超越するより愛したい 作:Apollyon
ところで『破壊』って根源的恐怖ですかね? こう、死や落下に比べると破壊を恐れるにはもう少し知恵がいるような気もして、本能的に忌避するのは難しいのでは、と。
ただ闇が根源ならいけそうな感じも。闇に比べると分かりやすく怖いので。
破壊の悪魔。竜とも神とも付かぬ姿をしている女型の悪魔。ありとあらゆる破壊の概念を操り、また万知万能とも謳われる存在。こと器用さにおいては右に出る悪魔はいない。そしてまた眷属はそれぞれが1つ以上の災害を司る強大無比な悪魔たち。地震や噴火を操る『大地の悪魔』、津波や河川の氾濫といったあらゆる水害を司どる『水の悪魔』、台風、竜巻、日照り、雷、吹雪などを司る『天気の悪魔』などだ。
そしてその最優の眷属ことイナゴの悪魔は今、デビルハンターリオンの相棒としてそばに侍っていた。
「どういうおつもりですか?」
そしてまたリオンは、ボロボロのデンジに肩を貸してマキマを睨みつけている。荒げてこそいないが、その声には明らかな怒りが滲み出ていた。
相対するマキマは、いつも通りの涼しい無表情の裏に驚愕と焦りを隠している。
何が恐ろしいかと言えば、マキマはその場にいないのだ。いないのにも関わらずリオンの眼は確実に彼女を捉えている。そして今、マキマのオフィスの机には、1匹の小さなイナゴがいた。本当にただのイナゴである。足が短く、翅が大きく、体色が黒みがかっている以外は。
*
イナゴの悪魔、名をナラク。主人である破壊の悪魔の命により、リオンに付き従う。そのため彼女とナラクの間に契約はない。
だがリオンの命令にナラクは忠実に従い、彼女を害するものは全力で排除する。契約がないため無対価でだ。
「ふーむ。300万か……貰いすぎた気がするね。」
『もらえるのはわるいこと?』
「悪くはないさ。ただ、今思えば適正価格を少し、逸脱していたような気がするんだ。」
今日、リオンが戦った悪魔は『コーヒーの悪魔』だ。コーヒーに怖いイメージはないのだから、当然普通にやっても強い悪魔にはならない。
問題は出現した場所であった。
「20、30連勤は当たり前。残業は毎日。でも残業代は出ない……徹夜の常習化した典型的なブラック企業だ。」
そういう場所において、眠気覚ましのコーヒーは過酷な徹夜残業を想起させ、従業員を恐怖させるのに充分であった。
悪魔は瞬間的かつ限定的な恐怖であっても強化される。そしてまた人や悪魔を食って精をつけても強くなる。悪魔を食う場合はその相手が強いほどにだ。
最初は雑魚悪魔であったそれは、運よくその会社のオフィスで誕生し、力をつけ、そしてその会社の社長と契約したのである。3ヶ月に1人、人間か悪魔を寄越せば、殺さずにおいてやると。
初めは恐怖がために、生きるためには仕方がなかった。
だが、しばらくのうちに社長の目は眩んだ。目先の利益の大きさに。
コーヒーの悪魔のコーヒーを飲んだものは、24時間働き続ける。その上死なない。そのコーヒーは完全栄養食に等しかった。
社長は己の欲を満たすために、コーヒーの悪魔に餌を与え続けた。そして調子に乗り過ぎた。
コーヒーの悪魔の要求は月日と共に膨らんで行き、そしてとうとう手に負えなくなった時、社長はようやく目を覚ました。
あるいは、単なる自己保身かもしれないが、とにかくコーヒーの悪魔の死を望んだ。
だが彼は国家権力を頼れない。社長自身もまた犯罪者であるのだ。罪状が明るみに出れば極刑は間違いがない。民間人でありながら悪魔と契約し、そのために何人も人間を文字通りの食い物にしてきた。
だからアウトローのデビルハンターを頼ることにした。同じ脛に傷を持つもの同士であれば問題はないだろう。
そうして白刃の矢が立ったのがリオンである。
依頼料がまず安い。平均して20万程度だ。自らの資産を肥え太らせた社長には端金である。
そしてフットワークが軽くて日本国内ならどこにでも行く。おそらく悪魔の能力だろうが、九州で仕事をした日の夜には、青森での目撃情報があるほどだった。それだけ神出鬼没なら、彼女が捕まって依頼者である彼が破滅する心配もいらない。
そして小柄だ。インドア派である社長の腕力でも締め殺せそうなほどに細い。悪魔は基本義理人情を持たないからには、邪魔になれば社長が不意打ちで排除するのに、障害はないと考えた。
なんという見当違い。
コーヒーの悪魔はその会社が所有するビルの地下室に住んでいた。何人もの犠牲者の血肉によって床が赤黒に染まっている。
リオンは左肩にナラクを乗せ、右手に鉈を構えていた。
しかし、最奥に悪魔の姿を見とめた途端、得物をしまう。
