ウマ娘プリティーダービーST   作:十和田 永一

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ST-01-07 契約

十和田が展望台の小さな広場で舞う。

この場所で彼とダイワスカーレットが遭遇してから数日。彼女が来るまで身体を動かし、それからトレーニングを観察するのが彼の日課になりつつあった。

 

ステップ、ハーフターン、カウンターターン、モフォーク、ウインドミル。

 

体幹、両腕両脚の可動域共に良し。この分なら、トレーニングの内容はいつも通りでいいか。

軽いトレーニングを済ませて、それでようやく丁度ダイワスカーレットがトレーニングをするぐらいの時間だ。

 

ウェイトを両手首に巻き、走りの振り方に近い動きでゆっくり筋肉を曲げ伸ばしする。

 

 

...もし自分がウマ娘に生まれてきていたら、あの頃はどうしていたのだろうか。

自明か。

トレセン学園を志望して...きっと、受かりはしなかっただろう。

もし家の力で入れたとしても、奇跡的に良くて未勝利。大方、未デビューか担当トレーナー無しかが関の山だろう。

そうしてあっさりと夢破れ、絶望して、学園を去るのだろう。

 

...いっそ、その方が良かったのかもしれない。

こうやって他の誰かを自分の夢に巻き込もうとするよりは、何倍かマシだっただろう。

 

.........もっとも、今更後の祭りではあるが。

 

本能が気配を察し、左足でそれ(・・)が疼く。意識をそちらに集中させると、聞きなれた足音が聞こえてくる。

...今日は随分と早いな。

見晴らしが良いとはいえ、あまりにも町外れのこの展望台にはそう人は来ない。

来るならダイワスカーレットか実家関係の人間か。

足音が拾えている時点で前者なのは間違いない。

 

ボトルとタオルを両手に持ったダイワスカーレットが姿を現す。

こちらを見つけた彼女は呆れたような顔でため息をついた。

...アンタ、暇なの?

ええ、まあ。

契約期間中、担当ウマ娘がいないトレーナーがすることはほとんどありませんから。

契約期間が終わってからはそうも行かなくなってしまいますが。

契約の有無に関わらず忙しくなるだろう。

その点でも、彼女は重宝したくなる人材だ。

自分である程度トレーニングを組めるなら、自主トレーニングをトレーニングメニューに組み込んで時間を浮かせられる。浮かせた時間は偵察や他業務に回せば、よりやれることは増える。

それだけでも、誰だって喉から手が出る程の人材だ。来る日も来る日も担当契約を断り続けさえしなければ。

 

と、そういえば。

...本日は随分とお早い到着ですね。

普段でしたら、月が昇る位のお時間になられますのに。

ダイワスカーレットは重いため息をつき、複雑そうな表情で口を開く。

..........先生に注意されたのよ。ハードワーク過ぎだって。

だから、色々減らすってだけ。

その先生がトレーナー代理って所か。

 

まあ、好都合だ。

...やはりそこは問題点になっていましたか。

でしたら、このようなものは如何でしょう。

トレーニングメニューをまとめたノートを差し出す

中身を見たダイワスカーレットは考え込むように顎に片手をやる。

...貴女のトレーニングメニューを、低負荷高効率をコンセプトに組み直しました。

計算上、追加メニュー付の約75%の効果を維持しつつ、負荷は基礎メニューとほぼ同等にまで抑え込むことに成功しています。

各項目の横にある数字は3ハロン走の負荷を1とした時の相対的な負荷量をあらわした数字、貴女が普段使っている物と同じ基準です。

そしてこのメニュー案での負荷値の算出結果がこちら、貴女の現在の基礎トレーニングと同等の値です。

彼女の手の中のノートを数ページめくる。

更に、選抜レースで見た脚質を参考にスピードとパワーの強化練習の一部をスタミナ強化に変更、対ウオッカを踏まえた改良案を用意しました。

この案での負荷値の算出結果がこちら、貴女の現在の基礎トレーニングよりは大きいですが、十分誤差の範囲の値です。

 

..........如何でしょうか?

 

ダイワスカーレットの口角が上がる。

どうやらお気に召したようだ。

...アンタ、凄いじゃないの。

ありがとうございます...ですが。

彼女に渡していたノートを取り返す。

残念ながら、私は対価無しにこちらを提供するような善人ではありません。

...取引をしましょう。

...これが欲しかったら契約しろ、そういうわけね?

トレーナーが学生相手に物で釣るなんて、と言わんばかりにダイワスカーレットは大袈裟に肩をすくめてみせる。

はい。そういうことになります。

 

......二つ返事と行きたいところなのだけどね。

二つ程あるんだけど、いいかしら?

反応は上々、このままだったら自分に決めてもらえそうだ。

こちらにもございますので、質問を返してもよろしいのであれば。

いいわ。じゃあ一つ目。

アンタも素で話してくれない?

