自称『一般旅人A』の異世界放浪記 作:哀上
「……はぇ〜」
我ながら気の抜けた声。目前の光景に、思わず口から漏れた。
黒曜石に似た黒い光沢を持つ石材で築かれた王座の間。この前までは、中央に置かれた玉座にふんぞりかえる父に、こうべを垂れる幹部らに、それはもう近寄り難い雰囲気を纏っていたのだが。かつての荘厳さはどこへやら、今じゃ瓦解寸前の廃墟と化している。
薄暗い室内。
天井から垂れ下がる金銀を豪勢に使ったシャンデリアは半ばから崩れ、鎖にぶら下がり不気味な影を壁に落とすだけのオブジェに。どうも魔術回路がイカれちゃってるらしい。悪趣味だとは思いつつ、見るたび無駄に高そうだと感想を抱いていたのだが。勿体無い。
床に刻まれていた巨大な魔法陣は光を失い、ひび割れの間からは赤黒いまるで瘴気のような魔力が滲み出ていた。確か城の最終防衛設備だとかなんとか。それがこのざまと言うことは……つまり、そういうことだ。
壁や床、果ては天井にまで。強大な剣と魔法の交錯した痕跡が幾重にも刻まれ、砕けた石片が辺りに散乱している。
焦げた肉と鉄の匂いが部屋を満たす。呼吸すら不快なほどの濃度だ。
かつて、座る者の地位に相応しく威光すら放っていた王座。その者の末路を示すように傾き、背もたれの一部が切り落とされ。背後の壁にデカデカと掲げられていた紋章も、襲撃者の剣閃によって中央から真っ二つに裂かれていた。
戦いの余韻。もはや残響でしかないそれは、しかしその戦いの熾烈さを示すかのように未だこの空間を支配している。
決着から数日は経過しているはずなのだが。剣によって切り裂かれた跡は、触れればこちらまで切られてしまいそうな程の鋭さを。魔法によって焦げた跡は、燃料さえあればすぐにでも火を噴きそうなほどに。鮮度を保っていた。
それを本能で察しているのだろうか。窓は割れ壁も穴だらけ。だというのに、ネズミのような小動物どころか虫1匹いない。不気味なほど命を感じない。
ここにかつての栄華はなく、王の圧もない。ただ終焉の静寂だけがあった。
……
「ん?」
ふと、瓦礫の中で光を反射する物を見つけた。金銀が盛大に使われていた部屋ではあるが、その中にあって一際目につく。剣の破片だろうか。ただの破片だと言うのに、濃密な魔力そして強い聖気を感じる。
おそらく襲撃者の、勇者の持ち物。
聖剣。女神に選ばれた勇者が女神より授かった神器。魔王を討伐するための、私の父を殺すための武器。
「そうか。これで……」
慎重に手に取った。魔王を殺すための品。私にも、魔王の娘にも効果的と見るのが正着だろう。
実際、手を近づけただけで火傷しそうな熱を感じた。と言っても、今はくだんの勇者がその力を注いでいる訳でもない。魔力で指先の空間を固定化、直接触れないようにすればなんてことはなく。簡単に拾い上げられた。
私が知るどの貴金属よりも美しく光り輝くそれ。
何となしに、光に照らそうかと窓辺へ歩く。視線の先には荒廃した平野が延々と広がっていた。平野というには緑も少なくやたら凸凹しているが、それでも何もないだだっ広いだけの景色。
魔王城の周りには城下町が。他にも、ここの高さからならいくつか周りの街や村が見えていたはずなのだが。何もない。まっさら。
ただの戦争じゃない。魔王と勇者が戦い魔王が負けたのだ。魔族と人類の生存競争は人類に軍配が上がったって事。その結果がここからの眺めである。
見慣れていた景色がこうも変わると言うのは不思議な感覚。
王の間も、周囲の街も。この間までは賑やかで、ちょっとうるさくて、そんな場所だったのに。全てが消えてなくなった。
「勇者に女神ねぇ」
日の光を受けて綺麗に輝く金属片。まっさらな平野を背景にこの輝きを眺めながら、本来ならここでもっと他に思うことがあるはずなのだけど。私の頭の中は今、ある一つの疑問でいっぱいであった。
__これ、いくらくらいで売れるんだろう?