超越するより愛したい 作:Apollyon
ぼくのかんがえたさいきょうのあくまぶりが遺憾無く発揮されます。
弱者は、支配という名の庇護を望む。
反面、その支配者を疎み、凋落することをも望む。
しかしながら、支配の破壊によって最も犠牲となるのは他ならぬ弱者である。
この矛盾があるゆえに、破壊を望む者は少ない。どれだけの圧政であっても、他に恐ろしきものがあればないよりはマシであるのだ。
『そうは思わんか、小僧。』
日本の公安に所属し、同時に最強のデビルハンターと名高い岸辺は、地下の取調室で冷や汗を流していた。
机を挟んでパイプ椅子に座る少女リオン。その背後の空間がひび割れ、真っ赤に光る目玉が覗いていた。
『儂は破壊の悪魔。このリオンに盾を授けし者よ。したがって恐れることだ、正しくな。無礼た真似をするならば、儂がツマミにするからなあ──⁉︎』
その悪魔は、空間を破壊した奥から岸辺を覗いている。
岸辺を持ってしても勝ちの目がまるで見えない強者が、そこにいるのだった。
*
公安退魔特異4課によっておとなしく確保されたリオンは、地下の取調室へと案内された。その取り調べを担当する羽目になったのが岸辺だ。
羽目になった、つまりは貧乏くじだ。何せ破壊の悪魔の存在はトップシークレット。存在を知り、その上で悪魔とやりあえる力を持った人員は限られている。
「ふむ。……警戒されていますか。」
「当たり前だ。見りゃわかる。お前は俺より強い。」
「では、最強のデビルハンターの称号はおれのものですね。」
「……落ち着いてるな。この部屋の周りは対悪魔戦力がずらっと囲んでる。」
「無意味なものを恐れてどうなるというのです?」
「同感だ。」
彼女にかけられた手錠をはじめ、すべての対策は無意味だ。ここに人員を割くくらいなら、パトロールに回したほうがよっぽど世のため人のためだろう。
だが、悲しいかな。彼らは国家公務員。頭の悪い上層部に、支持率ばかり気にする政治家連中に逆らえない。
「お前は破壊の悪魔を知っているか。」
「当然。」
「居場所は?」
「次元の狭間に引きこもってます。結構なダメージを負っているので。」
意外な一言だった。まさか破壊の悪魔に手傷を負わせられる存在がいるとは思わなかったのだ。
「……厄介だな。俺は相手が嘘つきかどうかは見ればわかる。だが、お前は違う。お前が嘘つきかどうか、全くわからん。マキマが冷や汗をかくわけだ。」
「マキマ? なるほど。彼女が今代の支配の悪魔ですか。」
「それだ。こっちの掴めていない情報すら持っている。ただの孤児ではあり得ない。何者だ、お前は。」
「おれはデンジの姉貴分で、非正規デビルハンターのリオン。それ以外はどうでもいい。」
「こっちにすれば重要だ。マキマの例もある。お前が、破壊の悪魔本人だろうと俺は睨んでるが、どうだ?」
「さて、どうでしょう。」
瞬間、彼女の背後の空間が裂けた。
そうして、岸辺は破壊の悪魔を名乗る者と相対する羽目になったのである。
『どうした小僧。儂に会いたかったのではないのか? 黙りは止せ。』
「本当に、破壊の悪魔なのか。」
『儂を試すか。やめておけ。この国が海に沈むくらいではすまんぞ?』
岸辺はため息を吐いた。唐突に、日本国の未来が彼の双肩にのしかかってきたのだからそうもなろう。
『ときに、なぜこの小娘が破壊の悪魔だと考えたのか聞かせてもらおうかな。』
「ギリシャ語で破壊者をアポリオンと呼ぶ。そこからとった偽名だと考えたが……」
『惜しいな……この娘の由来は異なる。エウアンゲリオン……同じギリシャ語で福音を意味する言葉よ。』
