ちょっと暗い話が混ざります。
台所に戻ってきたレヴァンは、流し台に両手をついて呼吸を整えている。怒りを抑制しようとしているようだ。
「ねえ…大丈夫?慧音と何かあったの?」
慧音の怒号がここまで聞こえてきたので、慧音ともめた事は予想できる。だが、その後レヴァンの怒号まで聞こえてきたのは予想外だった。
料理を皿に取り分けていた三人の手が止まり、お互いの顔を見合わせる。そしてすぐにレヴァンが戻ってきた。
憤怒の表情を浮かべて。
霊夢はレヴァンに声をかけるが、返事は無い。しばらく荒い呼吸の音が続き、最後に大きく深呼吸をする。どうやら落ち着いたようだ。レヴァンの顔は元の無表情に戻っていた。それを見た霊夢がさっきと同じ質問をする。
「もう一度訊くわ。慧音と何かあったの?」
「……あった」
「そう。内容を教える気はある?」
「聞きたきゃアイツに聞け」
また少し顔を怒りで歪ませたレヴァンを見て、霊夢はこれ以上聞くべきではないと判断した。咲夜と美鈴にアイコンタクトを送り、最後の料理をそれぞれが持つ。
「私達は先に宴会に行ってますね」
「もう少し落ち着いたら来なさいよね。言っておくけど、宴会で殺し合いとかは駄目だからね」
「分かってる…。お前は僕を何だと思ってやがる…」
「それではレヴァン様、また後ほど」
微笑みながら出ていく三人を見送った後、コップに水を注いで一気に飲み干す。そして喧騒がかなり大きくなってきた頃に、宴会場へと向かった。
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会場に入った瞬間に複数の視線を感じたが、すぐに消えたので気にしない事にした。レヴァンはまた妹紅と一緒に飲もうと思い、妹紅を探す。元々目立つ服装だったのですぐに見つける事ができたが、どうやら先客がいたようだ。妹紅と一緒に飲んでいるのは、腰まであるであろう長くて美しい黒髪で、パッと見では着物に見えなくもない服を着た少女である。お互いに口汚く罵り合いながら、日本酒をぐいぐい飲み干していく。恐らく飲み比べで勝負しているのだろう。
邪魔をしては悪いと思ったレヴァンは、妹紅と飲むのを諦めて一人で飲もうとする。すると、後ろから声をかけられた。
「せっかくの宴会だってのに、何一人で始めようとしてるのよ」
「博麗か。いや、藤原と飲もうと思っていたんだが、先を越されてな」
「ふーん。そんなに妹紅の事が好きなの?」
「ここの住人の中では断トツだな」
「は、はっきり言うわね…。あんたと飲みたい奴は沢山いるんだから、どっか適当に混ざればいいのに。魔理沙とかチルノとかレミリアとか、待ちぼうけ食らってるんじゃないの?」
「僕の知った事では……?」
レヴァンが突然言葉を切り、目を細めて何かを探る様に歩き出す。霊夢がその行動を訝しみ、問いただそうとすると、レヴァンの片方の手がいきなり虚空を掴む。そのまま見えない何かを持ち上げるように腕を高く上げると、
「ごめんなさいごめんなさい!下ろしてー!!」
と、女の子の声が聞こえた。そして、宴会場の入り口の陰から見知った顔が飛び出した。
「あやややや!?すみません下ろしてあげてください!怪しい者ではありませんから!」
久々の登場、射命丸文が慌ててレヴァンに見えない何者かを下すように説得し始めた。最初は渋っていたが、やがて脅威は無いと判断して手をパッと放す。ドシンという音が床から鳴り響くと、何者かの正体がおぼろげながら見えてきた。
「いたた…。まさか河城にとり特製の光学迷彩が見破られるなんてね…。文の新聞も当たる時があるんだね」
「人の新聞を占いみたいに言わんで下さい!」
「あっはっは!いやー面白いもの見れたわね!」
光学迷彩が消えて現れたのはリュックサックを背負った少女。そして文と同じく宴会場の入り口から、ウェーブがかった髪をツインテールに纏めた少女が笑いながら近づいてくる。
「ごめんなさいね、噂の外来人さんがどれ程の者かちょっと試してみたかったのよ。私は鴉天狗の姫海棠はたてよ。よろしくね♪」
