「新装開店セール開催中でーす!」
客引きの方に目をやると、ずいぶんと賑わった区画がある。
よくテナントが入れ替わってる区画だ。...今は尻尾クリームや香水なんかといった香り物を取り扱っているらしい。
そういえば、最近色々と発売されていたんだっけ。
トレーナーに声をかけようとして、逆にトレーナーから声をかけられる。
「...そうだ、忘れてた。
姉さんのしっぽクリームの事聞かれていたよね、メイクデビューのエントリーより前に。
あれ、ちゃんと聞いてきたから教えられるけど、ついでに見ていく?」
ああ、そういえばそんな話もしてたっけ。
「...うん、時間もあるし、そうさせてもらおうかしら。見つけたら教えて頂戴。」
「わかった。」
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「スカーレット、見つけたよ。
向こうの大棚の三段目、メジロ系のメーカーのコーナーの所に。」
トレーナーにつれられてその商品棚のところまで行くと、メジロドーベルさんの描かれた手書きポップが目につく。
そのポップの商品の一段下に置いてあった商品サンプルを嗅ぐと、確かに青葉トレーナーと同じシトラスの匂いがする。
商品名は...
「
宝石のアパタイトじゃなくて?
「多分
...もしそうなら随分と酷いネーミングだけど。」
「というと?」
トレーナーの複雑な表情に思わず問うと、トレーナーは数秒黙り込む。
「......アパタイトの宝石言葉は信頼とかそんなところ。対するアパテーは不正とか不義とかそういうのの女神だから。
相反するような要素だけど、無理やり意味を通すなら不義や不正を行うという信頼...要は強い不信、ってところかな。」
「...それ、誤植だったりしないの?」
「しないだろうねぇ。発売は今年の頭だって聞いたから、いい加減に誰か気づいて商品回収になってるだろうし。」
今年の頭。
発売前に使用していることとかを考えても、やっぱりトレーナーのお姉さんは...
「...お似合いだしね。」
「へ?」
トレーナーの口から呟きがこぼれる。
聞き逃してしまったけど、何か大事なことは言ってなかっただろうか。
「ん?あ、何か口に出てた?」
「ええ。考え事してて聞いてなかったけれど。」
「それじゃ忘れて。考え事の断片だから。」
「そう、ならいいわ。」
...トレーナーの姉は、青葉トレーナーなのだろう。
「...それじゃ、これ買ってくるわ。」
「出そうか?」
「気持ちだけ受け取っておくわ。」
流石に靴の値段を聞いて、ここまで出してもらう気にもなれない。
いくら学園から補助金が出るとは言っても、まだアタシは重賞未勝利。貰える額は微々たるものだ。
支援額を多めに見積もっても、50万以上はトレーナーの懐から出る筈。《/font》
とてもじゃないけど、これ以上出してもらう気にはなれない。
「わかった。通路のソファーのところで待ってるから。」
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「お待たせ。」
「それじゃ行こうか。」
「ええ。」
スカーレットに並んで歩き出す。
少し難しい顔だ。何か考え事をしているらしい。
表情的に深刻な考え事では無さそうだ。レースなんかの話は焼肉の後個室で、かな。
一応声はかけておこう。
「どうかした?」
「...考えると考えるほどアンタがよくわからないな、って。」
「そりゃ、別の人間だからそんなものだろう。
僕も、君の考えで理解できない所はあるし。」
...もしかしたら、理解したくないだけなのかも知れないけれど。
「例えばなによ。」
「...才能や能力があるのにそれを自分で認められない事、とか。」
姉さんにも同じことは言える。
「...仕方ないじゃない。今のアタシは重賞未勝利よ?」
「そもそもオープン戦勝利や重賞2着も十分大きな...その程度で納得してくれるなら、今こんな話はしてないか。
...認めさせるよ、必ず。」
勝ってもらわねば困る。
桜花賞にも、オークスにも、秋華賞にも、その後のレースにも。
なにより、勝負にも。
でなければ、きっと自分は諦めきれない。
「...随分と気合い入ってるわね、アンタ。
走るのはアタシよ?」
「万が一の責任を取るのはトレーナーだからね。
ましてや君は一人目だ。君の成果が今後に強く影響するから、覚悟はしておかないと。」
