「次走の警戒対象はウオッカとツキヨナガイヨルの二人、他はほぼ凡百、未知数が一人。
この分なら多分勝てるはず。
よっ」
◢◤◢◤◢◤Endless Dream◢◤◢◤◢◤
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後ろで追走していた青葉トレーナーがなにか呟いたかと思うと、右足の踏み込みと左足の踏み込みの二連続で急加速し、瞬く間に横に並んでくる。
少し遅れ、加速の衝撃波に乗ってシトラスの匂いがやってくる。
「─なっ?!」
全力疾走、それもスパート程の速さなのに、一瞬で。
「スカーレット、ここまでにしましょう。
これ以上は本番に響きます。」
「...わかりました。」
青葉トレーナーの言葉にゆっくり減速する。
...今に始まった事じゃないけど、やっぱり青葉トレーナーは速い。シニア級の先輩達だって、あの距離から横に並ぶならもっと時間がかかる。
いくら青葉トレーナーがトゥインクルシリーズ外の─ドーピングし放題の立場にあるとはいえ、それだけでこんな差が生まれるとは思えない。
「トレーナーさんにも同じ事を言われているとは思いますが、明日は休むように。
明後日のレースに支障が出てはいけませんから。」
「はい。」
息を整えたタイミングで、青葉トレーナーが再び口を開く。
「...この分なら、チューリップ賞勝利には十分でしょう。
出走者リストと過去のレース映像に目を通しましたが、出走ウマ娘の多くは...言ってしまえばありきたりなウマ娘です。
一人新馬戦から直行してくる特殊なウマ娘も居ますが、その新馬戦の成績を見るに警戒には及ばない。
もっとも...」
青葉トレーナーはそこで言葉を区切るが、その続きは見当がつく。
「...例外が、ウオッカとツキヨナガイヨルの二人。」
「その通りです。
片や1600mでは三連勝中かつ阪神ジュベナイルフィリーズ勝者、もう片や前回のシンザン記念勝者...レース場は違えど直近の1600mで貴女を下したウマ娘。」
青葉トレーナーは息を吐いて、その両目を閉じる。
「貴女の言うトレーナーさんの考えた対抗策とやらがどれ程通用するのか、私には推し量ることはできません。
それが不安です。」
「大丈夫です、私は一番になるウマ娘ですから。
明後日の、そしてティアラの主役は私です。」
「ふふ、それはそれは楽しみです。」
青葉トレーナーが笑う。
狐面越しだからその表情は確かにはわからなかったけど、笑ってるように見えて...なのに、何処か怖かった。
「さて、時間も時間ですしお開きにしましょうか。
裏門に車を回させておきます。
そちらで少々お待ちを。」
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タブレット上で次の展開予想の動画を再生する。
「...だから、多分ウオッカは仕掛け時を合わせてくる。
これまでの作戦だったら間違いなく突き放されるけど、今回の作戦ならそうはさせずに済む。
...だが、正直走り方を大きく変えるにはこの二ヶ月では足りなかった。完璧だとは言いがたい。
突き放されなかったとしても勝てるかまでは別の話になるんだが...。」
正直、スカーレットの能力を鑑みれば可能性はある。可能性は有るがそれだけでは足りない。
「大丈夫よ、トレーナー。
アタシが一番にゴールして!
アタシがティアラ路線の一番の本命だって、みんなに見せつけて─」
「─誰が本命だって?」
聞こえた声に振り向くと、控え室のドア枠に体重を預けてウオッカが立っている。
「ウオッカ!?」
スカーレットがすっとんきょうな声を上げる。
レース場の控室はレース前最後のミーティングの場であるし、そうでなくても着替えてることだってある。急に踏み込むのは流石にマナーがなっていない。
「...ノックなしで入室とは、感心しませんね。」
ウオッカを静かに睨み付ける。
「すみませんね、『一番一番』うるさい声が聞こえたんで野次馬に来たんすよ。」
展開予想の話をしている途中だった以上、その話も聞かれていたと考えるのが妥当。それは流石に、はいそうですかで済ませられる話ではない。
ウオッカのトレーナーなり学園なりに後程話を通しておかなければ。
「スカーレット、今回のレースの勝者は俺だ。
残念だったなー、優等生。」
「...あら、突然現れて何を言い出すかと思えば。
今回ボロ負けすんのはアンタ、惨めに逃げ帰るのもアンタ。
アンタなんてチューリップの茎よ茎!」
売り言葉に買い言葉で声のトーンが上がる。
「はぁ!?お前喧嘩売ってんのか!?」
「先に吹っかけてきたのはアンタでしょ!?」
勢いよく立ち上がったスカーレットの腕を掴む。
「...スカーレット、そこまで。選手が問題を起こすのは色々不味い。」
「...。」
スカーレットが不満げにドスリと腰を下ろすのを待って、ウオッカの方に振り向いて意識的に『ウマ娘』に対する感情を表に出す。
「問題を起こすなら、指導者の側のがまだ多少は都合が良い。」
視線が合うと同時、ウオッカは顔をひきつらせて数歩後ずさる。
「ひっ...ス、スカーレット!勝つのは俺だからな!」
ウオッカが捨て台詞を吐いて立ち去る。
「...。」
ため息と共に意識を切り替えてスカーレットの側を振り向くと、なにか言いたそうな雰囲気を醸している。
「ん、どうかした?」
「...んー。」
スカーレットは言い淀む様に目線を逸らして、数秒逡巡して口を開く。
「いや...アンタ、そんなに喧嘩っ早かったっけ、って思っただけ。」
「まさか。人の心理の特徴として、興奮状態にあっても自分以上に異常な状態な人間を前にすると冷静になる、ってものがあるから、それを利用しようとしてみた。」
スカーレットの様子を見るに、それは上手く行った様だ。
「まあ、ノックをせずに対戦相手の控え室に入ってきた彼女にお灸を据える意味もあるにはあったけど。
...さすがに問題を起こしはしないよ。」
もっとも、万が一スカーレットが手を上げかける事態になれば話は変わっては来るが。
選手が問題を起こせば最悪出場停止や選手資格剥奪もあり得るが、指導者が問題を起こしても選手には処分は及ばない。
後は自分が加減を間違えなければ、大小の自宅謹慎はあれど免職にはならないで解決だ。
「...そういう君も、噂には聞いていたけど随分と仲が良さそうだね。」
「仲良くない!」
食い気味にスカーレットの返事が返ってくる。
...まあそりゃ、認めたくはないか。
「スカーレット、心から思いきり喧嘩できる相手ってのは大切にしなよ。それが兄弟であれ友人であれ。」
自分の所は喧嘩も出来ない程に関係が拗れてしまった。...いや、自分がひねくれてしまっただけなのかもしれない。
コンコンコンコン
「7番ダイワスカーレットさーん!
