アタシの切り札は数が多い 作:コピートークンA'本物exl
俺の父親は警察官だった。
それも、対闇カード使いを目的としたヤバい部隊の所属だった。
覚えている親父の姿はいつだって怪我をしていて、遊んでくれなかったことに不満だったのを覚えている。それでもLifeだけは何処でも遊べたし、色々と教えてくれた。
『いいか、オルガ。闇のカードには絶対に関わっちゃいけない』
『それくらいわかってるよ親父。危ない薬と一緒、ダメ、ゼッタイ!だろ?』
『そうだ、よく分かってる。流石は俺の息子だ。だがな、それでも奴らと戦わなければならないことはきっとある』
そう言って珍しく家に帰ってきていた親父が指差したのは、偶々遊びに来ていたネコとセンカの2人。
『あの子たちみたいな共鳴率が高くて、幼く、未だ弱い、精霊の力も未熟な娘は狙われる。攫って、酷いことをして、もう2度と帰ってこない……そんな事件を、たくさん見てきた』
思えばきっと、この時親父は自分がもう帰って来れないことを察していたのかもしれない。今更になってそんなことを思う。
『だからそんな時は、お前が守ってやれ。勿論逃げるのが大前提だが、どうしてもっていう時はお前が戦うんだ』
『あったりまえだろ! 好きな奴の1人や2人、守れなくっちゃ男じゃないからな!』
そう考えなしに返事をした俺の頭を、親父はワシャワシャと力強く撫でてくれた。見たことのないくらい優しい顔で、今にも消えそうな笑顔で。
『それがわかってるなら、いい。
俺は間に合わなかった。姉に守られて、隠されて、目の前でぐちゃぐちゃにされるのを見てる事しかできなかった。
戦う力があれば、今でもそう思わずにはいられない。オルガ……お前はきっと、間に合わせろよ』
『うん!』
元気よく、そう返事をしたその日から数ヶ月。
闇のカード使いとの戦い方、抗い方。共鳴率に左右されないデッキの組み方、使い方。そして何より、精霊が見えることを利用した、そういう連中を察知して逃げる方法。
本来なら小学生に教えるべきじゃないだろうことを、惜しげもなく教えてくれた親父は…………物言わぬボードと、愛用していたデッキとなって帰ってきた。
なんてことない、探せば学校に数人はいる話。それが俺の、大垂氷オルガの
だからこそ、気がつくことが出来た。
「それでねそれでね! 昨日やってたアニメの『それはどうかな?』ってやってたシーンがカッコよくてね!」
「分かります。わたしはでも、その後の谷に落下したのに無傷な主要人物の方が気になりました」
「精霊パワーでも無理そうだもんね、なんだったんだろあれ」
「「ねー」」
「満足だろ」
「満足かぁ」
「満足なら仕方ありませんわね」
ずっと楽しみにしていた、最近ネコが通ってるというMeeKingとかいう血の気の多い
楽しい日曜日になる筈の1日だったのに、なぜか今日に限って朝から嫌な予感がしていた。粘つくような、舌舐めずりをされているような嫌な気配。
その中でも、ネコとセンカの2人と合流してから増えた気色の悪い視線からして──可能性はひとつ。
闇のカード使い、それしかない。
2人の周りにいるスワロウテイルとレズニアが落ち着かない様子な以上なおさらだ。
こういう時、学校で教わる選択肢は2つに1つ。カードショップに逃げ込むか、交番に逃げ込むか。けれど親父から教わったことが、それでは間に合わないと言っている。
『日中、堂々と襲ってくる奴には注意が必要だ。そういう奴は闇のカードを手に入れたばかりで浮かれている雑魚か……真性の怪物だ。
雑魚は堪え性がないし、怪物は躊躇わない。どちらにしろ、覚悟を決めなきゃならない』
2人は気づいてない。
カードショップや交番に逃げ込む前にこういう輩はことを起こす。
なら──
「ネコー、MeeKingってお店まであとどんくらい?」
きっと今が、親父と約束したその時だ。
気配のする場所を思いっきり見てからそう口にした。
「んー、あと10分も歩けば着くかも!」
「そっか」
ぶわり、嫌な気配が広がってくる。
「なら」
「きゃっ」
2人の背中を、突き飛ばすように押して。
「助け呼んで来てくれ。頼んだ」
ネコトとセンカを飲み込むことなく、路地裏から噴き出した闇が俺だけを包み込んだ。
周囲の温度が下がる。
日も高く明るい筈の日常が、夕方になったように薄暗く染まっていく。
