ウマ娘プリティーダービーST   作:十和田 永一

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ST-02-04 stalk

コンコンコン

..........ァ...ットです。

 

物音に虚ろな意識が引き上げられる。

無意識の内に辺りを伺い、動く気配のないことを確かめる。

残った微睡みの中、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

ぼやけた視界が、両目の焦点が合うにつれ鮮明化し、丁度視線が机の上の時計に移ったところで普段の視界に戻る。

15時34分、まだ授業時間中。

いや、今日は教員会議で5限終了か。

 

頭の上に手を這わす。

その手に髪の毛以外の感触は返ってこない。

 

..........畜生(よかった)、あれは夢か。

 

 

物音の出所を探そうと目を滑らせて、ドアの磨り硝子越しに写る人影に視線が吸われる。

大きなツインテールの独特なシルエット。

ダイワスカーレットか。

 

すまない、少しだけ待っててくれ。

わかりました。

ドアの向こうでスカーレットが頷いたのを見て、アイマスク代わりのサングラスを机におき、机の最下段の鍵付きの引き出しから取り出したコンタクトをつける。

 

お待たせ、入っていいよ。

返事を待っていた人影が揺れ、スカーレットが入室してくる。

失礼します。

...今日(きょう)は..........ああ、ダンスレッスンだったか。

わざわざ呼び出しに来させてすまないね。

15分程で仕度して向かうから、先にスタジオに行っててくれ。

わかったわ。

それはいいけど...大丈夫なの?

スカーレットがこちらを覗き込んでくる。

 

..........何が?

寝起きでしょ、アンタ。

アンタが時間過ぎまで寝てるなんて珍しいし、疲れてるんじゃないかって。

大丈夫。疲れていようといなかろうと、ろくな夢を見ていない時は長く寝てしまいがちなだけだから。

普通逆じゃない?いい夢だから覚めたくないとか。

それはそうなんだけど、体質みたいなものだからどうしようもない。

それと、いくら長袖長ズボンでも、こんなに空調が効いた部屋で寝てると風邪引くわよ?

ああ、心配しなくて大丈夫。

体調は管理できてる。

自分の意思に関係なく、というか。

...どうかしらね。

それくらい信用してほしいと肩をすくめてみせる。

 

スカーレットから小さなため息が漏れた。

..........まあいいわ。

アタシのトレーニングに支障がでないなら好きにしなさい。

先行ってるわ。さっさと来なさいよ。

当然。

カチャ ガチャン!

 

スカーレットがドアの向こうに消える。

磨りガラス越しに彼女の影が遠ざかるのを見送り、鍵をかけるとドアを含めたすべての窓にカーテンをかけた。

 


=========

 

コンコンコンコン

すまない、待たせた。

目をやると、トレーナーがガラス張りのドア越しにこちらを伺っているのが見える。

 

..........相変わらず、この熱いのに長袖長ズボンのジャージを着てくる思考は理解できない。

いくら室内で空調は効いているとはいえ、別棟のここに来るにはは暑いだろうに。

軽く手招きすると、トレーナーが入ってくる。

事前の連絡通り、まずは新バ戦及びジュニア級レースを目標にMake debut!の練習を行う。

...確かダンス経験は社交ダンスがそれなりに、だったよね?

ええ。

昔、親族関係のパーティーなんかのために習わされたから、ある程度はできる。

...そうなると他人のアドリブに合わせるのはそこそこ慣れているだろうから、併せよりは基本の動きの徹底か。

 

前に送った動画である程度は動きは覚えただろうけど、一応再確認といこうか。

一着の振り付けを踊るから、動画と違う角度から観察したりして細かいところまで確認してくれ。

トレーナーはこちらにタブレットを渡すと、軽く準備運動を始める。

...大丈夫?らしくないことやって転んで腰打ったりしたらお笑い草よ?

