環境庁神祇部・境界対策課。霞が関の一角にそびえる庁舎の地下深く、特別な結界で守られた作戦室に、特葬班の四人が集められていた。大阪環状線事変、国際展示場襲撃事件、横浜駅覚醒事件、出向先で痣守家での死闘と、連続した激戦で蓄積した穢れにより、鼎は絶対安静。戦闘行為どころか訓練も禁止されており、同時に結界班に応援に行ったタイミングでの招集だったので、来れなかった三田を除いた面々が揃っている。
そこに並ぶのは、精鋭中の精鋭。
白髪に金色の瞳を持ち、制服シャツに赤いネクタイ、戦術ベストを纏う青年。穏やかな笑みを浮かべながらも、戦場では獰猛な獣と化す前衛。
灰色のロングコートに赤のネクタイ、胸ポケットにIDタグを差し、煙草を指に挟む情報屋然とした男。飄々とした態度の裏で、観察眼と指揮力に優れる――命令系統が違う彼は事実上特葬班のお目付け役を兼ねている。
花飾りを戴き、白と黒の装束に八本の腕を揺らす、神聖と妖艶を兼ね備えた元界異。人形を元にした縁起であるが故の協調性の高さや超知覚で班全体をサポートする支援役。
元民間祓魔師。シスター服型の
スクリーンに映し出されるのは、舞鶴漁港で発見された古びた木棺の写真。痩身の久部上級神祇官が前に立ち、冷ややかな声でブリーフィングを開始する。
「先日の漁港事件において、複数の死者と共に、封印の施された棺が発見された――中身は空だ。封印されていたのは、第一次世界大戦時の旧陸軍の呪詛師、芹沢大介」
室内に微かな緊張が走った。久部上級神祇官は、整然とした制服に身を包みながら、卓上に置かれた青磁の香炉を指先で軽く叩いた。無意識の癖のような仕草だ。その中でも常と変わらぬ柔らかい空気のまま、咎討が口を開いた。
「……つまり、封印が破られた、ということですね。事実であれば、ただちに対応せねばなりません」
その声は落ち着いており、淡々としながらも一分の揺らぎもない。
「いやぁ……また厄介なのが出てきたな。世界大戦の亡霊だと? まったく、俺らも休むヒマがねえもんだ」
赤いネクタイがわずかに揺れるたび、男の輪郭は闇の中で異質な存在感を帯びた。灰色のロングコートに黒いシャツを合わせたその姿は、ビジネスマンと呼ぶにはあまりに鋭利で、祓魔師と断じるにはどこか退廃的だった。
黒髪は無造作に撫でつけられ、額から後ろへと流されている。形を整えるというよりは、乱れをそのまま受け入れたようなオールバック。切れ長の目が一度こちらを流し見るだけで、体温を削ぎ落とすような冷たさが背筋を這った。だがその目には、疲労にも似た諦観の色が滲んでいる。
片手をポケットに突っ込み、もう片手で煙草を口に運ぶ。白い煙が夜気に溶けるたび、彼の立つ場所だけが異様に静まるように思えた。まるで煙が境界線となり、彼の周囲を他人の立ち入りを拒む領域へと変えているかのようだった。
胸ポケットから覗く黄色いタグは、ただの身分証にしては存在感が強すぎる。腰に走るハーネスとホルダーも、その立場が単なる観察者ではなく、何らかの任務を負った者であることを示していた。
背の高い、細身の体格。線の細さを装ってはいるが、服の下には鍛えられた筋肉が覗いているのを見抜ける者は少なくないだろう。彼が“頼れる”ことは容易に理解できる。だが同時に、“信用してはいけない”という警鐘を本能に植えつける雰囲気を纏っていた。灰色のコートの裾が揺れ、赤いネクタイが僅かに閃く。彼の姿は、戦場においてはただの隊員でも指揮官でもなく――「観察者」。全てを見透かし、必要とあれば切り捨てる冷酷さを隠そうともしない。そう思わせるだけの、退廃的な色気がそこにはあった。特葬班に転属したばかりの呪詛犯罪対策班出身――元刑事の鐵斗稀弥。彼は特葬班の“お目付け役”だ。彼は背凭れに体を預け、笑みとも溜め息ともつかぬ表情を浮かべる。
「で、その芹沢とかいう御仁……ただの化け物退治で済めば楽なんだがな。どうせそうはならないんだろう?」
童売が、紙符を撫でながら口元に微笑を浮かべる。
「せやなぁ。うちら祓魔師に回ってくる仕事なんて、だいたい碌でもあらへんわ。せやけど――」
彼女は視線を棺の写真に移し、瞳を細めた。
「死人が目ぇ覚ましたいうんやったら、寝かしつけるのも、うちらの役目どす」
久部は深く頷いた。
「その通りだ、童売……だが相手は並の界異ではない。芹沢大介は生前多くの界異を操作する術式に長けた軍人だったが、捕らえた時の資料などから『永世結界』という禁忌を完成させている事が解っている。都市規模を幽世に沈めることすら可能とされる術式だ」