続けざるをえなくなった時のために。
「..........アンタは信じてるのか信じてないのかどっちなのよ。」
「どちらかだけで済めば楽なんだけどね。信じるだけなら盲信すれば良いだけだし。
そうは行かないんだよ、トレーナーは。
...っと。」
ポケットから響く振動にスマホを取り出して見ると、学園の事務室から電話が来ている。
何かしら書類に不備でもあったのだろうか。
「学園から電話だ、悪いけど一人で回ってもらって良い?」
「...わかったわ。」
「それじゃ、後で。」
軽く手を振り、隅の階段の踊り場に場を移す。
「─もしもし───」
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「お待たせ、買い物は終わっちゃった?」
レジから出てきたスカーレットに声をかける。
「ええ、たった今。」
スカーレットはエコバッグを持ち上げて軽く揺らす。
「そっちは何の連絡だったの?」
「...グラウンドの使用許可でダブルブッキングが起きてたらしい。
話はつけたから、後で予定表更新して送るよ。」
「わかったわ。まだ少し時間はありそうだけど、アンタは何処か見ていく?」
「いや、良いかな。必要物とかも今はないし。
少しゆっくりめにお店に向かおうか。」
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「いらっしゃいませー。」
「18時からで予約していたダイワです。」
受付に予約画面のスクリーンショットを提示する。
「ダイワ様ですね、少々お待ち下さい...。
店員が端末を操作している間に店内に目を走らせる。
《font:69》黒を基調とした高級感ある内装、全席個室の徹底ぶり。
予約の時のリサーチで薄々感づいてはいたが、かなり良いお店だ。
無料券が無ければ、G1勝利してそのお祝いに来るかどうかだろう。
ちゃんと払う場合の金額など、想像したくはない。
「..........はい、確認できました。
お席のご案内の前に幾つかお話させていただきたい事があるのですがよろしいですか?
...はい、まず一点目、ウマ娘用食べ放題の無料券二枚で、片方ヒト用の食べ放題プランに変更とのことでしたが、こちら差額の返金などは致しておりません、ご了承ください。
ついで注文できるお肉の種類についてですが、こちらもヒト用のプランの方とウマ娘用のプランの方が同席してる場合はウマ娘用の物と同種に限らせて頂いているのですが、そちらは大丈夫でしょうか?」
トレーナーに目線を投げると、トレーナーは対他人向けの顔で微笑む。
「ええ、構いません。
...ウマ娘が二人来ているつもりでご用意していただければ幸いです。」
「ありがとうございます。
18番室二名様ご案内でーす!」
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「ラストオーダーは90分後となっております。
お席の時間は決まっておりませんが、食事後は閉店までにご退店願います。
では、失礼いたします。」
最初の注文を処理した店員が礼をし、襖の向こうに消える。
それにしても。
「珍しいわね、アンタがそんな冗談言うなんて。」
「冗談?」
トレーナーが首を傾げる。
「ウマ娘が二人来ているつもりでご用意していただければ幸いです、ってやつよ。」
「冗談って訳では無いんだけどな。」
ウマ娘がどれだけ食べるかなんて、トレーナーという職業からすれば基礎知識も基礎知識。
個人差はある...希にそれ以上の例外はあるとしても、一般論的にはウマ娘の食事量は成人男性の比ではない。
「..........。」
「そんな目で見ないでくれ。そんな下らないことで見栄なんて張らないから。」
「そ。」
冗談でも見栄でも無いなら何よと問い詰めたいところね。
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「中落ちカルビ200追加お願いします。それとご飯おかわり大盛りを。」
また肉ばっかり頼んで。医者の不養生じゃないんだから。
「こっちはホルモンを100g、それと人参と野菜の盛り合わせを二人前お願いします。あ、はい。ご飯のおかわりもお願いします。」
店員が注文を復唱して、襖の向こうに消える。
「...アンタ、肉ばかり食べ過ぎじゃない?
