

魔導書の声が震えている。

それは、怒りとも呆れともつかない、複雑な感情の色を帯びていた。

『……なんだ、このふざけきった鳥は……。これが、この国の秘密組織の正体だというのか……? ……世界の神秘に対する冒涜だ……!』

 

健司は、魔導書の激しい混乱ぶりにほんの少しだけ溜飲が下がるのを感じた。

どうやらこのシュールな状況は、この全知全能を気取った魔導書にとっても、完全に想定外だったらしい。

 

画面の中の「ヤタッピ」は、元気いっぱいにぴょんぴょんと跳ねている。

 

『今日は、ヤタガラスに興味を持ってくれた新しいお友達のために、僕がヤタガラスのことを分かりやすーく説明してあげるッピ!』

『何か分からないことがあったら、そこの怖い顔したお兄さん(※副局長)に聞いてくれッピ!』

 

ヤタッピが、翼で画面の外を指差す。

健司は恐る恐る、橘の顔を盗み見た。

橘は、表情一つ変えず真顔で画面を見つめている。まるで、これが世界で最も真面目で重要な映像であるとでもいうかのように。

そのシュールな光景に、健司はもはや笑うことすらできなかった。

 

『じゃあ、早速いくッピよー!』

ヤタッピがくるりと一回転すると、背景が水墨画のような歴史的な風景に変わった。

 

『まず、「ヤタガラスって何なの?」ってところから説明するッピ!』

『ヤタガラスは、とーっても昔からこの日本を悪いものから守ってきた秘密結社なんだッピ!』

『その歴史は古く、なんと奈良時代まで遡るッピ! ヤタガラスの代表者とされる林裕之さんによると、八咫烏は賀茂氏のお祖父さんとされる吉備真備さんが、天平十六年十一月……西暦でいうと744年に、藤原さんっていう偉い人たちが朝廷を独り占めしようとしてたのに対抗するため、聖武天皇の秘密の命令で丹波国っていう場所で結成したのが始まりなんだッピ!』

 

画面には、デフォルメされた聖武天皇や吉備真備、そして悪代官のような顔をした藤原氏のイラストがコミカルに表示される。

あまりに具体的で、あまりに詳細な歴史の解説。

だが、それを語っているのは語尾に「ッピ」を付けるゆるキャラ。

健司の脳は、その情報のギャップに完全に処理能力を奪われていた。

 

『ま、むずかしい話はよく分からない! ってお友達もいると思うッピから、「昔っから日本を守ってるすごい組織なんだなー」って覚えてくれれば嬉しいッピ!』

 

ヤタッピがウインクをすると、背景が再び現代的なオフィスに戻った。

 

『さて、お次はこれだッピ!』

画面に大きなテロップが表示される。

 

『因果律改変能力者ってなあに?』

 

『ヤタガラスに登録に来てくれたお友達は、みんなこの「因果律改変能力者」って難しい言葉を言われて、ピンと来ない人もいると思うッピ!』

『これは、とっても学術的な分類なんだッピ!』

『みんなが普段使ってる「魔法!」とか「陰陽道!」とか「超能力!」、あるいは「占い師!」……。そういった不思議な力、超常能力を持っている人たちのことを、学者さんたちが難しい言葉で言うと、「因果律改変能力者」って言うんだッピ!』

 

画面には、「魔法!」というテロップと共に三角帽子をかぶった魔女っ子のイラスト、「陰陽道!」と共に狩衣姿の陰陽師のイラスト、「超能力!」と共にスプーンを曲げている少年のイラストが次々と表示される。

健司は、自分がテレビで語った「魔法」という言葉が、ここに含まれているのを確認した。

 

『ヤタガラスでは、世界中の学者さんたちとも協力してるから、こういう先進的な指標を使うことになってるッピ!』

『……でもこの名前、新しく登録に来てくれたお友達からは、「なんかカッコ悪いッピ……」「もっと中二病っぽい名前にしてほしいッピ……」って言われてて、わりと反響が悪いッピ……』

 

ヤタッピの頭の上の葉っぱが、しゅんと萎れた。

画面の隅に、「ヤタッピ君は泣いています」というテロップが表示される。

 

(……なんだ、この茶番は……)

健司は、もはやツッコミを入れる気力もなかった。

 

『さて! 気を取り直して、ヤタガラスの起こりと因果律改変能力者の概要を知ったッピ!』

『次は、ヤタガラスが今何をしているかを説明するッピ!』

ヤタッピが再び元気を取り戻し、ぴょんと跳ねる。

 

『今現在、この日本の「表の世界」……つまり、みんなが普通に暮らしてる世界では、政府の公式な発表として、超常能力者の存在は認めていないことになってるッピ!』

『「そんなもの、ありませんよー」ってことだッピ!』

『でも、本当はいっぱいいるッピ! だから、ヤタガラスが秘密裏に管理しないとダメだよねっていうことで、国内の超常能力者の皆さんは、みーんなヤタガラスに登録済みなんだッピ!』

 

画面に日本地図が表示され、そこに無数の光の点が灯っていく。

それは、国内に潜む能力者の数を示しているのだろう。

そのあまりの多さに、健司は息を飲んだ。

 

『ヤタガラスは、そんな超常能力者のみんなのサポートをしたり、お仕事を紹介したり、能力を上手く使えるように訓練のお手伝いをしたりしてる、とっても優しい組織なんだッピ!』

 

画面には、炎を上手くコントロールできずに泣いている少年の手を、ヤタガラスの職員らしき人物が優しく取っているアニメーションが流れる。

(なるほど。彼らが言う「ほう助組織」というのは、こういうことか)

健司は、ようやく彼らの活動の一端を理解した。

 