「福音か。人類に良い報せを伝えるとは、お優しいことだな。」
『ふふ、はははははは‼︎ 優しさはいいものだぞ。その後の残酷さを引き立てるからなあ──⁉︎』
高笑いが響いたかと思えば、突如として岸辺は背後の壁に叩きつけられた。衝撃で座っていたパイプ椅子がひしゃげる。
『無礼るなよ、小僧! 貴様らのなんと愚かなことであろうなあ。世の中を人類と悪魔の2つに分類し切れると考える浅ましさよ! だからこそ儂は13年前にどの国とも契約を結ばなかったのだ!』
「やりすぎでは?」
『こういう輩には良い薬よ。』
リオンに対しては老爺が孫娘に向けるような声色へと変わる。
よろよろと立ち上がった岸辺は、破壊の悪魔の目をまっすぐに見つめた。
『儂はな、悪魔を悪魔というだけで優遇しない。そしてまた、人間を人間というだけで敵対することもせんわ。そんな分類なぞ、クソも面白くない──!』
破壊の悪魔の行動理念は常にそれだ。自分にとって面白いか否か。気に入った存在は何であろうと目をかけ、関心を惹かれなければ目もくれない。そして嫌いなものにはそれが何であろうと敵意を振り撒く。一言で言うなれば正しく我儘。だがその我儘がまかり通るだけの破壊力を持っているがために始末に負えない。
『貴様の知り合いにも、儂のお気に入りがいくつか混ざっておるが、もしあの子らに何かあれば、儂はこの国を無に帰してやるぞ。言動には気をつけることだ。人質で破壊を御せると考えておる俗物どもにも言い聞かせておけ!』
俗物、公安上層部や政治家はリオンやナラクを人質にして破壊の悪魔と契約を結べないかと岸辺に言って来ていたが、その目論見は筒抜けだったと言えるだろう。次元の壁を破壊できる存在に隠し事は不可能であった。
『……それとも、儂にできないと思うか? では、デモンストレーションとして……ふむ。小僧、貴様が選べ。』
「選ぶ?」
話が勝手に進んでいくが、岸辺はまた破壊の悪魔の地雷を踏むのを警戒して口を挟めずにいた。それがために、最悪の契約が彼に持ちかけられる。
『契約だ。47都道府県……好きに1つ貴様が選べ。そうすれば、今日破壊するのはそこ一箇所にとどめてやろう……』
「何だと……」
『選ばないのであれば、そうさなあ……国内の火山全てを噴火でもさせるか? あるいは日本のプレート全てを跳ねさせる地震というのも面白かろうなあ──⁉︎』
「流石に……」
『おおリオン、慌てるでないぞ……お前も、他のお気に入り同様、傷一つつけんさ。儂はこと器用さにおいては右に出る悪魔はおらんからなあ。無論、あの電ノコも助けてやる。だがそれ以外はならぬ。』
窘めようとしたリオンには優しい声になるが、しかしそれ以外に対しては変わらず辛辣なままだ。
『選べ小僧! 貴様ら公安は儂に喧嘩を売ったのだ! 儂の逆鱗に触れたのだ! 報いから逃げるなどと調子の良い事を言わせはせんぞ──⁉︎』
「逆鱗だと?」
『惚けるなよ──⁉︎ エンジェルから人質をとって無理矢理働かせておろうが。儂が見ておらんとでも思ったか⁉︎ 愚かな。それにあの電ノコ達もだ。国家が庇護すべき子供であろうが、貴様らはその義務を怠り、そのくせ戦力として有益と見るや生殺与奪の権利を握る。都合の良い時だけ国家の権力を振りかざし、それで正義を謳うか!』
岸辺は何も言えなかった。デンジについてはぐうの音も出ない正論であるのだ。それを言うのが悪魔というのも訳がわからないが。
『儂のお気に入りを粗末に扱うとはつまり儂に喧嘩を売るも同然……その対価を払えというのだ! 場所は選ばせてやっておる儂の慈悲が分からぬか? 貴様は賢しいと思っておったが。自分の立場がわかっておろうなあ──⁉︎』
