車内でウトウトしていたところを、鳴り響く着信音にたたき起こされる。
画面を見れば電話番号が映っている。
よく知る番号だ。
「...もしもし。」
「もしもし。...ふふ、こうやって電話でお話するのも数ヶ月ぶりですね、青葉。」
出てみれば、想像通りスマホの向こうから聞こえるのは姉の声。
...せっかくこちらからの連絡はメールで取ったのに。
「...月に一度会っているのですから、それで十分でしょう?」
「それで足りるのでしたら、今こうして電話などかけていません。私としては毎日会いたいくらいなんですよ。」
それは御免蒙りたい。
...姉さんが今もトレーナーを続けていればそうなっていたかもしれないな。もしそんな世界線でもあれば、僕は姉さんから逃げ回る日々を送っていただろう。
......もっとも、そうならなかった理由を考えればあり得ない話だけれど。
「その御姉様の家族愛は受け取り拒否して返送おきますので、
それで、本題はメールで送った件ですか?」
「これ以上注ぎ込んだら夫は破裂してしまいますよ。」
物の例えなのだろうが破裂してしまうとは、普段あの夫婦はどれだけ狂愛をぶつけ合っているのだろう。
...畜生、そこそこ想像がつく。想像でも姉夫婦の戯れ合いは色々とキツイ。
「...さて、連絡をもらった件でしたね。
一点目、地下レース場の件は問題なく使えます。...まあ、もとより所有権のありどころを考えれば問題があるわけもなく、といった具合です。
二点目、並走相手の件ですが、マックイーンとの約束を無事取り付けました。
できればもっと他のところから集められればよかったのですが...。」
場所も相手も都合がついたなら問題ない。
相手も練習相手としては十分、というかトゥインクルシリーズを引退しているとはいえ役不足とさえ言える程の相手だ。
「都合をつけてくださっただけ、ありがたい限りです。
もう私はその立場には居られませんし。」
「...。帰ってきてもいいんですよ?」
急に、姉の声が真剣になる。
「ご冗談を。」
まさかこの姉に限って、僕が家出した理由を忘れるわけもない。
「...半々ですよ、私としては。
一家族として貴方に帰ってきて欲しいのも本音。
でも、家督を継ぐものとして果たすべき責任があります。そのためなら貴方を有効に使うべきです。
だからこそ、貴方自身の幸せの為に帰ってきて欲しくない、というのもまた本音。」
そこまで言って、姉は数秒言葉を詰まらせる。
「..........私から切り込んでおいてアレですが、この話はやめにしましょうか。
長くなりそうですし、せっかく声が聞けるのにこんな話なんて。」
電話越しに姉のため息が聞こえる。
「さて、こちらの都合のつく日程をまとめてありますので、すぐに送ります。
そちらの都合も教えていただければ、方々調整しましょう。」
「ありがとうございます。
お礼の方はいつもの通りに。」
ワーッと、離れたところで大歓声が響く。
どうやらレースが終わってしまったようだ。
「そろそろ時間のようです。」
「楽しみにしてますね。」
「失礼します。」
終話ボタンを叩くと、数秒もしない内に姉からのメールが届く。
..........それぞれかなりの日時が確保されている。
無論その全てを使える訳では無いだろうが、これだけあれば対策や技術は十分まとめられるだろうか。
問題は、まとめてから担当が─スカーレットが咄嗟の選択肢として選べるようになるかどうか。
極論、今の自分達の目先の目標はトリプルティアラ。それまでに身に付けられればいい。
だが、それはシンザン記念とチューリップ賞の勝利を捨てることとほぼ同義。
そしてそれではスカーレットは満足できない。契約前に選抜レースの敗戦を引きずっていたことを考えれば確実に。
次のレース、シンザン記念まで二週間。
僕に、どこまで出来るだろう。
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「..........戻ったわ。」
小さな声と共に、スカーレットが助手席に腰を下ろす。
「...早かったね。どうだった?」
声をかけると、下に向いていた顔がこちらに向く。その両目の端には涙が浮かんでいる。
「...そっか。お姉さん、負けちゃったか。」
有馬記念。一年の最後の大舞台にして、その年最も人気と強さを兼ね備えたウマ娘を決める舞台。
スカーレットの姉は投票二位の当日三番人気だったか。彼女が負けたとなれば、優勝はどちらも一位だったあのウマ娘なのだろう。
「...3馬身と3/4、だったわ。」
「..........とても引退レースとは思えない走りだな、それは。」
基本的に─無論例外はいくらでもいるが──事前に引退レースを定めてるウマ娘達は、その後の競技者人生や故障を恐れる必要がなくなる分、とてつもない走りを発揮する。
だとしても、あんまりだ。
いくら一位のウマ娘が凱旋門賞に三位入線するほどのウマ娘とはいえ、スカーレットの姉だって今年GⅠを二つ制覇している。
...深き衝撃、か。お似合いにもほどがある。
「あのウマ娘も居なくなるから、お姉ちゃんも、来年こそは...。」
スカーレットの瞳が悔しそうに歪む。
本当に、姉が大切なんだろう。
会わずにさっさと出てきたのも、姉を一人にしてあげたかったからだろうか。
...来年の有馬記念、か。
スカーレットはトリプルティアラを駆け抜けた後。
そうなると...
「..........それはないね。」
「...なんでよ。」
赤く充血した視線がこちらに刺さる。
「来年勝つのは、君だから。」
「...!」
トリプルティアラ、エリザベス女王杯、そして有馬記念。
姉様達、数多くの強きティアラ路線のウマ娘達が挑み...そして散っていったローテーション。
無茶苦茶ではある。無茶苦茶ではあるが、彼女ならば恐らくは不可能ではない。
そして、挑む価値は十二分にある。
「勿論クラシック期の戦績にもよるけど、トリプルティアラを勝てばまず間違いなくファン投票で選出される。君の適性的には出走回避は無い。
同じく来年の成績次第だけど、恐らく君のお姉さんも同じく選出される。今回の結果的に、こちらも出走回避はない。
そして、君のお姉さんは競技年数的にそれを引退レースに持ってくるはず。」
引退レース。その後を顧みない、文字通り全能力を絞り出しきるレース。しかも有馬記念。
姉を、憧れを越える舞台として、これ以上のものなどありはしない。
垂涎ものの、出来過ぎな程の絶好の舞台。
「来年の、それもトリプルティアラを越えた後の話しなんて気が早すぎるけど、それでもいいと思わない?
憧れの姉に打ち勝って、トドメをさすんだ。
有馬記念、しかも引退レースという最高の舞台で。」
「...アンタね..........。
悲しんでたの、台無しじゃない。」
スカーレットは涙目でこちらを睨み付ける。
「ごめん。」
「..........でもいいわ。
その選択肢も悪くないし。
...有馬記念の前に宣戦布告した時、お姉ちゃんどんな顔するかなぁ..........。」
涙目の中に、闘争の焔が見えた。
...少し、うらやましいと思ってしまうのは未練がましいのかもしれない。
..........今更といえばその通りだが。
「...それならよかった。
さて、それじゃ学園に戻ろうか。」
「その前に、どこかカフェかファミレスかあたりによってもらえる?
流石にこの顔じゃ、帰った時ウオッカに揶揄われるわ。」
充血した瞳に赤く泣き腫らした目元。確かにライバルには見られたくないだろう。
...直行で帰ってきても16時半過ぎ、門限まで余裕がかなりある。
「わかった。
僕の行きつけのカフェがあるから、そこに寄っていこう。案内するよ。」