アタシが頼んだのあげるから野菜も食べなさい。」
まだ半分位残った野菜の皿をトレーナーの側に置くと、直ぐにこちらに戻される。
「良いんだよ僕は。君みたいに競技者じゃないから。
最悪君の引退まで持てばそれで十分だし。今がよければそれで。」
「意外と刹那的ね。後先とか老後とか考えたりしないの?」
トレーナーは一瞬痛いところを突かれたような顔をして、しきりに指を動かしながら、その目線を指先の方にやる。
「...考えてないね。しいて言えば万が一のことが自分にあった時どうするか、ってことの仕込みはしてあるけど。
家族のこととか...もし早すぎた時の君のこととか。それぐらい。」
体を壊したり死んだりする前提だ。お世辞にも良い思考じゃない。
「...自分のこと、嫌いだったりするの?」
「そういう話やめない?教え子にする話じゃないしご飯が不味くなるから。」
否定、しないんだ。
「そうね、じゃあ、話題を変えようかしら。」
とは言っても、この空気はあまり明るい話ができる状態でもない。
話題、話題...。
「...そういえば、アンタってなんでトレーナーになったの?」
「あー...。」
トレーナーが良い淀む。
「前言った理由...勝ちたい相手が居るって言うのも一つだけど...。
他を語るとして、きこえの良い建前と本音とどっちが聞きたい?」
「本音。」
その選択肢で本音を選ばない人はそういないと思う。
総合の課題とかなら話は別だけれど。
「...そっかぁ。」
トレーナーは小さくため息をついて、その指を撫でるように手の上を行き来させる。
「その話をすると少し長くなるけど...凄く端的に言うとさ、昔僕はウマ娘になりたかったんだ。」
...様子を見る限り、話題選びは失敗したらしい。
「ウマ娘に囲まれて育ったんだけどね、そのウマ娘達が揃いも揃って天才まみれ。
僕もウマ娘に生まれていれば並べるだろうかなんてくだらないことを考えて、沢山勉強したんだ。ウマ娘になりたい一心で。
ダンスもやったし、他の子と一緒にトレーニングだって受けてた位は。
その経験と知識が行かせる仕事だったって言うのがひとつ。」
...トレーナーのダンスが上手かったのって、そういう理由だったんだ。
「姉さんを見返してやりたかったってのもひとつ。
あとは...うん、まあ、そんなところかな。」
トレーナーは弄っていた指を照明にかざすと、それからそれ以上はないとでも言わんばかりに箸で焦げかけの肉を裏返して網に押し付ける。
ウマ娘になりたいという夢も、本当はそこに繋がってるのだろう。
ウマ娘ではない自分には、姉に走りでは勝てない。だから
「意外ね、アンタにもそういうコンプレックスみたいなものあったんだ。」
「そりゃ僕だって人間だからね。
矛先の違いや大小あれど大体みんな何かは抱えてるでしょ。」
...そっか。そういうものなんだ。
「......大人ね。」
「そうでもないよ。大人になったフリをしてるだけの半人前さ。
...さっき言った夢も、本当の事を言えばまだ諦められてもないし。」
ウマ娘になる、かぁ...。
元々ウマ娘のアタシにはよくわからない。
「...そういえばアンタ、アタシが初めて
あれってそういう...?」
「別に女装癖とかそういうものは無いよ。
性別から別の方が、
目的地を考えれば確かに変装していた方が良いのか。
...ウマ娘の姿?
