俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します   作:パラレル・ゲーマー

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第84話 猿と鋼の拳と即興の盾

 血と汗の匂いが染み付いた、警視庁対能力者特殊部隊「SAT-G」専用訓練施設。

 その殺風景で、しかし極度の緊張感に満ちた空間の中心で、佐藤健司は再び、この国の最強の「牙」と対峙していた。

 

 仙道。

 その鋼のような肉体と、氷のような瞳を持つ男。彼との組手は、もはや健司にとって、自らの限界を押し上げるための至高の儀式となっていた。

 

「―――はじめ!」

 

 非情な号令が、コンクリートの壁に反響する。

 その瞬間、健司は床を蹴った。【身体強化】でブーストされた肉体が、弾丸のように仙道の懐へと飛び込む。だが、仙道もまた、その神速の動きに完璧に対応していた。彼は健司の踏み込みに合わせて半歩下がり、最小限の動きで、その突進をいなす。

 

 健司は、嵐のようなジャブの連打を放った。

 シュシュシュシュッ! 空気を切り裂く鋭い音が、連続して響き渡る。だが仙道のガードは鉄壁だ。そのすべての拳を腕で弾き、あるいはヘッドスリップで紙一重にかわしていく。

 

(……くそっ。相変わらず堅い……!)

 

 健司は内心で舌打ちした。仙道の防御技術は、もはや芸術の域に達している。予知で動きを読んでいても、その防御網を突破するのは至難の業だ。

 ならば――。

 

 健司の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。彼は連打の合間に、一つの新たな「型」を仕込んだ。

 

「―――雷拳!!!!!」

 

 健司の右の拳が、青白い光を帯びた。彼が、あの地獄のスタンガン訓練の末に手に入れた【電撃魔法】。その力を、MMAの打撃に融合させた新たなる牙。

 仙道のガードの僅かな隙間を縫って、その光る拳が、彼の脇腹に深々と突き刺さった。

 

 ―――バチィッ!!!!!

 

 肉を焼くような、甲高い音。

 仙道の鋼鉄のような肉体を、数万ボルトの電流が駆け巡る。

 

「ぐ……っ!?」

 

 仙道の動きが、ほんの一瞬、コンマ数秒だけ硬直した。筋肉が意志に反して収縮する。その致命的な隙。

 健司は、それを見逃さなかった。

 

「―――もらったッ!!!!」

 

 健司は、その硬直した仙道の身体に、ありったけの連撃を叩き込んだ。ジャブ、ストレート、フック、アッパー、そしてとどめの右ハイキック。

 その嵐のような猛攻がようやく収まった時、仙道は数歩後ずさり、珍しくその膝に手をついていた。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 健司もまた、荒い息を吐きながら仙道と距離を取った。やった。初めてクリーンヒットを奪った。電撃による強制的な硬直。それは仙道の神速の反応すら上回ったのだ。

 

「……一本!」

 

 訓練場の隅で、その攻防を固唾を飲んで見守っていた隊員の一人が、そう呟いた。仙道はゆっくりと顔を上げる。その口の端から一筋の血が流れている。だが、その表情には屈辱の色はなく、むしろ心の底から楽しそうな、獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

「……ふう。Tier 3の手加減では、もう電撃に対処出来ないな。」

 彼は手の甲で血を拭うと、満足げに言った。

「電撃は良い手札だ。磨き続けろよ。」

 

 その手放しの称賛。健司は、全身の疲労が吹き飛ぶような高揚感を覚えていた。

 

「はい! ……ですけど、もう少し出力を上げたいんですが、これ以上はなかなか難しいんですよね。」

 

 健司は、自らの課題を口にした。

 

「そうだな。市販のスタンガンの限界だな。」

 仙道も頷く。

「雷系の能力者と当たれば、その感覚を盗んで、さらに出力を上げられるかもしれんが……。悪いが、知人にいないな。」

 

「そうですよねー。」

 

 健司は、少しだけ残念そうに肩をすくめた。やはり、これ以上の成長には本物の「雷」を体験する必要があるのだろう。

 

「凍結系は覚えないのか?」

 仙道が唐突に問いかけた。

「凍結も、動きを封じるのに便利だと思うが……?」

 

「凍結ですか。あー……試してないですね。」

 

 健司の脳裏に、自らが作成した「願望リスト」が浮かび上がる。【属性魔法】の項目。炎と氷。確かに、氷もまた相手の動きを封じるという点では、電撃と同じ効果が期待できる。

 

「次の習得候補に、考えておきます。」

 

 その時だった。二人の会話を遮るように、一人の若い隊員が興奮した様子で、健司の元へ駆け寄ってきた。

 

