走り出したバ群がまとまりだす。
ドレトノートはバ群の最後尾につける。
「..........。」
狐面に仕込まれたモニタに、前を行く15人のウマ娘の予測身体能力が映し出される。
...................。
15番はスピードタイプ、後回し。
12番はスタミナタイプ、優先。
14番はスタミナタイプ、同上。
07番はギリギリスタミナ寄り、同上。
12,14,07を優先的に処理しよう。
ドレトノートが意識を3人に集中させると、彼女らの走りから余裕が消える。
ドレトノートがペースを徐々に徐々に上げる。
つられて3人のペースが上がり、後方にいた筈の3人がバ群をすり抜けて飛び出した格好になる。
ドレトノートはさらにペースを上げ、スプリンターと同等のスパートにまで押し上げる。
限界を迎えた3人が左右に散開し、フェンスギリギリで減速し、後ろに消える。
ドレトノートは大外を回り、バ群の最後尾に収まる。
後、13人。
3人がいきなり速度を上げ、それに青葉トレーナーがついていったのを見て確信する。
この前の自主トレで感じたあの凍りつく感覚は青葉トレーナーの威圧。
そして、本気で威圧しようものなら、その圧はこの前の比ではない。
なにしろ何百メートルと離れ、ガラスに隔たれている今この場所ですら、激しい胸騒ぎが収まらないのだから。
眺めてるうちに一人、また一人とバ群から脱落していく。
滅茶苦茶だ。本当に、滅茶苦茶だ。
何度もスプリンターのスパートほどの速度に加速して、減速して、巡航速度に再加速するまでを繰り返す。
言葉だけなら単純な行動だが、スタミナの消費や足への負荷は計り知れない。
これが
...それだけじゃないのは、火を見るより明らかだった。
=========
後、8人。
次。
..........の前にそろそろ足が限界か。
一度、壊しておくか。
ドレトノートが加速し、バ群から一人抜け出した状態になる。
距離、十分。
万が一が起きても巻き込まれる者はいない。
再構築、用意。
その足が地面を捉え、秘めたる過剰な出力を解き放つ。
◢◤◢◤◢◤Lineless-EmeralDRe_d◢◤◢◤◢◤
◢◤◢◤◢◤Lineless-EmeralDRe_d◢◤◢◤◢◤
大きな負担がかかる急加速技の三連続。
足に、わざと異常な負荷がかけられ──
──バキッ
青葉トレーナーの体制が崩れる。
──!
酷く、嫌な感触。
動画で、レース場で、幾度か見覚えがある。
走行中の骨折、基本的にそれは予後不良を意味する。
競技人生は勿論、下手をすれば命すら危うい状態。
咄嗟に目を閉じ顔を背ける。
どうか、無事でありますように。
ゆっくりと、目を開け、視線を戻す。
そこに───居ない?
視線をずらしていくと、先程と同様に大外を回ってバ群の最後尾につける青葉トレーナーが目に入る。
見間違いか?いや、そんな筈は無い。
あの姿勢の崩し方は間違いなく骨折のそれだった。
でも、それならなぜ走れているのかしら。
それこそ、骨折が一瞬で治るような奇跡でも───骨折が治る?
覚えがある。
「ドレッドノート...?」
仮にあの薬を投与したなら可能ね。
ここはトゥインクルシリーズではないから、禁止ではないし。
「正解です。
あの子の痛覚神経に接続されたインプラントが骨折を検知し、腕輪からドレッドノートが投与されるようになっています。」
それで骨折から回復したのは理解できるが、あの動きはわざと骨折させているように見えた。
なんで、わざわざそんな激痛の走る行いを...