発走時刻は現状定刻通りでーす!そろそろ移動準備の方お願いしまーす!」
ドアの向こうで、誘導バとおぼしきウマ娘の大声がする。
「...だってさ。
それじゃ、そろそろ行こうか。」
「そうね。
─We'll be 」
スカーレットの出した拳に拳を返す。
「「『ST』.」」
「行ってらっしゃい。」
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ターフへと続く地下通路に、自分の足音が反響する。
...さっきの、トレーナーがウオッカにしていた威圧。
あの背中に冷たいものが走るような感覚を、私はよく知っている。
私が威圧対象じゃなかったからか、はたまた威圧した人が違うからか少し弱かったとは言え、あの感覚はまるで──
「
地下通路にしつこいくらい乱反響する歌声に思考を中断させられる。
見れば、高らかな歌い声の源のウマ娘が
栗毛の髪に朱に染めたローツインテールを下げたウマ娘。顔立ち的に、多分ハーフの子。
トレーナーの作った資料で見覚えがある。確か名前はアメニウタエバと言ったか。
目が合うと同時、彼女は歌うのを止めてこちらに手を差し出してくる。
「Ó, is deas bualadh leat.貴女がダイワスカーレットさんデスネ。
ワタシはアメニウタエバ言います。イゴ、お見知りオきを。」
「ど、どうも。」
差し出された手を取ると、しっかりと握手をされる。
「では。
...What a glorious feelin'
I'm happy again」
パッと手を離して、彼女は再び歌いながら地下通路を進んでいく。
変わった子だ。
「...さて。」
光射す上り坂に脚をかける。
初のアイツとの公式戦。
「─行こう。」
=========
「お、スカーレットちゃんとこの。」
野外観客席の最前列まで来ると唐突に背後から呼び止められる。
「こっちでレース見るなんて珍しいね。」
声の方を振り向くと、ウオッカのトレーナーが立っている。その奥には...ツキヨナガイヨルの新トレーナーか。
「これはこれは、
「レースも被らなかったし、スカーレットちゃんのトレーナーは
そりゃ会わないよ。」
ウオッカのトレーナーはやれやれと言わんばかりの大袈裟なポーズをとってみせる。
お互い何度か敵情視察ぐらいはしている筈だが、それでも会わなかったのはお互いの趣向の違いか。
「西野トレーナーは今日が初めましてですね。
配偶者さんにはお世話になりました。非常に。」
軽く頭を下げる。
「初めまして。
こちらこそスカイさんがご迷惑おかけしたりしてませんでしたか?」
「いえいえ。非常に面白い経験を指せていただきましたよ。」
非常に、それはそれは非常に面白い経験を。
「それで?スカーレットちゃんのトレーナーがわざわざ
研修生時代からずっと上で見てるって聞いたけど。」
痛いところを突かれた。
「...前回のレースは、自分がスカーレットの走りを正しく見切れず負けたので。」
「ああ、自分なりのけじめって感じね。」
ウオッカのトレーナーは懐かしげな瞳で数度小さく頷く。
きっと、彼も新人時代に似た転換点があったのだろう。
「...まあ、そういう感じです。」
「誰もが一度通る道だな。最初の担当でならきっと運がいい。
...どうだ、一緒に見るかい?」
細かな情報の入手なんかには都合は良いが、それでスカーレットの走りから意識が逸れたら下に来た意味がない。
「お誘いは嬉しいのですが、レースに集中したいので自分は少し離れた所で見ようと思います。」
「そうかい。それじゃ、また学園でだな。」「またお会いしましょう。」
「ええ、また。
それでは失礼します。」
二人に会釈を返して、少し離れた場所に陣取った。
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「阪神競馬場、スタンドから大きな拍手が起こりました。
今日の阪神のメインレースは第17回チューリップ賞
引き続き実況解説は私、吾妻がお送りいたします。
三着までのウマ娘に優先出走権が与えられます。桜花賞に駒を進めるウマ娘は果たして誰になるのでしょうか。
大方の予想通り一番人気11番ウオッカ、二番人気7番ダイワスカーレット、三番人気8番ツキヨナガイヨルの三名になるか、はたまた波乱が起きてそれ以外のウマ娘が入ってくるのでしょうか。
さて、現在既にゲートインが始まっておりまして、現在偶数番のウマ娘が続々とゲートに入っていきます。
8番ツキヨナガイヨルが今ゲートインしました。
さあ、これで16名体制完了です。
───スタートしました。」