ST-02-01 Sister
ST-02「Ru-」
書類を片付けつつ、テレビを見ているスカーレットの方に片目をやる。
『今回の特集は、東京レース場横にオープンしたこちらのメンコ専門店、
...どうやら、ファッション特集か何かを見ているらしい。
相当興味があるのか、ウマ耳がピンと立っている。
...聴力が過剰というわけでも物音に敏感でもないから、彼女には不要な品ではあるが、おしゃれしたいお年頃というやつだろう。
『CMの後は、今年流行間違いなしの最新メンコのコーナー!』
『君へ。大怪我をした君へ。
君に、悪魔と契約する覚悟は有るか。
例え、それがレースと引き換えだとしてもか。
良かろう。ならばその傷を癒そう。
代謝過剰促進剤「ドレッドノート」、発売中。
夜月製薬。』
覚えのありすぎるCMに、嫌でも意識が吸われる。
売り文句が中二病すぎる。まだこんな売り文句で商売してたのかあの会社は。
「ねぇ、トレーナー。
このドレッドノートって薬、何なの?」
CMに興味を持ったのか、レースという単語にひっばられたのか、スカーレットが振り返って聞いてくる。
あの薬の事はよく知っている。
「遺伝子の発現範囲の拡大に、細胞増殖と自己破壊を加速させて新陳代謝と同じ理屈で...要は人間の自然治癒能力を過剰に上げることで骨折や欠損、致命傷を瞬時に回復させる薬。
その過程でウマムスコンドリアによって精製される
書類を記入しながら返すと、スカーレットはなにか引っ掛かったように首をかしげる。
「細胞増殖を...え、細胞の分裂できる回数って、てろめあ?とかいうので決まってなかったっけ?」
...細胞分裂は中学三年の理科だったよな?
流石は優等生、勉強の進みが速...それにしても速すぎる。まだ中1の6月だというのに。
天は二物を与える...のは、今に始まったことじゃないか。
「そう。だから初期のものは下手に何度も何度も投与すると、死ぬより先に体が壊死...腐り落ちる可能性がある薬物。」
タブレットを手に取りデータを呼び出す。
「..........改良されて効くのが損傷·欠損部位だけになったり、テロメラーゼ活性...要はテロメアの延長作用の薬を配合してて大分マシにはなったりしてるらしいけど、自己破壊も加速させてるとは言え理論上は癌細胞の増殖のリスクは拭えないから、どちらにせよ不安要素の方が大きい薬だね。
欠損したりして投与のするしないにかかわらずレースに出れないとなった時に、ようやく視野にいれてやらない事もないってレベル。
まあレースどころか人生まで終わりうる以上、指導者としては問題外な選択だけど。」
トレーナーとしては、精々大欅の件や淀の件みたいな、命に関わる事態ぐらいにしか使い道はない。
「...そんな危険な薬、よく売れるわね?」
当然の疑問だ。
利権や名家同士の弱みの握りあいとか、色々理由はあるのだが。そこまで詳しいことを教える必要も無いか。
「まあ理論上はどうあれ、臨床試験では問題が出ず、発売から何年も経った今ですら重篤な健康被害は報告されてないらしいからね。
健康被害がでるまで売り切って、出たらその人にだけ賠償してリコールかけてはいおしまいってつもりなんだろう。
これだけ長期に販売できてる以上、それができるだけの売上は出してるだろうし。」
「...聞いてて気持ちの良い話じゃないわね。」
スカーレットが肩をすくめてみせる。
「だろうな。」
『こちらが当店最新作ー、7月発売のー、メッシュメンコのファンタジアシリーズになりますー。』
CMが終わったのか、いつの間にか画面に色とりどりのメンコが写っている。
スカーレットは視線を画面に戻したのを見て、自分も書類へ意識を向けなおした。
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「そうだ、上がってきた夏季休業の予定、まとまった休日がないけど良いの?