立場が下の筈のアタシが素で、上の筈のアンタが敬語ってのもね。

それに、そうしてくれた方がこっちにとっても都合が良いし。

 

......気づかれていたか。

まあいい、そこで印象が悪くなる相手でもない

 

自分の中のスイッチを一つ切り替える。

 

...君のそれは自爆が原因だろ。

いつから気づいていた?

覚えてるかしら?アタシのノートを見た時、アンタは『折れるぞ、これ。』って言ってたの。

アンタのさっきまでのが素なら、『これでは足が折れてしまうのではないでしょうか?』とかなんとか言うでしょ。少なくともあんなぶっきらぼうな言い方にはならないわ。

後はアタシも同じだもの。わかるわよ。

それにそもそも、素でその言葉遣いってどんな名家のお坊ちゃんよ、って話だし。

 

...抜かった、まだまだ自分も詰めが甘い。

 

...次どうぞ。アタシのは最後にした方がいいから。

 

...なら、先に失礼させてもらうよ。

...君は僕に誰を重ねていた?

あ、答えたくなければ黙殺で構わないよ。

 

ハァ~とため息が場に響く。

...アタシの方もバレてるのね。

ま、あんなに叫びを聞かれたら当たり前かしら。

ダイワスカーレットは空を見上げ、数秒の後口を開いた。

..........小学生の頃、近所のウマ娘のお姉さんに走りを見てもらってたのよ。

ケンカ別れしたきり、もうすぐ六年になるわ。

アンタとあの人は雰囲気も言っていた事もそっくりでさ。どうしても重なっちゃって。

遠い昔を懐かしむような顔で、ダイワスカーレットはそう言った。

...悪いことを聞いたね。

別にいいわ。もう昔の事だし。...他は?

今のところはそれぐらいかな。

そう、ならアタシの番ね。

 

ダイワスカーレットの表情から笑顔が失われる。

...ねぇ、アタシはアンタにはどう見えているの?

どう、とは?

...アタシは負けたのよ。

地元で速かったからって調子乗って、

トレセン学園に入って本物の才能と直面して、

虚勢張ってでかい態度とって、

必死に努力して、

その結果惨めに負けたのが今のアタシよ。

アンタは、そんな偽物の才能しか持ってない私を過剰評価して求めている。

その過剰評価の理由がわからないのよ。

 

本物の才能、か。

それを、君が言うのか。

姉さんやあの子と同じ、光に照らされている側にいる君が。

 

カッと衝動が沸き上がるのを、喉元でこらえる。

 

...まず一つ、生涯何にも負けたことのない人間なんか居ない。その相手が人であれ、現象や病、概念であれ。

そんなものは才能の否定にはなり得ない。

事実、かの皇帝、シンボリルドルフさえ、三度は敗北している。

二つ、少なくとも僕は惨めだとは思ってない。

なぐさめなんか─「《font:58》慰めなんかじゃない!

慰めなんて高尚なものであるものか。

 

...選抜レースは確かに負けた。それは事実だ。

でもね、ハナ差だよ。実力─要は努力も才能も並べるだけなければこうはならない。

並べる事、それがどれ程の事なのか君は理解していない!天才や秀才になんて並べないんだよ!!!凡才には!!!

 

いつの間にか叫んでいたことに気づき、咳払いする。

 

......すまない、少し声が大きくなりすぎた。

...君の叩き出した結果が全ての答えだろう。

3位とは6バ身差、それ以降の後続とは10バ身差。

並んだ君で惨めなら、君で偽物なら、彼女達はなんだ。

トレセン学園に入れなかった者達はなんだ。

 

 

私は、なんだ。

 

 

僕に過剰評価をやめろと言うのなら、君こそ自分を過小評価するのはやめるべきだ。

過度な謙遜は、誰かへの侮辱にもなりえるよ。

 

ダイワスカーレットはうろたえたように数歩後退り視線をあちこちに迷わせ、それから言葉を噛み締めるように小さく何度か頷く。

..........。

過大かはさておき、アンタがアタシを評価してるのはわかったわ。

それで、アンタは本当にアタシでいいの?

夢とか望みとか言ってたじゃない。

 

...いつか、言わなければいけないことだけれど。

今は、少しだけ。

 

越えたい人が居るんだ。

越えなきゃならない人が居るんだ。

一度目の挑戦で。

無駄な希望を抱くぐらいなら、その一度で終わりにしてしまいたい。

その人と戦うのであれば、舞台は中距離か長距離。

この二区分では間違いなくウオッカよりも君の方が有利だ。

それに、前も話したけれど僕の得意分野は前方脚質だ。

その点でも、君が一番丁度良い。

...そう。

 

君ならGⅠを、最高峰の『一番』を手にできる。

君にはそれだけの才能がある。

君はそれに足るだけの努力を重ねている。

後は、君がそれを認めて手を伸ばすだけだ。

ダイワスカーレットと、目線を合わせる。

...アタシは、また昨日までみたいなハードワークを勝手にやりだすかもしれないわよ?

彼女は顔を背ける。

その時はそれに合わせて基礎メニューの負荷と時間を調整する。

 

ト、トレーニングメニューだって!納得できないところがあればケチつけるわよ!?