岸辺は何もできない。人類に抗う術はないと理解した。自然災害に立ち向かえる者がどこにいるというのか。
「上と話し合う時間が欲しい。」
『ならんな。儂は貴様に選べと言っておるからして、な。何を躊躇う? 傲慢にも、命に優劣を付ける……貴様らがいつもやっている事であろう。』
なじるように折るように真っ赤な瞳が岸辺を見ている。13年前はここまで苛烈なことは言わなかった。気に入らなければ興味をなくして姿を消すだけだった。
それが、13年の間に人間を嫌いになったのか。
『ふん。つまらんな。最強のデビルハンターがこの程度か? 儂を殺してでも止める気概が感じられんわ。その様でよくもまあ、民草の守護者を気どれるものよ。これではまだ電ノコのところの……早川と言ったか? あの小僧の方が見込みがあるなあ……どれ、貴様の代わりに奴に決めてもらうか。』
「……悪ふざけが過ぎますよ。あなたは天気の悪魔でしょう。」
流石に看過できないとリオンが破壊の悪魔を名乗る者の正体を暴く。
瞬間、岸辺にのしかかっていたプレッシャーが霧散する。
「天気の悪魔だと?」
『ふん……興醒めだな。少しからかっただけであろうに……』
「役割の逸脱が目に余ると思いますが。」
『ふん……では、儂はお役御免というわけだ。では、またな。』
空間の裂け目が消え去り、元通りだ。元の通りに取調室には2人だけ。
「どういう事だ?」
「彼は天気の悪魔。破壊の悪魔最強の眷属です。破壊の悪魔の体はダメージが大きく会話すら儘なりませんから、メッセンジャーとして遣わされたのでしょう。ですから、彼の言った言葉の殆どは破壊の悪魔本人の言葉でもあります……流石に契約のくだりは独断の悪ふざけでしょうが……地震と噴火は大地の悪魔の管轄ですので……」
それが意味することはつまり、破壊の悪魔の機嫌を損ねればそれだけの被害をもたらすこと自体は事実であるということの裏返しでもあった。
そしてそれらの悪魔を従える破壊の悪魔を追い詰めるほどの存在が他にいるということでも。
「何にやられた。」
「闇の悪魔です。とにかく仲が悪いので。」
もっとも、破壊の悪魔にしてみれば理由もわからず一方的に嫌われているのだが。闇は理解できぬゆえに闇というのなら、かの悪魔の理解者は金輪際現れないままだろう。
能力的には相性が悪く、お互い致命傷を与えきれない。いくら破壊の悪魔が形無き概念をも破壊できようと、不定形の闇を捉え切るのは困難。しかし闇もまた破壊の悪魔を倒すだけの力はない。破壊の悪魔は闇を暴く光を操るゆえだ。
それでも闇の悪魔は一度として死んだことのない超越者。そうではない破壊の悪魔は闇を地獄に追い返すために相応の消耗を強いられる結果となった。
「……まあ、これでおれ達を害そうとすることの危険度が分かっていただけたかと。」
「知りたくなかったな。」
「上にはどう報告するおつもりで?」
「破壊の悪魔とマジバトルはやめておけと言うさ。聞くかはともかくな。」
「それは聞かせてくださいとしか。……ナラクと契約しますか? 脅しとしてはちょうど良いかと。」
『よんだ?』
またしても空間に穴が空き、ナラクがひょっこりと顔を覗かせた。
『あそぼ。』
「今は大事な話をしてるんだよ。」
『そっかぁ……』
ナラクはシュン、と触覚を垂れさせる。
その様子を見て岸辺はため息をつくしかない。どんな封鎖も警戒も、空間に穴を開けて飛び越える破壊の悪魔一派には無意味であると悟るには充分だった。この世の何と儚きことか。ただ1体の悪魔の気まぐれで容易く滅びるのだから。
*
