棺の帰還者(イモータルリターナー)   作:P-PEN

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鬼札二枚

 

 長野県菰引村の山深く、地下数百メートルに位置するミワシ隊の隠れ拠点は、岩盤をくり抜いた要塞のような空間だった。冷たい湿気が漂い、薄暗いLED照明が金属製の通路を照らす。壁面には古い神道の護符が貼られ、呪術的なルーンが刻まれており、空気中には穢れと加護が混じり合った独特の緊張感が漂っていた。

 

 中央の指令室は、巨大な円形ディスプレイが壁を覆い、リアルタイムで全国の界異発生データを表示していた。ディスプレイの傍らには、旧大日本帝国の地図や三種の神器のレプリカが置かれ、ミワシ隊の「卜号作戦」の歴史を象徴していた。指令室の中心に立つ烏有先生は、黒髪を厳しく結い上げ、旧陸軍の大尉服をまとった女性だった。彼女の顔は長い生による疲労で青白く染まっていたが、その目は鋭く輝いていた。

 

 傍らには副官の金蓮花苺が立ち、小さな体で穏やかな笑みを浮かべながら書類を整理していた。部屋の反対側では、日向直毘人が天狗の面を被り、腕を組んで壁に寄りかかっていた。彼の燃え滾る剣は腰に下げられ、烏有への絶対的な忠誠が全身から滲み出ていた。

 

 「第十八隊長、今回の任務の説明を行う」

 

 烏有の声は疲労を帯びていたが、その美しい音律には力があった。ディスプレイに舞鶴漁港の惨状が映し出され、空の棺の画像が拡大される。ミワシ隊第十八番隊長、偵察部隊の長である九鬼儚は無表情でそれを眺めていた。

 

 漆黒の長髪は夜を思わせ、肩から背へと流れ落ちるたびに淡く光を反射する。その髪の間からのぞく黒い獣耳は、内側に白毛を宿し、人ならざる気配を静かに主張していた。瞳は紅紫にきらめき、宝石のような美しさと底知れぬ狂気を同時に湛えている。

 

 装いは和洋の境界を踏み越えた異装。艶やかな赤の袴に、黒衣の羽織を無造作に纏い、その布地には呪符のような意匠が散りばめられていた。黒いタイツにも簡易装甲が張られており、柔らかな少女らしい形に刻まれている。腰には異形大剣――鴉神剣とかつて呼ばれた剣――を下げていた。彼女の目は冷たく、感情を一切表に出さない――百年以上轡を並べる戦友に対しても。

 

 「京都府舞鶴市、漁港での大量殺戮事件。界異の関与が濃厚で、旧陸軍の呪詛師、芹沢大介の封印が解かれた可能性が高い。彼の『永世結界』は、醜の御楯に致命的な欠陥を生む。第十八番偵察部隊として調査し、発見次第芹沢を滅殺せよ」

 

 儚は淡々と答えた。

 

 「……了解」

 

 

 日向が割り込み、丁寧だが含みある声で言う。

 

 「先生閣下、第十八隊は第二次世界大戦中の作戦により壊滅しており、現在も彼女只一人。戦力的に不安があると愚考します。私を同行させてください」

 

 花苺も小さく頷き、烏有に言う。

 

 「せんせ、第十八隊長だけじゃ心配です。日向さんを付けてあげてください」

 

 日向直毘人。第四番隊長。常に礼節を崩さず、しかしその眼差しには鋭利な刃を宿した男。烏有に対し狂信的な彼は儚にとって厄介な存在だと言える。

 

 烏有は一瞬だけ眉を動かしたが、拒絶はしなかった。

 

 「……そう。では第四番隊長も作戦に加わりたまえ。指揮系統は第十八番隊長に統一する」

 

 直毘人は深々と頭を下げ、儚へと視線を送った。

 

 「第十八隊長。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 「……余計な干渉はしないで」

 

 儚は短く返すが、抗議も抗命もしなかった。

 

 「承知しております。ただ、私は先生を敬愛する者として、任務の成功を第一に考えておりますので」

 

 その言葉には、柔らかな調子の裏に棘が潜んでいた。元々ミワシ隊のお目付け役として派遣されていた儚――いうならば潜在的な敵――が烏有に対して特別な信頼を得ている。その事実は、他の隊員たちと確執を生んでいることを儚自身も理解していた。だが、取り繕う気はなかった。

 

 冷ややかな沈黙が執務室を包む。烏有は二人を交互に見やり、ため息を落とした。

 

 「……仲良しこよしでやれとはいわない。しかし、反目し合うのは止めろ」

 