「アルダンさんが「あれは理由が無いだろ。あの場にいた人間全員面識あるのに女装しても誰も得しない。損得が釣り合わなさ過ぎる。論外。二度とやらん。
...いや、アルダンさんだけは得してたか。
......技術を使わせてもらった代金として納得するしかないか..........。」
トレーナーは脱力したように背もたれに身を投げた。
どうやら、あれだけは本当に不本意らしい。
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「あ、こっちは牛ホルモン100gと牛レバー100g、ジンギスカンを100g「それと人参と野菜の盛り合わせを一人前お願いします。」...スカーレット。《/font》
まあ良いか。あとご飯おかわり大盛りでお願いします。」
「そういえば、スカーレットの方は何でなの?」
「え?」
唐突に切り出された話に聞き返すと、トレーナーは顎でこっちを指す。
「トレセンに入った理由。」
...聞き返されるのは、まあ仕方ないことか。
「アタシのは、大したことないわよ。
地元で足が速くて、勘違いして出てきちゃっただけ。」
「...新馬戦と中京ジュニアステークス、ウイニングライブの後、電話。」
...まったく、コイツはなんでこう余計なところばかり敏いのかしら。
「アンタ、その勘の良さでいつか刺されるわよ?」
「君の引退後ならそれは楽しみだ。わりと本気で。」
トレーナーの顔に薄く笑みが浮かぶ。
「アンタねぇ...。
...パパもママも海外赴任、お姉ちゃんもトレセン学園の寮に入ってたから、寂しかったのよ。
ママは私が一番を取ると、内容がなんでもそれを何処からか聞き付けて電話して、沢山誉めてくれるの。
アタシが家族と関われる機会なんて、その電話以外だと長期休みの数日か誕生日とかだけだから。
地元じゃ足が飛び抜けて速かったから、小学生のレースで勝って誉められるのが一番多かったし...中央の舞台で勝ったら、もっと沢山誉めてもらえるんじゃないか、って。
まあ、結果はご覧の有り様だけどね。」
「ああ、君の一番へのこだわりはそこから来てたのか。」
道理で、とトレーナーが呟く。
「...意外だった?そんなことで、とかみたいな。」
「いや、普通に納得いった。
誰かに認めてほしい、ってのは正しい感情だよ。
それが親や兄弟姉妹ならなおのこと。」
トレーナーの目線が指先の方に行く。
「本来、一番身近な人間だしね。」
その表情に、僅かに悲しみの色が滲んでいる。
「アンタもそういうこと思ったことあるの?」
「さっき言ったでしょ?周りが天才的なウマ娘ばっかりだったって。
特に姉さんは酷かった。僕が何をどれだけ努力しても、平然と上を行くんだ。
当然、誉められるような回数は相対的に減るからさ。」
ああ、そっか。有馬記念の時のあの言葉。
やけに感情がこもっていると思ったら、トレーナーも
「...大変だったのね。」
「それが今の原動力になってると考え...てもダメだな、全然。」
トレーナーが今日一大きな溜め息をついた。
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「ラストオーダーですがいかがしますか?」
「炙りカルビ100gと中落ちカルビ100g、冷麺とご飯おかわり大盛り...わかったからこっちを睨むな、あと野菜盛り合わせを一人前。」
「アタシの方も冷麺以外は同じものを。あと牛ホルモンを50gつけてください。」
=========
「ご馳走さまでした。」「ご馳走さまでした。」
机の上に積み重なる食器に手を合わせる。
「...本当にウマ娘みたいな量食べたわね、アンタ。
大丈夫?食べすぎで気持ち悪くなったりしてない?」
スカーレットが困惑混じりに聞いてくる。
「大丈夫。ちょっと特異体質気味だから。
身体の維持には沢山のエネルギーがいるのもあって、このぐらいは普通にいける。」
難儀な体だ。本当に。
食費とか体質とか出力とか体型とか食費とか食費とか食費とか。エンゲル係数には目もあてられない。
「ああ、流石にアンタがおかしいのね、これは。」
「一般成人男性に食べさせようとしたら多分半分未満でギブアップするよ、こんなの。」
ふーん、とスカーレットは天井を見上げる。
「ねぇ、トレーナー。話は変わるんだけどさ。
アンタはさ、なんでアタシに期待してるの?」
意外な質問がスカーレットから飛んでくる。
「どうしたの、急に。」
「靴の事とか勝負服の事とか、凄い沢山お金かかってるでしょ、あれ。
なんでそんなことが出来るかって考えると、アンタがアタシに期待してるからで。」
その理由がわからない、と。
「なんで、なんでかぁ...。
...これが期待なのかはさておき、自分の事を信じてるから、かな。」
自分の事を?とスカーレットは首をひねる。
「アタシの事をじゃなくて?」
もちろん、それもあるにはあるけど、それ以上に。
「こんなでもウマ娘を見る目は肥えてる自信はあるからね。間近で天才を見てきただけあって。」
見ることしか出来なかったあの日々の。
その
「そしてそんな自分が、君の走り方から覗く筋肉の質や肺活量の高さ、骨格的な優位に...ああ、今の時代身体の事をどうこう話すのは問題になるんだっけ?