手に負えないわけではない。だが、まともに戦えばこのビルは倒壊する。社員全員仕事中がために漏れなく巻き込む。
故に彼女は早々奥の手を切る。
「ナラク、群生相『3個小隊』……残さず平らげて。」
『あいまむ!』
150匹もの真っ黒なイナゴの群れと化したナラクは、コーヒーの悪魔を一片残さず平らげた。
『にぎゃい!』
渦を巻いて一箇所に集まり、また元通りの中型犬サイズの緑色に戻った彼は苦い苦いと連呼しながらリオンの肩へと戻ってくる。
「ふむ。悪魔のように黒く……」
『ちゃいろかった。』
「地獄のように熱く……」
『ぬるい。ひとはだ。』
「天使の様に純粋で……」
『いろんなあくまのあじ、まざってる。』
「そして恋の様に甘い……」
『にぎゃい! にがいだけでリオンのみたいにおいしくない!』
「それは……なんとも最悪の1杯だ。」
リオンはコーヒー豆に詳しい方ではないが、味についてはうるさい。今回の悪魔は彼女からすれば飲むどころか見たくもない一杯である。
「コーヒーサーバーは会社の福利厚生のはずが……あのコーヒーは味の面でさえマイナスだったのだろうね。」
『つぎはおいしくうまれてきてほしい。』
「あぁ全くだよ、ナラク。」
そうして手に入れた300万円。最初依頼者は相場通りと称して30万を提示したが、流石に看過できなかった。
故に彼女は半ば脅す形で300万を支払わせたのだ。現金一括で。
それでもなおデンジの借金の1割にも満たないのだが。その上社長も社長でまだまだ資産はある。会社はもうダメだろうが、とっとと顔を変えて外国へ行く腹積りであった。
『いいの?』
「よくはないさ。だが、沙汰を下すのはおれ達じゃあないよ。どの道、彼はこの先の災難からは逃げられない。」
だから全財産を搾り取らなかった。どの道、賠償請求やら何やらで首が回らなくなるのは明らかだ。被害者に渡る分くらいは残しておくべきだろう。
昼食のコンビニおにぎりをむしゃりと頬張り、照りつける太陽に背を向けて歩く。
『チェンソーさまのところいく?』
「最近行ったばかりだけど、行こうかな。300万もあるんだ。あの子にちょっとした贅沢を……」
しかし、次の瞬間、リオンは目を疑った。
巨大なコウモリが空を飛んでいたのはまだいい。いや良くないが、納得はできる。つまりは悪魔ということだ。白昼堂々というのも、別に全ての悪魔が本能にのみ従うわけでもない。
「あの髪……デンジ?」
『デンジくんだ。……だきついてる?』
コウモリの悪魔にデンジが捕まっている。上空数十mだが、当然シートベルトの類はない。
と、そう言葉を交わした瞬間、コウモリの悪魔から鮮血が滴る。特徴的なエンジン音が聞こえる。
「え?」
『チェンソーさま? デンジくんは?』
リオンの心臓がズキンと跳ねた。デンジの姿が変わっている。胴体は人間のままだが、頭はチェンソーマンのそれに似ていて、両手は腕を切り裂いてチェンソーが生えている。
「ナラク、群生相『
『あいまむ!』
ナラクの姿が変わって行く。分裂にともなってその体色は緑から黒へと変わり、それらの小さなイナゴがまた集合すると、一頭の馬の姿になった。黒い馬。足の細さはサラブレッドのようで、額には金の王冠型の流星を持つ。
しかしただの馬ではない。尻尾は巨大なサソリのそれで、背中には天馬の如き翼を持つ。しかしその翼に生えそろった羽根は、目を凝らせば1本1本がイナゴの翅であると分かる。
リオンがナラクに跨ると、彼は地を蹴って駆け出した。
チェンソーマンに斬り裂かれたコウモリは墜落し、その後の戦いの余波でビルが何棟もお釈迦になる。
「『まだ一揉みもしてねーんだよ〜‼︎』」
チェンソーマンがそう叫ぶや否や、コウモリの悪魔の抵抗も虚しくバラバラにされる。
そして丸呑みにされていた血の魔人パワーとその腕に抱かれる猫のニャーコを救い出した。
だが、その不意をついて現れたヒルの悪魔相手には、血が足りずに変身ができず、彼は苦戦を余儀なくされる。
それでもなお、狂気じみた声を上げながら素手と、額の短いチェンソーで戦う彼はまさしく悪魔のようであった。
が、弱った状態で勝てるほど、悪魔というものは甘くない。
ヒルの悪魔の長い舌がデンジの腹を貫いた。
『いただきまァアす!』
そのまま丸呑みにしようと大口を開けるヒルの悪魔を、デンジと同じく公安退魔特異4課に所属する早川アキは見ていた。
指を狐の形にし、契約悪魔を呼ぼうとした瞬間、
「おれの弟に手を出すな!」
ヒルの悪魔はバラバラに斬り裂かれて死んだ。
アキ含め、駆けつけた公安メンバーはその瞬間を視認することさえできなかった。ただ、小柄な女性がデンジを抱きしめ、取り出したスキットルから血を飲ませているのを見て、ようやく我に帰ったのである。