「おいK! 次の手合わせしようぜ! 斬撃対策、バッチリ出来たぞ。皮膚硬化系の能力、覚えたからな!」

 

「次、俺が手合わせだ!」

 また別の隊員が名乗りを上げる。

「俺も硬化、使えるようになったんで!」

 

 健司は、その熱気に苦笑するしかなかった。あの日、彼がこの訓練場で見せた【接触型斬撃】は、隊員たちに強烈なインパクトを与えた。そして、その「絶対の矛」をどう防ぐかというテーマが、彼らの間で一大ブームとなっていたのだ。その結果、何人かの隊員が、自らの【身体強化】の応用として、皮膚を硬質化させる技術を独自に編み出していた。

 

「あー、ハイハイ。了解です。」

 

 健司は、その挑戦を受けて立った。彼にとっても、自らの「矛」が、どこまで通用するのかを試す絶好の機会だった。

 

 健司は、新たなる対戦相手と向き合った。屈強な体格の男。その全身から、岩のような硬質なオーラが放たれている。

 

「はじめ!」

 

 号令と共に、健司は再び床を蹴った。無詠唱の【身体能力強化】で距離を詰め、相手の懐に潜り込む。そして、がら空きになった手首を狙って、必殺の【接触型斬撃】を放つ。

 だが――。

 

 ―――キンッ!!!!!

 

 甲高い金属音。

 健司の手刀は、相手の皮膚に弾かれた。まるで鋼鉄の塊を殴ったかのような、硬い感触。

 

「なっ!?」

 

 健司の口から、驚愕の声が漏れる。切れない。俺の斬撃が。

 

 その一瞬の硬直――それが命取りだった。相手はニヤリと笑い、その鋼鉄と化した右足で、健司の胴体に渾身の回し蹴りを叩き込む。

 

 ―――ゴシャッ!!!!!

 

「ぐ……ぉっ……!」

 

 健司の身体が、くの字に折れ曲がる。鉄球で殴られたかのような凄まじい衝撃。彼は数メートル吹き飛ばされ、マットの上を無様に転がった。

 

(つ……っよ……! 硬化蹴り……鉄球でも食らったぐらい強いな……!)

 

 健司は呻きながら立ち上がった。これが硬化能力。単純だが、あまりに強力な防御と攻撃の術。仙道が言っていた戦いの本質――自分の得意な土俵に引きずり込む。相手は、俺の斬撃を封じるという一点において、完璧な戦術を組み立ててきたのだ。

 

(硬化ね……。イメージしやすいし……。こうかな?)

 

 健司の脳が、高速で回転を始める。相手の能力の本質を観測する。皮膚の分子構造を、魔力で強制的に高密度化させている。単純な理屈。ならば、俺に出来ないはずがない。俺の【身体強化】は、肉体のリミッターを外す魔法。その応用として、特定の部位の密度を上げるなど――。

 

 健司の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。彼はゆっくりと、右の拳を握りしめ、その拳に意識を集中させる。イメージはダイヤモンド。この世で最も硬い物質。その絶対的な硬度の概念を、自らの拳に上書きする。

 

「―――硬化パンチ!!!!!」

 

 健司の絶叫。その声は技名というよりは、もはや発見の喜びを叫ぶ科学者のようだった。彼の右の拳が、黒光りする金属のような質感へと、一瞬で変貌する。

 

「うわっ、速攻で真似された!!! ずるいぞ!」

 

 対戦相手の悲鳴が響いた。

 

「ハハハ! ずるくないです!」

 

 健司は笑う。その顔は、最高のおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。

 

「防御力上げるのに、ちょうどいいな。インパクトも与えられるし、硬化パンチ――良い手札が増えた!」

 

 彼はその黒鉄の拳を、天に突き上げた。新たな力。敵から盗み、自らのものとした鋼の牙。その確かな手応えだけが、彼の疲労しきった精神を、静かにそして力強く支えていた。

 

 その光景をリングサイドで見ていた仙道は、もはや笑うしかなかった。

 

「……ハッ、……本当に化け物だな、あいつは……」

 

 その呟きは誰の耳に届くこともなく、熱気に満ちた訓練場の喧騒の中へと消えていった。だが、その目には確かな光が宿っていた。この底知れぬ若き才能が、どこまで駆け上がっていくのか。その行く末を見届けたいという、純粋な期待の光が。

 

 健司の神へと至る道。

 それは、もはや彼一人だけのものではなかった。彼が出会うすべての強者たちが、彼の糧となり、彼の血肉となり、そして彼をさらなる高みへと押し上げていく。

 その果てしない螺旋の物語は、まだ始まったばかりなのだ。

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