軽く窓を叩く音、それからドアを開ける音。
助手席の方を見ると、少し不満げな顔のスカーレットがシートベルトを締めている。
まだ集合時間まで30分はある。
仮眠するつもりだったが、集合したならしょうがない。
「早かったね。」
「それをアンタが言う?」
言い方がかなりぶっきらぼうだ。
待ち合わせ場所につくのも一番がよかった、とかそんなところか。
...周辺に車や走行中のウマ娘は居ない、よし。
「お互い様だったね。
...出すよ、良い?」
「良いわ。
...なんでアンタの方が先に来てるのよ。」
返事を確認してアクセルを踏み込む。
「これまでの待ち合わせと違って屋外だから。
まだ3月なんだから下手に体調を崩されても困るからさ。」
今年は比較的暖冬だったとはいえ、それでもまだ最高気温は15度前後だ。体調を悪くする可能性は全然ある。
「..........。」
スカーレットの視線が刺さる。
「どうかした?」
「なんにも。」
明らかになんにも無い人の目線では無かっただろう。
...まあ、いいか。
「...それで?まず靴からだったわよね。LANEされた通り勝負服の靴は持ってきたけど、どこ行くの?」
「Step-By-Stepの直営店。
なるべく勝負服の靴と感覚が変わらない規格品を探したいからね。
その点、Step-By-Stepなら種類も多様だし品質も信頼できる基準にあるから丁度良い。
蹄鉄についても広く取り扱ってるから一ヶ所で済むし。」
スカーレットの方に一瞬視線をやると変な顔をしている。
「...何その意外そうな顔は。」
「いや、勝負服とか目白の地下レース場の貸切とかやるようなアンタなら、特注品作るとか言い出しそうだったから。」
..........。
金に糸目をつけないキチガイ成金だと思われてそうだな。
「...そりゃ、性能なら特注品1択だし出来るならそうしたいんだけどさ。特注品のコストと練習用の靴が4ヶ月足らずでダメになる現実を考えると、流石にね。
遺産やその運用で幾ら金があるとは言っても、それをやるといつか元本まで食いつくしかねない。最低でもスポンサーがつくまでは我慢だ。」
気前よく出すところと出資を絞るところの判断ぐらいはつく。曲がりなりにも生まれは...違うな、育ちは良いんだ。
「...目白の地下レース場の貸切の方が高く付きそうなものだけれど。」
あれは管理を委託してるだけでそもそも所有者は...やめよう。余計なことまで話す必要はない。
「姉さんのお陰で一応は家系図が繋がってはいるからね。場所の貸切程度なら使用にかかる実費とか保守費用の一部負担である程度はどうにかなるの。
手伝ってくださった名バの皆さんについても
でも靴となると設計製作の材料費人件費は元より、その時々の先進技術の研究費の一部負担とかで...ね?」
実際スカーレットの勝負服の総コストは凄いことになった。多少倫理の一線を飛び越える必要があるものまで含めれば文字通りいくらでも稼ぐ手段はあるとはいえ、それでも通帳を見てひきつった笑いしか出なかった程に。
基本的に割合で支援する学園の側としても、あれほど支援に限度額を設けた人に感謝した日はないだろう。
全身か足だけかの差はあるにしても、あんな出費を4ヶ月毎に、なんて考えたくもない。
「...そう考えるとあの時のアンタ用の
試作段階の技術とか言ってなかったかしら。」
それはそう。基礎設計が明らかに僕に最適化したものに改良されていたし、試験段階の新開発繊維とか最新技術を乱雑に詰め込まれていた。それでいて問題は最低限になるような無駄な調整までなされている始末。
欠点は使用毎に分解して内部の
...スカーレットのそれが堅実な実戦仕様とするなら、アレは研究者が趣味全開で作ったモンスターマシンか何かだ。
「あれはね...アルダンさんのお戯れだから。
なんというか、もう、仕方ない。
まあ、実戦で着る君の勝負服に使えない段階の技術だったみたいだし、実造する上での問題点が無いかのテストも兼ねてでしょ。
そうじゃないなら僕はあの人の趣味かお遊びで男装の女装させられただけになるからそういうことにする。異論は聞きたくない。」
「...仮にそうだったとしても、デザインが「その話をやめるか一緒に電柱と車と心中か、今なら選ばせてやれる。」
「...話は変わるんだけど...」
賢い担当でなによりだ。
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「いらっしゃいま...おお!アサマさんのところの!久しぶりだな!そっちは担当の子か?」
お店の扉を開けるが早いか、威勢の良い声が鼓膜に突き刺さる。
声の主の方を見やると、初老一歩手前といった年齢のガタイの良い男が居る。
誰々の所の、という辺り家単位の付き合いなのだろう。
「お久しぶりです、ご主人。
はい、担当のダイワスカーレットと申します。」
トレーナーの紹介に頭を下げる。
「ジャズさんっておられますか?」
「テップの奴だったら奥の工房だ。
ああ、じゃあテップの言ってたお客さんってのはお前さんか。」
「はい、担当の靴のことで相談があったので。」
「そうか、じゃあ挨拶は良いからさっさと行ってやんな。」
「お言葉に甘えさせていただきます。では、また。」
「おうよ!」
歩きだしたトレーナーの後を追って通路を進む。
「...今のおじさん、誰?」
「この店の店長...兼、Step-By-Stepの社長。
だけど今日用事があるのは別。娘さんの方。
...先に言っとく、子供だけど驚くなよ。」
社長さんは30代後半に見えたから、その娘となると大体アタシと同じくらい...か、ちょっと下ぐらいの年齢か。
工房に抜けると、出入口近くの場所に置かれた鋼材に、7歳ぐらいの少女が座っている。
「お久しぶりです。」
トレーナーは礼をするとしゃがんで、彼女に目線を合わせる。
「ひさしぶり。とりあえずいってたことをもとにすこししぼってよういしておいた。」
少女は手に持ったタブレットから目を離さずにペン先で脇の靴箱と袋入りの蹄鉄の山を指し、そのままノートに何かを記入している。
こんな子供が、用事の相手?