「ねーちゃん……? なんで、泣いて……」
「ごめんよ……遅れて……本当にごめんよ。おれが……おれがもっとしっかりしていれば……きみから普通を奪わずにすんだ。ポチタも、抱きしめられなくならなかった。」
「でも、俺、今幸せだぜ。パンにジャム塗り放題だ。」
アキは首を傾げる。デンジは戸籍上きょうだいはいなかったはずだ。
しかし同時に腑に落ちることもあった。彼がアキの居候になってから、ただのチンピラにしては食事の作法が綺麗だったのは、彼女に教わったのだとすれば納得がいく。そのくらいその女性の服装などは整っていたのだ。
「アキ君、彼女、指名手配の。」
「非正規デビルハンターか。」
先輩である姫野の指摘にハッとする。確かに顔は同じだが、近くにイナゴの悪魔はいない。
それがデンジの知り合いとは知らなかったが、犯罪者である以上は捕らえねばならない。
「公安デビルハンターか。」
「公安退魔特異4課だ。」
「今更国が何をする気だい? デンジを見つけてくれなかった癖に、悪魔とみるや殺しに来るんだね。」
「いや、俺たちは……」
「下賎な国家の使い走りが……滅ぼせナラク。」
『あいまむ!』
突如として、地面に真っ黒な穴が開く。そこの見えない深穴、文字通りの奈落が口を開いていた。そしてそこから数億匹のイナゴが飛び出し、瞬く間に空を覆った。
「群生相『蝗害連隊』……この子たちの幸せを邪魔するなら死んで!」
悍ましいまでに濃密な憎悪と敵意が自分達に向けられているとアキ達公安デビルハンターは理解した。したところで勝ち目はない。
ここにいるメンバーは破壊の悪魔の存在を知らされていない。したがってイナゴの悪魔がその眷属であることも知らない。ただ、危険な悪魔だとしか知らされていなかったのだ。
なんたることか。破壊の悪魔の、その力の一端を任されているナラクに勝てる悪魔と契約しているデビルハンターは日本どころか、地球上のどこにもいないのだ。公安が確保している中では屈指の危険度を持つ『暴力の悪魔』ガルガリでさえ勝ち目はないだろう。暴力は人間の意思で制御できるが、自然災害は不可能だ。
特異4課のメンバーは死をも覚悟した。甘い考えだ。
ナラクの蝗害は5ヶ月続く。その間人々は飢えと病に侵され続けるが、死ぬことさえできない。楽にはなれず苦しみ続けるのだ。破壊の悪魔の代理人を敵に回すとは、つまりそういうことである。
「ねーちゃん! あそこにいんのは俺の知り合い!」
「へ?」
「俺も公安に入ったんだ。手帳がポケットん中入ってる。」
『デンジくんのおともだち? ナラクかえったほーがいい?』
頷くデンジに従いナラクは普段の孤独相へと姿を変え、リオンの肩の上にとまる。いつの間にか、地面に空いた奈落は綺麗さっぱり消え去り、元通りのアスファルトが敷かれていた。
「公安がデンジを? この子はまだ16歳だというのに、あれほどの悪魔と戦わせる?」
子供を保護するどころか働かせるというのであればそれはあのヤクザと同類ではないか。
「どういうおつもりですか?」
彼の上司に話を聞く必要がある。リオンは公安の建物がある方角を、正確にはマキマのオフィスに向かって睨みつけた。
・天気の悪魔
最強の眷属。司る災害があまりにも多い。反面破壊の悪魔に対しては反抗期の中学生みたいな態度をとる。嫌いなわけではない。彼含め、ナラク以外の眷属は皆地獄にいる。おかーさんをいじめる闇の悪魔のことが嫌い。
・暴力さん
みんな大好きガルガリさん。言葉の関係性的には眷属でもおかしくはなさそうだが、原作における眷属関係が必ずしも親子なのかわからないので保留。が正確的には結構気に入りそう。似たような理由で火の悪魔も保留。火はそれ単体で根源的恐怖でもおかしくない。ただ、焚き火の音はヒーリング効果があるらしいので怖いだけでもない?
・支配の悪魔
破壊の悪魔の眷属のうち、まともに支配できそうなのがイナゴしかいない。そもそも災害のほとんどは人間の制御が効かない、つまりは支配できないものである。支配できればそれは災害ではなくなる。
多分彼女が建てているチャートはあっという間に破壊されてしまうだろう。が、死をすら倒そうという彼女が諦めるとも思えない。
・ナラク
とても強い。破壊の悪魔の肉片を食べている。支配されてもすぐ振り払えるので無意味。現実は非常である。
次回は最強のデビルハンターとの面談かな。ぶっちゃけ破壊の悪魔がでしゃばればそれだけで何もかも消し去れてしまうので、小出しにしてマキマさんに無駄な足掻きを強いることにします。