ウマ娘プリティーダービーST   作:十和田 永一

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ST-01-04 S=(T±2π)

十和田は展望台の柵に足をかけて股関節を伸ばす。

眼下に広がるは府中の町並み。

 

夜風が体に涼しい。軽く体を動かしながら考え事をするなら丁度いい気温だ。

 

..........どうするかな。

 

ダイワスカーレットに契約を断られたというだけ、なら予想通りでいい方だ。

彼女のトレーナーがまだ決まっていない分、状況はより厄介になったと言えよう。

彼女が決心するまで交渉するチャンスは増える一方、決定が遅くなるほど他の選択肢も狭まる。

 

いよいよ今年は契約なしで見送ることが現実的になってきた。

その時は他のトレーナーの補助に回る羽目になるか。

 

彼は一つため息を漏らすと柵に肘をつき、眼下の風景─その先のトレセン学園─を眺める。

ふと、ターフで走っているウマ娘にその目が止まる。

 

顔は見えないがあの走り方は...多分ツキヨナガイヨルか。

彼女も不幸なことだ。ダイワスカーレットやウオッカがいなければ彼女が注目の的だっただろうに。

観察していると、彼女が黒い人影─おそらくはスーツの女性─に近づく。

あの青髪の人は...元トレセン学園卒のトレーナーか。研修の時話題になっていたのを覚えている。

...噂が正しければ才能差を技術で埋めるのが得意分野だったか。

確か、本名は西野──

 

十和田の右足に巻き付けられていた[[rb:それ > ・・]]が無意識に蠢く。

彼がとっさに思考を打ち消し耳を澄ますと、近づいてくる足音が聞こえてくる。

 

...距離があっても足音が聞こえてる時点で、少なくとも姉さんの側の人間では無さそうだが、一応警戒しておくに越したことはないだろう。

 

近づいてくる足音に顔を向けると、何度も見た影がこちらに近づいてきている。

ダイワスカーレットだ。

彼女は東屋手前で足を止めると、テーブルに置かれたボトルをあおる。

テーブルにボトルを戻した彼女と目が合う。

 

貴方は選抜レースの時の...

既に私服に着替えているのにわかる辺り、覚えていてもらえたらしい。あれだけ人数がいたのに覚えてもらえているなら好印象な方か。

 

軽い会釈で返す。

こんなところまで出向いて頂いて恐縮ですが、私は...ああ、別にスカウトしに来たわけではありませんのでお気になさらず。

こんな時間に、というのは失礼になりますし。

断りの言葉を並べようとする彼女に首を振る。

 

...ごめんなさい、早とちりしてしまって。

ダイワスカーレットは軽く頭を下げる。

いえいえ、あの選抜レースの結果では契約を求めるトレーナーに追いかけ回されていたでしょうから。そう思ってしまってもしかたないことです。

彼女はフォローに軽く礼を言い、汗を拭い始めた。

 

さて、せっかくの機会だ。今のうちに契約の為に色々と聞いておこうか。

...と、そういえばですが、選抜レースでのスカウトを全て断ったとお聞きしました。

踏み込んだ質問で申し訳ないのですが、理由を教えていただくことは可能でしょうか。

もし他人に言うのは憚られる様な内容でしたら、あるいは単に答えるのが面倒であれば、聞かなかったことにしていただければ幸いです。

...今は、そんなことを考える以前の段階なんです。

不甲斐ない自分を叩き直すのに忙しいので。

不甲斐ない、か。

あの子と同じ、あくまでも一番が大事なのだというタイプなのだろう。

それがGⅠにしろ、選抜レースにしろ。

 

...ずっと、気になっていたことがある。

同じ『一番』を大事にする彼女ならば、その答えを知っていようか。

少しお聞かせ頂きたいことが。

内容が内容ですので、黙殺していただいても構いません。

一着でなかった事をそれほどまでに重く考える理由、お聞かせ頂いてもよいですか?

世界一を決める競争や重賞等、人生で一度あるかないかの舞台で一着を取れずに、ならわかるのです。

ですが選抜レースで、人生に幾度となくあるような舞台でそこまで重く考えている、というのは私にはよくわからなくて。

 

ダイワスカーレットは一瞬固まると、言葉を選ぶように言い淀み、小さく言葉を連ねる。

...自分にとって、一着かそうでないかは非常に大きな違いなんです。

一着は何度も語られる。称賛だってる。

でも二着はすぐに忘れられてしまいます。

それに、かけられる言葉も称賛よりも同情の声ばかり。

...一着と二着には、天と地ほどの差があります。

実際の距離が、例えどれほど近かったとしても。

だから、私は一着を求めるんです。

 

本音は[[rb:それ > 認められたい]]か。

 

...なるほど。

きっと、彼女は僕と似ている。

 


 

...なるほど。

目の前の若いトレーナーは少し悲しげな笑みを浮かべる。

..........余計なところまで見透かされているみたいで、あの人にそっくりで嫌な感じだ。

 

...一つだけ、トレーナー側の視点からものを言わせて頂きます。

貴女は別に不甲斐なくなどありません。

むしろ立派な実力をもっておられます。

貴女をスカウトせんとするトレーナーの数こそその証左。

 

不甲斐なくない?

私が?

私の何を知ってそんなことを言う?

 

目の前の相手が、昔のトレーナーと重なる。

脳内で、ぐるぐるとあの人の言葉が残響する。

 

うるさい

うるさいうるさい

───うるさい! 結局、わかってないくせに! アタシのことなんて何も知らないくせに! アタシは──っ!

 

声に出ていたことに気づき、慌てて口を塞ぐ。

目の前のトレーナーさんは酷く驚いたような表情を浮かべ...それから、傷ついたような弱々しい笑みを浮かべる。

 

酷いことを言ってしまった。

 


 

気まずい時間が流れる。

 

居たたまれなくなったのか、ダイワスカーレットは小さく言葉を吐き捨てる。

...すみません、あなたに言った訳じゃないんです。

ですから、気にしないでください。

失礼します。

ダイワスカーレットは一礼すると、逃げるように走り去っていった。

 

その背中を見送って、展望台の柵に両肘をつく。

 

..........。

 

やはり、彼女と自分は似ているのだろう。

しかも──。

 

彼女は僕に誰かを重ねた。

彼女の物言いを聞くに、彼女に近しい人物であろう誰かと。

ろくでもない言い方をすれば、つけ込む隙はあるというわけだ。

自分としては好都合だ。

 

..........それにしても。

何も知らない、か。

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