トレーナー室に勢いづいた実況放送の声が響く。
『200を切った!
大外からウオッカがすごい足で来た!大外からウオッカがすごい足で来た!
先頭のウマ娘は粘っている!
ウオッカが来た!!差を詰めて来た!!
二人の争いだ!
ウオッカ届くか!!
ウオッカ届くか!! 』
『僅かにウオッカか!!
僅かに外ウオッカか!!』
『最後の直線ものすごいこの二人の勝負!!
ジュニア女王は外僅かにウオッカか!』
画面に写し出されているのはジュベナイルフィリーズの生中継。
その中で勝負服姿のウオッカが拳を振り上げている。
予想通りとはいえ。
「...GⅠ勝利、先越されちゃったね。」
「..........それだけならまだ良いわ。
レースレコードよ。アイツが一番だって記録に残るわ。」
スカーレットは不満そうに背もたれに身を投げる。
実際、そこは問題の一つと言える。
あのタイムは今のスカーレットには出せない。
いくら直接対決までほぼ4ヶ月、桜花賞まで5ヶ月はあるとはいえ中々に厳しいものがある。
「..........ふん。」
スカーレットは不満を隠せない様子だ。
当然と言えば当然だ。その世代のウマ娘がデビューし始めてから『一番』最初のGⅠレースで『一番』を、それもそのレースの歴代で『一番』のタイムを取られ、しかも今年の『一番』のウマ娘の一人に選ばれることが確定したも同然なのだから。
いくら当初の出走計画決定時点でタイム以外はほぼ確定のようなものだったとはいえ、スカーレットにとってはどうしても癪に障る話だ。
「...何を考えているかわかるよ。
自分があそこに居れば、ってところだろう。
残念だけど、今の君があそこにいても恐らくは三着だ。この前のデビュー戦の最後のアレと同じことができても二着に行けるか怪しい。」
悲しいけど、事実は事実だ。
いくら練習と実戦は別物とはいえ、ここまでタイムに差があればそこの違いだけで埋まりはしない。
「...そう。
..........まって、桜花賞と同じコースよね?」
遅れて気がついたのか、表情に少し焦りが見える。
「ああ。どう楽天的に考えたとしてもかなりまずい。
掲示板にのったウマ娘のうちの4人がマイラー或いはスプリンターだから、そもそものレースのテンポが速かったのも無視できない程度にはあるだろうけど、それにしてもだ。
この前の模擬レースでの1600mのタイムは1分34秒、コースの違いを補正するなら阪神換算で同35秒3。」
約2秒、バ身にして約12バ身もの差。
「レースのペースに差があるとしても、これほどタイムに差があるとペースどうこう以前の問題だ。
これを最低でも33秒台にしないと勝負にならない。可能なら33秒台前半に。」
スカーレットが数秒絶句する。
「..........2秒短縮、ね。
無茶言ってくれるじゃない。」
コンマ1秒を競う世界において2秒がいかに大きな差なことか。
まして、それだけで済むわけがない。努力を重ねるのはこちら側だけではないのだ。
「本格化の影響を考えると、下手するともっと短縮が必要になるかもしれない。
まあ、周りが着いてこれないことと彼女が差し寄りの戦法なのを考えると、そこまで大きくは変わらないだろうけど。」
とはいえ、打てるだけの手は打っておかなければ。
「スピードよりのブーツの注文を出しておくから、早めに靴を馴染ませておこう。
あとはトレーニングメニューを組み直すのが最優先かな。
それが終わったらウオッカの末脚の対策を。
火曜水曜、まずランニングマシンのセット数を減らして速度を上げよう。
金曜の18ハロン持久走も無くして
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控え室に戻ってきた
「お疲れ様。
未勝利戦、優勝おめでとう。これで16日の中京ジュニアステークスには間に合うよ。」
今日の目標は完全に果たしたといっていい。
「...とはいっても、直接対決のチャンスはあと二回。勝ちを目指せる回数に至っては一回だけ。
覚悟はいいかな?」
彼女はゆっくりと、深く頷く。
「もとより。」
聞くまでもない、とその双眸は雄弁に語る。
「今日のウオッカの勝利で、向こう側はそっちに注目しているはず。
新バ戦の時の敗戦と相まって、次の中京ジュニアステークスでは向こう側のマークはより薄れるわけで、狙い目はここではあるんだけど。」
新バ戦をダイワスカーレットと合わせたしわ寄せが今日のレース。ここにレースを必要とした以上は、仕掛け時までしばらく休養が必要不可欠。
「ところが、仕留める為の休養を取っていられるだけの時間は今の私達にはない。
次は不利を通り越して自滅のリスクすらある以上、私達の本命はあくまでも1月。
ここまではあちら側も読んでくるはず。」
単純な手は対策される。でも複雑で緻密な仕掛けは些細な想定外で破綻する。
破綻しない様にからくりはシンプルに、それでいて対策できない程に大胆に。
「今度のレースでは例の技も次はまだ封印、1月のレースで使おう。ダービーの為の仕込みも1月で使っちゃおうか。
その分、クラシック戦線は厳しくなるよ。」
それで良いか、など問いはしない。
「その為には次のレースでダイワスカーレットに貴女を見させること。
貴女という存在を意識させれば十分。
そうすれば、1月はこっちの手の上だから。」