上白沢に連れられ、隣を歩く稗田から好奇の目で見られながら歩くこと数十分。ようやくお目当ての鈴奈庵という貸本屋に到着した。のれんの上に店の名前が漢字一文字ずつ書かれている看板があるが、鈴奈庵の庵の字だけ傾いているところを見るとそれなりに年季の入った建物だ。
のれんをくぐると、ちりんと鈴の音がなった。喫茶店によくあるアレか。鈴の音に反応し、奥のカウンターで本を読んでいた少女がかけていた丸眼鏡を外してこちらを見た。
「いらっしゃいま……あら、阿求と慧音さんと……えと、そちらは?」
名家の稗田を呼び捨てにして上白沢にさん付けとなると、稗田とは親しい仲なのだろうか。鈴型の髪留めで結んだツインテールを揺らしながらこちらへ走ってきた少女は、僕を見てきょとんとして首を傾げる。
「小鈴、紹介するわね。彼はレヴァンさん。外の世界の方よ」
「外…?っていうと、もしかして外来人?」
「ああ。しかも、八雲紫が直接連れてきたというおまけ付きだ」
故意にいらない部分を付け足された紹介をされ、少女は興奮気味に僕の手をとってぶんぶん上下に振りだした。
「初めまして、本居小鈴と申します!阿求が一緒にいるので既にご存知かとは思いますが、鈴奈庵という貸本屋を営んでおります!よろしければご贔屓に!」
「……どうも」
商魂たくましいなオイ。外来本を扱っているって事は、外来人にとって馴染み深いから客にしやすいって魂胆だろうな。しかも本当にそれ目当てで来たからな…。なんか嵌められたようで釈然としないが、とりあえず漁るとしようか。
パチュリーの大図書館に比べると狭いが、それでも蔵書数は少なくはない。ほんの僅かだが、僕でも知っている外界の本もある。
「それでそれで?あの男の人は慧音さんの彼氏なんですか?」
「かっ…!?い、いや違う!彼に人里を案内していただけだ!」
「二人っきりでですか?今まで男っ気の無かった慧音さんが?怪しいなぁ…?」
「か、からかわないでくれ阿求殿…」
「今年は中々暖かくならないけど、慧音先生にはもう春が来てたみたいね阿求!」
「ふふっ、そうね!暇してる春告精に宣伝してもらおうかしら?」
「止めてくれ!頼むから!」
女三人と書いて姦しいと読む。まさにその通りだ。女は三人集まるとやかましいったらありゃしない。何故か勝手に彼氏扱いされているしな。まあそういう年頃の子供なのだから、誰かを餌にしてでも恋バナしたいのだろう。ネタにされるほうは堪ったもんじゃないがな。
本棚に目を配らせていると、幻想郷の名前が入った本が目についた。それを手に取ってみると、稗田が笑みを深くながらこちらを見てきた。
「幻想郷縁起に興味がおありですか?」
「まあ、そうだが……何、その反応」
「レヴァン。その本はな、阿求殿が書いた本なんだ」
「……えっ」
ページをめくって著者を確認すると、確かに稗田阿求の名があった。しかしにわかには信じられんな。こんな幼い少女が本を書き、それが商品として棚に並んでいるとはな…。改めて稗田を見ると、その顔はどこか誇らしげであった。
「その幻想郷縁起には、妖怪の記録や幻想郷の主な場所について纏めてあるんです。きっとレヴァンさんの役に立つと思いますよ?」
「……ほう」
軽く読み進めてみると、なかなか多い情報が書き記してある。紅魔館でずっと軟禁状態だったフランドールの事も僅かながら記してあるとは、驚きだ。それに…。
「……な、なんだ?」
「ほれ、お前が載ってるぞ、獣人教師」
幻想郷縁起の獣人のカテゴリに書いてある上白沢慧音の絵を指差し、見せびらかす。わりかし有名人なんだな、こいつ。散々稗田に面白おかしく僕の話をしてくれた礼だ、こいつにも少しは恥ずかしい思いをしてもらおうか。
「……はは、そうだな…」
……あれ?おかしいな、期待してた反応じゃねえ。さっきの稗田と本居にからかわれてた時みたいなリアクションを求めていたのに、全然違う。愛想笑いを浮かべているが、明らかに気分が暗くなっている。
「……もしかして、僕は何か余計な事を言ったか?」
「いや、気にしないでくれ。私は向こうにいるから、見終わったら教えてくれ」
そう言って上白沢は奥の方に引っ込んでしまった。……僕、完全に何かやっちまったらしい。
「あの、本当にお気になさらないで下さいね。レヴァンさんは悪くありませんから…」
「…その言い方だと、僕以外に悪い奴がいるように聞こえるが」
「……それは、えと…」
困ったように視線を交わす稗田と本居。僕には言いづらい事なのだろうか。
「悪い、変なこと聞いたな。忘れてくれ」
「…すいません」
謝る二人の表情も暗い。はぁ…なんだってこう上手くいかないのか…。僕は暗くなった雰囲気から目を逸らし、幻想郷縁起を読み進める。
……。
………。
ああ、くそ……暗い時に暗い記事が目に入りやがった…。
天狗の項に書いてある射命丸の絵を見て、あの時の宴会を思い出す。アイツは今、どうしているのだろうか…。
「なあ、最近射命丸を見たか?」
「ブン屋さんですか?……そういえば、異変が終わったのに号外を配りに来てませんね。阿求のところはどう?」
「私のところにも来てないわ。おかしいわね、いつもなら新聞を大量にばら撒いてるのに…」
幻想郷縁起に書かれるほど、射命丸の新聞は有名らしい。悪い意味で。それが発刊されていない、か…。
……これは、僕の想像以上にアイツが不味い状況に陥ってるんじゃないだろうか…。どうにかして現状を知りたいが、縄張りに入れば排除されちまうだろうしなぁ…。天狗の組織ぐるみで嵌められたんなら、射命丸の味方っぽい姫海棠にも不用意に接触できんし…どうするか…。
「……チッ」
やめだ、やめ。まだ情報が足りなさすぎる。幸いここは貸本屋だ。値札が付いている本もあるし、普通に買える物もあるんだろう。レンタルショップにアウトレット品が売られてるようなもんだ。幻想郷縁起も売られてるっぽいしな。
役に立ちそうな本を片っ端からカゴに突っ込み、本居に会計してもらう。余談だが、僕の財布の中身を見て二人が絶句していた。お前ら人の財布の中身見るなよ。
「上白沢」
「ん…終わったのか?凄い量だな…」
「まあな…」
「なら、次に行こうか。阿求殿、小鈴、私達はこれで失礼するよ」
「あ、はい!ありがとうございました!レヴァンさん、うちの本は大切に扱って下さいね!」
「分かってるよ」
「さようなら、慧音さん!……レヴァンさん、慧音さんの事、よろしくお願いしますね」
本居は元気に手を振って送ってくれた。稗田は僕に小さな声で耳打ちすると、何食わぬ顔で本居と同じように手を振って見送った。
……いや、あの、よろしくって言われても困るんだが…。
中々話が進まない…。