二年からは合宿があるし、実家に帰るなら今年だぞ?」
ちょうどメンコ特集が終わったタイミングで、トレーナーが声をかけてくる。
書類仕事が終わったのか、その手にはいつの間にかルビーの原石と金属ヤスリが握られていた。
チューブ状の持ち運び型換気扇がその削りカスを吸い込んでいる。
「別に良いわ。
パパもママも海外だし、お姉ちゃんもトレセンだから、帰っても誰も居ないもの。」
家門のパーティか、入学式なんかの式典でもなければ集まらないから、帰っても帰らなくても変わらない。
ヤスリが原石の表面を削りながら、チリチリと音をたてている。
「そうか。なら指導付きの日を多めにしとくね。
予定が入ったりしたら申請してくれ。振替なんかで合わせるから。」
「...アンタは?帰ったりしないの?」
質問に、トレーナーの手元が一瞬狂いかけたのは、アタシの見間違いには思えなかった。
「..........いや、特にそのつもりは無いよ。
招かれざる客になるだろうから。」
トレーナーは笑ってそう言う。
指輪の事といい、トレーナーの家にも複雑な事情があるようだ。
「そう、ならトレーニングの時間はお互いにある程度の自由はきくわね。
時間に余裕もあるし、沢山練習したんだけど、増やすならアンタが指導してた方が良いかしら?」
トレーナーは数度頷く。
「了解、ならそっちから日付を申請してくれ。 そうすれば合わせるよ。
あ、ただし7月14日と8月11日...第二土曜日は開けてくれ。」
「先月も今月もだったわね。
何か用事でもあるの?」
雑誌の発売日だったりするのかしら?
トレーナーはばつの悪そうな顔を浮かべ...少し考えた後、口を開く。
「あー、いや...姉との面会日なんだ。」
招かれざる客、姉との面会。
..........相当複雑な家庭事情なのだろう。
「アンタ、兄弟居たのね。」
「うん、姉がいる。
ずっと昔に養子に取られてる上に、半は絶縁状態でほとんど関わりは無いけど。」
想像以上に複雑な事情だ、踏み込まない方がお互いの為かな。
少しだけ、話の方向をずらそう。
「お姉さん、どんな子なの?ウマ娘?」
「ああ。薄紫...芦毛でね、目も同じ色だ。えーっと...ちょうどメジロマックイーンに似てる感じの。
背丈は僕と似たり寄ったりで。」
「ッ!」
思わず息をのむ。
青葉トレーナーと、特徴が同じだ。
いや、でも。
トレーナーの名前も青葉だ。
姉弟に同じ名前をつけるわけもない。
赤の他人だろう。
「どうかしたの?」
トレーナーが心配げな視線をこちらに向けてくる。
「その、私が探してる人と同じ特徴だったから...」
回答に安心したのか、こちらから目を離しルビーをライトに透かし始める。
「探し人...君にあの切り札を教えたっていうウマ娘かな?ウオッカに勝ったときの模擬レースの。」
「そうよ。」
「...それはメジロマックイーン本人とかだったりは「するわけ無いじゃない。
いくらなんでも、もしそうなら普通にわかるわよ。」
あきれ混じりに答えると、トレーナーは小さく頷く。
「...だよね。
目白家でメジロマックイーン似のフリースタイル走者ね。色々探ってみる。」
トレーナーは大きくため息を吐いて、換気扇を片付けながら小さく呟く。
「...目白家か..........今度姉さんに探りでも入れようかな。」
それから一通り終わったのか、荷物を片手に席を立つ。
「それじゃ、僕は書類片したから先に失礼させて貰うね。戸締まりよろしく。」
トレーナーの姉は目白家の人間?
...なら......
..........いや、まさか、ね。
「え、ええ。お疲れ様。」
トレーナーはドアから出…ようとして足を止める。
「あ、そうだ。一つ言っておかないとだ。
君はもう少し信じる人を選んだ方がいいよ。
君が味方と思ってるであろう人は、本当に味方とは限らないから。」
「え?」
「それじゃ、お先。」
聞き返す私を無視して、トレーナーは後ろ手を振りながらドアの向こうに消えていった。
「..........どういう、意味?」
口から溢れた疑問に答えてくれる人は、既にこの場に居なかった。