棺の帰還者(イモータルリターナー)   作:P-PEN

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呉越同舟

 

 芹沢の足取りを追って、特葬班は西舞鶴の念仏峠に入る。月明かりが竹林の葉を透かし、白い縞のような光が石畳の残骸に落ちている。そこが念仏峠――かつて罪人を護送し、処刑場へと送る最期の道であった場所。昼間でさえ人通りはほとんどなく、夜となればなおさら。声なき声が竹の間を渡り、風に乗って木霊する。竹林の奥からは、遠い過去の足音が聞こえてくる気がした。鎖に繋がれた足を引きずる音。呻くような嗚咽。そして念仏を唱える声――明らかに境界異常が起きている。

 

 山裾の林道は既に夜気が瘴気で染まっていた。木々の葉は黒ずみ、風に吹かれるたび低く呻くような音を立てる。特葬班は前衛盾を掲げた咎討を先頭に、縦隊で峠の奥へと進軍していた。

 

 咎討の足取りは重い。だが、その大盾――ポリカーボネートと呪符を重ねた多重層タワーシールドが、濃密な瘴気を押し返す。光を帯びた護符の層が即席のドームを形成しているかのようだった。彼は短く息を吐く。

 

 「瘴気の濃度、想定より高いね……後衛は密着陣形、視界制限が来るよ」

 

 斗稀弥は盾の影に隠れながら、腰のリボルバー型祭具を構えた。直径の大きな祓串が装填された弾倉を指で回し、呟く。

 

 「……どうやら予想通りってところか」

 

 復活した芹沢が、先ず手駒を揃えようとするのは簡単に予測できた。となると、復活地点から最も近くにあり、強力な未解決境界異常――念仏峠には、現在厄介なⅣ号級が出現している――に引き寄せられるのは確実だ。彼はスマートフォンも持たず、情報は界異と成った五感に頼ることになる。

 

 童売は人形を抱え、弾帯から五寸釘を一本抜き取って口元に笑みを浮かべた。

 

 「ふふ……空気が重うて、胸んとこがぎゅっとなるわぁ」

 

 柔らかい言葉とは裏腹に、その視線は敵影を探す刃のように鋭い。聖上智麗は背の銀矢クロスボウを抜き、矢羽根に符を撫でる。

 

 「……音が少ない。界異が“待っている”時の静けさに似てる」

 

 彼女は民間祓魔師出身らしく、直感的に気配を嗅ぎ取る勘が鋭い。隊列は十字路に差しかかった。瘴気の流れが不自然に乱れている。咎討が盾を止め、低声で命じる。

 

 「停止――誰かが先に入っている」

 

 その言葉と同時に、峠の闇から二つの影が歩み出た。

 

通路の瘴気が、音を飲み込むように静まった瞬間──暗闇の向こうから、二つの影がゆっくりと輪郭を現した。一早く正体を看破した斗稀弥が低く呟く。

 

 「……呪詛犯罪者、か」

 

 一方は長身の武人。古い軍装の裾が闇に溶ける。天狗面の奥で目が冷たく光り、そこに宿るのは信念の形を拝した冷徹さだった。腰には長剣が掛かっているが、それが普通の刀剣ではないことは一瞥で伝わった。刃の内側から、まるで眠る火が燻るように赤い光が揺らめき、刀身の表面を這う古い文様が内側の光を受けて生き物のように脈打っている。直毘人――第四番隊長の携えるそれは禁忌の攻性中型祭具“十拳剣”。

 

 もう一人は、少女の姿をした異形。漆黒の長髪が夜を思わせ、肩から背に流れるたび、光を反射して揺らめく。内側に白毛を宿した獣耳がのぞき、紅紫の瞳は宝石のように輝きながらも、深い狂気を湛えている。艶やかな赤の袴に黒羽織――だがその布地には呪符と護符が散りばめられ、腰に吊るされた異形の大剣は、ただそこにあるだけで空気を凍り付かせるような存在感を放っていた。

 

 通路の空気が音の密度を変えた。足元の枯れ葉が微かな風で踊る。十拳剣の燻りは、いくつかの影を赤く染め、儚の剣鞘は月光を吸って薄青く光る――それだけで、ここにいる誰もが「異物」を知覚した。その姿に、特葬班の全員が無言で身を固くした。タクティカルな祓魔師である自分たちとは、あまりに異質。装備も動きも、すべてが常識の外にあった。

 

 特葬班の面々は即座に隊形を整える。咎討の大盾がぐっと前に張られ、防御の楔を打ち込む。白髪の額に光る汗が、彼の落ち着きの裏にある緊張を語る。斗稀弥はコートの裾を翻し、携えた大口径の小型遠隔祭具の砲口を微かに向ける。童売は人形を胸に抱え、八本の腕を持つ異形の形態をほのめかすように身じろぎした。聖上智麗は矢尻を弦に感じさせる。それら――明らかな臨戦態勢に対し儚は剣を抜かなかった。鴉神剣はいつでも抜ける位置にあるが、柄にそっと添えただけで、その重さを確かめるように指先を滑らせている。

