「..........。」
末脚のキレが新バ戦以下。
これはまあいい。連闘を考慮すればあの末脚を出しては危険だ。正しい選択だろう。
問題はそれより先。
その末脚があっても新バ戦ではスカーレットが勝ったのだ、無しでは勝ち目があるわけもない。
スカーレットのデータが欲しいだけなら、今日のレースは見る側に立つ筈。
今の身体能力を比較することを目的にしようにも、向こうは三連闘目でポジショニングも違う以上、正しいデータの取りようがない。
そうなると、スカーレットを徹底マークしていたことを踏まえても、今日の向こうの目的はこちらに向こう側を意識させること。
...だとして、なのだ。
警戒対象にさせて、どうする?
彼女のトレーナーの
...しかし菊逃げは性質上、手の内を知っている相手には弱く、そもそも使うには距離が必要だ。こちらは次にチューリップ賞に備えて1600mのレース出る以上、合わせてくるなら菊逃げは完全に死に技になる。
そうすると今日を布石に先行策を取ってくる?
...その可能性の方が高い。
或は逃げと先行の二脚質を見せてこちらに読み合いを仕掛けているのか。
...噂通り面倒な
こちらも色々と手札を─
「青葉君、そろそろ帰ってきてくれ。」
肩を揺すられ、思考を中断する。
「...失礼、考え事をしていました。」
「数回呼び掛けても反応が無かったし、そうだろうね。
どこまで思い至ったかい?」
「...今日の出走はこちらの注意を向けさせる為のもの。
注意を向けさせた上で手札を少し見せて揺さぶりをかけるのが目的、とまでは。」
「ふむ...」
アグネスタキオンは顎に手を当て数秒考え込むと、小さく息をつく。
「やはり君達をあてがったのは正解だったみたいだ。
この短時間でもそこまでは求まるか。」
...自分としては自分の意思で契約したが、実際スカーレットに信頼されている彼女が有ること無いことを吹き込めば契約を白紙に戻されていた事は想像に難くない。
わざわざあてがったという辺り、
「...ああ。そういうことですか。
こちら側に接触しておいてあちら側に接触しない訳がない。
さっきは答えを、あちら側の策謀をご存じで適当な事を言いましたね?」
軽く睨むと、アグネスタキオンは顔を反らしながら手を広げる。
「なんの事だかさっぱりだね。
さて、スカーレット君も戻ってくるころだろう。迎えにいってやるといい。」
お互い山のように隠し事のある身、一度しらばっくれ始めた以上問うても暖簾に腕押しなのは分かりきった事か。
「...ですね、失礼します。」
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「お疲れ様。」
地下通路を歩いてくるスカーレットにタオルとボトルを渡す。
「ありがとう。...どうだった?」
「スタート、レース運び、仕掛け時、スパートいずれも問題無し。良かったよ。」
とはいえ、新馬戦の時の最後の
「当然よ、これぐらい。」
スカーレットは胸を張る。
「それは頼もしい。
...少し個室で話したい。あとは控え室に戻ってから話そう。」
「お疲れさまー。」
地下通路を歩く
「珍しいですね、トレーナーさんが地下通路までお越しになるとは。」
「情報収集のついでだよ。」
条件は二つともクリア。
タイミングずらしはうまくいってたし、怪我もしていない。
さっきの
「今日の目標は完遂。文句無しだね。
...それじゃ、あとは1月まで、本命を突き詰めるよ。
最初の一手だけ、じゃ結局デビュー戦の二の舞になっちゃうし。」
いくらデビュー戦より400m短いとはいえ少なくとも二手目が、可能ならもっと手札がほしい。
「ええ、承知しております。」
さぁ~て。君の愛しの新人トレーナー君と、その担当の優等生ちゃんに。
「教科書にない答え、見せてあげましょ。」
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「...つまりアンタは、今度の試合でナガイヨルが先行策を使ってくるかもしれないと考えている訳ね?」
つい先程のレース映像を見終えたスカーレットがこちらに振り向く。
「ああ。
ただ、引っ掛かることはあるんだ。
作戦変更なんて大胆な手を使うならわざわざそれを前もって相手に見せるだろうか、って。
だからその作戦変更自体がブラフだってありえる。二択の読み合いじゃない可能性すらある。」
スカーレットは顎に手をやる。
「...向こうにスパイを.....はできないか。アンタもう忙しいものね。
そうなると逃げ先行両方に対策をしないといけないかしら。」
「君のお陰さまでね。
ウオッカの差し...厳密には実戦ではこっちも先行と差しの中間だから両方にだけど......そっちも引き続き対策を作らないといけないから、いよいよ本格的にだな。」
ここからはきっとこれまでみたいな能力だけで叩き潰すようなレースじゃ勝てなくなる。
もっとも、スカーレットのように素の能力が暴力的な値な場合、無駄にあれこれ考えさせるよりは自分自身の走りに集中を向けさせた方が強いところもあるのだが、問題は同格のウオッカやその一歩後ろのツキヨナガイヨルだ。
単純な力押しでは同じ状態のウオッカには五分五分、ツキヨナガイヨルはトレーナーが力押しを阻止してくる筈。
だから求められるのはほぼ無意識で使えるレベルまで体に細々とした技を馴染ませること。
...人脈を当たるしかないか。
「対面トレーニングの量を増やそう。
内容も並走を中心とした実践的なものにする。
並走相手はこっちで話をまとめておくよ。
細かい決定は後日のミーティングで追って。」
「...並走中心って、そんなに毎回毎回話をつけれる相手はいるの?」
昔のようにはいかないけれど。
姉を中心に人脈は広いものだ。一族のウマ娘を経由すれば、大半のウマ娘とはコンタクトを取れる。そして、こういう時に応じてくれるウマ娘とは十何人か面識がある。
流石に期間的に、呼ぶなら2,3人程度だけど。
「相当数心当たりがある。
向こうが手札をチラ見せして揺さぶってる以上、対策にこちらも手札は握っておきたいから、場所はこの前君がダンシングステージさんに案内してもらった地下レース場で。
あそこなら確実に使えるし。」
色々と手を回すならあそこが一番都合がいい。
「...確実に使えるって......まあ今はいいわ。
可能ならそうしましょう。」
「決まりだね。
それじゃこの件は一体終了。
そちらからは?」
「ないわ。」
スカーレットは首を横に振る。
「よし、振り返りおわり。
あ、ライブの開始時間前回と違うから間違えないようにね」