二人が決勝線を駆け抜ける。
「──っ!...っ!」
スカーレットが息も絶え絶えで内ラチに掴まりながら、それでも思い切りガッツポーズをする。
ようやくの一勝。それだけ喜びは大きいようだ。
「...少し手を抜きすぎてしまいましたかしら?」
ハナ差で決勝線を走り抜けたマックイーンの方は、少し息の荒れた感じはあるもののまだまだこれからと言わんばかりだ。
...本気じゃないとは言っても、それは走りそのものだけ。
妨害や駆け引きは容赦なく仕掛けて来ていたから、この勝利は普通に大きなものだ。
先行策を取ってきたツキヨナガイヨル、もっと言えばそのトレーナーを相手取るのであれば、ここ数日の経験は大きなものとなるだろう。
...ギリギリ、協力を頼んでいた日数の内にひとまずの目標はクリア。
26から29、4から6と日付にすれば七日間の短期ではあったが、期間にしては十分な収穫だ。
さて、仮に先行が解決したとしても、問題がなくなった訳ではない。
残る問題は
逃げはまだいい。
彼女のトレーナーを考えれば、菊花賞の時の大逃げか普通よりかの二択。
前者ならばそれ用の対抗策は既に立てたし、後者ならば既に幾度も相対してきた。
...一番の問題は、差し。
公式戦では未だ発揮されていない
ウオッカが大外を回してくるのが得意な以上、差しのリスクである塞がれての失速はまず期待できない。
つまり、彼女は─当人の見極めさえ完璧ならば─必ず仕掛けを完璧にできる。駆け引きなどない、一方的な実力の発揮の蹂躙型。
それだけに非常に厄介だ。
勝ちたいのなら、純粋にそれと比肩する以上の
裏を返せばそれさえできれば─ツキヨナガイヨルがスカーレットをそうしたように─同じ土俵にまで引きずり出せ、そこからなら駆け引きにも持ち込める。
...いくらこちらの仕掛け時を調整しても、万が一むこうがそれにのって来なければ失敗、のって来たとしてもむこうがこちらの予想より実力をつけてきたら失敗の地獄絵図。
3月までに、もっと基礎練習を積み上げなければだ。
...さて、時間はそろそろいい頃合い、自分は先に上に戻ろう。
「...アルダンさん、こっちの後処理お願いします。自分は先に上に。」
クリップボードを渡し、代わりにエレベーターの鍵を受け取る。
「わかりました。
...楽しみにしておきますね?」
彼女が微笑む。
「........。
こちらこそ、よろしくお願いしますよ。」
合宿のついでとはいえ、彼女のデータは十分に明け渡したんだ。
完璧なものを作って貰わなければ。
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「ダイワスカーレットさん。」
かけられた声に振り向くと、アルダンさんがこちらに寄ってきていた。
「なんですか?」
「青葉がこれを。」
差し出されたクリップボードに目を通す。
コースが印刷された紙に、アドバイスや動きの草案なんかの走り書きがされている。
「...そっちの方は、アルダンさんが書いたものですか?」
アルダンさんが持っているクリップボードを指し示すと、苦笑ぎみに返事が帰ってくる。
「...ええ、まあ。お手伝いできればと思って。
ですが内容が類似しすぎていて、読み込んでも時間の無駄になると思います。」
アルダンさんのクリップボードに目をやる。
...驚いた。
メモ書きの幾つかに内容の違いはあれど、あとは文体ぐらいにしか違いがない。
これが定期試験なら、カンニングとかを疑われそう。
「...私も青葉も同じトレーナーの影響を強く受けておりますから、致し方ないことなのかもしれません。」
それにしたって、これは似すぎだろう。
作文問題だと同じ先生に教わっても解答者によって解答は別物になる。ここまで同じ解答には偶然でもなる気はしない。
まあ、トレーナーのことだから写すような事はしてないだろうけど。
「...そういえばトレーナーさんは?」
「青葉でしたら、夕食を作りに先に上に上がりました。」
ああ、地下に入る前やお昼にトレーナーさんの姿が見えなかったりしたのはその仕込みとかをしていた訳だ。
「...珍しいですね。」
普段は目白家の使用人が用意してくれている筈と思ったのを察したのか、アルダンさんは続けて口を開く。
「私がお願いしました。
この合宿自体彼のわがままを私が聞き入れて用意したのですから、私のわがままも聞いて貰わなければ、という訳でして。 」
確かにこのレジェンドウマ娘を呼んでの多対一合宿は贅沢なわがままだ。
...そう考えると、別途費用を払うとしても、料理でそのわがままを通せるなら安上がりな気すらしてしまう。
「さて、あとの事は私に任されているので、一緒に映像の確認といきましょうか。」
アルダンさんの指が、タブレット端末の再生ボタンを叩いた。
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『イッカイデス。コチラガワノドアガヒラキマス。』
振り返りと片付けと着替えを終え一階に戻ってくると、エレベーターの前までトレーナーが迎えに来ていた。
「お疲れ様。
マックイーンさんもお世話になりました。」
「いえいえ、アルダンさんの頼みでしたから、私としては喜んででしたわ。
それに、今日は貴方のスイーツを楽しめるのでしょう?」
トレーナーは先導するように歩き出す。
「ええ。勿論ご用意しました。
...ご婚約者様に怒られませんように、量はあまりご用意出来ませんでしたが。」
「かまいませんわ。ここ数日正月太りの減量やらで甘味を口に出来ていなかったので。」
「...。」
トレーナーが呆れた様な目線を向ける。
...トレーナーの料理か。
この前トレーナーを尾行した時には出来合いの惣菜を買っていたし、あんまり上手い印象はない。
「...トレーナーさんって、そういう料理とかスイーツ作りとか出来たんですね。」
聞くと、途端にトレーナーは目を游がせる。
「ああ...昔、姉さんに仕込まれたんだ。
姉さんはよく僕をあっちこっちに引き回して、いろんなことをさせられてさ。
その一貫で身に付けさせられたんだ。」
「...いいお姉さんだったんですね。」
「あー...あれは...んー...いや、まあ、そうだね。いい姉だったのかもしれない。
いや、そういうことにしておこうか。
うん、いい姉だったいい姉だった。」
「「...。」」
トレーナーさんがものすごく複雑そうな表情を浮かべ、アルダンさんとマックイーンさんが平然とした顔のまま変な空気を漂わせる。
...何かおかしなことでも言ったかしら?
