目ぼしい子が居ないかと探し始めて早二時間。
どの子もこれといった感じではない。
高等部の方でも見に──
十和田は振り返ろうとして──その途中、通路で言い争っている二人のウマ娘に目を止めた。
その歩く姿に、かすかに言葉にできない何かを感じる。
この感覚を覚えたのはいつ以来だったか。
...もうすこしだけ、見ていこう。
通路からグラウンドに出たとたん、栗毛のツインテールが別人になったように口論を中断し、鹿毛のショートカットが不服といった表情で口論をやめる。
...闘争心は十分。切り替えもできる。
思っていたよりも見ものかな。
二人がターフに並ぶ。
一瞬。
二人の足が、瞬き一回の差すらなく、全くの同時に地を蹴る。
ツインテールが前に出て、ショートカットがその数バ身後ろにつける。
...ペースが速い。
ツインテールの作戦は逃げか?...いや、だとしたら後ろとの距離の取り方がおかしい。
先行?...だとすると他のウマ娘に比べて彼女のペースが速すぎる。
勝負と流しという違いはあるのだろうが、それにしてもだ。
...走り方や体重移動の仕方、後ろとの距離とハロンを確認してペースを調整しているのを見るに、経験者か。
いや、だとしても能力が周囲より一段は抜けている。となれば、彼女は既に本格化の上り坂にいる?
それにしては走りのストロークに少し余裕がない。
なんだ、この歪な身体能力は。
数秒の後、彼はひとつの結論に至る。
...まてよ..........?
──本格化前で、素の能力が桁違い?
それならば、彼女の能力と走り方に説明がつく。
説明はつくが無茶苦茶だ。
十和田は続けてショートカットに目を向ける。
明らかに高スペックなツインテール相手に、何の問題もなく差しの作戦が一番安定する位置につけている。
普通なら、あのペース相手にそんな位置を維持していればもたない。
だというのに、彼女はペースを維持した上で、かつ差し切り得るだけの足を残している。
こちらも経験者、それも栗毛の彼女と並んで高い身体能力を有しているのは確実。
ゾクリ、と全身の鳥肌が立つ。
間違いない。彼女らは、歴史に名を残すようなとんでもない逸材だ。
もう一度ツインテールに目を戻す。
ほぼ同時、その走り方の姿勢が変わった。
見覚えのあるフォームに目を奪われる。
彼は思わずその身をフェンスから乗り出した。
二人が最終コーナーに差し掛かる。
─それは。
コーナーを駆け抜け、二人が立ち上がる。
──その走りは。
ショートカットが後ろから上がってくるが早いか、ツインテールが加速する。
その姿と、記憶の中の少女の姿が重なる。
───あの子と同じ走りだ。
二人が並んでゴール板前を駆け抜ける。
有って数センチに満たない差。ここからでは先着の判断がつかない。
二人の間でも勝負がつかなかったらしく、二人は再び口論に突入している。
...決まり、かな。
十和田はデータを呼び出そうと端末のカメラを彼女にら向けると、脇から写り込んできた鹿毛の少女に判定を吸われて違うウマ娘のデータが写し出される。
...さっきまでは居なかった子だ。実力はかなりありそうに見えるが、如何せん交渉する相手を増やせるほどこちらに余裕はない。
こちらの方にピースしてアピールしている彼女には悪いが、他を当たってもらおう。
あの様子なら、どうせ他のトレーナーが欲するだろうし。
戻るボタンをタップしてカメラに戻したところで、背後に気配を感じて振り返る。
と、栗毛のサイドテールの少女と目が合う。
何処となく、雰囲気が栗毛のツインテールに似ているような気がする。
左耳が白い。すごく珍しい流星の入り方だ。
「...何かご用ですか?」
少女は恐る恐るといった様子で口を開く。
「あの、め......
いや、えっと、十和田青葉さんで間違いはないですか?」
少女が途中で言葉を飲み込んだ事に、十和田は一瞬固まる。
...今、彼女は何を言いかけた?
いや、一旦良い。問題はこちらの名前を知っていることだ。
初対面である筈。珍しい流星だ、会ったことがあるなら忘れようもない。
...なら、上からの呼び出しか伝言か?