からかうと、トレーナーは軽く鼻で笑って返す。

これでも養成学校の選択授業での成績は一二を争うレベルだ。ご安心を。

それじゃ、かけてくれ。

 

トレーナーが最初のポーズを取ったところで、タブレットの再生ボタンを叩く。

 

『響けファンファーレ 届けゴールまで』

 

=========

 

『I believe 夢の先まで』

 

トレーナーが最後のポーズで数秒静止する。

ミスの1つもない、どころか完璧なダンスだった。

実際にウイニングライブで踊れば、会場が大盛り上がり間違いなしなレベルで。

最も...それを踊っているのが─外見こそ女性と見まがうほどではあるけれど─20過ぎの男であるという事実さえなければ、だけれど。

 

...アンタ、意外に上手なのね。

中央の指定曲の基本振り付けは一式こなせる。

ま、昔取った杵柄だけどね。

そう言うわりには手先や視線までよく整ったダンスだったけれど。

覚えたのは昔なのにズレもないし完璧なの、すごいわね。

流石に、教えるにあたって少し磨き直したよ。

すごく、懐かしい気分になった。

口元に笑みを浮かべながら言った彼の瞳は、少し濁って見えた。

...どうやら、なにか古傷をえぐってしまったらしい。

 

トレーナーがパンと手をたたく。

そんなことはどうでもいいんだ。

動きにわからない所はない?

頷くと、トレーナーはタブレットを回収して部屋の隅に腰を下ろす。

次はアタシの番か。

...よし、それじゃぁスタートから1パートずつ。通しはその後で。

いくよ。

 

さっきのトレーナーの表情に後ろ髪を引かれながらも、雑念を振り切り、開始の姿勢を取る。

 

トレーナーの指が端末のスタートボタンを叩いた。


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友人のうす緑の芦毛の耳が前に伏せる。

渡したフラッシュメモリをカチカチと軽く指で弾き、理解はしているが納得はしていない、とでも言わんばかりの雰囲気を醸している。

気持ちはわからなくはないが。

確かに受け取りました。

......これ、私の方だけに渡してよかったんですか?

構わないよ。

君達と彼らでは必要な情報が違うからね。

 

背もたれに身を投げ出して、爪先でゆらゆらと椅子を回す。

 

ニンゲンにはそれぞれ向き不向きがある。

不向きなことを向いたこと程まで押し上げられるなら望むべくも無いが、そうもいかない。未経験の状態から一定の実力まで育てるとして、不向きなことは向いたことの何倍もの時間と労力と経験を必要とする。

ともすれば、無理にその欠陥を埋めるより、欠陥に目を瞑れる程長所を伸ばしてあげた方が効率的で現実的だ。

...無論、欠陥が目をつぶれる程度の欠陥なら、の話だが。

 

君達が自身の負荷の理論限界なんかを知ったところで生かしきれない。

逆もまた然り、彼らに膨大なウマ娘達の脚質の特色及びそこから取りうれる作戦を与えても、君達程まで有効活用できない。

不平等に見えるのはお互い様だし、扱える者には扱える物を与えてこそだ。

違うかい?

問いかければ、彼女はそんなまさかと首を振る。

そうして与えたもので、どちらかだけでもウマ娘としての1つの完成形に...『果て』にたどり着けば十分と。

相変わらず物好きですねぇ。

どちらかなどではなく、両方に完成形に成って貰いたいと考えている。

...本来どちらかだけですら高望みだ、そんなことは絵空事なのだがね。

はっきり言って、状況は私にとって想定外の方向へ好転している。

まさかスカーレット君が彼と組むとは思わなかった。そのお陰で、彼女らをナガイヨル君だけにあてがう事ができた。

ご期待に添えるよう努力しますよ。

 

彼女の腕時計が鳴る。

 

...では、ナガイヨルさんがそろそろアップを終わらせる頃合いなので失礼します。

彼女をよろしく頼んだよ、西野君。

ええ。

小さな軋みを残し、扉が閉じられた。

 

...本当は、二人ともに両方与えたいのだがね。

しかしそうも行かない。3人を6人にはできないし、もししたところで一人から受け継げるものは少なくなってしまう。それでは、あまりにも。

でも、そう思うのは当然のことだろう。だって、あの子達はーー

 


=========

 

1とっと 2とっと

ダッシュ

手広げ上!

