客室で眠っていたレヴァンだったが、ドアが開いて目が覚める。誰が来たのか起き上がって確認しようとするが……
「おにーーちゃーーーん!!!」
「うおっ…」
それより先にフランがフライングボディプレスを繰り出した。うつぶせで力尽きたように寝ていた体に衝撃が走り、脳が一気に覚醒する。頭だけを動かして背中にのしかかっているフランを見ると、羽をパタパタと動かして嬉しそうにニコニコしていた。対照的にレヴァンはしかめっ面だったが。
「おはよ、お兄ちゃん♪」
「……おはようございます」
「今は夜だけどね」
声のしたほうに視線を移すと、レミリアが微笑みながら立っていた。開けたドアを押さえている咲夜に、霊夢、魔理沙、パチュリーも一緒だ。
「よく、眠れませんでしたか?」
「うん?」
「そういえば、フランが起こす前に起きていたようだけど…?」
「ああ…人が近くに来ると起きちまうんだよ」
「…変な体質ね」
「まあな」
実は体質ではなく自身の警戒心の強さの表れであり、今まで幾度となく寝込みを襲われた為に人の気配を感じると自然に目が覚めてしまうのだ。もっとも、それを口に出したりはしないが。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!晩御飯の時間だよ!」
「……なんでそんな興奮してんの?」
ゆさゆさとレヴァンの体を揺すぶりながら嬉しそうに言うフラン。
「だって、皆と一緒にご飯なんて久しぶりなんだもん!」
地下室に閉じ込められてから食事はずっと一人で取っていたフランにとって、大勢で食べる今夜の晩餐は楽しみで仕方なかった。ベッドから飛び降りると皆のところへステップしながら歩いていく。
「ふふ、そんなに慌てなくても晩御飯は逃げないわよ?」
そんなフランを見て微笑ましい気持ちになりながら、レミリア達も部屋を出ようとする。
「良かったな、存分に楽しんでくるといい」
レヴァンはそう言うと、時間が経つと共に戻ってきた眠気に身を任せて眠ろうとする。
……が、いつまで経っても消えない視線を感じて頭を上げる。全員が部屋の外へ出ようと歩き出した体勢のまま、頭だけをレヴァンに向けていた。その目からは困惑や呆れの色が見える。フランに至っては若干涙目だ。
「…どうした?」
「いや、どうしたって…あなたも来るのよ」
「…ええぇ…?」
不満げな声を出すレヴァン。その反応を見てフランの表情が更に悲しげになる。フランはベッドの方へ戻り、レヴァンの手をグイグイと引っ張る。
「お兄ちゃん…私達とご飯食べたくないの…?」
「…いや…それは…」
「おにいちゃ~ん…」
涙目のフランを見てよく分からない罪悪感に苛まれながらも、返事を渋るレヴァン。
「…レミィ、ここはあなたの出番よ」
「…何か考えがあるの?パチェ」
パチュリーが何かをレミリアに耳打ちする。それを聞き終わったレミリアは、何故か顔を赤くする。
「…ね、ねえ…それ、本当にやらなきゃダメなの…?」
「そうよ。私の言う通りにすれば、間違いなくレヴァンは一緒に来るわ」
「う~…」
頭を抱えて葛藤しているレミリアを見て、パチュリーがもうひと押しとばかりに耳打ちをする。
「ほら、フランの為でもあるのよ?」
「!!……分かったわ」
ようやく何かを決心したレミリアが前に出て、部屋にいる全員の視線がレミリアに集中する。
そして……思い切り仰向けに倒れこみ、手足をじたばたさせて叫びだす。
「やだやだやだー!レヴァンも一緒じゃなきゃやだー!みんなで食べるのー!」
紅魔館の主の豹変ぶりに、全員が絶句した。レヴァンですら、目を思い切り見開いて驚愕している。ただ一人、入れ知恵したパチュリーだけは笑いを堪えていたが。
暴れ終わったレミリアは、顔を羞恥で真っ赤にしながら起き上がった。そして、涙目で半ば睨むようにレヴァンを見て、
「……行くわよ」
「……はい」
レヴァンは断れなかった。その後、食卓に着くまで全員無言だったのは言うまでもない。
~~~~~~~~
「おお~!さっすがこんなでかい館に住んでるだけあって豪勢だな~!」
魔理沙が大きなテーブルに並べられた沢山の料理を前に、感嘆の声を上げる。それを聞いたレミリアが得意げに、ふふんと鼻を鳴らして腕組みをする。
