少女を初めて見てから、一週間の時が過ぎた。
次の日も、その次の日も少女はただひたすらに走っていた。
まるで、そこにしか居場所が無いかのように。
まるで、それだけが自分の価値のように。
どうしてそこまで必死になれるのだろう。
外見、頭脳、身体能力。
何かしら才能があるのであれば、それだけで人間は評価される。
自分なんかとは違って、他にいくらでも居場所が有るだろうに。
青葉は少女をぼんやりと眺める。
...今日も流しだ。
「...全速力、出さないんだな。」
思わず、言葉がこぼれる
数秒の差、それを聞いていたように彼女は加速する。
...些細な違和感。
あの体で全速力とすると少し遅いだろうか。
..........いや、違う。
そもそも全速力じゃない。
体の部分部分の力が抜けている。
年齢を考えれば一応は全速力として納得できる速度でなお、全速力ではない。
「まだ、行ける...?」
口から漏れた呟きに、彼女は更に加速してみせた。
「──速い。 」
芝と曲がりなりにも舗装された道という違いはあるとは言え、その速さは既に地方のメイクデビューでなら、優勝は無理でも入着ができるかもしれない。
本格化もなにもない小学校中学年か低学年そこいらの少女だというのに、それでこれだけの速度と体力。
間違いなく中央の器。それも上澄み。
一体どれだけの才能を与えられて生まれてきたのか。
一体どれだけの時間を走りにだけ捧げてきたのか。
やがて、少女が足を止める。
「........凄いね、君。 」
気がつけば、青葉は彼女に話しかけていた。
「ありがとう。でも、まだ足りないの。」
少女が答える。
「私は、一番になりたい。
だからこのくらいのこと当たり前にできなきゃだめ。
今のまんまじゃお姉ちゃんにすら勝てないから。
もっと、もっと強くならないといけないの。」
姉への憧憬。故の走りへの執着。
自分と一緒だ。
...才能があっても楽じゃないらしい。
「...ねぇ、さっき私が全速力じゃなかったのを見抜いてたけど、どうしてわかったの?」
少女は首をかしげる。
「体つきの良さとか、体重移動の上手さにしては遅いと思った。
あのぐらい体が使えるなら、もっと速度は出るはずだから。」
「詳しいのね。」
少女の眼差しから目を逸らす。
「..........まあね。
家がそういう家系だからさ。」
嘘ばっかり。
自分の言葉に苦笑が漏れる。
「ならちょうど良いわ、私の走りにアドバイスをくれないかしら?」
「そういうのは学校の先生とかに聞いた方が良いんじゃないか?一人は居るでしょ、専門の先生が。」
トレーナー資格どころかその教育を受けているわけでもない自分が手出しをすべき領域ではない。
「あんなのダメよ。
手を抜いていても気付きやしないもの。」
少女は横に首を振る。
...
気持ちとしてはわからなくはない。
「...わかった。
先に言っておくよ、トレーナーとしての知識は殆ど無いから、あまりフォームとかの方にアドバイスはできないよ。
出来て普段のトレーニングについてとか。」
経験があるのはその辺りだけだ。
「それで良いわ。」
言いながら、少女は道端に放られていたランドセルから手帳と鉛筆を取り出す。
「そっか、じゃあまず先に質問。
君は普段レースで..........
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「...あとは
...距離の違いや年齢、タイル舗装と芝の速度の差と足への負荷を勘案して..........君の場合は23-23かな。
公園一周を23秒で一周、これを二周連続で維持を目指そう。
僕が言えるのはこの程度かな。」
少女はメモを取り終えると、口を開く。
「…あなた、私のトレーニングを見てくれないかしら。
気になったことがあったら助言を入れてほしいの。」
「...ごめんね、それはできない。
ウマ娘の足は繊細なんだ。あっという間に壊れ、通常の医療技術では二度と元には戻らない。
そうなった時、私にはその責任を取る能力はないから。」
それは御姉様を見ていればいやでもよくわかる。
中央のトレーナーですら、担当の怪我は防げないのだから。
そうなった時、自分はその怪我になにもしてあげることは出来ない。
あの薬を使うなら話は変わるにしても、そのうちトゥインクルシリーズでは禁止されるだろう。
「それなら私のトレーニングを見ないと危ないんじゃないかしら。
あなたより私の方が知識が無いってわけだし。」
「でも…」
自主練なら自己責任で終わる話。でもそこに介入してはこちらにも責任が来る。御姉様にも迷惑がかかる。
「…じゃあこうしましょ、あなたは独り言を言うだけ、私は偶然その独り言とおんなじことを閃いた。
…それならいいでしょ?」
…押しが強い。何か大きな目標でも…
ああ、一番になりたい、姉に勝ちたい、そういえばそういっていた。
姉に勝ちたい、か。
「......少し、考える時間をくれないか?」
「ええ、とーぜんじゃない。いい返事を期待してるわ!」
そういって、少女は微笑んだ。