東方奇才伝   作:サンダーボルト

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奇才は目撃する。


射命丸文の暗い感情を。


滑り出た本音

~レヴァンサイド~

 

 

鬼と河童と鴉天狗と半機械化人間。無秩序この上ない飲み比べが始まって十数分。

 

そう、たったの十数分だ。この時点で既に河童の河城が脱落しているなどと誰が思うだろうか。

幻想郷の住人は酒好きが多いらしい。河童も天狗も例外ではなく、妖怪の中でも特に酒に目がないようだ。それ故に酒に強い……筈なのだが、飲み始めて数分、伊吹の瓢箪から注がれた酒を飲んだ途端にアルコールが河城の体を蹂躙した。伊吹が力ずくで河城に酒をイッキ飲みさせた後、河城は酔いつぶれて気絶するように眠りに落ちた。

 

 

「お酒はまだいっぱいあるよ~♪ほら、飲め飲め~!」

 

「あ、あははは…頂きます…」

 

 

射命丸の盃になみなみと酒を注ぐ伊吹。やけに射命丸がヘコヘコしているのが気になって聞いてみると、現在、天狗が治めている妖怪の山は、昔は鬼が牛耳っていたそうだ。元々天狗や河童は鬼の配下にあったらしく、その影響が今も体に染み付いているらしい。

そして伊吹の瓢箪に入っている酒。あれはどうやら相当アルコール度数が高いらしい。河城を一撃で沈め、射命丸もかなりきつそうだ。伊吹は平然とがぶ飲みしているが……というか、あれの内容量以上に飲んでるように見えるんだが…。

 

 

「んぐっ、んぐっ……ぷはー…」

 

「おい、射命丸の盃が空だぞ。注いでやれ」

 

「お?本当だ。も~、入ってないならそう言ってよ」

 

「飲み干したばっかりなんですけどぉー!?」

 

 

僕と伊吹は、取りあえず射命丸に飲ませ続けている。口では文句たらたらの射命丸だが、飲むことを止めようとはしない。そんなに鬼が怖いのか…?

今度は伊吹が射命丸と肩を組み始め、瓢箪から直接酒を飲ませている。そんな光景を肴にし、僕も伊吹から注がれた酒を飲む。

 

 

「……」

 

 

うわ、きっつ。分かってはいたが…人間が飲むようなもんじゃないなこれ…。僕じゃなければ、このコップ一杯で昇天してしまうだろう。酒の名前で”~殺し”というフレーズを聞くことがあるが、マジで死ねるわ、これ。まあ、”人殺し”なんて名前の酒売れないだろうが。

 

…お、射命丸がようやく解放されたようだな。ふらついた足取りでこちらへ来て、倒れるようにもたれかかってきた。

 

 

「レヴァンさぁ~ん飲んでるんですかぁ~?」

 

「お前よりは飲んでない。だが飲んでる」

 

「むぅ~……それにしてはお顔がいつもと変わってないんですけどぉ~?」

 

 

僕の頬を両手で挟み込んだり、人差し指で突っついてきたり、非常に鬱陶しい。

 

 

大体変わってないとは言うが……お前の方こそ変わっている。

 

 

 

 

 

僕がお前の新聞を評価した時は、あれ程輝かしい笑顔を僕に見せたというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――取材すると纏わりついてきた時には、あの笑顔ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故だ。僕はお前と会って長くはないが、自分の新聞が絡んだ時は真剣であり、それでいて楽しげであったではないか。なのにさっきのお前は、真剣でも楽しげでもない。単なる社交辞令ではないか。幻想郷の住人が知っている、いつもの射命丸文を演じているだけではないか。

顔見知りである筈の博麗は、射命丸を見て何も言わなかった。こいつの異変に気づいていない。それほどまでに、こいつの仮面の被り方は完璧だった。だが僕には分かる。一度、本物を見たからこそ…それ以外のものだと違和感を感じてしまう。

 

 

 

 

「ちょっとぉ~、聞いてらっしゃるんですかぁ~…?」

 

「…聞いてるよ」

 

 

射命丸の声で思考にふけっていた僕は現実に引き戻された。

 

 

「だ・か・ら、何で飲んでるのにそんな平然としてらっしゃるんですかぁ~?」

 

「確かにそうだねぇ。飲む前と今と、顔色も変わった様には見えないよ?」

 

「酔えないんだよ。アルコールの代謝速度が人より早いから」

 

 

