『ドアガシマリマス。』
アナウンスと共にエレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと下降して行く。
やがて...ガラス張りの外壁─恐らく車や観戦室と同じく不透明に変化するであろうそれ─越しに、目下のレース場が一望できるようになる。今度はコースの外見は京都のそれだ。
「..........こんな入り口、あったのね。」
初めてここに案内されてから一月おきに訪れてはいるが、その全てが遠回りだった。
まさか、目白家の邸宅の隠し扉から真下に降りていくエレベーター1本でたどり着けるとは。
「元々部外者だからね。
場所とか余計なことを知られないようにする手の一つなんでしょ。
今回は正式に関係者として招待されたからこうやって関係者入り口を使わせてもらってるわけで。」
トレーナーの言ってることは多分正しい。
いつぞやにダンシングステージさんが言っていた。レース賭博や闇取引の温床になってしまっていると。
それと関係があると判明しては一大スキャンダルになる。特に目白家の規模では経済に大影響があるレベルだ。
なら、関係者以外には徹底して隠すのは妥当。
「...関係者、ねぇ。
なんかあった時、こっちにまで飛び火しないといいのだけれど。」
「それは大丈夫。
どれほど最悪な事態になっても、被害は僕で止まるように色々と用意はしてあるから。」
「その言い方だとアンタは大丈夫じゃないじゃない。」
トレーナー頷きながら小さく笑う。
「そりゃ、ここを君に紹介したのは僕だし。
おまけにダンシングステージさんが君に話した通り、幼少期から家ぐるみで付き合いがあるんだ、万が一の時ばかりは助かりようがないよ。」
平然と言われたその言葉に背筋が冷たくなる。
「まあ、あの人ならそうはならないように情報を封殺してくれるだろうけど。」
ダンシングステージさんとの会話の内容を、なぜトレーナーが知っているのだろう。
あのリムジンに乗っていた?
まさか。後から乗ってきていたとしたら窓から見えているはずだからそれはない。
盗聴?
ダンシングステージさんがそれを許すとも思えない。
「...ダンシングステージさんとの会話、聞いてたりしたの?」
「あの人は僕が僕の身の上話をされることがどれほど嫌いかよく知ってるからね。
何をどこまで話したかは向こうから白状してくれてるよ。」
「...。」
よりによってダンシングステージさん自身から。
余計な事を話されて引き離される可能性は低い所は良いことだけど、そうなるとなおさら核心には迫らせてくれなさそう。
「そんなに身の上話が嫌なの?」
大きなため息がエレベーター内に響く。
「嫌だよ。」
ポツンと、短い言葉が返ってくる。
トレーナーにしては珍しい淡白で冷たい声。たった一言なのに、それだけで背筋が冷たくなるような謎の恐怖を覚える。トレーナーにそんな感覚を抱いたのは始めてで。
「...それは、どうして?」
ようやくそれだけ聞き返すと、トレーナーは数秒指先を少し弄って、ようやく口を開く。
「..........下手なことがバレたら精神にクるし、そうでなくても...『チカ、ニカイデス。コチラガワノドアガヒラキマス。』...着いたか、行くよ。」
エレベーターのドアが開くなり、トレーナーは話を切り上げてさっさと先へ進んでいく。
...身の上話の話すら嫌とか、どれだけ自分のことを知られたくないのだか。
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トレーナーの背を追いかけて入り組んだ通路を進むと、ターフへの出入口に着く。
「お待ちしてました。」
ターフに上がると、2人のウマ娘─年上のウマ娘─が挨拶をしてくる。
いつの間にかトレーナーは二人に片膝を立てて深々と礼をしていた。
「お世話になっております。
本日はお忙しい中わざわざお時間をとっていただき..........」
片方はテレビでも学園でもよく見る。
メジロマックイーン、トゥインクルシリーズ現役時代にいくつもGⅠを制覇し、今でもドリームトロフィーリーグで活躍しているレジェンド。
もう片方は水色の髪とアメジストのような瞳の大人...特徴に見覚えがある。
「...ダンシングステージさん?」
彼女は驚いて目を丸くし、いたずらっぽく笑う。
あ、やっばり。
「マックイーンさんもお久しぶりです。
こちら、私の担当ウマ娘のダイワスカーレットです。
こちら、メジロアルダンさんとメジロマックイーンさんだ。あの、と言えば説明は要らないでしょ?」