『I believe』

左腰で右上!

『夢の先まで』

両手ガッツ!

 

...よし、細かいところはまだ完璧では無いけど、取り敢えず振りの間違いは無いね。

通して踊って大きな問題が無かったからか、トレーナーが大きく手を叩く。

あとはタイミングの微調整と手先足先の意識、立ち位置まわりの調整かな。

細かいところ、まだ色々残ってるのね。

大枠が仕上がってるって事だからいいことだよ。自分の体の動かし方を理解しているってことだし。

 

校舎の方から、部活動終了の鐘が響く。

丁度いい時間だから、今日はもう終わりにしようか。

お疲れさまでした。

ありがとうございました。

互いに一礼を交わす。

どうする?一応スタジオは30分後まで取ってあるし、その後予約はないみたいだったけど。

自主連するならここの鍵置いていくぞ。

トレーナーがドア脇のフックにかかった鍵を指差す。

ええ、そうしてもらえる?

もう少しやってから行くわ。

 

そうか。

んじゃ施錠と鍵の返却よろしく。

端末は明日トレーナー室で返してくれれば良いから。

それじゃまた明日。

また明日。

手を振って、トレーナーはドアの向こうに消える。

その足音が遠ざかり、階段を下りていく。

 

...十分かな。

着替えの入ったリュックサックから軽い変装道具を取りだし、身に付ける。

ツインテールをほどいて、後ろに大きく束ねる。

目にはカラーコンタクト、前髪には流星を模した白いメッシュを二束。

 

これで、トレーナーにもすぐにはわからないだろう。

 

=========

 

スタジオを片付け鍵を事務室に返し、校舎中央棟の下、トレーナー室と職員玄関が見える位置に隠れる。

 

見上げれば、226号室(トレーナー室)はまだ電気が点いている。

よかった、トレーナー室以外での業務だったら早々に見失う所だった。行き当たりばったりでも何とかなるものね。

 

スマホの外泊申請アプリを立ち上げ、帰寮時間繰下申請を出す。

これで、トレーナーの帰宅時間が遅くなっても問題なく寮に入れる。

後は待つだけ。

 

...スカーレット、なにしてんだ?

ヒャア!

急に背後から声をかけられて、変な声が飛び出す。

振り返ると、ジャージ姿のウオッカが立っている。

 

ビックリしたじゃないの!こっそり近づいてくるんじゃないわよ!!

...ったく、何か用?

いや、知り合いが変装して張り込んでたらそりゃ気になるだろ。

言われてみればそれはそうね。

...まって、この変装じゃバレバレだったりする?

オレはただオレのトレーナーに今日のトレーニングの報告に来ただけだ。

それで、お前はなんかあったのか?変装なんかしちゃって。

ちょっと探りものよ、個人的な。

...アンタ、普通に声かけてきたけど、この変装バレバレだったりする?

そうでもないな。

部屋で見たことあるものばっかり着けてたからさ。

ああ、そういえば吟味している時ウオッカも部屋にいたっけ。

よかった。

 

んじゃ、オレはそろそろ行くわ。

あんまり遅くなるなよー。

...ええ。

 


=========

 

メイドから受け取ったのか、受話器の向こうから姉の声が聞こえてくる。

電話の向こうの声はこちらの返事も待たず、幼い頃の昔話を始める。

声のトーンは高く、最近...いや、電話している時はこんなものか。

...こちらはまだ心の準備もろくに整っていないのに。

 

