十和田が自室に戻った頃、ダイワスカーレットは理科室に足を運んでいた。
理科室の引き戸脇に設けられたベルを鳴らす。
...返事がない。
戸に手をかけると、鍵はかかっていなかった。
大方、いつものように教卓で寝落ちしてるのかしら。
「失礼します。」
戸を開けると、想像通り担任の理科教師が教卓に突っ伏している。
「タキオン先生、もうお昼でs...」
起こそうと近づいて、机の上の資料に目が止まる。
先生の下敷きになっているノートの左上にはアタシの写真が貼られている。
隣のページには、誰かもう一人の誕生や脚質等が纏められている。
あら、これアタシの...?
何でノートにまとめられているのかしら?
気になるところは沢山あるけど、殆ど先生の腕に隠れて読めない。
「タキオン先生、もうお昼ですよ。」
肩を揺すると、先生が気だるげに身を起こす。
「ん、ああ、スカーレット君か..........」
彼女は目を擦りながら目線をノートに落とし─とっさにそれに覆い被さる。
入学してから一月半の付き合いだけど、ここまで先生がうろたえているのは初めてだ。
「...見たかい?」
「はい、顔写真と名前くらいでしたけど。」
先生は眠たげな瞳でこちらをジッと見て、嘘がないと判断したのか目を逸らす。
「...そうか。ならいいんだ。」
先生はノートをこちらが見えないように閉じて、鍵付きの引き出しにしまう。
「なんですか?それ。」
「君達新一年生の走力や走り方の癖、模擬戦での作戦パターンのレポートだよ。
...これを見るのと見ないのでは、対戦相手との知識量に大きく差が出来てしまうからね。
これが自分、或いはトレーナーの努力で得られた情報であるならともかく、そうでないなら個人の実力の勝負とは言えない。
いくら君でも見せるのは教師としては不公平ってものさ。
いくら君が可愛い教え子とは言え、だ。」
「さて、今日来てもらった理由だが... 」
言葉が数秒空くと共に、先生の眠たげな眼が睨むように細められる。
声色が、重圧感のある静かな物へと変わる。
「......君、最近過剰にトレーニングしているだろう?」
「!」
いつから、気づいていたのだろうか。
「君の目標や性格、そして記録から考えればわかるさ。私とて元々ここの卒業生だ。
...過剰なトレーニング...がどうのは最近よく近くに居るトレーナーやらから聞き飽きただろうから割愛させていただくよ。
私自身もう言い飽きたからね。」
先生が一瞬、遠い目をした。
「君に問いたいのは一点。
君のトレーニングの内容は、君が選手生命を賭け続ける価値があると言えるのかい?」
「...はい。一番になr
「そうではないよ。
骨折、予後不良、その他諸々。
君のプライドの問題ではない。
君の体を賭けるだけの価値があるのかを聞いているんだ。
私が何故君の手助けをしているか、私が何の為に何の研究をしているか、忘れたわけではあるまい。」
先生は捲し立てるように話す。怒っている時の癖だ。でも、それで曲げられるようならアタシは初めからここには居ない。
「...私の体の事は、私が一番わかってます。
アタシは、まだやれるんです。」
「..........君達生徒には、初めての授業の時に私の引退理由を教えている筈だが。
また語って欲しいか?
今の君になら喜んで詳細までありありと語ってあげるが。1
「..........。」
返せる言葉が無い。
練習中の急な転倒など、いくら体調が万全だろうと確実に防げる手だてなどない。
そして、トレーニングが高負荷になる程、或いは時間が長くなる程その可能性は高くなるから。
「...わかったら、あの時に決めたメニューだけに絞った方がいい。
そのぐらいの負荷が、今の君には丁度だ。」
「...分かり、ました。」
先生は咳払いすると、声を暗いながらも優しい声色に変える。
「...さっき君は自分のことは自分が一番わかっている、そう言っていたね?
確かにそれは否定しない。基本的にはそうだ。
でも、自分では気づかないのに他人は知っている情報もあるのが現実と言うものさ。
誰かを頼ることを忘れてはいけないよ。いいね?」
頷くと同時に、彼女の声色も顔色もまた変わる。
「さて、長い説教は短めにしてご飯といこうか。
今日のお弁当の中身はなんだい?」
「...今日はさばの味噌煮と───