棺の帰還者(イモータルリターナー)   作:P-PEN

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騎行

 

 瘴気は濃度を増し、空気そのものが粘性を帯びたように重く感じられた。木々の葉は漆黒に染まり、幹の間からは青白い燐光がちらつく。特葬班とミワシ隊――本来交わるはずのない二つの戦力が、同じ縦列に近い距離で峠の奥へと進んでいく。咎討は大盾を掲げ、手信号で隊列を制御した。

 

 「三列縦隊維持。前衛、接敵角度三時方向に注意。後衛はクロスレンジまで後退余裕を確保」

 

 その声は低いが、全員が即応するのを当然とする鋼の響きがあった。鐵斗稀弥は盾の影から一歩後ろを取り、リボルバー祭具の回転弾倉を軽く回す。

 

 「瘴気の波、周期七秒……そろそろ来るぜ」

 

 元刑事畑らしい現場勘。数値化と観察が、癖のように口をついて出ていた。峠の奥、竹林が途切れた先に開ける岩場。そこは、月明かりさえ濃霧に遮られる閉ざされた空間だった。空気は湿り、塩の匂いと血の臭気が混じり合っている。霧がざわめき、やがてその中から巨大な影が立ち上がった。全幅五メートル、甲羅に無数の戦没者の兜や刀を突き刺した異形の巨蟹――Ⅲ号級界異“霧蟹将軍”。

 

 赤黒い瘴気をまとった軍旗が、その背に翻っている。振るわれるたび、亡者の兵がぼやけた輪郭を得て足元の霧からにじみ出す。剣と槍を携えた彼らは軍列を組み、まるで戦場の残響そのもののようだった。

 

 「……本当に来るんじゃねぇよ」

 

 斗稀弥が苦く吐き捨て、リボルバー型祭具を回転させる。咎討がタワーシールドを前に突き立て、低く言い放った。

 

 「全員、密集防御陣形。俺が正面を押さえる。斗稀弥さんと智麗君は遠距離支援、童売ちゃんは側面攪乱だ。ミワシ隊の二人は予備戦力、日向君は将軍が招来する戦力の相手を主眼において適時戦闘に参加してほしい。九鬼……儚君は攻撃を特葬班の攻撃後に適時合わせてくれ」

 

 霧を踏み分け、一歩前に出た儚が紅紫の瞳で将軍を射抜く。腰の鴉神剣へ指をかけた瞬間、瘴気がびりびりと震えた。

 

「……了解」

 

 その横で直毘人が十拳剣を抜き放つ。刀身の内部で炎が燻り、橙の光が揺らめいた。

 

「この軍旗ごと焼き払えば、亡者は崩れるのはそうですが……私の祭具を一目で特性を見抜きますか」

 

霧蟹将軍の眼窩が青白く光った。軍旗が大きく振り下ろされ、亡霊兵が一斉に進軍を開始する。

 

「来るよっ!」

 

 咎討の声と同時に、盾の護符が輝き、霧の波を押し返すように広がった。槍を掲げた亡者の群れが突撃するが、タワーシールドの重層結界に弾かれる。金属が軋む音と共に結界が明滅。咎討の両腕に血管が浮かび、押し返す力が盾へ伝わる。

 

 「……撃て!」

 

 咎討の号令と共に、後衛が一斉に応射した。

 

 斗稀弥の大口径祭具が轟音を立て、巨大な祓串が装甲を貫通するように亡者を壁へ釘付けにする。智麗の銀矢が矢羽根を光らせ、霧を裂くように飛ぶ。標的の胸元に突き刺さった瞬間、護符が炸裂して光が爆ぜ、数体の兵が塵となって消えた。

 

「一丁上がり……だが数が多いな」

 

 一方で、童売の人形が地面を這い、五寸釘を唸りを上げて射出する。虚ろな人形の眼が光を帯び、呪いの雨が霧を穿った。

 

 「ふふ……ほら、兵隊さん、踊りやぁ」

 

 それでも――亡者は途切れぬ。軍旗の加護を受け、次から次へと霧の中からにじみ出てくる。その時、儚が一歩、前に出た。

 

 儚が鴉神剣を八双に構え、紅紫の瞳が淡く輝く。背後に、重厚な門が音もなく顕現した。冥府を象徴する装飾を刻んだ門――“常世の門”

 

「――常世千刃斬」

 

 鴉神剣が振り抜かれると同時に、無数の光刃が雨のように放たれた。光は鞭のようにしなり、亡者たちの列を一斉に切り裂く。命中した瞬間、光刃はさらに細かい斬撃へと分裂し、群れ全体をミキサーのように粉砕する。断末魔を上げる亡者の霧が門に吸い込まれ、完全に消滅した。

 

「……!」

 

 智麗が目を見張る中、霧蟹将軍は軍旗を再び振り下ろし屍兵たちを再召喚、先に展開していた数より劣るものの、新たな兵が霧の底から這い出してきた。

 

 その時――

 

 「なら、焼き尽くすまでだ」

 

 直毘人の十拳剣が火を噴いた。直毘人の刀身から橙の火が迸り、陣の前に陣形を描く。火の紋様は光の回路のように地を走り、亡者の進軍を切り裂いた。燃え上がる霊火は肉体を焼くだけでなく、兵と蟹将軍を繋ぐ「視線」の糸を焼き切った。軍旗との結びつきが切れ、招来された兵全てがその場で灰と化す。