山に目を通しながらトレーナーが口を開く。
「...この分なら合うのはありそうかな。
あれ、スターシリーズ...ジェネレーションとかは無いんですか?
割と似た設計だったと記憶していますが。」
「おくってもらったせっけいずだと、たぶんかんかくがべつものだから。
とくにソールまわりのざいしつとせっけいのちがいがおおきい。」
少女はやはりタブレットから目を離さず続ける。
「ああ、なるほど。要素単体の変化自体はさして大きくないが相互作用の影響が大きい、と。」
「...まあだいたいそんなとこだとおもっておいて。」
子供だと侮っていたが、どうやら靴の知識は十二分らしい。
「...それで?れいのくつは?」
「すこしお待ちを。スカーレット、靴出して。」
「ちょっと待って...はい。」
鞄から勝負服の靴を取り出しトレーナーに渡すと、そのまま少女の手に渡る。
少女はようやくタブレットを離すと、各部を触ったり電球にかざしたりして各部を観察する。
「ああ、やっぱりメジロのか。このへんたいてきせっけいとちょうせいはあのひとがチーフかな。」
少女は感想か何かをノートの別のページに書き込んでいく。
「...ありがとう。すこしまって。」
少女は靴を返し、何かを色々とメモすると山からいくつか靴と蹄鉄を取り出し、数通りの組み合わせで打ち付ける。
「よし。しょうぶふくのとこうごにじゅんばんにはいて、こうばをいっしゅうしてきて。
いまよういしたくつをはいたときは、しょうぶふくのとのかんかくのちがいをかんたんにでいいからつたえて。
さいごにどれがいちばんかんかくがちかかったかも。」
LANEに動きやすい服装で、と来ていたのはそういうことか。
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「...これが一番感覚が近かった気がする。」
用意された靴の一足を取る。
少女はその靴を一瞥すると、伝票を書き始める。
「...うちのラッシュシリーズのラース
こすうは?」
「取り敢えず各3つを。
取り付けはこちらで調整しますのでバラで結構です。」
「じゃあとりつけちょうせいのひようはふようだね。
11まん7せんえんが3てんと14まん5せんえんが3てん、あわせてのごこうにゅうで5%のわりびきとしもよんけたのきりすてをしょりして...。」
少し間があって、伝票用紙の上にペンを滑らせる。
「...74まんえんとなります。こちら、でんぴょうです。
ごじつれんらくののち、まとめてそうふします。だいきんはそのときにうけとりますのでごよういください。」
....74万円?一足が4ヶ月持つとしても一年分、ひと月辺り6万円とちょっと。
入学の時に持ち込んだのは一桁前半だったし、それ以降はトレーナーが買ってきたものを使っていたからこれ程だとは思わなかった。
既製品ですらこれなら、完全特注品となると軽く三桁は行くはず。まして、独自の最新技術を大量に取り入れるなら三桁後半もなくはない。トレーナーがああ言ったのも納得だ。
..........これだけの金額を平然と出せるだけの期待が、アタシの肩には乗っかっている。
というか待って、金額につられてスルーしかけたけど、この子は何者よ。
どうみても小学低学年にしか見えない、なのに今さらっと十何万円の四則演算と切り捨てを暗算でしてた。
アタシが同じくらいの頃は筆算が必要だったわよ。
「幾つかシューズに蹄鉄打ち付けてしまいましたけど、その分はお支払しなくてもよろしいのですか?」
「うちのくつについてはけんさとおらなかったはいきひんだからだいじょうぶ。よそのくつとていてつもこのていどなら
「差額だけでもお支払しましょうか?」
少女は頭を振る。
「ふよう。そのくつのせっけいずだけでためしうちしたやつにもおつりをはらえるレベル。はらわないけど。」
「ええ、結構です。そこまで含めた取引ですし...くれぐれも。
連絡をお待ちしてます。」
「では...んんっ。お客様とまだ見ぬ未来へ一歩ずつ、Step-By-Stepを今後ともよろしくお願いいたします。」
さっきまでのすこし抜けたような滑舌が何だったのかと言いたくなるような完璧なサウンドロゴ。本当に訳がわからない。
「こちらこそ。では、失礼します。」
「こんごともごひいきにー。」
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シートベルトをつけ、トレーナーに車を出していいと合図を出す。
「...さっきの子、何者?」
「あの子?Step-By-Stepの工員達の事実上のトップ。
紛れもない天才だよ。頭脳においては間違いなく。」
にわかには信じられる話じゃない。
「...本当?」
「本当だよ。個人のもつ靴の知識と技術において、彼女以上の人間を僕は知らない。
そりゃまあ、流石に集合知...各所の研究開発チームには劣るけどね。それでも、個人なら確実に並ぶものなしだ。
反面、競走ウマ娘としての才能は今のところはあまりとしか言えないけど。」
世界はずいぶんと広いらしい。
「さてと...予定よりだいぶ早く終わったけど。どうする?予約の時間にはまだ早いからどこかで時間を潰しておきたい。」
腕時計に目を落とすと、短針は4とほぼ重なっている。
予約の時間まで二時間とすこしある。
「じゃあ駅前の百貨店よってもいいかしら?」
「移動時間を考えると一時間の滞在が限度だけど構わない?」
「良いわ。少し髪飾りを見たいだけだから。」
「了解。」