正確には体内の医療用ナノマシンが摂取したアルコールを分解しているのだが…別に言わなくてもいいだろう。

 

 

「酔えないって…ずっこいなあ。それだと飲み比べになんないじゃないか」

 

「僕はそう言おうとしたが、お前が聞かなかったんだろうが。僕は悪くない」

 

 

伊吹が途端に不機嫌になったが、人の話を聞かないのが悪い。

 

 

「…まあ確かにそうだね。それにしても酔うことができないなんて、つらいよねぇ」

 

「つらい?そう思った事は無いが」

 

「いやいや、お酒は本音を出しやすくする為の潤滑油だからねぇ。本音を誰にも出せないっていうのは存外つらいもんだよ?お前さんだってそうだ」

 

「……何故そう思う?」

 

「だって、酔えない(・・・・)んでしょ?酔わない(・・・・)んじゃなくて」

 

「……」

 

「本当は酔いたいけど無理だから、酔えないって言ったんじゃないのかい?」

 

 

僕は伊吹の問いには答えず、注がれていた酒を一気に飲み干す。強い刺激が頭に流れる……が、一瞬で引く。伊吹はそれを見てケラケラ笑っている。

 

 

「お前さんは表情は分かりにくいけど、その分態度に出るね」

 

「ほっとけ」

 

 

伊吹は瓢箪の酒を美味そうに飲み、ぷはーっと大きく息を吐いて口元を自分の腕で拭う。そして、おもむろに立ち上がった。

 

 

「……ま、今回は私の負けって事で良いよ。次は飲み比べ以外で勝負したいね」

 

「そもそも勝負したつもりは無いんだが…」

 

「大人しく受け取っておきなよ。でないと、私の気が済まないのさ。あ、そうだ。お前さんは勝負に勝ったから、そのご褒美として一回だけ私に何でも命令していいよ!ご褒美が嫌なら、話も聞かずに勝手に勝負をふっかけちまったお詫びでもいいからさ」

 

「お前はほんと人の話を聞かないな…」

 

「かかかっ、私は自分勝手だからねぇ。で、どうする?なんなら、ちょっと助平な事でも良いよ?」

 

「お前を見ても興奮も欲情もしない」

 

「……うん、正直なのは好きだけどさ……そんなハッキリ言わなくたっていいじゃんか…」

 

 

いきなり四つん這いになって落ち込んだ伊吹。どうやら、またデリカシーの無い発言をしてしまったらしい。まあ、公然とエロい行為を要求してきたこいつにデリカシーなんて無いだろうから気にはしないが。

 

しかし、何でもか…。射命丸より上の存在を僕の思うように動かせるというのは、中々に魅力的だな。さて、どうするか…。

 

 

 

…………。

 

 

 

「……今後、お前の力が必要になる時が必ず来る。その時に力を貸してくれ。それだけでいい」

 

「……へぇ」

 

 

今は特にしてほしい事は無い。なら、その権利を先延ばしにさせてもらおうか。これほど強力な手札を、すぐに使ってしまうのは惜しいからな。

 

 

「良いね、気に入ったよ。お前さんの頼みなら、一回と言わず何回でも聞いてあげる」

 

「ありがたい話だ」

 

「本気にしてないだろ…。ま、いいや。私は他のとこにちょっかい出してくるから、文の事よろしく頼むよ」

 

「…は?」

 

 

そう言われて僕に寄りかかっている射命丸を見ると、酔って寝てしまっていた。そして視線を伊吹から外した瞬間、伊吹は霧になって消え失せた。くそ、面倒事押し付けやがって…。取りあえず射命丸をどかそうと肩に手をかける。すると、まるで狙ったようなタイミングで射命丸が起きた。ぼんやりと僕を見つめていた射命丸だったが、そのうちニッコリと笑い出した。

 

 

「レヴァンさん…私…酔っちゃったみたいです…」

 

「……うん、知ってる」

 

 

あれだけ飲んで酔ってないとか言い出したらぶっとばしてるところだ。

 

 

「何だか体が火照っちゃって…熱いんです…脱いじゃおう…」

 

「待てコラ」

 

 

上着に手を掛けはじめた射命丸を慌てて制する。男の前で脱ごうとするとは…どうやら本格的に泥酔しているようだ。

 

 

「うら若き乙女が人前で脱ごうとするな」

 

「んふふー♪レヴァンさんってば、私の事そんな風に思っていてくれてたんですねー♪」

 

 

嘘も方便。確かに見た目は十代と言っても差支えないだろうが、妖怪は人間よりも長い時間を生きているのが殆どだ。だが、そんな事を正直に言ったら面倒くさい事態になるのは目に見えている。取りあえずこいつを良い気分にさせて、穏便に収めよう。

 

 

「……でもいいんですよ、私なんて…」

 

「……何だと?」

 

 

射命丸が俯き、呟いた。様子がおかしい。

 

 

 

 

 

「私はどうせ、汚れてますから」

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

こいつは今、何と言った?