 

 「視線を絶った事を“起点”として焼き払ったのか……?」

 

 咎討の声に儚がわずかに目を細めた。

 

 「成程……効率がいいわ」

 

 だが、霧蟹将軍の本体は健在だった。甲羅を広げ、赤黒い霧を一気に散布する。視界が奪われ、耳鳴りが響き、全員の動きが一瞬遅れる。

 

 「――耐斬撃用意!」

 

 咎討が叫んだ直後、鋭い蟹脚が空気を切り裂いた。赤黒い霧が濃度を増し、霧蟹将軍が六本の脚を振り下ろした。刃に変形した脚は大太刀さながらの長さと鋭さを持ち、空気を裂き、岩盤を抉る。

 

 轟音。前列の盾に叩きつけられた一撃で、咎討のタワーシールドがきしむ。重層結界が火花を散らし、圧力に地面が沈んだ。

 

 「ッ……来るぞ、右から二撃目!」

 

 咎討が低く叫び、盾を右に傾ける。直後、斜めから二本目の脚が切り込んできた。盾の保護範囲外を狙った精密な一撃だったが、咎討は超反応で大型黒不浄でそれを弾く。既に反応していた斗稀弥が即座に反撃の一手を撃ち込んだ。

 

 「暴れるんじゃねぇよ!」

 

 大口径祭具が爆ぜ、祓串が関節に突き刺さった。脚がわずかに軌道を逸れ、盾列の隙をかすめるに留まる。しかし――残りの脚が休むことなく薙ぎ払った。地面を穿ち、アスファルト舗装をめくりあげ、その下の埋め戻し材が辺りに散乱する。

 

 「斗稀弥さん、二射目!智麗君、左前脚の腱を狙うんだ!」

 

 咎討の指揮が飛ぶ。稀弥はリボルバーを回し、給弾を完了させていた。再射撃に移り大祓串を撃ち込んで、霧蟹の脚を地に縫いつける。

 

 「よしッ……!」

 

 智麗の銀矢が閃光を放ち、狙い澄ました一矢が霧蟹の関節を貫いた。護符が爆裂し、脚の動きが鈍る。

 

 「拘束できる――今のうちに!」

 

 童売は笑みを浮かべ、両腕で抱えた人形を前へ差し出す。八本の影腕が広がり、五寸釘を一斉に射出した。

 

 「釘で縫うたるわぁ!」

 

 鉄の雨が巨体を覆い、蟹の脚と霧の兵を同時に釘付けにする。

 

 「防御は維持する! 反撃に移れ!」

 

 咎討がシールドを押し込み、巨蟹との距離を一歩縮める。その瞬間、防御陣形が前進し、押し返す圧力が戦場の流れを変えた。背後から直毘人の声が響く。

 

 「火を重ねる!日炎、解き放て!」

 

 十拳剣が橙に脈打ち、焔が陣形の隙間から伸び上がった。霊火は蟹脚を焼き、結界の霧を裂き、軍旗を揺らす。全員の動きが噛み合った。まるで一枚の歯車が回転を始めたかのように――。

 

 「……好機」

 

 紫の瞳を細め、儚が一歩前に出る。咎討はすぐに判断した。

 

 「後衛、射撃停止!前衛は道を開けろ!――儚君、行け!」

 

 次の瞬間、彼女の姿が掻き消え、残像だけが紅を描いて走った。別たれた揺らめく残影は四方から敵を囲み、視界に残るのは幾重もの“九鬼 儚”だった――ただの残像ではない。鴉神剣から汲み出される穢れの残滓を纏った実体のある幻だ。中位等級以上の界異が必ず持っている超知覚すら欺く。

 

 「熊野鴉神流――鬼殺朱雀舞」

 

 散った影が同時に踏み込み、霧蟹の甲羅を突き刺し脚刃を蹴り払い、巨体を揺らす。鋼鉄じみた大殻が鳴動し、体幹を崩される。その刹那、本体の儚がすでに巨蟹の背後を取っていた。鴉神剣を構え、常世の門が背後に開く。冥府の門扉から零れ落ちる光が刃に集束し、次の瞬間眩い閃光が奔った。

 

 「滅びよ!」

 

 常世の光条が、朱雀の羽ばたきのごとく空を裂く。蹴撃で押し飛ばされた巨体に、逃れられぬ追撃が叩き込まれた。蒼を帯びた光線は甲羅を焼き、護られた核に突き刺さる。巨体が仰向けに倒れ、脚が断末魔のように痙攣する。青白い眼窩の光が消え、瘴気が四散した。岩場を覆っていた濃霧が嘘のように晴れ、夜の月明かりが地表を照らし出す。

 

 儚は月の残光を背に、ただ一人静かに立っていた。鴉神剣を下ろし、背後の常世の門が静かに閉じていく。

 

 「……祓滅を確認。敵増援確認できず」

 

 冷ややかな声でそう告げると、儚は一歩だけ皆から離れ、戦闘の高揚を沈める為に夜気を吸い込んだ。

 

 

 

 

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