ウマ娘プリティーダービーST   作:十和田 永一

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ST-02-03 maerd Eno

軽い流しを終え、十分体が温まったところで分岐点へ向かう。

次のメニューはウッドチップ5本、丁度敷き詰められた散歩コースがあるから使うならこっちだ。

さて......あら?

 

感じた気配に振り向くと、青葉トレーナーが黒パーカーに狐面(前と同じ格好)で立っている。

...いや、少しだけ違う。狐面に下顎部分が増えてる。

青葉トレーナー。

お久しぶりです。

彼女はそう言ってこちらに手を振る。

久しぶりに声を聞いた。何年ぶりかしら。

でも、声が明らかにおかしい。

ボイスチェンジャーか何かが下顎部分にでもついているのかしら。

 

あ...、お話できたんですね。

意外でしたか?昔、話しながらコーチングしていた筈ですが。

再開してからこの前までは喋ってなかったので、事故か何かで声を失っていたのかとばかり。

ああ、そういうことでしたか。

色々と事情がありまして。

青葉トレーナーは目をそらす。

それは、一体どういった...?

秘密です。家庭の都合とかそういうのですから。

青葉トレーナーが狐面の口前に人差し指を立て、肩をすくめる。

狐面で表情は見えないが、微笑んでいるようだ。

 

...やっぱりですか。

予想はしていたけれど。

ええ。

さて、本日はまずウッドチップ五本でしたね。

ペースは私が先導します。付いて来てください。

青葉トレーナーが急に駆け出し、あわててその斜め後ろに付く。

...待って、何でアタシのトレーニングメニューを把握してるの?

やっぱり、トレーナーの..........。

 

青葉トレーナー。

声をかけると、青葉トレーナーは視線を僅かにこちらに向ける。

なんでしょう?

青葉トレーナーに、兄弟っていますか?

..........ええ。いるにはいます。

それがどうかしました?

いるにはいる。普通の関係性でそういう言い方をするとは思えない。

となると、やっぱりトレーナーのお姉さんのように思える。

いえ、ちょっと気になったものですから。

 

...あの。青葉トレーナーって何者なんですか?

青葉トレーナーの目が丸くなる。

......物凄く難しいことを訊きますね。

貴女こそ、自分が何者なのか答えるのは難しいでしょうに。

誤解だ。そこまで難しい話はしてない。

いえ、そういう哲学的な難しい話じゃなくて...。

ほら、青葉トレーナーって速いじゃないですか。現役の走者だったりするのかなぁ、って。

顔も、もう何年も前に見たのが最後でよく思い出せませんし。

現役だとしたら、こうしてアタシにまた走りを教えてくれる理由もわかりませんから、気になってしまって。

そういうことですか。

青葉トレーナーは視線を前に戻し、こちらに背を向けたまま言葉を続ける。

...走者としては現役、ではありますが。

表のレースには出走したことはありませんね。

いわゆる街頭(フリースタイル)レース専門です。それも、地下の。

フリースタイル専門。

目白家のウマ娘なのに?

 

...青葉トレーナーの走りなら、いろんなGⅠで圧勝できるんじゃないですか?

..........私は、私の体は入学要項を満たさないんですよ。

掠りやしない。

へ?

聞き返すと、青葉トレーナーはしまったとばかりに口元を押さえる。

...失敬。少し余計な事を言いました。

 

さて、貴女に走りを教える理由ですが...

...貴女は、夢とはなんだと思いますか?

夢。夢か。アタシの夢は一番のウマ娘になること。

でもそれを聞くなら『貴女の夢は何ですか』とかって聞くはず。なら、これは抽象的な、概念的な問いか。

青葉トレーナーこそ、難しい質問をしますね。

......なりたい姿、目指すべき目標、でしょうか。

前を行く背中が頷く。

...まあ、そうでしょうね。

多くの者が貴女の様に答えましょう。

かく言う私も、昔はそう思っておりました。

.......しかし、夢破れてしまった今となっては、それも遠い過去の事。

...今の私にとって、夢とは枷。

一度でも夢を見た者を一生縛り付けるだけの枷。

解くには、真に心から諦めるか、あるいは叶えるのみの。

枷、か。

理解できるようで理解できないようでもあるのは、アタシがまだ子供だからなのか夢の途中だからなのか。

 

...叶えようにも、私の体は夢を叶える力...どころか、挑む権利すら得られぬ体で。

でも、諦められぬだけの憧れだけは募って。

最早進むことも引き下がることも出来ぬ雁字搦め。

..........だから、私は、この枷を誰かに外してもらう事にしました。

私の技術を、知識を、経験を。

『私』を、惜しみ無く注ぎ込こんで、代わりに外してもらうことにしました。

 

..........なんで、アタシなんかに?

あの日、貴女に初めて会ったあの日。

貴女に夢を見たから。

貴女なら、勝てると思った。

貴女なら、叶えてくれると思った。

...それが、貴女に走りを教える理由。

そこまで言いきると、青葉トレーナーは一つ大きなため息をつく。

...走りながらなのに、全く息が乱れていない。

やっぱり、すごい人だ。

 

...そこまでして叶えたい夢って、一体なんなんですか?

...気になりますか?

声色に、どこか笑うような色が混じる。

残念、貴女には教えられません。

教えてしまえば、外せなかった時、この枷は貴女にまで付いてしまう。

叶おうが叶いまいが、貴女には関係ない。必要も義務も責任も、何もない。

その方が望ましいのです。すくなくとも、私にとっては。

貴女はただ、私から走りを奪ってもっと強くなればいいだけの話です。

.......はい。

それじゃ、余計なお話はおしまいにしましょう。

 

...夢を叶えてもらうため、か。

 

..........トレーナーの言っていた『私が味方と思ってるであろう人』は、やっぱりタキオン先生じゃなくて青葉トレーナーの方がしっくりくる。

でも、トレーナーは青葉トレーナーのことを知らない様子だった。

..........どういう、事なのだろう。

 

 

ゾワッ

 

背筋に冷たいものが走り、慌てて速度をあげる。

横目で後ろを確認すると、いつの間にか青葉トレーナーが背後に回り込んでいた。

 

青葉トレーナーはこちらに並ぶと口を開く。

..........ペースが落ちていましたよ。

今ぐらいのペースで行きましょう。

残りの二本のペースは貴女の先導で。

乱れたら今のように補正しますので、そのペースを体に染み付けてください。

はい!

青葉が速度を落とし、アタシから二バ身ほど後ろに付く。

 

それを脇目で確認し、自分の足音のリズムに意識を向けた。

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