 

 

 

 

 

汚れている……こいつが?

 

 

 

 

「あはは、実は号外を配り終わった後に天魔様に呼ばれましてね…。あ、天魔様というのは私達天狗のトップにいる人物です」

 

 

 

……よせ、射命丸。

 

 

全てを諦めたような顔で、笑うんじゃない。

 

 

話すたびに、お前は自分に傷を付けている。

 

 

 

「なんでも私の新聞が、他の天狗たちを中傷しているような内容だと騒がれていたらしいんですよ。あははは…参っちゃいますよねえ?そんなの……ただの言いがかりなのに」

 

 

 

射命丸が僕にすがりつき、強い力で僕の腕を握る。

 

 

 

振り払えない。振り払ってはいけない。そんな気がした。

 

 

 

「天魔様はこう仰ったわ。『全ての天狗がそう思ってはいない。だが、そう思う天狗の数が決して少なくないのも確かだ。秩序を守る為、けじめはつけなければならない。……すまない。だがお主も、自分の身の振り方をもう一度考えてくれ。』」

 

 

 

天狗が二つの勢力に分かれて仲間割れするのを防ぐため、射命丸を犠牲にした。今後も同じように動くなら、またこういう事が起こりうる。だから、行動するのを自重しろ。

 

天魔とやらが言いたいのは、多分こういう事だろうか。

 

 

 

「それから私は、拷問部屋に連れてかれたの。山への不法侵入者を捕えて、情報を吐かせる為の部屋よ。ふふっ、笑っちゃうでしょ?私は山の一員なのに、侵入者と同じ扱いよ?」

 

「笑えんな」

 

「知ってた?拷問を受けるときは全裸になるのよ?服が防具になる時もあるから」

 

「知らんな。というか、そんな情報要らん」

 

「あははっ、可笑しいわよねぇ。拷問って下っ端の仕事の筈なのに、何故か大天狗様がいるんだもん。拷問なんて二、三人いれば事足りるのに、明らかに人数が多いんだもん」

 

 

射命丸の口調がいつの間にか変わっていた。恐らくこれが、こいつの素なのだろう。

 

僕が何を言っても、こいつは何も反応せずに淡々と話し続ける。幸いにも、周りには誰もいない。こいつの独白が聞かれる事は無いだろう。

 

 

「…私って、良い体してると思わない?」

 

 

やけに艶めかしい声を出しながら、自分の体のラインを手でなぞる。そして胸を寄せて上げながらこちらへ迫ってくる。僕は若干後ろにのけぞり、距離をとろうとする。それを見て射命丸は、僕に迫るのを止めて両手を上着に掛け始めた。また脱ごうとしているんだと思い、射命丸の手をとってやめさせようとする。

 

だが一足遅かった。

 

 

射命丸は自分の服の襟を両手で掴むと思い切り左右へ引っ張った。上着のボタンが弾け飛び、射命丸の上半身の肉体が露わになる。その光景に僕は絶句した。

 

 

「どう、綺麗でしょ、私の体?でもね、所詮みてくれだけ。この柔らかいおっぱいも、すべすべしたお腹も、見せてないけど、キュッと締まったお尻だって……大して好きでもない連中に、好き勝手にされた後の使い古しよ…」

 

 

僕の視線は射命丸の肉体に釘付けにされていた。

 

 

 

 

服の上からでも多少はあると思っていたが、直接見てかなりのボリュームがある胸。

 

 

 

 

 

無駄な肉の付いていない、美しくハリのある腹部。

 

 

 

 

 

そしてそれらに刻み込まれた、痛々しい赤い鞭打ちの痕。

 

 

女の肌にこんな傷があっていい筈がない。治るのか、これは…?

 

 

「今までで一番最悪の時間だったわ…。私の体を何だと思ってるのかしら…。揉んだり、はたいたり、擦り付けたり…挙げ句の果てに、満足したらこの仕打ちよ」

 

 

 

………こんな暴挙が許されるのか。

 

誰も、誰も気が付かなかったのか?