『そして!』

ヤタッピの声のトーンが、急に真剣なものに変わった。

背景のBGMも止まり、画面が一瞬暗転する。

 

『ヤタガラスに登録する上で、たった一つだけ、絶対に守ってもらわないといけないルールがあるッピ!』

『それは……』

 

画面に、極太の明朝体で巨大なテロップが表示された。

 

『既存世界を完全に破壊する行為を禁ずる』

 

『これが、ヤタガラスの、そしてこの国の能力者社会の大原則のルールッピ!』

ヤタッピのつぶらな瞳が真剣な光を宿し、画面のこちら側をまっすぐに見つめている。

 

『……えー、「よく分からない」という言葉が聞こえてくるッピが、ようはテロとか戦争とか、そういう今の世界を壊しちゃうようなヤバいことは、全部ダメですよってことだッピ! まあ、当たり前っちゃ当たり前だッピな!』

 

ヤタッピは、少しおどけたようにそう言った。

だが、健司はそのルールの本当の重さを感じ取っていた。

これは、ただの努力目標や理想論ではない。

絶対的な戒律だ。

 

『うん、「正直、そんなこと普通の能力者には無理でしょ?」って思う子もいるッピが……、そうでもないんだッピ……』

ヤタッピの声が、再び低くなる。

 

『魔法を極めれば、人は神に成れるッピ』

 

その言葉に、健司の心臓が大きく跳ねた。

 

『これは、比喩じゃないッピ。本当に、文字通り神様ッピ』

 

画面が、宇宙空間の映像に切り替わる。

地球が青く輝いている。

そして、その地球を見下ろすように、20の巨大な人型の影が浮かび上がった。

その影は、それぞれ形も大きさもバラバラだった。

だが、そのどれもが、人間が到底抗うことのできない絶対的な存在感を放っていた。

 

『そんな神様が、今、この全世界で20人確認されてるッピ』

 

『この「世界を破壊するな」っていうルールは、正直に言うと、その神様たちが暴走しないように作られたルールなんだッピ!』

『「神様同士の喧嘩はやめましょうねー」とか、「うっかり地球を消し飛ばしちゃダメですよー」とか、そういう意味合いが一番強いッピ!』

 

健司は、もはや言葉もなかった。

神。

20人。

魔導書が語っていた世界の真実。

それを今、彼はゆるキャラが解説するDVDで改めて突きつけられていた。

あまりにシュールで、あまりに重い現実。

 

『……ちなみに、ヤタガラスとしては、国内の超常能力者同士の敵対は禁止してないッピ』

ヤタッピは、少し歯切れの悪い口調でそう言った。

 

『……でも、それだとルールにならないッピ!』

『だから、まあ、その……』

 

ヤタッピは、もじもじと身体を揺らした。

そして、カメラに向かって両翼を大きく広げると、満面の笑顔で叫んだ。

 

『喧嘩はダメッピ! みんな仲良くだッピ!』

 

……そこで、映像は唐突に終わった。

画面には再び軽快なメロディと共に、「制作・著作 ヤタガラス」というテロップが表示され、フェードアウトしていく。

ノートPCの画面は、真っ暗になった。

 

部屋には、気まずい沈黙が流れた。

健司は、あまりの情報量の多さと、その奇妙なプレゼンテーションのせいで、もはや何から考えればいいのか分からなかった。

 

『…………』

魔導書も、完全に沈黙している。

おそらく彼もまた、健司と同じように混乱の極みに達しているのだろう。

 

その沈黙を破ったのは、橘だった。

彼はノートPCを静かに閉じると、健司に向かって言った。

その表情は、やはり真顔のままだった。

 

「……以上が、我々ヤタガラスの基本的な概要と理念になります」

 

健司は、ようやく我に返った。

彼はゴクリと喉を鳴らすと、恐る恐る口を開いた。

「……あの……」

 

「はい。何でしょう、佐藤さん?」

橘は、静かに先を促した。

 

「……今のキャラクターは、一体……?」

 

「ああ。『ヤタッピ』のことですかな?」

橘は、初めてほんの少しだけ人間らしい、苦笑のようなものを浮かべた。

「あれは、我々の広報担当が考案した公式マスコットです。若い能力者の方々にも、我々の活動を分かりやすく、親しみやすく伝えるためにと……。まあ、お察しの通り、内部でも賛否両論ありましてな……」

 

健司は、もはや何も言えなかった。

(この組織は、思った以上に普通(?)の組織なのかもしれない)

 

「……はあ。色々と衝撃的で……。少し、頭の整理が追いつきません」

健司は、正直な感想を述べた。

 

「無理もありません。常識を覆すような話ばかりだったでしょうから」

橘は頷いた。

 

「ですが、これで我々の立ち位置はご理解いただけたかと思います」

「我々は、能力者を管理し、支援し、そしてこの世界の秩序を守る組織だ」

 

橘は、そこで一度言葉を切った。

そして、再び査定官の鋭い目に戻る。

 

「……さて。それを踏まえた上でだ、佐藤君」

彼の健司への呼び方が変わっていた。

 

「君は、どうする?」

「ただ登録だけを済ませ、一市民として我々の監視下で静かに暮らすか」

「それとも――」

 

「我々の一員となり、その類稀なる力をこの国のために振るうか」

 

その問いは、もはやただの雇用契約の打診ではなかった。

健司の生き方そのものを問う、究極の選択。

彼はまだ知らない。

この選択の先に、どんな過酷な運命が待ち受けているのかを。

だが、彼の答えはもう決まっていた。

魔導書と出会った、あの雨の日に、すでに決まっていたのだ。

 

健司は、まっすぐに橘の目を見据えた。

そして彼は、静かに、しかしはっきりと告げた。

その言葉は、彼の新たなる人生の始まりを告げるファンファーレだった。

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