満月が地表を照らす夜。
薄明るい森の中を小走りに進む3人の男の姿があった。1人が先頭を行き、2人がその両
深夜ということもあり、森の中では危険な魔物が出現する可能性がある。だから魔物に見つからないよう、右斜め後ろを進む男が先頭の男に小声で話しかけた。
「なあガイル、本当にこんな所にあるのか?」
「ああ。間違いねぇぜ」
ガイルと呼ばれた先頭の男は、口の端をニヤリと吊り上げて答え、そのまま話を続ける。
「なにせ3日間も張り込んでいたからな。誰も住んでいないことも把握済みだぜ」
その言葉を聞き、後ろの2人は安堵の表情を浮かべた。わざわざ危険覚悟で森の中を進んでいるのだ。何も見つからなければ骨折り損である。
「もうすぐ着くから遅れず着いてこいよ!」
そう言いながら加速したガイルの背を追うように後ろの2人も速度を合わせる。
そうして5分後。
3人は一軒家が建つ開けた場所に辿り着いた。
「へぇ、本当にこんな変な場所に家が…」
「オレも初めて見つけた時はビックリしたぜ。たまたま迷い込んだらいきなりこんなのが現れるからよ」
ガイルは屈強な両腕を組みながらその時のことを思い出すように語り始めた。まるで武勇伝を語るかの如く。
「そう、アレは1週間前のこと。あの時——」
しかし、2人はガイルのことを無視してその家の様子を確認し始めた。
「ヒビの入り方からして結構古い建物だよな?」
「うん、僕もそう思う。それに家を這うように伸びた植物も結構長いしね」
「違いない」
彼らの前にある石造の大きな一軒家。明らかに人工的に切り開かれた土地の中心に佇むその古びた家は、明らかに誰も住んでいない様相であった。
窓には穴が空いていて、石の壁には無数の亀裂が入っている。崩壊していないのが不思議なくらいのボロボロ具合だ。
それに、壁を覆うように伸びている植物の具合からしても、とても手入れが行き届いているとは思えなかった。
しかし、だからこそ彼らにとっては最高の
実際、彼らは空き家の地下から大量の金貨を見つけたことさえある。
「———っておい!お前らオレの話聞いてなかったのか!?」
「ん、ようやく終わったのか。いい加減自慢話をする時に目を瞑る癖を直したらどうだ?そうすれば俺たちがお前の話を最初から聞いていなかったことなんて分かっただろうに」
「そんなこと言うなよケビン。お前たちが素直にオレの話を聞いてくれればいいだけだろうよ!」
「まあまあ2人ともそのくらいにしよ。早く済ませちゃおうよ」
「…そうだなアロフェ。さっさと済ませよう」
3人の中でも1番小柄な男アロフェに
もともと本気で言い争っていたわけではない。長い付き合いということもあり、お互いに小馬鹿にしていただけだ。
だからこそ茶番は早々に切り上げ、アロフェに言われたように、ガイルは気を引き締めて家の扉の前に進む。
2人もその後ろに続いた。
3人とも数秒前とは打って変わり、その表情に緊張が走る。空き家とはいえ、その中に何が待っているかは分からない。故に、3人は一切油断せず家漁りに臨むのだ。
「じゃあケビン、頼んだ」
「おう」
家の入り口であろう扉に手を掛けたガイルが、すぐ後ろにいる長身の男ケビンに合図する。
応じたケビンは、手に持っていた杖に魔力を込め、その先端に埋め込まれた宝石に青い光を灯した。
ケビンはこの盗賊パーティ唯一の魔法使いであり、このように暗い部屋に入る時は彼が光源を確保して進むのだ。
ケビンの灯りを頼りに、ガイルはゆっくりと扉を開けて家の中に入った。
それと同時に、「おお」と声が漏れる。
家の中の様子に驚いたのだ。
「おい、こりゃあアタリだぞ!」
「「!!」」
興奮混じりのガイルの言葉に、2人も驚きの表情を浮かべる。
アタリ。それはつまり、家の中に物が沢山あるということだ。