「私は河童の河城にとりだよ。ねえ盟友、外に置いてある機械はもしかしてお前さんが作ったのかい?」
「誰が盟友だ。それはホームカプセルの事か?ならそうだ」
「本当かい!?ならお願いがあるんだけれど、ちょっと分解させ…むぐっ!?」
「あ、あはははは!何でもないですよレヴァンさん!」
とんでもない事を口走りそうになったにとりの口を文が電光石火で塞ぐ。分解という言葉が出た時点でレヴァンは警戒の色を強めたが、ぎこちない笑顔を作り続ける文を見て、ため息を吐いて警戒を解いた。
「ちょっとにとり!気を付けて下さいよ!レヴァンさんは誰かがテンプルアーマーを盗んだりしたら、幻想郷を敵にまわすって言ったんですよ!?」
「ぷはぁ……えっ!?それ本当!?」
「それって前の宴会の時の話?じゃあにとりは知らなくて当然ね。私もだけど参加してなかったから」
「ご、ごめんよ盟友!そんな事情があるとは知らなかったんだ!」
「いいよもう…」
必死に謝るにとりだが、レヴァンはさして気にしていないようだった。少しだけ気まずい空気が流れるが、それを変える為に霊夢が話を文に振る。
「文、異変の取材は良いのかしら?今回の解決者はあんたの大好きなレヴァンよ」
「大好きなって何ですか!?というか、え?レヴァンさんが解決したんですか?博麗の巫女の霊夢さんではなく?」
「まあ、私も行ったんだけど、それより先にレヴァンが行ってたのよ。首謀者と戦ったのは私だけど、その後に色々あってうやむやになったのよね」
「後半何一つ説明になってないんですが…」
「そういえば、今回は妙に大人しくしてたわね。いつもなら、あちこち飛び回ってしつこく聞き込みしたり、私や魔理沙にしつこくつきまとってくるのに」
「しつこい女だ」
「しつこいを強調しないでくださいな!?いや、今回はこちらも立て込んでいましてね…。その分、今日はしっかりと取材させて頂きますよ~!」
「もう帰れよお前…」
目を輝かせながらレヴァンと無理矢理腕を組んで座らせようとする文を見て、にとりと霊夢はやれやれと首を振る。
だからこそ、誰も気が付かなかった。
姫海棠はたての表情が、ほんの少し曇っていた事を。
そんな事もつゆ知らず、文はレヴァンをぐいぐいと引っ張っていく。いつの間にか、にとりもそれに加わっていた。
「さあさ、飲みましょう!そして洗いざらい吐いてしまいましょう!こんな美少女二人にお酌して貰えるなんて幸せ者ですね!まさに両手に花です!」
「黙れドライフラワー」
「どういう意味ですか!?」
「盟友!私も盟友の話聞きたいよ!盟友が作った機械の事はいいからさ、外の世界の技術の話を聞きたいな!」
「盟友盟友うるさいなお前…。大体盟友って何だよ」
「河童は昔から人間を陰から見守ってきた存在なんだよ!だから盟友も同然さ!」
「へえ…」
それってお前らが勝手に思い込んでるだけじゃねえの?とレヴァンは疑問に思ったが、にとりが嬉しそうに話しているのを見てつっこむのをやめた。
「あ、そういえばレヴァンさんってお酒飲めますか?結構強いのとかありますよ」
「飲めるっちゃ飲めるが…」
「なら問題ありませんね!なんなら飲み比べでもしますか?」
「いや、僕は…」
「ーーー何だい、面白そうな事やろうとしてるじゃないか」
どこからともなく声が聞こえた。レヴァンは初めて聞いたが、文とにとりはこの声を知っている。笑顔が固まり、冷や汗がドバっと噴き出す。
「飲み比べ、私も一枚噛ませてもらえるかい?」
黒い霧が目の前に集まったかと思うと、それが人の形を成して降り立つ。小さな体に不釣合いな程の気迫。頭にはねじれた二本の角が生え、腰には瓢箪をぶら下げている。文は恐る恐る、彼女の名前を呼んだ。
「す…萃香…さん…?」
「おう、久しいね」
萃香と呼ばれた少女はニカッと笑う。対照的に文とにとりは引きつった笑みだ。萃香はレヴァンを見ると、手を差し出しながら近づく。
「おっと、そっちのは私を知らなかったね。私は鬼の伊吹萃香。よろしく」
「……ああ」