確かに。二人とも学園で知らない人はいない...マックイーンさんに至っては日本全国を見渡しても知らない人は両手で数えるほどいるかいないかのレジェンドだ。
「えっと、紹介に預かりました、トレセン学園中等部一年、ダイワスカーレットです。
今日からよろしくお願いします。」
トレーナーの紹介に続いて礼をする。
「9日からですから...大体二週間ぶりですね。
よろしくお願いします。」
ダンシングステージさん、もといアルダンさんが一礼する。
名乗りどころかいつぶりだと出る辺り、隠す気もなさそう。
「はじめまして。ご紹介に預かりました、メジロマックイーンです。
本日はよろしくお願いいたします。」
続いてマックイーンさんも一礼をする。
顔合わせが済んだところで、アルダンさんが手を合わせる。
「では事前の打ち合わせ通りの流れでいきましょうか。」
やっぱりトレーナーにとってアルダンさんが仕切るのには複雑な思いがあるのか、微妙な表情を浮かべて頷く。
「ええ。
...スカーレット、30分後に集合。
設備はマックイーンさんが紹介してくれるから付いていって。」
「ご案内しますわ。」
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「...それで、なんでこちらにいらっしゃるのですか?貴女の仕事場は上でしょう。」
軽く睨むと、彼女は上機嫌に口を開く。
「それは勿論...」「いえ、やはり結構です。」
話しかけた言葉を遮る。
なんというか、察しがつく。その中身を口頭で聞くのは勘弁だ。
「大体察しがついてしまいました。旦那さんでも破裂させておいてください。 」
「また受取拒否ですか?」
ジトっとした視線に睨みで返す。
「何十度でも受取拒否しますから、そろそろ発送をやめていただきたいものです。」
「いやです。絶対に。」
「その強情さ、正されてはいかがです?」
「あら、貴方にだけは言われたくありませんよ。」
互いの性格的に、早々に切り上げないとスカーレットが戻ってくるまで続きそうだな。
仕方ない、か。
「...当面はスカーレットが近くにおりますので、くれぐれも。」
「あ、また逃げましたね。
都合が悪くなるとすーぐ話題を変えるんですから。」
「これ以上ヒートアップして余計な事を口走らないようにですよ。言い合いがお望みなら後日安全な環境でどうぞ。」
「...あら、私は大丈夫ですよ?
わざと以外に口を滑らせる事はありませんから。」
そういって彼女は微笑む。
ええ、どうせそうですよ。いつもやらかすのは私ですよ。私は貴女方とは違ってデキソコナイですからね。
「いつまでも詰めが甘いですよね、青葉は。」
「...未熟者で毎度ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした!今後ともご迷惑を散々おかけします!!」
半ばキレ気味に吐き捨てると、彼女はさらに笑みを深める。
「責めてはいませんよ?ただ、可愛らしいなと思っただけの事です。」
「うるさい。」
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「スカーレット、そろそろ戻ってこい。」
トレーナーからかけられた声に、少し駆け足ぎみに寄る。
「ウォーミングアップ後の調子は?」
「...特になにも。文句の付け所も無いけど、でも誉め所も無い。そんな感じ。」
「初日としては丁度良いね。
今日の走りを明日以降の基準にして貰おう。」
トレーナーは振り返り、少しはなれた場所で話している二人に向けて声をあげる。
「アルダンさーん!こちらは準備完了いたしましたー!」
「こちらも大丈夫でーす!」
アルダンさんの大きな返事を受けて、トレーナーは小さく頷きながらこちらへ振り返る。
「...さて。それじゃ一回目、行こうか。」
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ターフの外側端に置かれたベンチに腰かけると、トレーナーがタオルとボトルをさしだしてくる。
「お疲れ様、休憩中にさっきの並走の振り返りをしよう。
走っての感想は?」
...トレーナーの顔に少し呆れが混じっている。
聞くまでもないが一応、というやつだろう。
「...流石は、としか言えないわ。
二人きりなのに...いや、だからこそなのかもしれないけど、出ようとした方向は先んじて潰されたし、圧をかけても暖簾に腕押し。
完全にワンサイドゲームよ、これじゃ。」