岸辺の説得により、公安上層部は破壊の悪魔をひとまず諦めた。
代わりにリオンに戸籍を与え、公安デビルハンターとして雇う事ができたのだ。破壊の悪魔最優の眷属であるナラクを使役できる人員を確保できたからにはそれだけでも充分他国への牽制になると思っているのである。愚かなことだ。自分たちが調子に乗れば破壊の悪魔による無慈悲な凋落を押し付けられるなどと、つゆほども考えていない。
岸辺の隣で報告に参加するマキマはやはり無表情のままだ。ままだが、寒気を感じていた。彼女が気づくことなくオフィスに入ってきたイナゴは破壊の悪魔からのメッセージだと理解していた。
彼女が内閣総理大臣との間に結んだ契約は未だ有効だが、内容が捻じ曲げられている。残機扱いにできる人間の範囲が狭められていたのだ。無期懲役か死刑以上の判決を下された囚人か、寿命が1年以内の人物にしか死の運命を押し付けられなくなっていると直感する。この状況のままに破壊の悪魔どころかチェンソーマンと戦えばあっという間に残機を失ってゲームオーバーだ。
彼女はリオンがここまで計画の障害になるとは思ってもいなかった。彼女がデンジの知り合いであることすら知らなかったほどだ。
それは小動物を支配しての盗聴に引っ掛からなかったためだが、今思えばそれも破壊の悪魔の力を持ってすれば可能ではある。彼女の発する音や気配だけを破壊すればいい。それだけなら眷属であるナラクにも可能だろう。
彼女が想定したよりデンジはマキマに懐かなかったのも無理はない。マキマよりも先に優しく寄り添った女性がいるのだから。それでもそれなりに言う事を聞いてはいたのは、ひとえにマキマの方が胸のデカい美人だからだが。
だがもしもマキマとリオンを天秤に掛ければ、デンジはリオンをとるだろう。マキマはチェンソーマンを愛しているが、デンジに対する興味はない。だがリオンは2人を区別した上でどちらも心から愛しているのだ。一方的なものでなく、何をすれば相手が喜ぶか考えて接しているのだ。
子供は存外相手をよく見ている。比較対象となる真の愛があるならなおさら、偽りの愛を看破する可能性は高い。
ならば、彼女を奪えばデンジは絶望するだろう。
とは言え、彼女は破壊の悪魔のお気に入り。彼女を害すれば破壊の悪魔か、あるいはその眷属が現れる。それら災害の化身達をどうにかするには現状の手札では不可能である。
それでも彼女に諦める気はない。最強の悪魔である死をすら消そうとしているくらいなのだ。それより弱いはずの破壊を相手にして怯むはずもなかった。
*
所属先は特異4課で、デンジと同じ。そうでもなければ彼女は公安に入る理由がないので当然であろう。
「ふふ。それでは、ご厄介になります。今後ともよしなに、早川アキ先輩。」
「おうおうおう、狭い家じゃのお〜!」
早川アキは驚愕するしかなかった。居候が2人も一気に増えたのだから当然だが。
「……その様子だとマキマさんから連絡は届いていないようですね。」
「ねーちゃん!」
「やあデンジ。今日からはおれも一緒だよ。」
『ナラクも! ナラクもいっしょ!』
とにもかくにも、アキは上司へ伺いを立てるべく電話をかけるのだった。
・天気の悪魔
雨風や吹雪といったあらゆる天気を操る。すなわち天災の化身。雷色の竜の姿をしている。モデルはとあるソシャゲのキャラ。
・エウアンゲリオン
エヴァンゲリオンのこと。ギリシャ語で福音を意味する。リオンの名前の由来。
・アポリオン
破壊者アバドンのこと。蝗害が神格化された存在で悪魔あるいは堕天使。奈落の底に住む主であり、サタンを1000年間閉じ込めていたという。5番目の天使のラッパで目覚める。