 常識的な話でしかないが、儚は視線を伏せたまま返答もしなかった。彼女の冷淡さは、孤立の深さから生まれている。それはこの場の誰もが理解しているが、それを解決する術は誰も持ってはいなかった。

 

 

 

執務室を後にしても、直毘人は儚の背後を一歩も引かずについてきた。石畳を踏む靴音が、湿った地下通路にやまびこのように響く。

 

 「第十八隊長」

 

 儚は足を止めない。

 

 「……何?」

 

 「失礼ながら、貴女のやり方は、他の隊員とは大きく異なります。任務を遂行することには異論ありません。しかし――必要以上に民草を優先する姿勢、我らの理念とは噛み合わぬのでは?」

 

 儚は無言のまま、薄暗い電灯を仰いだ。やがて短く吐き捨てる。

 

 「……理念を守るために人を切り捨てるのなら、それはただの獣。私はそうはなりたくない」

 

 言外に“貴方のように”とストレートな言の葉を差し込まれた直毘人は口元に微笑を浮かべた。だがその笑みは、冷たい鉄のような硬さを孕んでいる。

 

 「理想論ですね。しかし――先生閣下は、その理想をも評価しておられるのでしょう。ゆえに、貴女を特別視されている」

 

 「大尉の判断に疑念が?」

 

 「とんでもございません。敬愛の念が揺らぐことはありません。ただ……」

 

 直毘人はわずかに声を潜めた。

 

 「その信頼が、我らの結束を乱す火種とならぬことを祈るばかりです」

 

 儚は答えなかった。不死の部隊に加えられた“不死殺し”の熊野の鴉――意図は余りにもあからさまだったからだ。

 

 

 暫時。完全武装を終えた儚が出撃準備に入る。黒色のオーバーサイズのロングコート、裾は長く、マントのように流れている。袖口や裏地には縁には青や紫の光沢のあるルーンラインが入っており、特殊な個人防御結界が常駐発動している。肩や背中には、複雑なストラップやベルトの意匠が見られ、指定呪詛犯罪組織であるにもかかわらず、タクティカル祓魔師達が使用する支給装備(サプライド)が随所に装備され、いつでも一手順で取り出したり、起動できるようになっている。 白を基調とした襟元の開いたトップスの上に、赤いリーツスカートを着用。巫女装束を踏襲した加護出力を上げるデザイン、赤と白のコントラストが、ダークなアウターの中で際立っている。胸元には、青や赤の光を放つような円形のデバイスまたは装飾品が複数確認できる。 黒いシースルーのタイツまたはストッキングを着用しており、足首には簡易抗呪ストラップが巻かれている。

 

 既に完全装備となった儚は静かに異形の“鴉神剣”を手に取っていた。 複雑な機関部を持ち、巨大な大剣のカテゴリに属する。刀身の大部分は深い黒で、刃先や内側からは鮮やかなシアン光を放っており、実剣というよりエネルギーブレードのような質感だ。これは単なる刃物ではなく、何らかの強力なエネルギーを制御・放出するための兵器であることを示唆されている。

 

 彼女が“熊野の鴉”と呼ばれる祓魔師であるの証であった――その身が穢れに侵され変質を開始していても。

 

 

 

 直毘人は既に準備を終えていた。漆黒の軍衣に朱色の呪符を織り込み、手には長剣を佩く。その姿は武人そのもので、仮面越しに感じる眼差しには揺るぎのない精神が刻まれていた。

 

 「第十八隊長。出立の刻限です」

 

 「……問題ない、出るわ」

 

 互いに視線を交わすが、そこに友好の色はない。ただ、敵意だけが剥き出しになることもなかった――必要だからだ。命令を受領した以上、芹沢大介という亡霊を追うために、彼らは同じ道を進まねばならない。ただ、今回は“いつもの”出撃にはならなかった。出発口に烏有が立っていたからだ。

 

 「儚、直毘人。任務の概要は把握しているな。くれぐれも油断するな。芹沢は単なる亡霊ではない。国体をも覆す危険を孕んでいる」

 

 儚はただ頷き、立ち止まらずに歩き去っていく。直毘人は恭しく一礼するとその背を追った。烏有はその背を見送りながら呟やく。

 

 「……鬼札は二枚。はたして吉と出るか、凶と出るか」

 

 儚は最後まで振り返ることなく、闇の通路へと足を踏み出した。背に感じるのは、烏有の視線。そして、その横で静かに燃える直毘人の闘志だった。儚は静かに異形の鴉神刀の柄に触れた。冷ややかな覚悟だけが、胸中で燻り続けていた。

 

 

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