俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します   作:パラレル・ゲーマー

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第68話 猿と魔眼と時間の鎖

 静寂が、夜の帳が下りた高級マンションの一室を支配していた。

 佐藤健司は、リビングの中央に敷かれたヨガマットの上で、静かに瞑想に耽っていた。彼の意識は、自らの魂の深淵へと潜り、そこを流れる魔力の奔流と対話していた。【魔力メモリ】増設のための三つの地獄の修行。その一つ、「概念の深化」。それは、彼の魔法使いとしての在り方を、根底から見つめ直すための、静かなる内なる戦いだった。

 

(……足りない)

 

 健司は、瞑想の中で自らの戦闘スタイルを反芻していた。

【詠唱による身体強化】という、ハイリスク・ハイリターンな切り札。

【脆弱性の刻印】という、一点突破の必殺の布石。

 MMAジムで培った、泥臭い格闘術。

 SAT-Gとの模擬戦で掴んだ、予知戦闘の感覚。

 手札は、増えた。確実に、強くなっている。

 だが、それでもなお、彼の脳裏にはあの銀色の獣の姿が焼き付いて離れなかった。ガブリエル。あの、予知すら掻い潜る神速の動き。あの領域にいる者たちと渡り合うには、まだ決定的な何かが足りない。

 

 その、魂からの渇望に応えるかのように、彼の脳内に、あの尊大な声が響き渡った。

 

『よし。次は、魔眼を覚えるぞ、猿』

 

「魔眼?」

 健司は、瞑想から意識を浮上させた。その声の主は、言うまでもなく彼の師、魔導書だった。その声が聞こえる時。それは、彼が新たなステージへと進む時だ。

 

『そうだ、魔眼だ』

 魔導書は、芝居がかった口調で宣言した。そして、次の瞬間。健司の脳内に、これまでとは比較にならないほど膨大で、そして無機質なテキスト情報が、直接流れ込んできた。

 

『――「魔眼(まがん)」とは、悪意のある視線そのもの、あるいはそのような視線で相手に呪いを掛けたり害をもたらしたりする能力を指す言葉です。世界の民間伝承に広く見られ、英語では「evil eye(イーヴィルアイ)」と呼ばれます。また、『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』のようなフィクション作品では、魔力を消費する特殊な能力として描かれることがあります。』

 

「……またコピペ文章だな……」

 健司は、思わず呻いた。この悪魔の家庭教師は、時折、こうしてインターネットの海から拾ってきたであろう知識を、何の脈絡もなく脳内に直接叩き込んでくる。

 

『うるさい。分かりやすく説明してやってるのだ。これは、あくまで一般的な話だ』

 魔導書は、悪びれる様子もなく言い放った。

『じゃあ、本格的な魔眼の説明をするぞ』

 

 魔導書の声のトーンが変わった。ここからが、本当の講義だ。健司は居住まいを正した。

 

『魔眼とは、その名の通り、眼を介した因果律改変能力の総称だ。「見る」という行為をキーに、様々な効果を発動させることが多いな。【継承型】や【突然覚醒型】の能力者に、多く見られる能力だ。そして、このタイプの魔眼は、そのほとんどが常時発動、あるいは常にスタンバイ状態にあるため、術者の【魔力メモリ】を常に占拠する。その代わり、強力な効果も多いぞ』

 

 健司は頷いた。五条悟の『六眼』のような、生まれつき備わっているギフト。それは、強力だが、自らの意志でON/OFFを切り替えられない、諸刃の剣でもあるのかもしれない。

 

『そして、魔眼は後付けでも出来る』

 魔導書は続けた。

『目に、直接魔法をかけることで、後天的に魔眼とすることができる。これは、使用する時だけ【魔力メモリ】を使用するが、常時占拠はしない。使う時に、魔法を使って魔眼にするんだ。一節の呪文で魔眼にする場合が多いな』

 

「なるほど。俺が目指すのは、そっちの方か」

 健司の、心の声だった。燃費の悪い自分にとって、常時メモリを占拠されるのは致命的だ。

 

『うむ。ただし、後者の魔眼は、術者の技量で大きく性能が変わるぞ。術者が、得意とする術式を目で発動出来るようになる、というのが基本だ。その分、生まれつきの魔眼に比べると、強い効果が弱くなるパターンが多い。大抵は、暗示や操作といった、精神干渉系の能力だな。まあ、Tier 5やTier 6の雑魚にしか効かないから、要注意だが』

 

 健司は、自らの新たな力、【脆弱性の刻印】を思い返していた。

「【脆弱性の刻印(フラクチャー・スタンプ)】も、魔眼に近い性能だよな。……でも、まだ触れる必要があるからね。見るだけで付与出来るようになるのが、目標だな」

 

『うむ。まあ、しばらくは無理だがな』

 魔導書は、あっさりとその希望を打ち砕いた。

『貴様のその、猿レベルの空間認識能力と魔力制御では、まだ視線だけで因果構造を書き換えるなど、夢のまた夢だ』

 

「……ですよねー」

 健司は、肩を落とした。

 

「で? 今回、俺が覚える魔眼は、何なんだ?」

 

『うむ。貴様の、その単調な戦闘スタイルに、新たな選択肢を与えてやる』

 魔導書は、静かに、しかし有無を言わせぬ口調で、告げた。

『―――時間鎖の呪いを、覚えろ』

 

「時間鎖の、呪い……」

 健司は、その不吉で、しかしどこか詩的な響きを持つ言葉を、口の中で繰り返した。

 