咎討が眉をひそめる。
「――それが事実であれば、被害は計り知れません。結界が発動する前に、彼を発見し、祓滅しなければ」
斗稀弥が、口の端を歪める。
「祓滅、ねぇ……引き受ける前提か、咎討隊長。俺はてっきり、生き残って退職金が増える任務かどうかで判断するもんだと思ってたよ」
軽口を叩きながらも、その眼差しには鋭さが光る。童売は笑いを含んだ声で続ける。
「ふふ、鐵はんはほんま口ばっかりやわ。けどな、笑てられるうちが華やで。幽世に呑まれたら、笑い声すら出ぇへんよぉ」
その会話を、智麗は無言で聞いていた。彼女は資料を指でなぞり、眼鏡の奥の瞳を細める。
「芹沢が復活したのが偶然か……それとも、誰かが意図的に封印を解いたのか」
久部は静かに手を組んだ。
「いずれにせよ、諸君の任務は明白だ。芹沢の所在を突き止め、祓滅せよ」
咎討が立ち上がり、深く一礼した。
「承知いたしました。我ら特葬班、全力を尽くしましょう」
斗稀弥は椅子を軋ませながら立ち上がり、肩をぐるりと回した。
「はいはい。じゃあ幽霊退治に行きますかね。腰痛が悪化せんうちに片付けたいもんだ」
童売は微笑み、袖を揺らしながら立ち上がった。
「ほな、舞鶴の亡霊さんに、ご挨拶やなぁ」
智麗は小さく息を吐き、後に続く。
彼らは皆、知っていた。
――これがただの「任務」ではないことを。
歴史に埋もれた亡霊との対峙が、今まさに始まろうとしている。
格納庫は冷たい空気と機械油の匂いに満ちている。列を成すラックには、境対や他部隊の標準火器ではなく、各人の個性が刻み込まれた“異物”が並んでいた。今回、特葬班に携行されるのは、いずれも対界異武器でありながら、個人に特化した特殊装備だ――この任務に、カラビナ等の汎用射出器は配されていない。
咎討は大盾を抱えていた。普通の楯とは異質なものである。半透明のポリカーボネート板を基層とし、その表裏に古札や護符を厳格に積層した多重層対界異タワーシールドである。人為的な防呪符が幾重にも埋め込まれ、物理衝撃と瘴気の直撃を同時に受け止められる構造だ。彼が盾を押し上げると、表面の護符が低い光を帯び、単なる防御を越えた“隔絶”の感触が伝わる。
鐵斗稀弥が軽やかに手に取ったのは、刑事課時代の執念が形になったかのような 回転弾倉式の大口径小型遠隔祭具。リボルバーのような回転弾倉に、直径の大きい祓串が六本格納される。通常の小型祭具より一回り太い祓串を放ち、貫通力と呪力波の拡散範囲を拡大する設計だ。稀弥は銃身を手に取り、指で弾倉を回しながら口笛を吹く。
「特葬班として初仕事が、いきなり大仕事になりそうだね全く」
童売は霊具を抱え、淡い微笑を浮かべる。彼女の武装は奇異だが恐ろしく実戦的だ。布製や藁の人形と、五寸釘を束ねた霊具弾帯。釘はただの鉄ではない。祓の呪文で調伏し、投擲・打ち込み・誘穢といった複合効果を生む。童売は弾帯を腰に回し、指先で釘をはじいてその刃先を確かめている。
聖上智麗は冷静に自分のクロスボウを点検していた。銀製の矢筒に細工された符が嵌められ、発射される矢は単なる金属矢ではない。銀の矢を放つ改良クロスボウは、金属の先端に浄化符を封入し、命中と同時に呪力を断ち切る効果を持つ。智麗は弦の張り具合を指で確かめ、矢の先端に指を触れて符の位相を調整する。
各自の装備は一見チグハグに見えるが、戦術的には相互的な選択でもある。咎討のタワーシールドは前衛で界域の押し返しを担い、稀弥の大口径遠隔祭具は突破口を開く。童売の釘は拘束と封印の二重刃として機能し、智麗の銀矢は呪詛を断ち切る精密攻撃を供給する。特葬班は激戦続きで火力だけでなく、祓・封・断の多層的戦術を構築していた。今回は切り札ともなる破壊力を有する鼎は居ないが、バランスも良く総火力は一般的な境対班を優越している。
咎討は大型黒不浄を肩に担ぐと、仲間を見回した。白髪の下で金色の瞳が柔らかく光る。
「準備は終わったみたいだね。皆、出撃だ」
斗稀弥は煙草の先を火にくべる仕草を真似ただけで、実際には吸わない。彼は通信機器と記録端末を最後に確認した。
「何時でもいいぜ、隊長」
童売は扇をたたんで人形を脇に抱え、智麗は銀の矢筒を背に合わせる。出撃の直前、彼らは互いに軽く視線を交わし、言葉少なに格納庫の出口を潜り芹沢の追跡を開始した。