声が、震えている。

 

その時は納得できるまで懇切丁寧に説明するよ。

こんなでも中央のトレーナーだからね、それぐらいはできる。

.............!

知っていることが断片に過ぎないのは事実。

それでも、少なくともここしばらくは君の事を知るようにしてきた。

だから、何も知らないなんて言わせない。

 

まっすぐ、彼女に右手を差し出す。

 

...契約しよう、ダイワスカーレット。

僕は君を一番のウマ娘にして君の夢を叶える。

代わりに、君には僕が勝ちたい人に勝つことによって、僕の願いを叶えて貰う。

互いに、互いの願いを叶えるんだ。

...思ったほどのウマ娘じゃなかった、とか絶対言うんじゃないわよ?

冗談でも言うものか。これでも見る目は肥えてる。

君となら叶えられる。そう確信できるだけのものはもう見せてもらった。

 

...はぁ、呆れた...。

ダイワスカーレットは大きなため息をつく。

 

...アタシ、変な奴に.........

 

下を向いて、その表情を伺うことはできないが、泣いていると言うことはかろうじてわかった。

...こういう時、姉さんならどうするだろうか。

 

 

=========

 

 

...落ち着いた?

スカーレットの呼吸が落ち着いた頃合いを見計らって、彼女から身を離す。

ええ。

...みっともない所見せちゃったわね。

肩、ありがとう。

 

若い子の支えになるのも大人の仕事、なんて姉さんなら言うだろうか。

 

...気にしなくていいよ、泣きたくなる時ぐらい誰にだってある。

ありがとう。

..........さっきのお誘い、受けさせてもらうわ。

ダイワスカーレットがこちらに手を差し出す。

改めて...ダイワスカーレットよ。スカーレットでいいわ。

これからよろしく。

十和田青葉だ。好きに読んでもらって構わないが、敬称付きでも下の名前は避けてもらえると助かる。

これからよろしく。

その手を取る。

 

数秒の間が空いて、どちらからともなく手が離れる。

 

契約書とか必要書類なんかは既に揃えてあるから、中央校舎2階の226号室まで...明日の放課後で問題ないか?

問題ないわ。特に予定も入りそうに無いし。

良かった、ならこれを渡しておく。

トレーナー室関係の鍵束を差し出す。

トレーナー室と書類棚の鍵だ。

多分僕の方が到着するのは遅いはずだから、君が持っているといい。

ダイワスカーレットは鍵束を受け取ると、ジャージのポケットに仕舞い込む。

たしかに受け取ったわ。

それじゃまた明日。トレーナー。

ああ、それじゃ、また。

 

ダイワスカーレットの背を見送り、振り向いて両肘を柵に置いて学園を一望する。

気がつけば日は沈んでおり、学園の各所を照らす光が輝いて見える。

 

...姉さん。貴女の言ってたことが、少しだけわかった気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=========

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイワスカーレットの背中を見送ってしばらく経ったが、いまだに左足のそれ(・・)のうずきが収まらない。

..........つまり、それが示すのは。

...人が黄昏ているのを無言で観察するとは悪趣味ですね。

どなたか存じ上げませんが、姿を現してください。

 

ザッ!

...全く、ひどい言い草じゃないか。

茂みを突き破って、一人のウマ娘...と呼ぶには少しばかり年を重ねた女性が姿を現す。

 

懐かしい顔だ。

 

..........これはこれは、悪趣味な方ではなくて悪趣味の権現でしたか。

お久しぶりです、ドクター。如何されました?

軽く睨むと、彼女は飄々とした笑みを浮かべる。

先生で頼むよ。丁度今年からトレセン学園に再就職したんだ。中等部の理科、高等部の生物の講師としてね。

...それで、君の事はどれで呼べばいいんだい?

十和田で結構です。

貴女が学生に教育する立場とは、トレセン学園の人材不足も深刻みたいですね。

お互い様だろう。君こそトレーナーになったとは驚きだ。

学園の採用部門は随分と杜撰みたいだね。

これでは悪い指導者に学生達が毒されてしまうよ。

それを、貴女が言うか。

なら早々に辞職されては?

冗談じゃない。訳有ってここにいるのは私も同じだよ。

 

さて、本題だが...これを持っていきたまえ。

差し出されたフラッシュメモリを受け取る。

これは?

スカーレット君の現時点での筋力など各種データだ。

担当になる君にはあった方がいい品だろう。

ダイワスカーレットの指導者、先生とやらはよりにもよってこの人か。

..........何が目的でこれを私に?

決まっているだろう?私の望みは今も昔もウマ娘の可能性の果てを見ることだよ。

彼女にはそこにたどり着く可能性が十分にある。

 

裏は...まあ、有るか。

有るだろうが、表の方が主目的なのは変わらずだろう。

なら、とりあえずはひと安心だ。

 

...相変わらずですね。

お互い様だろう。

...あの子のことを頼んだよ。

失礼する。

それでは。

先生─アグネスタキオンの去っていく背中を見届け、帰路についた。

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