先に中に入り、辺りをぐるりと見回して安全を確認したガイルは2人を手招く。そうして家の中に入った3人は、部屋の様子を見て思わず笑ってしまった。
「こ、これはすごい!埃こそ被っているけど、ほとんど生活の跡がそのままだ!」
「だな!はっはー、オレのおかげだからなぁ?お前ら感謝したまえ」
「無事にお宝を盗み終えたら存分に感謝してやるとも」
3人はそれぞれ感動のセリフを口にしながら家の中を漁り始めた。盗賊はスピードが命なのだ。
居間であろう1番大きな部屋の机の上には様々なものが置かれている。やたら豪華な装飾が施された花瓶や、難しそうな分厚い書物など色々だ。
また、壁には魔物の頭蓋骨が飾られていたり、価値の高そうな長弓が引っ掛けられていたりしている。
食器などの雑貨も勿論残されていて、彼らの興奮は冷めるどころか増すばかりであった。
そんな中、それらを根こそぎ袋に入れていたケビンが声を上げた。
「2人とも、こっちに行かないか」
そう言うケビンの視線の先には1つの扉があった。別の部屋への入り口だ。
ガイルとアロフェの2人が首を縦に振ったのを見ると、ケビンは同じく頷いてから扉を開ける。
そのままゆっくりと扉の奥に入ると、ケビンは思わず感嘆の息を漏らした。
「おお…、これは書斎だな!」
「書斎!?そりゃあラッキーだな!レアな本とか眠ってるんじゃないか?」
「早く進んでよガイル!僕だって早く見たいんだから〜」
それは確かに書斎と呼ぶに相応しい風貌の部屋だった。
壁全体が本棚になっていて、それら全てにギッシリと本が詰まっている。そして扉の向かい側、部屋の奥には1つの机が置いてあり、そこにも本の山が出来上がっている。
その机に上に、ケビンはある物も見つけた。
「ん、それは?」
ケビンは足早に机のもとに向かい、そこに開かれた一冊の本が置かれていることを確認する。
興味を惹かれたケビンはその本へと視線を落とし、ページをパラパラめくり始めた。
そして、その正体に気づく。
「これは本ではない。日記か…」
そう呟いたケビンに、ガイルが大きく反応する。
「日記!?日記って言ったかケビン!もしかしたらこの家の秘密とかが書かれてるかも知れねぇじゃねえか!」
そう思ったガイルは、本棚から適当な本を抜き出してレアそうな物を探すのをやめ、一目散にケビンの所に駆け寄った。同じことをしていたアロフェもまたケビンに近寄る。
「確かにそうだな。ひとまず一緒に最初から読んでみよう」
ケビンはそう言いながらページを1番初めに戻し、3人で日記を読み始める。
「…なになに、作者は学者なのか?色々難しそうなことが書いてあるけどよ」
「ああ、魔法学者のようだな」
「お、じゃあケビンの得意分野だね!」
「いいや、全く分からん。俺は確かに魔法使いだが、悲しいことに実力は低い。こんな難しい魔法理論など分からないさ」
「へえ〜。けど学者ってなら名前くらい聞いたことあるんじゃないか?どっかにこの日記の作者、まあ家の主人なんだろうけど、名前は載ってないのか?」
「名前か、確かに気になるな。…お、表紙に書いてあるぞ。どれどれ、フィルシオ=ツァーレ…」
「知ってるのケビン?」
自分の顔を窺い見てくるアロフェの顔を見返して、ケビンはその広い肩をすくめる。
「いいや、聞いたこともない。学者なんて無数にいるからな。よほど有名な実績を残さない限り世間に名前なんて知られないさ。それこそヴィシュランティのように」
「はは、それもそうだな。じゃあまた読み進めようぜ」
「ああ」
日記の著者を確認し終えた3人は再び日記のページをめくる。
しかし、読み進めるうちに3人の表情は段々曇っていった。3人の中に重い空気が流れ、沈黙が広がる。
それを最初に破ったのはガイルだった。
「…こりゃ酷いぜ。自分の娘で実験を始めたのか」