「...向こうは完全に本気だったし、そうもなるか。」
トレーナーは小さくため息をつく。
ああ、やっぱり本気だったわよね、あれ。
「次からは過去のツキヨナガイヨルの走りを参考に、彼女が先行なら走り方はこう、ってのに合わせてくれる筈だから安心していい。
...本当なら最初からその手筈だったんだけどね、多分君と本気で手合わせしたかったんだと思うから大目に見てやって欲しい。」
「...実力差のせいで手合わせじゃなくて手のひらの上で転がされてる状態だったわよ、どう見ても。」
トレーナーは小さくため息を落とす。
「..........それは、まあ、うん。否定できないけどさ。」
しなさいよ。
軽く睨むと、トレーナーは手元のタブレットに顔ごと目線を背ける。
「...一応、今の録画に目を通しておくか?」
「..........。」
本気で言ってるの?と視線で訴える。
「...忘れてくれ。本来なら走って反省して録画見て反省してまた走るってローテーションの予定だったんだ。初回に限り台無しになったが。」
..........初回だけ、だといいんだけど。
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「...とりあえず今日のまとめとしてはこんなところかな。」
スカーレットと話し合ってまとめた今日の振り返りのプリントを印刷する。
それをしばらく読んでいたスカーレットが、ふいにため息をつく。
「...結局、今日は一勝もできずね。」
仕方ない、ジュニア級のウマ娘があれに勝つなんて、クラシック三冠とトリプルティアラ全制覇みたいな、理論上可能現実不可能のそれだ。
「まあ、
GⅠ三種四冠、今はJpnⅠの菊花賞を抜いてもGⅠ三冠。対するこちらは重賞どころか新バ戦とオープン特別を勝ち上がった程度の新参者。相手になる方がおかしいとさえ言えてしまう。
「でも、その分先行封じの教科書としては非常に有用だよ。
彼女自身先行ウマ娘、それもGⅠクラスだから、やられて困ることはたくさん知ってて、それを君に積極的にやってきてる。
真似をすれば、それだけでも一応の武器にはなる。
もっとも、ちゃんと習熟しなけりゃただの付け焼き刃だけど。」
「...ツキヨナガイヨルのトレーナー、たしかそういう策や小技を駆使してくるタイプだったわよね?」
「ああ。だからその対策としても丁度いい。」
「...そう考えると、いよいよ手強くなるわね。」
スカーレットの目が鋭くなる。
実際そうだ。
スタミナの平押しが出来ない分、ツキヨナガイヨルのやれることはマックイーンよりは減る。それでも、万が一にも出来る分の技の精度を同じレベルにまで持ってこられようものなら、対策がなっていなければ押しきられてしまう。
「だからこそのこの合宿モドキだ。
さ、そろそろ寝る時間だ。明日も早いんだから。」
「明日が五時半起床だから...そうね、そろそろ寝るわ。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
ガチャ
スカーレットが扉の向こうに消えたのを見送り、背もたれに全体重を預ける。
「...。」
まさかこの部屋が完璧な状態で保存されていたとは思わなかった。
ここだけ時間が止まってしまったかのように何から何まで昔のまま。そのくせ、埃一つ残ってはいない。
姉さんの意志か、はたまた─
コンコンコン
部屋の扉を叩く音に、思考を中断させられる。
この時間の来訪者。誰か、なんて確認するまでもない。
思わず大きなため息が漏れる。
「...どうぞ、アルダンさん。」
細く開けたドアから顔を半分覗かせたのは想像通りアルダンさんで。
こちらを窺って、一息ついてから部屋に入ってくる。
「お邪魔します。」
アルダンさんは二人分のティーセットを入れた竹籠を片手に、机の向かいに腰を下ろす。
「...お帰りにならなくてよかったのですか?
旦那さんが心配されますよ?」
「大丈夫です、あらかじめ貴方の合宿のお手伝いをする、と伝えてありますから。」
...はじめからずっと居る気だったのか。
思わずため息が漏れる。
「...それで?なんのご用事ですか?」
聞かなくとも察しはつくが、そうでないことを願いながらきく。
「本日分の合宿の諸費用、青葉のお茶会参加を頂きにきました。」
そういって、ティーセットを掲げてみせる。
逃げ場は無いらしい。
...ん?本日分......?
「..........毎日お越しになるおつもりで?」
恐る恐るのその質問には。
「...。」
無言の笑顔が答えだった。