「当然でしょう?私を誰だと思っているのかしら?……でも、今日は特に豪華ね。いくらなんでも作りすぎじゃないかしら、咲夜?」
「申し訳ありません、お嬢様。何しろ、久しぶりのお客様でしたので…」
疑問に思ったレミリアに対し、微笑を浮かべて答える咲夜。しかし、その視線が一瞬ではあるがレヴァンに向いた事をレミリアは見逃さなかった。
「…ふふ、レヴァンに良い所を見せたかったのかしら?」
「っ!?」
あからさまにうろたえる咲夜を見て、レミリアはニヤリと笑う。更に追い打ちをかけようとしたが、その前に思わぬ奇襲を受けることになる。
「あら、ライバルが増えたわね、レミィ?」
「なっ!?」
後ろからパチュリーがささやきかける。
「ち、ちょっとパチェ!いきなり何言い出すのよ!?」
「何って、レミィがレヴァンに惚れてるって事だけれど?」
「馬鹿言わないで!何で私が…!」
「ふふ、誰だってわかるわよ。大切な妹をその身を張って助けたんだものね。レヴァンが寝てる間だって、早く夜がこないかなー、なんて呟いてたし…」
「ち、違うわよ!あれは別に、レヴァンと一緒にご飯食べて、色々話したいなんて考えてないわ!ただ私が吸血鬼だから、夜の方が過ごしやすいだけで…!」
「お嬢様、筒抜けです…」
形勢をひっくり返されて悔しそうにしているレミリアを、パチュリーと咲夜が生暖かい目で見ている。
一方、そんな舌戦を聞いていても何の反応も見せないレヴァンに、霊夢はジト目を向けていた。
「…あんた、今の話聞いて何も思わないわけ?」
「思わない」
「だから即答すんなって!少しは考えろよ!」
「うるさいな…」
魔理沙もその反応にはご立腹のようだ。だが、レヴァンも同じくご立腹だった。自分が直接何かをしたわけではないのに、何故責められなければならないのか。レヴァンはそう考えていた。
「ほら、みんな早く座って食べようよ!お兄ちゃんもこっちこっち!」
「あ、ちょっとフラン!」
諸々のいざこざをガン無視し、無邪気なフランがレヴァンの手を引いてテーブルへ向かう。自分の隣にレヴァンを座らせてご満悦だ。そして、空いているもう片方の席には…
「咲夜さんの手料理は絶品ですからね!レヴァンさんもきっと気に入ると思いますよ!」
先に来ていた美鈴がちゃっかり座っていた。レミリアはさっさと座らなかった事に少しだけ後悔しながらも、レヴァンの対面へと座った。その隣にはパチュリーが座り、さらに隣に魔理沙、そしてレミリアのもう片方の隣に霊夢が座る。咲夜は席には座らず、レミリアの斜め後ろで待機している。その更に後ろにはメイド妖精が数人、同じように待機していた。レミリアはテーブルをぐるっと見回して、全員が席についていることを確認すると、咳払いをして喋り始めた。
「博麗の巫女、博麗霊夢。普通の魔法使い、霧雨魔理沙。勇敢なる外来人、レヴァン。私達紅魔館は、あなた方の来訪を快く歓迎する。今夜は存分に楽しんでいってくれ」
挨拶を皮切りに晩餐が始まった。
それぞれ所狭しに並べてある料理を取り、美味しそうに食べている。フランは料理を一口食べるたびに興奮してレミリアや美鈴と話している。霊夢は目を輝かせて黙々と食べ続け、魔理沙はパチュリーと喋りながら次々とたいらげていた。パチュリーは元々口数は多くないが、魔法使い同士という事もあってかいつもより口数が増えていた。
だがそんな中、レヴァンだけが料理に手を付けていなかった。表には出していないものの、咲夜が内心、自分の作った料理に不備があったのか不安になっている。
「どうかしたの?さっきから手を付けていないようだけど…」
咲夜の心情を代弁するかのようにレミリアがレヴァンに問いただす。
「…聞きたいんだが、マナーとかは守った方がいいのか?」
「不安なの?…ふふっ、別にいいわよ気にしなくても。好きなように食べて頂戴」
ちょっと子供っぽいと思いながらも、許可を出したレミリア。そして、許可を貰ったレヴァンはというと…。
「…そうか」
おもむろに目の前にあった七面鳥の丸焼きを鷲掴みにし、そのまま豪快にかぶりついた。しかも肉だけでなく、骨ごと噛み砕いて食べているのだ。度肝を抜いたその食べ方に、一同は食事の手が止まり呆然としている。フランだけは凄い凄いと騒いでいたが。