変な空気を破って、言いにくそうにトレーナーが口を開く。
「...ほら、姉さん関係の話は前に軽くしたじゃん?
姉さん関係の話になるとちょっと地獄絵図にならざるをえないからさ。話題変えよっか。」
...ああ、トレーナーさんのお姉さんは目白家に養子にとられたとか言ってたっけ。
..........やっちゃった。
「ごめんなさい。」
謝ると、トレーナーは首を横に振る。
「いや、これは姉さんの話題を出した僕が悪いよ。
流石に話題変えようか。合宿一連の振り返り...は後でやるもんな...。」
数秒考えて、トレーナーは再び口を開く。
「...じゃあここからは、メジロラモーヌ、初のトリプルティアラウマ娘の話でもしようか。
アルダンさんお願いします。」
突然の流れ弾に、アルダンさんが少し驚いた顔をする。
「話題を提起するのでしたら、まずは自分でお話ししてはいかがですか?」
「いえいえ、ここはこの中で一番ラモーヌさんとの付き合いが長く、傍で活躍を見てきたアルダンさんが最初かと。」
そう返したトレーナーは張り付いたような笑顔を浮かべている。なにか色々と思うところがあるのだろう。
二人は目線をぶつけてなにかやり取りすると、やがてアルダンさんが目を閉じてため息を吐く。
「..........仕方ないですね。」
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「...とりあえず、この合宿で出た結論は以上かな。
なにか質問や異義は?」
スカーレットは少し考えるような仕草をし、ようやく口を開く。
「...トレーニング改善案の7-5だけど、スタミナの増強を狙う割には甘くないかしら?」
手元のタブレットに、PDFファイルの当該部分を映す。
「いや、そこはそれでいいと思う。
お姉さんの成績や君自身の身体能力の推移なんかをかんがみれば、あくまでも君の適正は長距離に寄ってるだけで主戦場はマイルから中距離。本当の長距離...3000越えは正直厳しい。
伸ばして伸ばせなくは無いけど、そうすると負荷に対する成長効率が落ちて、ウオッカ達がいる以上は今度は主戦場側があやしくなる。」
国内で長距離は2500,2600飛んで3000以上だ。
だから
「だから現実的には2500...有馬記念や日経賞なんかの距離で満足に戦える程度が望ましい。
だからこういう風に組んだんだ。異議があるなら聞かせてくれ。」
...そう、3200なんてもってのほか。つまりは日経賞の価値も薄くなる。
だからこれは、実質的には後々に有馬記念を見据えるためだけの調整。
スカーレットは天井を見上げて考え込んで、それから納得した様子で大きく頷く。
「それならいいわ。
...そうね、他にはないし、私からはそれぐらいよ。」
「よし、明朝から学園に戻って1日休日、7日昼に出発して現地入りだ。
それじゃ──」
コンコンコン
解散、そう言いかけたところでドアがノックされる。
聞き覚えがありすぎるノックの音。
全身から力が抜けるのを嫌でも体感する。
「...それじゃ解散。
..........どうぞ。」
深いため息をつき、脱力気味に体を椅子に投げる。
扉を開いて、水色の頭がひょこりと顔を出す。
「お邪魔します。
...あら、スカーレットさん。邪魔になってしまいましたか?」
予想通りの人物の登場に、もはや言葉もでない。
「いえ、丁度今終わったところです。」
「なら丁度良かったです。スカーレットさんも一緒にお茶会、いかがですか?」
首を横に振るスカーレットに、アルダンさんが笑顔で誘う。
「断っていいんだぞ。」
むしろ、断ってくれ。そういう思いを乗せて視線を送るが。
「...では、お言葉に甘えて。」
あっさりとスカーレットは首を縦に振ってしまう。
「でしたら、スカーレットさんの分の茶器を取って来ますね。」
アルダンさんが竹籠を机に置いて、軽い足取りで部屋から出ていく。
竹籠を覗くと、茶缶がいつもは紅茶なのに、ジャスミンティーの茶缶が収まっている。
...はじめからスカーレットを巻き込むつもりで、睡眠の妨げにならないように、か..........。
深いため息が二度三度と漏れる。
「...スカーレット。」
「なによ。」
「断ってほしかった。もう手遅れだけど。」
「...断っても逃がしてもらえなかったわよ、合宿中のアルダンさんの様子とかダンシングステージさんの様子を見るに。」
「..........うん。その通りだ。ごめん。」