いや、目をつけられるようなことをした覚えはない。
嫌な胸騒ぎがする。
「ええ、そうです。
如何されました?」
いつでも距離を取れるように片足を引く。
「...私はナガイヨル。ツキヨナガイヨルと申します。」
意外にも、少女は胸に手を当て自己紹介を始めた。
「単刀直入にお話ししますと...。
...その、私のトレーナーになってくださいませんか?」
少女は頼み込むように深々と礼をする。
勝ちやデビューに焦ったウマ娘等がトレーナーを求めて逆スカウトすることは年に数回あるとは聞いていたが、まさか自分がその相手になるとは。
...待て。にしてはおかしい。基本そういうウマ娘が現れるのは夏前だ。一、二ヶ月は先のこと。
まして、今年の新規専属契約がまだ解放される前のこんな日に。
罠、工作、あるいは姉さんの差し金。
幾つかの可能性が瞬時に十和田の脳裏をよぎる。
断るべきだ。
「...申し訳有りませんが、スカウトしたい相手が見つかっております故、お断りさせていただきます。」
「その子に断られたら、でもいいんです!」
裏返りかける程の大声に必死さが垣間見える。
...これは、危ないな。
「一つお聞かせ願いたいのですが...。
...どうして、私なんですか?」
十和田は小さく息を吸い、一気に畳みかける。
「この時期は新人ベテランを問わず沢山のトレーナーが担当ウマ娘を求めています。
普通に考えるのであれば、私のような新人よりもベテランを希望するのが定石な筈。
仮に新人を求める理由があるとしても、それならば一度断られた時点で引いて他の新人にアプローチをかけて択を増やすのが貴女の立場での安定策だと私は考えます。
しかし貴女は引き下がらなかったどころか、むしろ裏返る程の大声で契約を要求してきた。
わざわざ私と契約したいという理由がある、と見るのが妥当でしょう。
つまるところ、私をトレーナーにする価値を見いだした、ということであると私は考えるのですが。」
彼の勢いに圧されてか、ツキヨナガイヨルは一歩後ずさる。
「..........えっと。」
少女はまた言い淀んで、目線を揺らす。
「《font:158》...その。理由は、あります。
...でも、話したく無いです。」
大方、嘘だろう。 考えるまでもない。
姉さんの息がかかった者ならこんな失態を晒すとは思えない。在野の危険人物か。
「それでは私も首を縦に振ることは出来ません。」
「ですよね...。」
少女は落ち込んだように下を向いて。
小さくなにかを呟いて、決心したような瞳でこちらへ向き直る。
「じゃあせめて、明後日の選抜レース、見に来てください!」
本気の走りによって振り返らせんとする姿勢は嫌いではない。
ないが、どちらにせよ既に断る以外の選択肢はこちらには既にない。
ただ、相手が譲歩を見せた以上は、穏便に。
「…わかりました。代わりに、それでも私の意向が変わらなかった場合は諦めて頂きます。よいですね?」
「ありがとうございます!」
「では、失礼します。」
十和田はツキヨナガイヨルをおいてグラウンドに寄る。
何かしてくるとしても、流石に人目の多いここではないだろう。帰り道は気をつけなければ。さて。
より気を引かれたツインテールの方のトレーニングを眺めながら、端末にデータを呼び出す。
走者名「ダイワスカーレット」。
本人開示データは...両親の家系、それと姉位か。
大和家とスカーレット一族の間の子、かなりの名門家系同士。姉は皐月賞ウマ娘のダイワメジャー。
良い血筋だ。あの能力の高さも納得が行く。
わざわざ両家の名を自身の走者名にする辺り、自信もプライドも一級品だろう。
その分、競争率は高くなる事は想像に難くない。
覚悟して望まなければなるまい。
..........それにしても、だ。
先程の少女─ツキヨナガイヨルは、何を言いかけていたのだろうか。
めから始まる、自分と縁が深い言葉。
十和田は数秒考えを巡らせて、結論に達する。
...まさか。
一つ。一つだけ思い当たるものがある。
そのまさかだとして、彼女はどこから知ったのか。親族が漏らす筈もない。
...となるならば、事と次第によっては色々とやり直す必要が出てくる。
..........いや、きっと考えすぎだ。
そうでなくても、そういうことにしておこう。 でなけれは、あまりにも。
頭の中から嫌な考えを放り捨て、トレーナー支援アプリをタスクキルする。
さて、どうやってダイワスカーレットに近づこうか。
[newpage]
少女はサイドテールをほどき、風のままに流す。
「..........はぁ。」
脱力感と共に小さなため息が漏れる。
彼にとっては、たったの数度会った程度の相手。
それも、忘れられている方が都合が良いような関係。
比較的望ましい状況...とはいっても、やっぱり悲しいものは悲しい。
まして、彼の視線の先を見ればそれも尚更だ。
選抜レースに呼んだのはいいとして、問題は同じレースにダイワスカーレットも出走すること。
それではきっと、このまま彼女と契約してしまう。
夜は、まだ明けそうもない。