俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します   作:パラレル・ゲーマー

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第87話 猿と古刀と記憶の継承

(……足りない)

 

 リビングの広大な窓から見える、眠らない都市の光を眺めながら、健司は自らの未熟さを噛み締めていた。手札は増えた。斬撃、硬化、電撃、そして凍結。だが、そのどれもがまだ荒削りで、戦術として洗練されていない。仙道やガブリエルといった、あの領域にいる者たちと渡り合うには、まだ決定的な何かが圧倒的に足りなかった。

 

 特に近接戦闘。彼の戦闘術『無刃』は、その名の通り、自らの手足を刃と化す武術。だが、それはあまりに無防備でもある。懐に潜り込まれ、両腕を封じられたら? その瞬間に、彼の牙は全て失われる。

 

「くそっ……! どうすれば……」

 

 ぽつりと、誰に言うでもなく、その言葉が口から漏れた。それは、彼の魂からの渇望だった。自らの肉体とは別の、もう一つの牙。窮地に陥った時、最後の活路を切り拓くための確かなる一振り。

 

 その魂からの渇望に応えるかのように、彼の脳内に、あの尊大な声が響き渡った。

 

『……ふん。ようやく自らの無力さを、その猿の脳みそでも理解できたか』

 

「魔導書か……」

 

 健司は、もはや驚きもしなかった。彼の師は、常に彼の心の最も弱い部分を見透かしている。

 

『貴様のその行き当たりばったりの喧嘩殺法。見ているこちらが反吐が出る。手札ばかりを増やしたところで、それを振るう腕がなければ、ただのガラクタの山だ。……貴様には一本筋の通った「軸」が必要だ』

 

「軸……」

 

『そうだ。……よし猿。武器を持つぞ』

 

「武器?」

 

 健司は思わず聞き返した。

 

「魔法があるじゃん。それに、俺の手足が刃になるんだろ?」

 

『馬鹿を言え』

 

 魔導書は一蹴した。

 

『貴様のその貧弱な発想こそが、貴様の成長を妨げているのだ。いいか、魔法は万能ではない。特に貴様のような半人前が使う魔法はな。……物理的な武器は、その魔法を補助し、安定させ、そして増幅させるための最高の触媒となる。補助する形式の武器だな』

 

 魔導書の言葉は、健司の凝り固まった思考を、ハンマーで殴りつけるかのようだった。武器は魔法の代用品ではない。魔法をより高みへと引き上げるためのパートナー。

 

『貴様に最適な武器を提案してやる』

 

 魔導書は、まるで最高の商品のプレゼンをするセールスマンのように、その声に熱を込めた。

 

『ある程度使い込まれた実践済みの刀がいいな。それも、出来れば何人もの手を渡り歩いてきた、年代物の古刀が望ましい』

 

「なんでまた? 新品の方が性能は良いだろ?」

 

『猿ゥ!』

 

 魔導書の叱咤が飛ぶ。

 

『貴様のその物質主義的な発想を叩き直せ! 我々が求めるのは鉄の性能ではない! その鉄に宿る「記憶」だ! 貴様には【過去視】があるだろうが!』

 

 その言葉に、健司ははっとした。

 

『過去視で、その刀剣に宿る「経験」を読み取るんだ。その刀を握り、振るってきた過去の剣士たちの記憶、技術、そして魂。その全てを貴様の脳にコピーする。……まあ【過去視】の応用だな。これで、ある程度の剣術を一瞬でゲット出来る』

 

 その、あまりにチートじみた、しかし彼の能力の本質を的確に突いた発想。

 

「すげーな、それ……!」

 

 健司の口から感嘆の声が漏れた。自分の能力に、そんな使い方があったとは。

 

『そうだろ? 貴様のその矮小な才能を補って余りある、最高のショートカットだ。剣術の基礎を何十年もかけて学ぶ時間など、貴様にはないのだからな』

 

「よし! 橘さんに相談して購入しようか!」

 

 健司は興奮で立ち上がった。ヤタガラスのコネクションを使えば、曰く付きの古刀の一振りくらい手に入るかもしれない。

 

『うむ。その際はこう付け加えろ』

 

 魔導書は、さらに狡猾な知恵を授ける。

 

『冴木 凛(さえき りん)が使っているような、知覚妨害の札付きの一品がいいぞ、と。……それがあれば、貴様が刀を携帯していても、一般人にはテニスラケットか何かにしか見えん』

 

「そうだな~。職質されない方がいいしな。ヤタガラスの身分証を出せばいいけど、面倒事は避けたい」

 

 健司は頷いた。表の世界で、刀を剥き身で持ち歩くわけにはいかない。

 

『そしてだ』

 

 魔導書の声のトーンが変わった。ここからが本題だ。

 

『よし、購入したら魔改造するぞ。ただの剣術を覚えるだけでは三流だ。その刀を、貴様の魔法を増幅させるための「杖」代わりにするのだ。魔法補助の魔法を使ってな』

 

「杖代わり?」

 

『そうだ。貴様はいずれ、大規模な儀礼式魔法も覚えてもらわねばならん。その時、自らの魔力を流し込み、術式を安定させるための「媒体(依り代)」が必要になる。その刀は、貴様の新たなる牙であると同時に、新たなる力の器となるのだ。……まあ、ゆくゆくは儀礼式魔法の大技を教えたいが、また今度だな』

 

 そのあまりに壮大な未来図。健司はごくりと喉を鳴らし、自らがこれから歩む道の、果てしない広がりを感じていた。

 