 

こんなもの……理不尽以外の何物でもないではないか。

 

 

「……天魔には言ったのか?」

 

「天魔様に?あははっ、無駄無駄。どうせ口裏合わせて否定するに決まってるわ。決定的な証拠だって無いもの」

 

「ならば体の傷を………その為の拷問部屋か」

 

「察しが良いわね。反抗的な態度をとったから、備え付けの道具で更に罰を与えた。……そういう筋書きよ」

 

「……体の傷は、治るのか?」

 

 

射命丸は少し驚いた様に目を開き、その後に優しく微笑んだ。

 

 

「ありがとう、心配してくれてるのね」

 

「……」

 

「二、三日経てば、この傷は跡形もなく消えるわ。アイツらのしでかした事も一緒にね」

 

 

……そうか、消えるのか。

 

 

体の傷も、犯した罪も。

 

 

…残るのは、屈辱だけ。

 

 

「……ねえ、今の私を少しでも哀れだと思ってくれるのなら、一つだけ、お願いを聞いて欲しいの…」

 

「……何だ」

 

「散々好き勝手された体だけど、一番大切なものだけは、まだ奪われてないわ」

 

「……」

 

「だから…ね、好きでもない奴にくれてやるよりは……ね…」

 

「それ以上言うな」

 

 

言葉を途中で止めて、強く睨みつける。射命丸は悲しげな笑みを浮かべながら、顔をこちらに近づけてくる。

 

 

「あなたが私の新聞を…私を評価してくれた時、本当に嬉しかったのよ?何百年も生きた妖怪が単純過ぎって思うかもしれないけれど…あなたの事、ちょっと良いなって想ったの。」

 

 

”いやいや、お酒は本音を出しやすくする為の潤滑油だからねぇ。”

 

伊吹の言葉が脳裏によぎる。恐らくこれは射命丸の本心だろう。

 

 

「だから、あなたに貰われるのなら……私は構わない」

 

 

……受け取れない。

 

 

受け取れられるものか。

 

 

今の射命丸文を受け入れたら最後……こいつは壊れてしまう。

 

 

もう二度と、最初に会った時の笑顔を見る事は叶わないだろう。

 

 

「今のお前は、ただ自棄になっているだけだ」

 

「……!」

 

「酒が入って正常な判断ができなくなっている。僕がお前の願いを聞いても、お前は一瞬楽になるだけ。その後はずっと、恥辱と後悔しか残らない」

 

「……」

 

 

射命丸の表情が歪み、やがて耐えきれなくなったのか顔を俯かせる。僕の体にしがみつき、小さな嗚咽を漏らした。

 

 

「わた、しっ……わ…たし…っ…!」

 

「……」

 

 

やがて、嗚咽が聞こえなくなったと思うと、射命丸は寝てしまったようだ。どこかに寝かせてやろうかと思ったが、露わになった上半身が触るのを戸惑わせる。どうしたものかと考えていると、人影が近づいてきた。

 

 

「……姫海棠」

 

「…やっほ」

 

「……頼めるか?」

 

「…任せて」

 

 

姫海棠に射命丸を渡す。

 

 

「…姫海棠、お前、この事知ってたか?」

 

「…ええ、まあね」

 

「…首謀者と共犯者の居場所、分かるか?」

 

「…知ってどうする気よ」

 

「八つ裂きにしてやる」

 

 

姫海棠が驚いた様にこちらを向く。が、すぐに首を横に振った。

 

 

「やめなさい。山の事情に人間が首を突っ込むもんじゃないわ」

 

「事情も糞もあるか」

 

「文はそれを望まないわ」

 

「誰が頼まれたからやると言った」

 

「…下手な事したら、また文が傷つく事になるわ」

 

「……」

 

 

反論を封じられてしまい黙り込んだ僕を後目に、姫海棠は射命丸を背負い、静かに去っていく。

 

 

「……ありがと、文の為に怒ってくれて」

 

 

去り際に姫海棠が何か言った気がしたが、宴会の喧騒に遮られて何も聞こえなかった。

 

 

僕の中に渦巻く烈火の激情を冷ますかのように、僕は酒瓶の中身を飲み干した。




おかしいな、宴会って楽しい筈なのに、レヴァンのテンションはドンドン下がっていく…。


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