 

「……待って。ここで無益に斬り結ぶ必要はないわ」

 

 咎討は盾を少し傾け、白髪の眉を寄せる。

 

 「ふむ……どういう事だろうか?」

 

 「――芹沢大介。あなた達の標的は、彼でしょう」

 

 その名を口にしただけで、峠の空気が一度だけ震えた。智麗の手が弦にかかったまま止まり、呼吸がしゃくりあげるように詰まる。稀弥は眉間に皺を寄せ、童売は人形の目を儚へ向けたまま微かに首を傾げる。

 

 「……どうして、その名を」

 

 智麗の問いは、驚きと恐怖を含んでいた。儚の紅紫の瞳が淡く光る。冷徹な確信をたたえた目は、まるで夜そのものを透かすかのようだった。

 

 「第十八番隊は偵察部隊。境対の動向は常に把握している」

 

 その言葉には虚飾がない。報告書でも記録でもない、生きた情報の匂いが滲む。儚が掌握しているものは、単なる断片ではなく“流れ”そのものだった。

 

 「芹沢の『永世結界』は、わたしたちにとっても脅威。だから――呉越同舟を提案する」

 

 提案は冷たく明朗だった。口調は無味だが、その裏には精密な計算と冷徹な戦術が隠れている。当然の論に過ぎ無いが、儚は自分の真の狙いを外に出さない。特葬班を前面に立たせ、己らの気配を誤魔化すという術理は告げず、ただ効率と成功確率の高さだけを提示する。

 

 沈黙が続き、風が木の枝を鳴らす。咎討の口元にわずかな緊張が走る。盾を握る拳に力が入り、しかし彼は冷静に状況を分析する男だ。仲間の安全と市民の被害軽減を天秤にかけ、答えを出す。

 

 「効率化は歓迎したいところだね。しかし、特葬班のやり方は市民の保護と被害の最小化を第一としてるつもりなんだ。それを遵守する覚悟は君達にあるかい?」

 

 儚は瞬き一つせず、淡々と応じる。

 

 「私達の指揮権を特葬班に譲渡する」

 

 その宣告は短く、余情はなかった。だが言葉の後ろに潜む意味は重かった。咎討の肩がわずかに動き、盾を握る手に力が込められる。智麗の目が一瞬大きく見開かれ、稀弥は口を横に引いた。童売は小さく息を吐いたように見えた。既に説明を受けている天狗面の男は、仮面の奥で秘かに微笑を深くした――情報を一方的に握るという立場になると、なるほどこれは愉快かも知れない。

 

 

 (芹沢が逃げるか否かは、観測の錯綜にかかっている。もし特葬班を表に出し、我らが足跡を消すことができれば、奴の指示は狂う。そうなれば任務の達成率は確実に上がる——主導権の譲渡は、まさしく合理である)

 

 その折り合いが胸中でつき、直毘人は深く息をついた。答えは理詰めだが飾り気がない。余計な言葉で飾り立てないからこそ真実味は増す。しかし、友軍に対し自らも一応は援護射撃はするべきか。

 

 「第十八隊長の言は事実です。芹沢は我が先生閣下に背いた裏切り者。その技術は我らの目的だけならず、国体そものすら害する。よって――芹沢の滅殺という一点においてのみ、我らと君達の利害は一致しますし、私も第十八隊長の提案は了承済みです。しかし誤解なきよう。我らの目的は滅殺のみ。捕縛も研究も、断じて許さない」

 

 十拳剣の内部で燻る赤い光が低く脈打ち、直毘人の決意を視覚化する。咎討は盾をわずかに前に差し、仲間たちの顔を順に見渡した。智麗の目には警戒とわずかな好奇が同居している。斗稀弥は肩をすくめるようにして、だが真剣な声で言った。

 

 「テロ屋と手を組むのか隊長」

 

 童売は両手どころか八本の腕を揺らし、くすりと笑う。

 

 「せやけど、ええやん? どうせ敵やとしても、この状況で正面から斬り合うんは不毛どす。それやったら――芹沢という“共通の敵”にぶつけるほうが、利口やと思うわ。丁度うちらもカナちゃんが来れんかったから、札の数に不安はありましたえ」

 

 どちらの言にも理はあるが、難しい選択である。しかし、咎討は隊員たちに頷き、気負いなく答える。

 

 「分かった。なら、今から俺たちの指揮下に入ってもらうよ。目標は芹沢の祓滅。同時に芹沢がかき集めてくるであろう界異も順次撃破しつつ進む。いいね?」 

 

 咎討の声が夜気にと落ちる。儚はそれに短く頷いた。表情は変わらない。ただ、内側で計算されていた歯車の一つが確かに回った。夜は深く、峠はなお静かだった。だがそこに生まれた同盟は凍てついた歯車のように静かに、確実に回り始めていた。

 

 

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