 ――後日。

 

 健司の元に、ヤタガラスを通じて、一つの長い桐箱が届けられた。橘に相談したところ、彼は二つ返事で了承し、組織が保管していた数々の「聖遺物(アーティファクト)」級の武具の中から、健司の波長に最も合うであろう一本を選んでくれたのだという。

 

 健司は逸る心を抑えながら、その桐箱の蓋を開けた。静かな絹の布の上に、それはあった。黒漆塗りの質実剛健な鞘に収められた一振りの打刀。美術品のような華美な装飾はない。ただ使い込まれ、幾度となく研がれてきたであろう、実戦のためだけに存在する機能美。

 

 健司はその刀を、おそるおそる手に取った。ずしりと重い。――それは、ただの鉄の重さではなかった。この刀が、その歴史の中で斬り伏せてきたであろう無数の命の重み。そして、それを振るってきた者たちの魂の重みだった。

 

『……おっ、届いたか』

 

 健司の緊張を見透かしたかのように、脳内に声が響く。

 

『抜け。そして、その魂の記憶を全て読み取り、貴様の血肉としろ』

 

 健司は頷いた。彼はゆっくりと鯉口を切る。そして、一気に刀身を抜き放った。シュンという清らかな音と共に、月光を反射する水面のように静かで、しかし吸い込まれるような鋭さを持つ刃文が姿を現す。

 

 そのあまりの美しさに一瞬だけ見惚れた後、彼はその刀の柄を両手で強く握りしめた。そして、目を閉じる。【過去視】起動。

 

 ―――ザアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!

 

 彼の脳内に奔流がなだれ込んできた。――それは、もはやただの記憶ではなかった。

 

 戦場の匂い。血と鉄と土の匂い。桜舞う静かな道場での、木刀が打ち合う乾いた音。月夜の果たし合い、相手の喉元に切っ先を突きつけた時の冷たい感触。幕末の動乱。人斬りの狂気と後悔。明治の世、帯刀を許されず、ただ静かに壁に飾られていた長い長い沈黙の時間。そして現代。ヤタガラスのエージェントの手に渡り、人知れず怪異を斬り伏せてきた新たな戦いの記憶。

 

 何十人、いや何百人もの剣士たちの人生そのものが、濁流のように健司の意識を飲み込んでいく。喜び、悲しみ、怒り、恐怖、そして死。――その全てが。

 

「―――っ!」

 

 健司はカッと目を見開いた。全身から滝のような汗が噴き出している。だが、彼の身体は、もはや昨日までの彼ではなかった。

 

 その立ち姿。その刀の握り方。その視線。――その全てが、何百年という時間を生き抜いてきた歴戦の剣士のそれへと変貌していた。彼の筋肉が、彼の神経が、その刀を振るうための最適な動きを完全に理解している。

 

 彼は動いた。鞘に刀を納める。そして次の瞬間――閃光が走った。健司の姿は掻き消え、リビングの中央に置かれていた人型のサンドバッグの背後に立っていた。

 

 カラン、と。刀が鞘に収まる涼やかな音。その一瞬後、サンドバッグが首、胴、両腕、両足と、六つのパーツに分かれ、ずしりとした音を立てて床に崩れ落ちた。――その断面は、まるで鏡のように滑らかだった。神速の抜刀術。

 

「おし。……良いんじゃないか?」

 

 健司は、誰に言うでもなくそう呟いた。その声は静かだったが、絶対的な自信に満ち溢れていた。

 

『……ふん。猿が少しだけ人間に近づいたか』

 

 魔導書の声が響く。その声には、隠しきれない満足感が滲んでいた。

 

『じゃあ今後は、それを携帯して、怪異を狩る時にも使って慣れていくぞ。その身体に染み付いた技術を、貴様の本当の力へと昇華させるんだ』

 

「了解」

 

『そしてだ』

 

 魔導書は、最後の仕上げに取り掛かった。

 

『その刀を媒体にして、斬撃を飛ばしたり、雷撃を飛ばしたり出来るようになれ。ただの鉄の棒を、魔法の杖へと作り変えるのだ』

 

 魔導書は、一つの短い、しかし古の力が込められた呪文を、健司の脳内に刻み込んだ。

 

「―――我が刃よ理(ことわり)を纏え」

 

「これでOKなのか?」

 

 健司はその呪文を口の中で反芻しながら尋ねた。

 

『ああ。その言霊が、貴様の魔力と、その刀に宿る記憶を繋ぎ合わせる補助魔法だ。最初は多少の補助にしかならんが、使いこなしていくうちに、その増幅率は飛躍的に伸びていくぞ』

 

 健司は頷いた。彼は自らの新たな相棒となった古刀を、再び構え直す。そして、その切っ先を、先ほど自らが【凍結魔法】で生成した氷塊へと向けた。彼は、教わったばかりの呪文を、静かに、しかしはっきりと唱えた。

 

「―――我が刃よ理を纏え」

 

 その瞬間、刀身が淡い魔力の光を帯び、彼の意志と完全に同調していくのを感じた。――それは、もはやただの武器ではない。彼の魂の延長。彼の新たなる力の顕現だった。

 

 彼の新たなる戦いの型。魔法と剣術の融合。その果てしない可能性の扉が、今、確かに開かれたのだ。彼の神へと至る道は、また一つ新たな広がりを見せた。その手に握られた、確かなる一振りの重みだけが、彼がまだ人間であることを証明していた。

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