........やられた。完敗だ。
...ツキヨナガイヨルの方がスパートの加速度が高かった。
だからトップスピードどスタミナが最低限並べるだけあれば、同じタイミングで仕掛けるだけで確実に不利をスカーレットに押し付けられる訳だ。
前よりの差しを選んだのは足の適正もあるけど、一番はそのスパートのタイミングを完璧に合わせるため。
そしてこちらは策が封じられ、おまけに背後だから様子が見えない。
向こうに一方的に有利な状況を作られた。
これを完敗と呼ばずとして何を...
...まて、ツキヨナガイヨルの方が加速度が高い?
思えばメイクデビューの時もそうだ。
あの時はスカーレットがゾーンの片鱗を見せたから抜かし返せただけで、そこまでの速度と加速力だけで考えれば抜かせなかった。
スカーレットの能力をもってしても?
なんだ。なにかを見落としている。
それはなんだ。この異常な結果をもたらす原因、僕の見落としは。
「...おーい。何か考え事をしているところ悪いが、もうすぐスカーレット君達が地下通路に戻る頃合いだ。迎えに行かなくていいのかい?」
アグネスタキオンの声に顔をあげると、走り終えた一団が地下へのルートへ向かっていく。
「ありがとうございます。
...西野トレーナーは行かれないのですか?」
西野トレーナーは椅子に腰を下ろし、端末を操作しながら返す。
「そうしたいのは山々なんですけど、ウイニングサークルでのアピールをサボっちゃうみたいなので手を回しておかないといけないんですよ。
それに、多分彼女が最初に向かうのは私のところじゃないでしょうし。」
...僕のところに来ると、そういうわけだ。
「...後程着払いで返送しますので、そちら側で煮るなり焼くなりどうぞ。」
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「あら、十和田トレーナー。
わざわざ出迎えてくださったなんて光栄ですわ。」
地下通路でスカーレットを待っていると、それより早く戻ってきたツキヨナガイヨルが声をかけてくる。
「...あなたを待ってはおりませんが。」
言葉だけを返し、視線を地上へ続く坂に合わせ続ける。
「私の走り、ご覧いただけたでしょう?
貴方の夢を叶えるには十分な能力を示せたと自負しております。」
...確かに、彼女もそれに足る素質は有るのだろう。それについては、もはや認めざるをえない。
でも、執着が残っている以上、望みを果たすには間違いなく不適だ。
「答えはレース前に言った通りです。ご自分のトレーナーの方へ向かわれてはいかがでしょう。」
「あら、あの女が勝つと大見得を切ってしまったから引っ込みがつかなくなってしまったのかしら?
それなら、貴方の一つ目の夢を奪ってしまえば、貴方も私を選ばざるを得なくなるかしら。」
不敵な笑顔を見せる彼女を睨みつける。
「西野トレーナーでしたら先ほどまで関係者席でご一緒しておりましたよ。始末書を予め書いているご様子でしたので、今もまだおられるかと。
ご相談なされてはいかがです?」
「それとも、先約を優先したいのかしら?
ああでも、それなら私が優先されるはずだから違うかしら。」
「..........。」
スカーレットが戻ってくる前には失せてもらわなければ。
...仕方ない。
メモ帳を取り出して、捨てメールアドレスを走り書きしてページごと破り取る。
「..........なにか言いたいことがございましたら、こちらにまで。
今は、早急に、お引き取りを。」
ツキヨナガイヨルは少し頬を膨らませて見せると、こちらの手からメモを掠め取る。
「確かに頂きました。貴方が私に渡したのですからね?」
「好きに使ってくれて構わない。」
「では後日、改めてお会いしましょう。
失礼します。」
彼女は一礼すると、弾んだ足取りで地下通路の向こうへ進んでいく。
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「お疲れ様。」
地下通路に戻ってきたスカーレットに、ボトルとタオルを渡す。
「..........。」
スカーレットは受けとると、無言で歩を進めていく。
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控え室の扉が閉まる音を背に、タオルに顔を埋めて叫ぶ。
「あー!もう!
あとちょっとだったのに!
届きそうだったのに!!」
「...すまない。僕のミスだ。
向こうの作戦を見切れなかったばかりか、なにかを見落としている。」
トレーナーの申し訳なさそうな声が届く。
「...相変わらず、アンタはアタシの事買いかぶり過ぎでしょ。」
タオルの折れ目越しにトレーナーの方を見る。
「スカーレットの足なら、あそこで並ばれこそすれ、差をつけられて先着されるようなことはないはずなんだ。
だから、今回の敗戦は僕に原因がある。」
あきれた。相変わらずアタシの足にとてつもない信頼だ。
「...それで?普段反省会のアンタがそういうことを言い出すなら、何か考えがあるんでしょう?」
「..........来月は休みだから、次...チューリップ賞までほぼ丸々60日ある。
一旦、君の走りを見つめ直したい。見つめ直して、見落としていたものを見つける。
君の特性、長所短所、得意分野、身体能力、姿勢、踏み込み、体重移動。
細かいところまで見つめ直して、必要があれば大きく走り方を作り直すつもりで。」
事実上、フォームから何から何まで見直し、走り方のリセットも同然ということ。
ため息がもれる。
「...ずいぶんと思いきった事言うわね。」
「必要と思ったから言ったまでだよ。
...さて、着替える前に2着の振付だけ確認しようか。」