闇の領域、そう呼ばれる闇カードの使い手が作り出す空間。ファイト用のバトルボードを持たない者は、闇に飲み込まれてしまう格好の人攫い場。
「……気持ちわりぃ」
いやに静かで不快な空気に思わずそう吐き捨て、親父から継いだボードを展開。手足に纏わりつこうとする闇を振り払った。
ネコもセンカもボードは持っているから戦える。でもそうしなくて本当によかった。ここは、2人が入っていい場所じゃない。
「八重木ネコトと百合ヶ咲センカ、あの2人を狙えば君はそう動くと思っていた。大垂氷オルガ」
闇の中から聞こえた声に、腰のデッキを入れていないケースからカードを抜き放ち、投げつけた。
Lifeのカードは頑丈だ。トランプですら上手くすれば刺さるのだから、害する意図を持って投げれば、簡単に人を傷つけられる。
本来なら、ファイトでしか大人に対抗できない俺が無理にでもファイトへ持ち込む為の非道……だったのだが。
「残念だがこの闇の領域では、全ての物理攻撃は無効になっている」
目論見は成功した筈なのに、なにも安心できる要素がなかった。
「……何なんだよ、お前」
ぬぅ、と闇の中から現れたのは不気味な男。
ロングコートにアクセサリーをじゃらじゃらと付け、針金みたいなシルエットをした、手のひらだけが大きな──正に、怪人。
思わず息を呑んだ。
「そう警戒しなくていい、ちょっとしたジョークというやつだ。それに、こちらにはまだ君を傷つける意思はない」
大仰に手を広げて、何も持っていないことを怪人が示してくる。包帯の巻かれた顔の表情は見えず、被った帽子がいっそう不気味さを際立てている。
「闇のカード使いの言葉を信用するなんて、誰もしない」
それに、
「冗談でもネコトとセンカに手を出そうとした時点で、俺はお前が嫌いだ」
親父のボードを強く握りしめる。間違えても、目の前の怪人に呑まれたりしないように。
「素晴らしい勇気だ。賞賛に値する」
「お前に褒められても嬉しくない」
「そうか、私は君のような人間は好きだ」
「何が!」
「だからこそ、君のような存在が潰れてしまうのは見ていられない」
一拍、奇妙な静寂が満ちた空間で怪人が手招いた。
「お前も闇のカード使いにならないか?」
「ならない!」
「知っているぞ、貴様のことは。
教師に同じ隔離枠なる括りに置かれ、人との触れ合いを封じられた者。よく練り上げられた強いデッキとファイターだ。それでも、あの2人の輝きには及ばない」
その言葉には、咄嗟の反論が浮かばなかった。
「憎いだろう? 妬ましいのだろう? お前を置いて強くなっていく幼馴染のことが。お前のことに見向きもしない女たちが」
ねっとりとまとわりつくような声。振り払った筈の闇が、手足に巻きつこうとしてくる。
「足を引いて、這い蹲らせ、赦しを懇願させて踏み躙る。これさえあればそんなことだって出来る。許される」
手足が冷たく痺れていくなか、怪人が1枚の黒ずんだカードを取り出した。
「我が名は【笛吹き】、報われぬ子供を死の淵より攫う者」
ぬらぬらと、テカテカと、何かが舐めまわしたような卑しい輝き。それを目にした瞬間、頭の中に変な映像が浮かんで来た。
涙を浮かべて俺に押し倒されるネコト。
震えながら俺に土下座しているセンカ。
肌色、肌色、肌色、
「闇のカード使いになろう、大垂氷オルガ。そうすれば、今お前が視た欲望だって叶えられる」
怪人の手から、水の中を滑るようにゆっくりとこちらに迫るカード。思わず手に取ってしまいたくなるそれを──
「ふざけんな!」
デッキから引き抜いた相棒で打ち払う。
「俺が倒すと誓ったのは強いアイツらだ!
認めさせるのは強い俺だ!
何度だって言ってやる、そんな汚ねぇカードなんざお呼びじゃねえんだよ!」
「そうか……」
少し、残念そうに怪人は顔を伏せて。
「使い手にならないのならば殺す。カードに封じて、守りたかった全てを踏み躙ろう」
「──上等ッ!」
身体の震えを誤魔化すように、勢いよくデッキをボードに装填。
対峙する、闇と。
怪人と。
「……不愉快な!」
それでも震える手を支えるように、デッキから飛び出した見覚えのある蛇が巻き付いてくれた。
1人じゃないと言うかのように、何匹もの蝶が周りを飛び始める。
ああ──これなら、怖くない。
「「ファイト!!」」
そうして、闇のゲームが始まった。
憎悪の大地に満ちて
正しき使命を胸に
我ら、魔を断つ剣となる