自慢のツインテールに櫛を通していると、控え室にトレーナーが入ってくる。
「戻った。」
「どうだった?」
鏡越しに表情を見る感じ、何事も無さそうだけど。
「事前情報と特に大きく変わった所はない。
作戦は変更無し。
練習通りに走れれば、素の実力差で圧倒できる。 」
ただ、とトレーナーは続ける。
「...懸念点は手前正面の向かい風が少し強い。
ゲートの件もそうだけど、スタート直後の向かい風だから不利にはなる。
おまけに風の音が変わるから、ペースも少し乱れやすくなる。惑わされないように注意していけ。」
運が悪い。...けど、それを跳ね返してこそよね。
「わかったわ。」
コンコンコン
「ダイワスカーレットさーん!
そろそろお時間なので移動お願いしまーす!」
ノックとほぼ同時、通路から係員の声がする。
「...だ、そうだ。」
「わかるわよ。」
拳を差し出す。
「─We'll be?」
問えば、トレーナーはノータイムで拳を当てて返してくる。
「『ST』.
行ってこい。」
トレーナーは拳を解くと軽く背中を押してくれる。
「ええ。」
小さく、深呼吸。
「勝ってくるわ。」
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コツン コツン コツン
地下通路に足音が反響する。
初めての感覚。
奮い立つような、燃えるような。
悪い感じはしない。
「ダイワスカーレットさん。」
新感覚に身を預けながら道を進むと、呼び止められる。
振り向くと、何処となく自分と似たウマ娘が一礼している。
何が、と問われても言葉で表すことが出来ないが、得体の知れない気味の悪さを感じる。
「お初にお目にかかります。
本日お手合わせ頂く一人、ツキヨナガイヨルと申します。
以後、お見知りおきを。」
所作の流麗さが、それなりの家の出であることを優に語っている。
「...丁寧なご挨拶ありがとうございます。
今日はよろしくお願いしますね。」
上目遣いとも睨み付けともとれる細目の視線を受ける。
「よろしくお願い致します。
...貴女にはこ存じ頂けて無いこととは思いますが、私は貴女の事を存じ上げておりました。
貴女があの人に近づいたあの日から、ずっと。」
何の話?あの人?あの日?
「...話が見えないのだけど。」
首をかしげて見せても、説明は返ってこない。
「今度は、私が貴女に刻み付ける番です。
お覚悟を。
今日この日を、私を、一生忘れられなくして差し上げます。」
話が見えないけど、とりあえず何処かで妬まれて、今宣戦布告されていることは間違いないらしい。
それなら結局やることは一つ。話は早い。
「安心してください。私、記憶力が良いので覚えていますよ。
貴女がバックダンサーでも。」
「なっ!」
まさか挑発され返されるとは思ってなかったのか、細目になっていた相貌が丸く見開かれる。
「それでは、お先に失礼しますね。」
言い残して、地下道を進む。
目指すはターフ、その向こうの勝利だ。
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ティロ
職員証を認識したゲートが開く。
通り抜けて窓際の席に腰を下ろす。
ターフ上の上では、先のレースの落下物がないか職員が探している所だ。
ダイワスカーレットのレースまでそう長くはかからないだろう。
「...やあ、君もこっちで見る派だったんだね。意外だよ。」
ふとかけられた声に振り向くと、よく知る顔と目が合う。
「これはこれは、先生。
私としても意外でしたよ。貴女が実験室から出るなんて。」
「君は私をなんだと思っているんだい?
君にそれを渡したのは実験室じゃなかっだろう?」
アグネスタキオンは呆れた顔で二の腕を叩いて見せる。
「ああ、そういえば。
でもやはり、わざわざレースを見に来るというのは意外ですね。
テレビで見てそうなイメージでした。」
「普段はそうだがね、今日は娘が両方走るんだ。せっかくだからこの目で成長を見たいんだよ。」
娘、娘か。
...もしも『そう』なら、色々と説明がつく。
やるかやらないかで言えば確実にやる。つまりは『そう』な訳で。一体どこから仕組まれていたのやら。
いや、というかそもそも。
「結婚してらしたのですね。
その割には昔から諸々長期の仕事を幾つも...。」
口に出している途中で合点が行く。
「君が何を考えているか分かるよ。
それにはつくづく同意だ。
私ももう少し早く気付きたかったものだよ。」
アグネスタキオンから溜め息が漏れる。
「...とりあえず、今を見るとしましょうか。
丁度ゲートインが始まった様ですし。」
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「ゲートイン始まりました京都レース場第5レース、ジュニア級新バ戦芝2000m。
天候は小雨、バ場は良の発表です。
引き続き実況は
さて、敷島さん。このレースどう見ますか?」
「注目は一番人気のダイワスカーレットでしょうか。
彼女の姉ダイワメジャーが、本日のメイン、第11レースマイルチャンピオンシップにエントリーしています。
皐月賞、毎日王冠、天皇賞秋と大きな重賞を制覇しているので、その妹の彼女にも大きな期待ができるでしょう。
前評判も申し分ありません。
ダイワメジャーが先行策を得意とすることから彼女もまた恐らくは先行。
正面は向かい風なので逃げ先行の不利。
いかにして彼女を差しきるかの勝負になってきそうです。
逆に彼女自身からすれば、初の公式戦にして他のウマ娘の大半からマークされることになりますので、向かい風と相まって非常に苦しいレースになるのではないでしょうか。」
「やはりですか。
さぁ、各ウマ娘ゲートイン完了、発走の準備が整いました。」
「新世代への希望をのせて、ジュニア級新馬戦────スタートしました!」