そんなことを考えていると、ダンシングステージさんがこちらへ振り向く。
「...結果は見えていますし、退屈しのぎに少し昔話でもいたしましょう。
昔々─それはそれは大昔。
あるところに、素晴らしく強いウマ娘がおりました。彼女はやがて配偶者に出会い、子宝に恵まれました。
その子らも素晴らしい実力の持ち主で、やはり配偶者に出会い、子宝に恵まれました。
そうやって、彼女の血を引く者たち─一族が栄えはじめて数世紀、何代もの時が過ぎました。
彼女の血は世代と共に薄まり、共に一族全体の能力も衰え、徐々に一族は衰退しつつありました。
そんな中、一族の者同士の婚姻がありました。彼女らもまた、子宝に恵まれました。
その子らは偶然にも─初代の足元にすら遠く及ばないとはいえ─その代の中で飛び抜けた実力を有していました。
それを機に、禁忌に触れない程度の近親婚が増えていきました。 」
ダンシングステージさんは天井を仰ぐ。
「それは、言ってみれば祈りでした。
子孫らにその実力が受け継がれるように。
より初代に近しい実力の者が生まれるように。
何より、彼女らが幸せに暮らせるように。
そんな願いが込められた祈り。 」
すべて善意から始まっていることだ、とは何の本で読んだ言葉だったかしら。
あらゆることは善意から始まっている。家族の暮らしを良くしたり、会社を儲けさせたり。そうして物事の最初の一歩は踏み出される。
「しかしながら、それは呪いでもありました。
近親婚が繰り返されれば血は行き詰まります。
本来遺伝子とはその構造を複雑に多様化させていくもの、言ってみれば非常に高度な自己進化プログラムのようなものです。
そのプログラムの根幹に相反する動作を繰り返せば、バグが発生するのは自明の理。
不受胎、流産、奇形児、虚弱体質、脚部不安、天才。
それらはゆっくりと、しかし確実に一族を蝕み..........そして、一族は潰えてしまいました。」
どこの名門でもそこそこある話だ。
近年では改善されつつあるとはいえ、現にアタシの足も少し脆い。
恐らく、青葉トレーナーも。
..........ああ、だからか。
あんなに加減速を繰り返せば骨がもつ筈もない。脆いなら尚更だ。
バ群の中で姿勢を崩せば事故の可能性もある。
だから、わざわざ抜け出して早めに壊したと。
納得はできるが、とても理解はしたくない。
「...この話には教訓があります。
一つは、『対価無き幸せなど無い』ということ。
もう一つは、『光とは常に影を落とすものである』ということ。 」
世の常と言えばそれまでだけど、残酷な事ではある。
「これらは極論ですが、それ故色々なものに通じます。
勝者がいれば、敗者がいるように。
富める者がいれば、貧する者がいるように。
繁栄があれば、衰退があるように。 」
ダンシングステージさんは一つため息を吐いて、何処か遠くを強く睨む。
「しからば、どうして一族の子全てが憧れなどと──光の子などと宣えましょう。
あの子は、言うなれば我々の一族の光が落とした影。
我々の幸せの対価を背負わせられた保証人。
走るためなら自身の欠損も死亡も厭わない、動く狂気。
間違いなく当代最強と言える実力を持ちながら、当主の座はおろか家の名を冠することすらも許されぬ、ウマ娘のような形をした『
かのメジロマックイーンを最高傑作と言うのであれば、手段を問わない場合にのみそれすら遥か凌駕する、いわば『最低傑作』。
それが、あの子です。」
タキオン先生の言っていた、トレーナーの姉の人物像と一致する。
やっぱり、青葉トレーナーはトレーナーの姉。
...なら、なんで二人とも同じ名前?
いや、それよりも。
一族の名を背負うことすら許されない。つまるところ本来なら今の話──青葉トレーナーが目白家の一員であること自体、到底部外者には教えられない様な一族の秘密のようなものだ。
「...それを私に聞かせて、どうするおつもりですか。」
「情報とは一種の武器防具、知ってと知らずには天地の差があります。
覚悟するにも、決断するにも。」
ダンシングステージさんはこちらに向き直って、悲しげに微笑む。
「青葉の願いを叶えるのならば、貴女はあの子の秘め事に触れなければならなくなる。
秘め事とは、真実とは時が経てば経つ程威力は増えていく爆弾のようなもの。
ですが、貴女があの子に勝つのにはまだ時間がかかります。
そして、勝てるだけの力を着けた時には、既にとてつもない威力まで膨れ上がっている。例え一端ですら、あまりに大きすぎるほどに。」