『そうだ。その効力は、極めてシンプル。……対象の、動きを大きく縛る』

『貴様が、あの銀色の獣に手も足も出なかったのは、なぜだ?』

 魔導書は、問いかけた。

 

「……速すぎたからだ。予知しても、身体が追いつかなかった」

 

『その通りだ。ならば、答えは一つだろうが』

 魔導書は、せせら笑った。

『―――相手の、動きを止めればいい』

『たとえ、ほんの一瞬でも。コンマ数秒でもいい。相手の、神速の動きを鈍らせ、その身体に「鎖」をかけることができれば。……それは、貴様にとって、絶対的な好機となる』

 

 健司は、戦慄していた。

 そうだ。

 あの時、もし、ガブリエルの動きを、一瞬でも止めることができていたなら。

 俺の、20連斬撃は、確実に奴の心臓を貫いていたはずだ。

 

『呪文を、教える』

 魔導書の声が、健司の脳内に、古の言霊を刻み込んでいく。

 それは、彼がこれまで学んできた、どの呪文よりも短く、そして鋭い響きを持っていた。

 

『―――時の楔(くさび)よ、彼の歩みを戒めよ』

 

「……時の、楔……」

 

『そうだ。詠唱しろ。そして、その眼に、魔力を込めろ。貴様の視線を、そのまま、因果を縛る呪いの鎖と化すのだ』

 

 健司は、立ち上がった。

 そして、リビングの隅に置かれた、MMAジムで使っている人型のサンドバッグと向き合った。

 彼は、深く息を吸い込んだ。

 そして、彼は、叫んだ。

 その言霊が、現実を侵食していくのを、感じながら。

 

「―――時の楔よ、彼の歩みを戒めよ!!!!」

 

 その呪文を唱えた、瞬間。

 健司の両眼に、カッと熱が灯った。

 視界が、一瞬だけ、青白くフラッシュする。

 世界の色が、わずかに褪せて見える。

 そして、彼の瞳の中に、古代のルーン文字を彷彿とさせる、複雑な幾何学模様が、淡く浮かび上がった。

 

「……これで、魔眼になったのか?」

 健司は、呟いた。

 身体には、特に変化は感じられない。

 ただ、眼の奥が、じんじんと熱いだけだ。

 

『ああ。出来てる』

 魔導書が、静かに告げた。

『その眼で、サンドバッグを、見てみろ。そして、念じろ。「縛れ」と』

 

 健司は、言われた通りに、サンドバッグを睨みつけた。

 そして、心の中で、強く命じる。

(―――縛れ!)

 

 その、瞬間。

 健司の視線の先にあったサンドバッグが、ぐにゃり、と歪んだ。

 いや、違う。

 サンドバッグの、周囲の空間そのものが、まるで重いシロップの中に沈められたかのように、粘性を帯び、その動きを鈍らせている。

 健司が、視線を動かせば、その「鈍化」の領域もまた、彼の視線に合わせて、移動する。

 

「……すげえ……」

 健司の口から、感嘆の声が漏れた。

 これは、重力制御とは、また違う。

 物理的な圧力ではない。

 時間の流れそのものに、直接干渉しているかのような、感覚。

 

『どうだ、猿。面白いだろう?』

 

「ああ。面白い。……で、これ、どれくらい効くんだ?」

 

『今の貴様では、せいぜい、対象の体感速度を、30パーセントほど低下させるのが、限界だな。持続時間も、貴様が視線を逸らさなければ、数秒程度といったところか。……まあ、無いよりは、マシだろう』

 その、辛辣な評価。

 だが、健司は、それで十分だと思った。

 30パーセント。

 あの、神速の世界では、そのわずかな減速が、勝敗を分ける。

 

『よし。実験は、次の実践で試せ。……言っておくが、これは強いぞ』

 魔導書は、念を押した。

『一時的に、相手の動きを止めることができる。……その後、どうするか。……もう、分かるな?』

 

 健司は、ニヤリと笑った。

 彼の脳内で、新たなる必殺のコンビネーションが、完成していた。

【魔眼】で、相手の動きを縛り、隙を作る。

【予測予知】で、その隙を突く、最適解を導き出す。

 そして、【脆弱性の刻印】で、絶対的な弱点を、創り出す。

 最後に、【身体強化】で加速し、『無刃』の【接触型斬撃】で、とどめを刺す。

 

「……これで、実践級になったな」

 健司は、呟いた。

 その声には、揺るぎない自信が、満ち溢れていた。

 彼は、手に入れたのだ。

 格上の、神速の相手と渡り合うための、新たなる牙を。

 その、確かな手応えだけが、彼の疲労しきった精神を、静かに、そして力強く、支えていた。

 彼の、神へと至る道は、まだ始まったばかり。

 だが、彼は確かに、また一つ、その階段を上ったのだ。

 自らの、意志の力で。

 

 その夜。

 健司は、自らの新たな「眼」の感触を確かめるように、何度も、何度も呪文を唱え、その力を試した。

 部屋の中を飛び回る、小さな式神の動きを、鈍らせる。

 その、地味で、しかし確実な反復練習の中で、彼は、自らの新たなる武器を、研ぎ澄ませていった。

 

 次の、戦いは、いつになるのか。

 それは、まだ分からない。

 だが、その時が来れば、俺は、もう負けない。

 その、静かなる闘志を胸に、健司は、まだ見ぬ明日へと、その視線を向ける。

 その、呪いを宿した、魔眼で。

 彼の、孤独な戦いは、まだ続くのだ。

 自らの、魂の器が、神々の領域に、届くまで。

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