「魔法学者の倫理観は往々にして欠如していると言うが、どうやら本当らしい」
「娘さん、カリナちゃんはどうなったのかな…」
そこにあったのは1人の父親ではなく、1人の学者としての姿だった。己の知識のため。好奇心のため。そして理想のために娘の体を危険に晒す魔法学者の姿がそこにはあった。
その実験は、娘に
そんな内容に嫌気がさしてきたケビンは日記を閉じようとした。見ていられなかったのだ。
しかし、アロフェがケビンの手を止める。「最後まで読もう」と。
「じゃあ後はお前がページをめくれ、アロフェ。俺は居間に戻っている」
「分かった。じゃあ僕に任せて」
そうして日記のページを代わりにめくり始めたアロフェ。隣のガイルと読み進めていたが、しかしすぐにその手は止まった。
——止めざるを得なかったのだ。
「あれ、ここまでしかないの?」
「終わっちまったな。日付は…お、だいたい1年前か」
突然日記の記述が終わってしまったのだ。最後の日付は光歴1740年10月3日。今日の日付が光歴1741年の9月15日なので、おおよそ1年前に日記が途切れていたのである。
それは日記が完成したからではない。よく見れば、最後の日記は文章が途中で終わっているということも分かる。
『光歴1740年10月3日。ようやくだ。ようやく完成が近づいてきた。アレは最早人ではない。人の皮を被った悪魔である。完璧な兵器がもうすぐ完成し—————』
それはまるで、日記を書いていた最中に何者かに襲われたかのような。
「ねえガイル、これどーゆー意味だと思う?」
「さあ。持って帰ってじっくり読み返してみたら分かるんじゃないか?これは魔法協会に売ればそれなりで買い取ってくれそうだが、その前にオレらで楽しむのも悪くないだろう?」
「だね。そうしよう」
ガイルとアロフェがそう話していた時、2人はおかしなことに気がついた。
居間に向かうべく書斎を出たはずのケビンが、
扉は開いている。一歩先は居間だ。
しかし、居間を見つめたままケビンがピクリとも動かない。
「あれ、ケビンどうしたの?居間に行くんじゃないの?」
不思議に思ったアロファが尋ねる。
すると、ケビンは小刻みに震えながら2人の方に振り返り、居間の奥を指差して質問した。
「……なあ。あそこの
彼の指差す先。真っ暗だったはずの居間の机の上には、白い蝋燭の上に揺らめく赤い炎があった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「はぁ……」
暗い部屋の中で1人の少女がため息をつく。足元に広がる血溜まりや、腕や服に滲んだ血のことなど気にかけず、ただ一心に「疲れたなぁ」と息を吐くのだ。
「どうして
少女は数本の蝋燭に炎を灯し、部屋全体を明るくした。
すると部屋中に散らばった
3人の人間の死体。しかし、どれもヒトの形を保ってはいなかった。頭部がなかったり、内臓が飛び散っていたり、四肢がもげていたりと、どの死体も凄惨な有り様である。
そして彼らの姿をそのようにした張本人は、汚れた服のまま自室に向かい、ベッドで寝ようと準備を始めた。
「ふわぁ〜。後片付けは明日でいいでしょう。今日はもう眠たいわ。1週間も潜入していたから…」
少女はベッドの前で背伸びをしながらここ数日のことを軽く思い返した。
(疲れこそしたけど、別に大変ではなかったわね。緑翼10人くらいなら大したことないってことね)
そんなことを考えながら彼女はベッドにダイブする。
大の字に寝転がり、久々の我が家を堪能しながら。
「ん〜!やっぱり家が1番落ち着くわね。ネズミの侵入はこの際許してあげましょう♩」
そうして彼女は瞼を閉じる。
少女、カリナ=ツァーレは1日に終わりを告げ、明日に向かって眠りへと堕ちていった。