角からしてやっぱり鬼だったか、と内心で思いつつ、差し出してきた手を握る。そしてそのまま、凄まじい力で引っ張られた。
「よしよし、じゃあ挨拶も済んだし早速飲み比べといきますか!」
「ほ、本気ですか…?」
「ん?私の酒が飲めないのかい?」
「い、いえいえ滅相もない!!お供させて頂きます!」
「うんうん。そこの河童、お前も来るよな?」
「ひゅい!?ももも勿論!!」
文と背を向けて逃げ出そうとしたにとりを凄んで制し、レヴァンを引っ張りながらテーブルに座る。
「なんて力だ…」
「鬼から逃げようなんて無駄さ。大人しく一緒に飲みな」
「別に飲むのは構わないんだが、僕は飲み比べは…」
「あー、うだうだ言わずにまずは一杯飲みなって」
萃香は置いてある酒瓶を文に押し付け、自分は瓢箪の中の酒を盃へ注ぐ。文は人数分の酒を注ぎ、乾杯の音頭を取る。
「えー、では…異変解決とレヴァンさんの幻想郷来訪を祝してかんぱーい!!」
「「かんぱーい!!」」
「…乾杯」
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「危ない危ない、もう少しで巻き込まれるとこだったわ…」
「レヴァンには悪いけど、流石に酒豪の鬼と飲み比べは勘弁…」
はたてと霊夢は間一髪逃げ出す事に成功した。遠くから様子を窺うと、文が乾杯の音頭を取って飲み比べが始まるところだった。
「さて、どうする?一緒に飲む?」
「んー、悪いけどパス。咲夜と飲む約束してるから」
「そ。なら私は適当に混ざってこようかな」
「まあ、せっかく来たんだからのんびりしていきなさい」
「ありがとね」
はたてが手を振りながらその場を離れる。霊夢も咲夜を探そうと歩き始める…………が、はたてがすぐに小走りで戻ってきた。
「どうしたのよ、何か用?」
「……これは、ここだけの話にしてほしいんだけど…」
「…何よ?」
はたてが霊夢の耳元に口を近づけて、小声で話す。
「……文は今回、取材しなかったんじゃなくて、出来なかったのよ」
「……は?」
「前の記事の内容、覚えてる?」
「え、ええ。一応…」
『あの博麗の巫女が一目置く存在!?天狗を凌駕するパワー!幻想郷の誰よりも優れた頭脳!外来人、侮るべからず!』
これがレヴァンの事を書いた記事だった筈だ。
「その中に、天狗を凌駕するパワー!って一文があったでしょ?それが同族を侮辱したって事にされて問題になったのよ」
「侮辱って…そこまでの事とは思えないんだけど…」
「天狗全員がそう思っている訳じゃないわよ?私だって違うし。でも文の事を快く思ってない大天狗様の一人や他の天狗たちが必要以上に騒ぎ立てたせいで、天魔様の耳に入って結構重い罰を食らったらしいの…」
「……」
霊夢は言葉を失った。
確かに文は天狗の中では異質の存在だ。人間や他の妖怪とも積極的に関わろうとしない閉鎖的な種族である天狗。文は新聞を作るために人間や妖怪から話を聞き出すので、様々な方面に関わりを持っている。そんな文を毛嫌いする天狗もいるとは思っていたが……まさかここまで大それた事態になるなんて…。
「今の文は、見た目以上に参ってる状態だと思うの。だから、あんまり取材の事は言わないであげて。今回動かなかったのも、多分そのせい」
そう言ったはたての表情は酷く悲しそうだった。
「文がレヴァンと初めて会った日、わざわざ私のとこまで来たのよ?”私の新聞をちゃんと見てくれる人がいた!!”ってね。相当嬉しかったんでしょうね」
口元は笑っている。だが、表情は暗いままだ。
「……特になにしてほしいって訳じゃないの。ただ、知ってほしかっただけ」
「…そう」
ごめんね、そう短く呟くと、はたては今度こそ去って行った。
霊夢は少し後悔した。文に取材の話を振ってしまった事を。
そして悔しく思っていた。決して短くない付き合いの知人の心境に気付けなかった事を。
霊夢は咲夜との約束も忘れ、ただ黙って文のいるテーブルを見ていた。
まさかの鬼登場、そして知られざる射命丸文の内面…。
奇才は文を見て何を思うのか?
次回もお楽しみに。