...まあつまり、君の走りに惹かれた、ってことで。だから間違い無いと思ってる。」
「...こんな成績だけど、揺らいだりしないの?」
そんなこと、聞くまでもないだろう。
「シンザン記念、相手の作戦が読みきれず敗北。
説明するまでもなく素質の問題ではなく僕の判断の過ちだ。
次にチューリップ賞、走りが完全に成っておらず敗北。
明らかに素質の問題ではなく僕の指導の問題だ。
どこに疑う余地が有るというんだい?
むしろ指導方針が
「そう...。」
スカーレットの表情に少し暗いものが混ざる。
不安や恐怖かな、これは。話の流れ的には期待への。
「...怖い?」
「え?」
「自分に向けられてる期待が。」
「...。」
否定も肯定もない。つまりはそういうことだ。
「やっぱり。
身の丈に合わないとしか思えない期待は怖いよね。
特に、誰かから才能があると言われても、実感が無い時は。」
気持ちはよくわかる。
貴方なら出来ると、姉さんがそう笑うのがどれだけ怖いことか。
無償の
「答えられないんじゃないか。失望されてしまうんじゃないか。自分に見向きもされなくなるんじゃないか。
そういう思いが、どうしても心の何処かに有ってしまう。」
「...認めてほしかったり、期待が怖かったり。
少しだけ似てるのかもね、アタシ達。」
きっと、みんなそんなものなんだろうけど。
「...不安ならさ、僕を信じてほしい。
僕は僕自身の見る目には自信がある。
その目で君の才を確信したなら、僕は自分のその判断を信じる。」
「なによそれ。お前を信じる俺を信じろってやつ?」
「いや?僕を信じる僕を信じろ、だね。」
スカーレットが小さく噴き出す。
「それじゃただアンタを信じるだけじゃない。」
「そうだね、それで良い。
僕は僕の目で見た事実を、そして僕の導きだした結論を信じる。だから君は僕を信じれば良い。」
スカーレットが呆れたような溜め息をつく。
「...アンタ、本当に変な奴よね。
なんか、馬鹿馬鹿しくなってきたわ。」
「それなら何より。
期待なんて所詮は勝手な押し付けだからね。
そんなどうでも良いものを扱う感じでちょうど良いんだ。」
本当に、それぐらいで良い。おかしくなられるよりは何億倍とマシだ。
「...心に留めとくわ。」
「そうしてくれ。」
=========
外にに出れば、日はすっかり沈んでいる。
いくらもうすぐ春と言えど、まだ日没は6時頃だ。
薄く開けた窓から吹く風が、少し冷たくて気持ちいい。
「...今日はありがとね。わざわざ付き合ってもらっちゃって。」
「全然。美味しいものも食べれたし、靴の決定も出来た。
来た価値はあって余りあるよ。」
顔を伺って本音と判断したらしく、スカーレットの口角が少し上がる。
「そう。それなら良かったわ。」
スカーレットは助手席側の窓から、何処か遠いところを眺め始める。
「...ねえ、トレーナー。」
「なに?」
「期待とか、そうなって欲しいみたいな願望とか、そういうものを一切抜いたとして。
だとして、アタシは勝てると思う?桜花賞に。」
「勝つよ。」
強めに断言する。
本音だ。それに足る素質は彼女にあって、それに足る指導を僕がした。そして何より、チューリップ賞と違って彼女の走りは完成と言って差し支えないところまで来ている。
疑う余地は無いとは言い難いが、それでも。
「そう。」
スカーレットの耳が、嬉しそうにパタパタと揺れた。