...大層ご機嫌(うるわ)しゅうご様子でなによりです、御姉様。

こちらが話し始めると同時、姉はこちらの言葉に食い入るかの様に黙り込む。こういうところは、少しだけありがたい。

...どの面下げてというのは承知の上ですが、また御姉様に少々お願いしたいことがございまして。

そこまで言うが早いか、姉は瞬時に快諾する。

身内には甘いのは美点であって欠点だな。

 

...あの、まだ内容をお話ししていないのですが。

これで家の財産を全て要求したらどうするのでしょうか。

姉はクスクスと笑うと、それすらも快諾する。

こちらの性格を理解して、かつあくまでも例えだからであることはわかっているが、それでも、なんというか。

......御姉様がよろしくても他が許さないでしょうが!

お人好しもいい加減にしてください!

そのうち悪意を持った人に付け込まれますよ!

少しは本家の─!

いや、これは自分の踏みいる領分ではないか。

既に部外者の身には関係ないことだ。

......失礼いたしました。本題に入りましょう。

定例の件に一人招待したい人が居るのです。

都合をつけて頂きたく。

 

姉は数秒の短考の後、その招待者の名前をピタリと当ててみせる。

話が早いのも相変わらずだ。

...いえ、走者ではなく観戦ですが...その。

余計なことを知られてしまうと色々不都合と言いますか...ええ、ですので内部の方に。

 

姉は電話の向こうで大きなため息をひとつ吐いて、考え直す気は無いかと聞いてくる。

..........生憎、もう引き返すには分岐点は遠すぎます。

強いて言えば、あの日何も起きなかったなら、この道は選ばなかった...選べなかったのでしょうけど。

 

......いえ、貴女方に罪はありません。

この件で責められるべきは、デキソコナイの私だけですし。

姉の声のトーンが悲しむような怒るようなものに変わる。

......。

貴女に理解していただけるとは思っていませんし、それを求めてもおりません。

太陽には道端の小さな影の気持ちはわからないものです。

 

むしろ、わかられてたまるか。

 

姉は協力の条件を並べてくる。

...うん、この分なら納得できる取引だ。

......対価がそれだけで良いのであれば、こちらとしても異存はありません。

...はい、よろしくお願い致します。

失礼いたします。

 

通話を終え、体を椅子に放り投げる。

スマホを机に放り、備え付けのPCを立ち上げなおして作業を再開する。

 

Destiny to fly to sky carries life,

 

口をついて出たのは、嫌いな歌。

一番嫌いで、一番染みついた歌。

 

And the inherited story.

 

一人きりの合唱曲が、空しく部屋に響いていた。

 


=========

 

──電気が消えた。

スマホに目を落とす。既に20時を回っている。

ずらした門限まで2時間、よほど遠くでなければ間に合うはず。

後はトレーナーを追いかけて彼の家を特定して、7月14日に備えるだけだ。

 

二分とせずに、職員玄関からトレーナーが出てくる。

...普段後ろでまとめている長髪がほどかれ、月明かりで黒紫に光っている。

 

どこか、見覚えのある雰囲気だった。

髪を下ろしているのは始めて見るのに、何処かで見たような、いつもその髪型で過ごしているかのような、違和感がないのがむしろ違和感とでも言うべきズレ。

しかし、尾行をやめる程の問題な訳でもない。

トレーナーから少し距離を置いて後ろを歩く。

 

=========

 

スーパーで惣菜を買うといったちょっとした寄り道はあったものの、尾行は多分順調に進んでいる。

 

進行方向がトレセン方面なこと以外は。

 

...実はバレていて、このままついていったら寮前で、説教されるオチなんてないと信じたい。

 

トレーナーが道を曲がる。

良かった、そんなオチはなさそうだ。

曲がり角の先には小さなマンション。

その玄関口にはトレセン学園のマークのオブジェがデカデカと鎮座している。

トレセン学園の敷地外のトレーナー寮か。

 

トレーナーの背中が三階の角部屋に消える。

取り敢えず家は特定した。

あとは当日、ここからどこに向かうかを確かめるだけだ。

 

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