目を閉じて、一呼吸。
鋭い視線がこちらに突き刺さる。
「覚悟しておいてください。
あの子は、貴女が知っている程善人ではありません。」
「...覚えておきます。」
気がつけば、ターフの上を駆けているのは4人にまで減っている。
決着までそうかからない筈。
そろそろ、意識をレースに戻そう。
=========
ドレトノートの追走に耐えきれなくなったウマ娘が、また一人バ群から脱落していく。
後、3人。
後、2人。
最後まで粘っていたウマ娘もついには限界を迎え、じわじわと失速していく。
後、1人。
最早、
一人だけのターフ。
先程まで他のウマ娘に向けられていた悪意といったものをごった煮にしたものが、レース前と同じ様に自身に逆流する。
ドレトノートが呪詛でも吐き出すように、再びその文字列を口ずさみだす。
「死にたもうれ
死にたもうれ
ガタガカタガタガタ
視界が揺れる。
地震?いや、違う。これは震えだ。
震えが止まらない。
レース本来の熱気とは正反対の、身体のそこから冷えるような異質な感覚。
「...少々、失礼いたします。」
ステージさんがそう言うが早いか、目の前に有った筈の窓ガラスが、無機質な白い壁に変わる。
恐らく、リムジンのガラスと似た物ね。
「しばらく待っていてください。
今回は痕跡を見ていただいて、直接見るのはまた今度に。
私も心の準備が出来ていない者にスプラッタを見せるほど鬼ではありませんから。」
「スプラッタ...。」
青葉トレーナーのさっきの骨折による回復を考えれば察しはつく。
...たしかに、精神衛生上見ない方が良さそうだ。
◢◤◢◤◢◤Endless Dream◢◤◢◤◢◤
一秒にも満たない間。
左足が地面を抉り蹴り飛ばし、芝で固まった土塊が反作用で文字通り吹き飛ぶ。
爆発的、という言葉では到底足りない急加速。
..........いや、それで終わりではない。
次の一歩──右足も同様に地面に食らいつく。
◢◤◢◤◢◤Endless Dream◢◤◢◤◢◤
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◥◤◢◣◢◤EnDleSs 縺?@縺ヲ蜷縺セ縺ォ練
◥◣◢◣◥◤eNdLesS 諞ナ弱>螯ャ縺セ縺ィ励
◥◣◥◣◥◤ENdlEsS 縺昴?讓ゥ蛻ゥ縺梧怏
◥◣◥◣◥◣Endless Nightmare◥◣◥◣◥◣
死にたもうれ
死にたもうれ
我が身には血が流れている
一族をあまねく照らす光をもたらす血が
されど、我が身輝くこと叶わず
照らすのが光であるなら
焼き尽くすのも光であり
影を落とすのも光である
しからば、我が身は落とされた影と例えられよう
なれば、光で満たされた空間に影の居場所など無く
等しく、我が身は祓われるべき汚点そのものにすぎず
故に我、照らされることを望まん
死にたもうれ
死にたもうれ
◥◣◥◣◥◣Endless Nightmare◥◣◥◣◥◣
◥◣◥◣◥◣Endless Nightmare◥◣◥◣◥◣
自信、嫉妬、羨望、欲望、渇望、害意、殺意、憎悪、
二度目の加速。
三度目の加速。
四度目。
五度目。
六、七、九、十一、十五、─────
止まらない。
いや、減速の兆しすらない。
むしろ加速の間隔が縮まっている。
地を削り取るように
例え他のウマ娘が居たとしても。
例え彼女らの状態が万全だったとしても。
誰一人、
一歩、また一歩と、芝ごと抉り取って吹き飛ぶ大きな土塊が、その足にかかる負荷を代弁している。
ウマ娘の体では到底耐えられない走り。
いや──事実、
一歩毎に反動で足の骨が粉砕され、それが次の一歩までの一瞬で再生されているだけに過ぎない。
壊すための走り。
壊れるための走り。
抉りとられた足跡に、深紅の轍が刻み込まれていく。
骨折と再生の激痛で脳内麻薬が溢れ、臨死と蘇生の往復で世界が明滅する。
痛い、イ い、いたい
タ
苦
くルしい、 しい
シにたい シにたくない
タスけて おネエちゃん タスけてよ
おネエちゃん おネエちゃん どこ
いたい くるしい ぐるぐる ぱちぱち
せかいがまわる ちかちかひかる
まだ まだ もっと もっと
たのしいな いたいな あたたかいな つめたいな うれしいな くるしいな
あ おねえちゃん いつのまに そこにいたの
あはは おねえちゃん おねえちゃん まってよ まってってば
わたしが おねえちゃんに おいつくわけ ないじゃんか
あ とまってくれた
おねえちゃん やっと おいつい────