七面鳥を綺麗にたいらげた後も、他の料理を片っ端から胃袋に入れていくレヴァンを見て、呆然としていた一同が我に返る。そして、少しペースが上がった状態で食事が再開された。
「(咲夜が沢山作ってくれて助かったわ…)」
自分の従者に心の中で密かに感謝するレミリアであった。
~~~~~~~~
「そういえば、十六夜」
出された料理が半分程になった頃、思い出したようにレヴァンが尋ねる。
「なんでしょうか?」
「僕の服はもう直ったのか?」
「はい、すでに修繕は済んでおります」
「そういや、着ている服が違ったな」
「今気づいたの…?」
「あの有様は酷かったものね…。服もだけれど、彼自身も…」
「確かにな…」
「…そんなにか?」
「そりゃあもう…生きてるのが不思議なくらい血だらけだったんだぜ?」
「そうか。その時の僕は、スカーレット達にとってはさぞかし美味そうなご馳走に見えたんだろうな」
本人が何気なしに言った言葉が、温かい食卓を一瞬で凍り付かせた。レミリアとフランは手を止めて俯き、不穏な雰囲気を感じ取った者達も食べづらそうにしている。元凶であるレヴァンはさして気にせずに食べ続けていたが、流石に黙ったままの状況が続けば、自分が何かしたという事を理解することは簡単だった。
「……もしかして、僕は何か余計な事を言ったか?」
「…いやぁ……何と言いますか…」
隣にいる美鈴に問いかけるものの、頭をかいてばつの悪い表情を浮かべるだけだった。そうしている間にも、嫌な沈黙が食卓を支配し始めていた。俯いているので表情は分からないものの、二人とも傷ついているのは誰の目から見ても明らかだった。
…またやってしまった。と、レヴァンは心の中で後悔していた。自分にはデリカシーというものが存在せず、時折相手の心を抉る発言をしてしまうのだ。レギナがいた頃は、そういった発言をする前に窘められたり、言ってしまった後にフォローをしてくれていた。だが、今はいない。
目の前で震えている少女達を見て、レヴァンはまた罪悪感に駆られていた。今回は明らかに自分の失言。見て見ぬふりなどできないからだ。
レヴァンはテーブルを見渡し、フルーツの盛り合わせに目を付けた。そこからサクランボを大量に取って一気に頬張り、そのままモゴモゴと口を動かし続ける。レヴァンの奇行にフラン以外の視線が集まる。そして、口を動かすのを止めた後、俯いたままの隣にいるフランの肩を叩く。
「……なに?」
フランが振り向くと、レヴァンは顔を少し近づける。
「……六芒星」
舌を思い切り出すと、そこにはサクランボの茎を結んで出来た六芒星があった。数秒間の沈黙の後…食卓が氷解した。
「あはははははははは!!お、お兄ちゃん凄いよ!どうやったのそれ!?」
「あれってパチュリー様の魔法陣ですよね!?パチュリー様も出来るんですか!?」
「で、出来るわけないでしょ……ぷ、くっくっくっ…!」
「わははははははは!!だはははははははは!!や、やっぱお前面白いぜ…!」
「……っ!………っ!!」
「あはははっ…あははははははは!!」
「あっははははは……はーっ、はーっ…お、おなか痛い…!」
想像以上にウケたので若干引いたレヴァンだったが、吸血鬼二人が笑顔になったのを見て、ほんの少しだけ穏やかな気分になった。それと同時に、自分の言動に一層気を付けようと思ったのであった。例え妖怪といえども……不必要に傷付けるのは間違っているからだ。
~~~~~~~~
食事が終わり、他愛もない話を少しだけした後、レヴァンは自室に戻ってすぐに眠りについた。数々の修羅場をくぐり抜けた奇才にとっても、妖怪との死闘は流石に堪えるものだったらしい。
……そんな彼の安眠を妨げる者が現れた。
夜中にゆっくりと開いたドア。レヴァンはまたもや目が覚める。薄暗い室内で目を凝らして、謎の侵入者の姿を見定める。そこにいたのは……。
「……ふぁぁ…」
寝間着姿の紅美鈴だった。
レヴァンは思わず溜息をついた。意識がはっきりしていない所を見ると、トイレか何かで起きてきたが寝ぼけて部屋を間違えて入ってきたようだ。少し乱れた寝間着の隙間から肩や胸あたりの肌が露出しており、男であるレヴァンも何も感じない訳ではなかったが、それより睡眠を邪魔されたという怒りの方が大きかった。おぼつかない足取りでベッドへ向かってくる美鈴に立ちふさがり、両手で肩を掴んで完全に起こそうとする。
「…ふやぁ~……」
だが、起こそうとする前に美鈴の足から力が抜けて、その場に崩れ落ちる。地面に倒れる寸前で何とか抱き留めたが、美鈴は完全に眠ってしまったようだ。スヤスヤと寝息をたてている美鈴を前に、レヴァンは起こす気が失せてしまった。そのまま美鈴をお姫様抱っこでベッドまで運び、起こさないようにゆっくりと寝かせる。幸せそうな寝顔の美鈴をみて、レヴァンは温かい感情が自分の心を満たしていくのを感じていた。自然と頭に手を伸ばし、優しく撫でて呟いた。
「…おやすみ」
「……おやすみなしゃ~い…」
舌足らずな返事を聞いて、少しだけ笑みをこぼした。
レヴァンが部屋から出ていこうとすると、部屋の隅で丸まっていたサンドワームが頭を上げてついていこうとする。ジェットパックもそれに呼応するかの様にジェットエンジンを作動させる。
「少し出てくるだけだ」
そう言うと、二つのテンプルアーマーは動きを止めた。レヴァンは満足そうに頷くと、ドアをゆっくりと閉めて薄暗い廊下を歩いていった。
~~~~~~~~
紅魔館の外に出たレヴァンは、少し紅みがかっている夜空を見上げていた。霧の発生は止まったが、完全に消え去るにはもう少しかかるようだ。レヴァンは目を閉じ、我が身を吹き抜ける冷たい夜風に心地よさを感じていた。
「……ずっと見ていただろう。出てこい」
変わらぬ姿勢で言い放つ。レヴァンの後ろの空間が裂け、無数の目が散りばめられた空間が現れる。そしてそこから一人の女性が降り立った。
「あら、見ていたなんてどうして分かるのかしら?」
「呼んだら出てきたのが何よりの証拠だ」
「偶然よ、偶然♪」
扇子で口元を隠しつつ、レヴァンの隣へ移動したスキマ妖怪、八雲紫。
「紅い月も乙なものね。平穏な日々を送っていては、まず見れないですわ」
「もう見納めだ。好きなだけ見るといい」
レヴァンも目を開け、紫と共に紅く染まっている月を眺める。
「晩酌に付き合って頂けるかしら?」
紫の手からは扇子が消え、代わりに徳利があった。それを顔の横に持っていき、軽く揺する動作をする。
「…一人で勝手に飲んでろ」
「つれないわねぇ…」
紫はつまらなさそうに口を尖らせる。だが、空いている片手で隙間からお猪口を取り出し、徳利をレヴァンに押し付けた。
「お酌くらいはして下さるわよね?」
レヴァンは黙って徳利を受け取り、お猪口に入るギリギリまで酒を注いだ。中身がこぼれそうになるお猪口に紫は慌てて口を付ける。
「……いじわる」
「……クックッ…」
愉快そうに笑いを噛み殺しているレヴァンに非難の眼差しを向ける。レヴァンは大して悪びれていなかったが。
まだ微かに紅い夜空。静寂の中に、トクトクという音が響く。二人は一言も交わすことなく月を眺め、酒を注ぎ、静かに飲んでいた。
種族も住む世界も違う、何もかもが重ならない筈の二人。だというのに、まるで二人でいるのが当たり前のような自然な佇まい。妖怪と人間…この消えることのない境界が、この時間だけ消え去っているように見えた。
「……なあ、八雲紫」
徳利の中身が無くなったところで、話を切り出す。お互いに、紅い月を見上げたまま。
「なあに?」
「何故、僕を幻想郷へ連れてきた?」
紫はまた扇子を広げて口元を隠し、くすくすと笑う。
「言わなかったかしら?面白そうだったからよ☆」
「……まさか、通じると思ってるのか?」
その一言で紫から笑みが消えた。レヴァンは看破していた。本当の理由は他にあると。
「…それに答える前に、私の質問に答えて下さる?」
「…なんだ」
「あなたは…自分の世界に帰りたいの?」
「ああ」
紫の顔が歪む。憐れみ、悲しみ、憤り、全てがごちゃ混ぜになったかのように…。
「もう一度訊こう。何故、僕を………」
レヴァンはそれ以上言わなかった。
無意味だと覚ったから。
隣にいた紫が、姿を消したから。
「……お前は一体、何を考えている…八雲紫…?」
レヴァンは踵を返し、紅魔館へ戻っていく。頭の中のもやがかった霧は、晴れることはなかった。
次回もよろしくお願いします。